戦国時代の通過儀礼「鬢曽木」(女性の元服)

 戦国時代の武家の娘にとって、「元服」に相当するのが、「鬢曽木びんそぎ」になります。

 「びん」とは耳の上、額の横部分の髪の毛のことですね。「鬢曽木」は、ここのところの毛を少し削いで、頭頂のところ、そして左右の鬢のところの三箇所に分け目を作り、かもじ(添え毛、入れ髪)を加えて元結をし、化粧と衣装を替える儀式です。


 女性の元服といえば、公家の女性の成人式である「裳着」が有名で、徳川幕府下でもその慣習は続いたそうです。

室町時代でも公家風文化を取り入れていた、崩壊前の将軍家やそれに連なる守護職の家では「裳着」をされていましたし、「鬢曽木」の後半部分の衣装を、大人の女性のものに替えるというところが多少……似ています。たぶん?

また史料を見たことがないのですが、公家文化を取り入れていた太閤家、こちらは数多くの史料が残っている、新たな文化を構築した江戸時代の徳川幕府では、形を変えた「裳着」をなされているようです。

公家文化を取り入れていた武家というのは、家柄も良く、資料は残りがちで混乱致しますが、一応室町時代末期、戦国時代の武家の女性は、基本的に「裳」を付けない為、正式にはこの「鬢曽木」を致します。


 元々は10歳前後4年の間に行われていましたが、室町時代を迎えると、数えで16歳の6月16日の午の刻(おおよそ午前11時から午後1時)に行うことになっていたようです。


 姫君が「鬢曽木」が迎えることになると、殿に正室、あるいは姫の乳母から「本年、〇〇姫が16をお迎えになられ候」とお声が掛かります。

殿は基本的には評定を経て、奉行と役者(役人)を決めていきます。



 まず「鬢曽木」の「鬢親」は、男性が任命されることになっていました。

当時の女性というのは、数えで16の頃には婚姻されている方が多く、「初めて姫の鬢を削ぐお役」は、夫婦として婿殿の大事な務めになったようです。

桃山時代になりますが、徳川氏娘千姫の「鬢曽木」の様子は、義母になる淀殿の侍女であったという於菊の『おきく物語』に遺されており、大閤秀吉の後継秀頼が「鬢親」をしている様子が描かれています。


未婚の場合は父親や兄弟がし、家格が非常に高い、あるいは公家系であるなどの場合には名門の家柄(摂関家)に頼むこともあったようです。


この「鬢曽木」は、武家の当主にとって、未婚の娘であれ、自ら、あるいは息子の正室であれ、側室であれ、「当家には子供を産む女性がいる」、と家の安泰さを広く知らしめる重要な儀式でもありました。


 座敷にまず、「打乱箱うちみだりはこ」と「泔坏ゆするつき」、それから「碁盤」が、それぞれ役者によって運び込まれます。


「打乱箱」 文化遺産オンライン

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/457107


「泔坏」 文化遺産オンライン

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/403548


「泔坏」の「ゆする」をいれる部分 文化遺産オンライン

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/513177


上記は、どちらも19世紀江戸時代のものになります。


「打乱箱」には「櫛、笋刀たこうなかたなはさみ(和鋏、握り鋏)、こうがい、紅白の元結二筋、常の元結二筋、檀紙だんし眞弓紙まゆみかみ)二枚」が置かれています。

檀紙は二枚一組(一重)としたそうです。


上の「打乱箱」には、いくつかの櫛と笄が入っていましたね。

基本的には「歯の粗い解櫛とかしくし、歯の細かい梳櫛すきくし、横長の鬢櫛びんくし」の「三具」が用意されます。


梳櫛 コトバンク

https://kotobank.jp/word/梳櫛-2053052

鬢櫛 コトバンク

https://kotobank.jp/word/鬢櫛-614577


リンクフリーの「解櫛」の画像が見つかりませんでした。一番見つかり易いと思いますので、ググってもらえるとありがたいです。


「笋刀」は筍刀とも書き、「たこう、たこうがたな、たかんながたな、たけのこがたな」と呼ばれる竹の子の形に似た、先端に向かって両刃が狭くなっている形の小刀で、男児の元服の時にも使われます。


上の「泔坏」は毛彫を施した金属製のようですが、基本的なものは木製で、漆塗して蒔絵を施しました。金属製のものには、金銅製、銀製などがあります。将軍家などでは銀製のものが使われたようです。



 「碁盤」は、木の切れ目をたつみ(東南)の方角に向けて置きます。

巽の方角は、その方位を取れば「性格が温厚になり、雰囲気も若々しく華やかになる。生活の基礎が定まる。人間関係も良くなり、独身の方は良縁が舞い込む」などの効果があるとされていたそうです。


刻限がくると「鬢親」が頃合やよしと近習にかすかに頷いて見せ、それを見た近習が姫の女房(上級侍女)に合図を送ります。

女房は脇の空いた少女の仕立ての小袖を着た姫の手を取り、まず東南の方角を向かせて碁盤へ腰を下させます。

すると「鬢親」が立ち上がり、姫の正面に移動して、腰を下ろします。「鬢親」が腰を下ろすと、「打乱箱」役が「鬢親」の右脇に「打乱箱」を置いて退出、続いて「泔坏」役が左脇に「泔坏」を運びます。

「打乱箱」、「泔坏」の下には、「櫛巾くしたなごい(くしきん)」と呼ばれる理髪用の布巾が敷かれています。これは理髪の時に用具を拭くためのものになります。


用意が整うと、女房が姫の後ろに参り、髪の毛を結んでいた元結を解きます。すると「鬢親」は「つくば」います。


「つくばう」というのは、両膝を地面に付ける座り方なのですが、少なくとも戦国時代に於いて、これは敗残の将として引出されたり、切腹の折にする不吉で禁忌の座り方になり、普段の生活で武家がしている絵図を見たことがありません。

資料(『大上臈御名之事』)には、まさに「つくばう」と書いてあり、非常に興味深いポイントです。


さて敗残の将の如く、不吉にもつくばった「鬢親」氏の気持ちに興味は尽きないのですが、感想や意味は書いていないので、儀式に話を戻します。


 「鬢親」は櫛のうち、解櫛と笄を手に取り、まず姫の右の鬢をとかして、笄で額の角から耳のあたりまで分け目を作ります。それから左の鬢に移り、同じように分け目を作ります。

作り終わると、解櫛や笄を打乱箱に戻し、鬢櫛を泔坏の中に入ってる「ゆする」(米のとぎ汁、別名に白水はくすい)に浸して、右の鬢から髪の毛を左手で15、6筋掬い取り、3度とかし、櫛を置き、代わりに取り上げた鋏で挟んで削ぎます。

右が終わると今度は左の鬢に移り、同じように髪を削ぎます。

左右の削いだ髪の毛は、「鬢親」の側に控えていた女房または、近習が落とさないように丁寧に檀紙の上に受け取ります。


左右の鬢を削ぎ終わると、姫君は立ち上がり、右に回って碁盤の後ろへ参ります。その間にお祓いを済ませておいた青い石を3つ、役人が碁盤の上に並べます。

姫君は碁盤の上に上がり、青い石を右のつま先で踏みながら、吉方へ向いて立ちます。


すると「鬢親」も、碁盤の後ろへ参り、再びつくばいます。

また役人たちが「鬢親」の右脇に「打乱箱」、左脇に「泔坏」などを移動させます。

用意が整うと、「鬢親」は梳櫛を手に取り「泔」に浸して、左手で姫の後ろの髪の下の方を少し持ち、3度静かにとかして濡らします。櫛を置くと、鋏を取り上げて、髪の毛の先の方を削ぎます。

削いだ髪の毛は、檀紙の上に乗せて包みます。これらは後で川に流します。


「鬢親」は髪の毛を削ぎ終わると立ち上がり、姫の前の座に戻り、腰を下ろします。すると姫は、女房に手を取られて碁盤から降り、一歩退いて腰を下ろして、丁寧に「鬢親」へ頭を下げます。


これで「鬢曽木」の儀式が終わります。


 再び立ち上がった姫は、女房に傅かれつつ、奥の座敷に移動します。


奥の座敷には、役人(侍女)たちが待機しており、鬢曽木の終わった髪を整え、衣服を改めます。

奥の座敷にまた櫛巾を敷いた「打乱箱」と「泔坏」が運び込まれ、今度は女房の手で櫛でかされ、頭頂のところ、そして左右の鬢のところの三箇所に分け目を作り、ぼんくぼ(頭頂部から首筋にかけての中央あたりのくぼんだ箇所)に集めて組み、それに一、二尺(約30〜60㎝)ほどのかもじを添え足し、最終的に紅白の元結を結びます。


更に眉毛を剃り、白粉しろいものをはたき、「本眉」と呼ばれる置眉を額に描き、紅を塗ります。


それから姫君は立ち上がり、脇の開いた少女の小袖から、脇を縫い止めた大人の女性の小袖へと着替えます。


この小袖は、夫や姑(嫁ぎ先の正室)や実家の父や母(正室)、兄弟から贈られたりしたものになります。


画像が荒くわかりにくいかもしれませんが、信長公の妹のお犬の方(大野殿)を見てみましょう。


「お犬の方」  Wikipedia

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/59/Oinu_no_kata.jpg


頭頂部、額の上の横のすみのところの三箇所に分け目が入っているのが、うっすらと見えると(いいなぁと)思います。


 姫君の支度が終わると、会所へむかい成人を祝う祝宴が催されます。

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