第6話

 家に帰ると除湿剤が倒れていた。

 倒れる原因はわからない。倒れる日と倒れない日がある。それは不規則で、よくわからなかった。倒れたら起こしたらいいだけだ。


 押入れからものが転がり落ちるのも慣れた。きっと棚板が真っ直ぐじゃないんだろう。きっとそう。

 

 視界の中に黒い影がちらついているのは疲れているからだし、押入れのカーテンが開いているのは小窓から吹き込んだ風のせいだ。

 開けた覚えのない天袋も戸棚の隙間も、立て付けのせいだろう。


 カーテンから覗く隙間は暗く、ぽっかり空いた穴のようだ。

 私は、カーテンを閉めて洗濯バサミで両端を留めた。

 


 これでもう風が吹いても開かないはず。



 壁のシミも畳のシミも日に日に広がるばかりだ。

 漂白剤をかけてもかけても足らない。ドラッグストアで買ってきた漂白剤が何本あっても足りない。汚れが頑固すぎる。

 家の湿気はますますひどくなり、じめじめして壁紙がたわんでいる。

 

 視界に虫が走るようなちらつきがある。

 かさかさと動く虫のようなものも見える。

 でも実際に殺虫剤片手に探してもそんなふうに動くものはなかった。


 きっとカビのせいだ。

 カビで頭がいっぱいで、疲れちゃって幻覚を見るんだ。

 カビのせいでなにもかも虫に見える。


 実際に蚊やコバエがいるのかもしれないから、電源式の蚊取りマットをつけている。カビ臭さを紛らわすフレグランスだ。


 キッチンにもタイルの目地に沿ってカビが増えた。



 いくらなんでも湿気がひどい。


 もう自分では手に余る、管理会社に相談しなくちゃ…とメモを書き、忘れないようにとパソコンに貼り付ける。

 夜が明けたら連絡しよう。



 

 先日の夜勤で起こったあの不可解なことは原因もなにひとつわからないままだったが、深く考えないようにしていた。

 しかし家にひとりきりでいるとどうしても考えてしまう。

 こんなことなら家のカビについて考えた方がまだ建設的だ。



 原因がわからないことは怖い。

 わけのわからないことで頭がいっぱいで、よく眠れない。寝不足で頭もはっきりしなくて、仕事中はずっと眠い。



 だけど、原因がわからないことなんて世の中に溢れかえっているじゃないか。この湿気だって、おかしいし、自分のわからないことばかりだ。そんな風に無理やり自分の中で終わらせる。



 机の下のケーブルは今も子供に見間違うし、畳のシミをじっと見ているとじわじわ動いているような不安な気持ちになってくる。

 シミに触れると指に黒く正体のわからない粉がつく。



 返ってこないだろう敷金を嘆くよりも、暮らすに不便すぎるこの状態をなんとかしなければ。


 畳のシミには新聞を敷いて座布団を置いて見えなくした。

 壁のシミの上からはポスターを貼り付けた。


 なんの解決にもなっていないが、黒いものを見なくて済むと思ったら少し安心した。

 

 



 

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