第7話
畳にできたシミは日が経つにつれてどんどん広がった。半畳ほどの大きさにまで成長したシミは、半紙に落とされて滲んだ墨のようにじわじわ広がってまだ止まらない。
管理会社に相談したらカビ取りに壁紙の貼替え、畳の洗浄などの見積もりを郵送してくれた。
出来るだけ早い日時に丸をつけて同封されたはがきを送り返す。
管理会社から派遣された施工業者が言うには、数日あればきれいになるらしい。
私は他に行くところがなかったので荷物を片付けた上で会社に泊まることにした。シャワーもあるし給湯室に更衣室に簡易的な仮眠室もある。
上司に相談したら、遅刻しなくていいじゃないかと了承が取れた。
家中に置いてあった除湿剤は片付けた。
畳のシミを隠していた座布団やカーペットも、壁のシミを隠していたポスターも剥がした。
明日からしばらく外泊になる。
帰ってきたらきっと大丈夫。
きれいになるといいな。
──ガタッ
パソコンを置いた机が揺れた。
地震かとTuyoitterを開くが、地震速報は出ていない。
しかしガタガタと机は揺れ続け、机上に置いたコップが倒れて床に紅茶のシミができたがそんなのはもうどうでもいいくらいだ。
「ごめんんくださああい」
あの声が足元からして、私は机から飛び退いた。体に当たったのかパソコンのモニターが倒れる。
大きく広がった畳のシミがゆらゆら動いたような錯覚を覚えた。
いや、錯覚ではない。
シミが動いているのではない。シミの中になにかいる。
それは流体の黒い大きな塊のなにかで、その巨大ななにかは目の前でゆらゆら揺れながら穴からぬるりと姿を現した。
獣ではない。
生き物のように目や鼻はない。
手や足と思われる突起はない。
そのなにかは私が両手を広げるより大きく、身の丈は天井に届きそうなくらい大きくて、天井から吊り下げられたキャンディライトがそのなにかの体に当たって振り子のように揺れて、照らされてできた影が壁で怪しげに蠢いている。
「ごめんくださああいい」
大きななにかが穴からゆっくり這い出して目の前に出てこようとしている。巨大だ。呆れるほど巨大ななにかはまだ穴の中に体を残している。
なにかには大きく開いた穴があった。
湾曲した溝のような大きな穴から声がする。
穴だ、穴がある。
私は呆然と大きな何かを見上げる。
恐怖で歯の根が合わない。
カチカチと歯が震えて鳴ったが私はなにかから目を離すことができなかった。
穴の中に黄色くぬらぬらした尖った大小さまざまな歯が整列しているのが見えて、ああこれはなにかの口なのだと気付いた。
その巨大な口は、わ た し を
───ばくんッ
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