第20話
警察車両の前へと転がり込んだ俺はあのあと、結音と一緒に警察官に保護された。
────「なぜ真っ先に通報しなかったんだ!!」なんて言われたけど、全くもってその通りすぎて返す言葉もございません。
当然あの場の女子達は確保。
学校にも連絡はされて合宿は一時中断。
何らかの処分が方々に下されるだろうって警察官に言われた。ふんわりしすぎな気がするけど、判断を下すのは警察だけじゃなし仕方ない。
日没と共にホテルに戻った俺は先生方にも事情を聞かれた。
ひたすら質問攻め。まあ結音は病院に送られたし、犯人側の女子達は多分解放されてない。俺にその矛先が向くのは自然なことだった。クラスの人たちにも「結音大丈夫?」みたいなことを訊かれまくる。むしろこの時が一番疲れたまである。お陰で疲労困憊で夜は気絶するように寝た。
翌朝、ホテルで朝食をとったあと速攻で高校へ向かうバスが出た。
「……災難だったな」
八倉くんは俺を労るようにそう言って、バスに乗っている間も何の詮索もせずに隣の席に座ってくれた。
旅行気分だった行きのバスとは打って変わって沈鬱で険悪な空気が流れていた。行事が一部生徒のせいで崩れたのだ。一歩間違えれば暴動が起こるかもしれない。けれど、幸いそうはならなかった。八倉くんが防波堤の役割になってくれたから、だろうか。
無事に高校に到着、そしてその後解散となった。
「あ、新井さんっ!! 頼みがあるんだけど!!」
俺は、それから新井さんに御願いして──。
「────まさかこれから一週間、俺まで自宅謹慎させられるとはね……結音は傷、平気?」
「……うん、全身打撲って言われたけど骨折とかないから今日一日様子見て、明日にはなにもなければ帰れるって」
新井家から程近い結音の病室に来ていた。贅沢なことに一人部屋。
新井さんも当然一緒だ。実際傷付いていた結音を目にしてなかった新井さんは病室に到着と同時に結音に駆け寄って抱きついている。今も無言で結音の腰に抱きついて頬擦りしてるよ。
「ていうか、あれ? なんで二人一緒に居るの?」
結音は至極全うな疑問を口にした。
彼女の復讐計画的には普通に俺と新井さんの仲は険悪になっていないとおかしいからだ。ふいっと新井さんが露骨に目を逸らしたのが目に見えたけど、結音からは見えてない。
「俺が頼み込んだからね、ここに来たくて」
「えっ……」
結音は顔を赤くして驚く。
……そんなに驚くことか? 大体俺のせいだろ、結音が単独行動したのと拉致られたのは。
それから新井さんがその動揺を不審に思ったのか顔を上げて。
「結音?」
「お姉ちゃん、才君、嘘付いてる?」
「この男が土下座で頼み込んできたのは事実よ」
「いや土下座まではしてないよ!?」
俺は新井さんの家に押し掛けて頭下げたぐらいだよ!? 拒否されたら土下座ぐらいした気がするけどさ!!
それを聞いて結音がにやにやしだした。
「えー、ほんとー?」
「本当だって!!」
「才華くんの土下座、綺麗だったわね」
「してないでしょ!?」
「ふふっ」「あははっ!」
二人揃って笑った。まるで険悪さを感じさせないような無邪気な笑顔で双子が笑って────そして新井さんが泣いた。
一際強く結音を抱き締めて、それから遅れて、結音の涙腺が崩壊した。
「うぅ、ひっく……お姉ちゃん、怖かったよ」
「っ、よかったわ、結音が無事で」
「……っ、怖かったぁ、怖かったよぉ……!!」
…………さて。
双子が泣いて抱き合う姿を見た俺は静かに病室を後にした。復讐も何もない双子水入らずの時間だ、邪魔者は去ろうじゃないか。
「うげ、不在着信10件……東雲だよな、これ」
二日ぶりくらいか、久々にスマホの電源を付け、その通知に辟易する。……と言っても今回東雲には説明も無しにかなり危険な目に遭わせた。これは不味い、と思い電話を掛ける。
『はい東雲でし、ゅっ!?』
ノーコールで電話に出て噛んだ。なんだこいつ……。
「昨日はありがとね」
『はい……じゃないわなんだったのよアレは!! 結音ちゃんは平気なの!? あのあとどうなったのよ!! 私は警察に犯人側って間違わ』
切断。元気そうだ。礼も言えたし良いでしょ。
「……結音ニウムを三割ほど取れたわ。今日は帰るわね」
病室に戻ると心なしか来るときよりもつやつやした新井さんがそう言った。結音ニウムってなに。
「え……もう帰るの?」
「ええ、才華くんは?」
「じゃあもう帰ろうかな」
「私を振った人とは一緒に帰りたくないわ」
「……そっかぁ」
ぐうぅぅっ!! 俺が振った訳じゃないのに口に出して言われるとキツい……。
「あはは、本当にフラれたんだお姉ちゃん……仲良さそうだしてっきり……」
「とてもこっぴどくフラれたわ。傷心中よ。もうお嫁に行けないわね、結音、貰ってくれるかしら?」
「どういう意味? それ」
くすくすと笑いあって会話をしている。形ばかりとはいえ復讐が終わったのに、何も変わっていないように見える双子姉妹。
もともと、目に見えるほど憎悪はしているように結音と過剰なシスコン歩買った新井さんだ。この復讐は多分、この双子にとってただの儀式だったのかも。
結音は新井さんを恨むだけの理由があって、新井さんには負い目があって。
それらを消化するだけの攻撃が、『新井凜音復讐計画』だったのだろう。
脅されるわ命令されるわで、巻き込まれる方としては最悪だったけどさ。
ひとまずユイちゃんが幸せそうにしてて何よりだ。ってことで?
「てかお姉ちゃん帰るんでしょ、早く行った行った、しっしっ」
「そうね、お邪魔虫は帰るとするわね、ふふっ。ばいばい、結音」
「はいはいじゃあね、おねーちゃん」
結音が手で追い払うような仕草をし、新井さんが悪戯に笑いながら部屋を去っていく。新井さんは実に楽しそうだった。
…………さて。
新井さんの足音は十分遠ざかったところで、俺は言った。
「写真、捨てててくれよ。そういう話だったでしょ?」
「えっとね……」
結音は少し悲しそうに窓の外へ視線を逸らした。それから卑屈そうに口許を笑みに歪める。
「嫌だ」
「え? いや、結音、捨てるって言って、嘘を吐いたの? そうすれば俺が絶対に従うって思って?」
まさか、俺が新井さんを好きだってことがバレていた? トランプのときとか思い返す限り、観察眼に優れていそうな結音のことだ。隠していたつもりだけど、有り得ない話じゃない。
「嫌なものは嫌なの!!」
だが、結音からの反論はとても感情的なものだった。
話が違うじゃないか、そう言いかけて気付く。
────結音の手が震えている。
それだけで何となく、どうしてそんなことを言っているのか分かってしまった。
はぁ……。
なんだ、つまり、こう言うことか?
「怖いのか」
結音は驚いたように目を見開き、それから恥ずかしそうにこくり、と頷いた。
クラス内外に関わらず八方美人な立ち回りをしていた結音にとって、他の人間に明確に暴力の矛先を向けられるのは想定の内だったのかそうじゃないのかは知らん。
けど、逆怨みで両手貫かれてリンチだ。そりゃあ、人間不信にもなる。対策を練っていたとしたらなおのこと他人が怖いにちがいない。
きっと、今の結音が信用できるのは皮肉なことに復讐の相手だった双子の姉と、命令すれば逆らわない事を行動で示してきてしまった俺ぐらいだろう。
クラスカーストの頂点に居た女がそれでは、なんというか。辛い。
結音は目を伏せたまま、口を開く。
「私ね、本当のところ、いつでも近くの人の弱みは握るようにしてたの」
俺にしたみたいにか。
「あっ、違うよ? この人はこんな悪いことをしてるんだ、とか、この人が好きなのはあの人だー、みたいな身辺調査の延長線上の、えっと」
「脅してたりはしないってこと?」
「そ、そう」
心なしかたどたどしい喋り方になっている。なんだか、結音らしくなくて嫌だな。これが素なのかもしれないけど、こんな怖がっている少女みたいな結音は……。
意外とアリ、か?
いや。やっぱ気持ち悪いわ。
「つまり、いい顔して男に近寄ったりしたわけだ? 結音は」
心なしか、俺の語気が荒い気がした。怯えが混じった顔で結音はしっかりと首肯した。
やっぱり自業自得なんじゃないか?
「そんで逆怨みされてこの様ですか」
「だ、だぁって、ちょっとクラスから手を広げて挨拶したり、LINE交換したり世間話しただけでこんなに恨まれるなんて思わなかったし、忙しくて他のクラスの人のそんなところまで手が回らなかったんだもん……」
手駒に出来るかもって思って多少コナかけてたら想像以上に駄目だったと。
アホだこの女。欲張るからだ。
「お、怒る?」
結音は上目遣いで俺に聞く。
「……結局のところめっちゃくちゃに自業自得っぽくて怒るより呆れてる」
「え」
「まあ……あれだよ、無事でよかった。これでいいんじゃない? 」
「変なことに巻き込んで、怒ってないの?」
……怒られたいの?
「あー、それは……っていうか! そう言えば命令されて仕方なくやったことだけどまだ何も結音から言われてなかったよね!? 何かないの!?」
「な、何か……? お金……? まさか、身体で払え……とか?」
結音はそう言いつつ胸を掻き抱いた。豊満な双丘が服の上からでもわかるくらいに歪む。
身体を……っ!?
一瞬完全に思考が桃色な何かに乗っ取られた気がして、横に頭を振る。頬もついでに張っとこ、ばちーんって。
びくぅっ!? って感じで、結音は俺の奇行にビックリして肩を跳ねさせた。
「んなっ、そんなこといってないよ。まだお礼言われてすらいなかっただろって話、勘違いしないでよ?」
「あ、ああ、そんなこと?」
「俺はあんなに体を張ったのにそんなこともまだ言われてなかったんだぜ?」
今回の件身体張った具合だと……。
(東雲>>>>)俺=新井さん>>>八倉くん
なんだよなぁ。結構張ったんだよね。爆音ミスったらまず無傷で脱出出来なかったろう。結構危なかったはずだ。
結音は、そっか、と口を動かした。そして自分の頬をぐにぐにと指で弄ぶ。
「……よし」
確信したようにこぶしを握り、結音は
「助けてくれて、ありがとうね。才華君」
満面の笑みでそう言った。
「どういたしまして」
────と、これで終われていればよかったのだけど、ちょっとだけ特筆するようなやり取りが病室で行われた。
「そうだ結音、これ、向こうのお土産。多分結音つけ回すのに夢中で何も買ってないんじゃないかって思って」
「えー、何だろう……」
縦長な袋を渡された結音は、ニコニコしながら袋の中の包みを開けた。
包みの中から木刀が現れた。
「…………ねぇ、才君?」
とても微妙そうに木刀を眺める結音。よし、作戦成功。絶対微妙に要らねーって物を送りつけてやろうと思ってたんだよな。
「乙女心ってわかるかな? 分かんないよね…………朴念仁」
────とまあ、結音に罵られる形で今回の一件は概ね終わりを迎えたのでした。
めでたし、めでたし。
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