第18話

「────よ」


「──いや──だろ──」


 ────………………うぅ、ん?


「──わっる────ぎゃははは──」


 ──……痛……つぅ。なんで……?


 気が付くとなんか女子集団が騒がしい。というか女子に相応しくないような哄笑を上げている。本能的に恐怖を覚えて身動ぎする。


「……っ、うぅ……何、あんたら……」


 言いながら記憶を探る。


 たしか、私は……結音。高校一年生!


 そして今日は三日間の合宿の二日目。その自由時間にお姉ちゃんのデートを見守ろうとして……そうだ、いつのまにか寝てたんだっけ。それで寝起きに声掛けられて……っ!


 殴られて気絶して……拉致られたんだ。後頭部がじくじく痛みを発しているのが何よりの証拠。思い出している間に意識もはっきりしてき……た……けど!?


 な、ななな、何これ!?


 両手背中側で縛られてるし両足縛られてるし腰はなんか一本の縄で柱に縛り付けられてるっていうか腰!? KOSI!? 腰を縛ったの!? こんな一本のほっそい縄で?? 普通にぐるぐる巻きにした程度だけど縄抜けは実は結構得意なんだよね。多分抜けられる。


 でも、けっこうヤバイなぁこの状況。


「あー、お目覚め? やっほー、新井結音? 合ってる?」


 ずいっと顔を近づけて聞いてきたのは、私よりも二回りほど体の大きな巨女。顔もデカけりゃ胸もデカい。ダイナマイト女だな。


「ひっ!? 違うわ、ひ、人違いじゃないかしら……?」


 取り敢えず怯えるそぶりを見せて様子見。ここは、教室4つ分くらいの木造の部屋だ。倉庫だろうか。10人かそこらの女子が全員が全員私を見ているわけではなくて、各々勝手な事をしている。


 ……一応姉に悪いけど混乱させるために姉を演じさせてもらう。小学生の頃には入れ替わって遊んだけど、多分今でも出来る。騙されてくれるだろうか。


「とぼけるんだな!? 私から彼を奪ったくせに??」


 遠巻きに立っている女がそんなことを言った。


 彼って誰……ってまたソフトボール部の部長だ。何でこんなところにいるんですか、一年生の合宿ですよ、ここは。


「し、知らないわっ……」


 怯える演技は続けつつ縄を解く……ああ、手の拘束ぐるぐる巻きすぎ。一応、抜けられるだろうけど、かなーり時がかかる。


「演技? キモ」

「そうやって男に媚売ってるんだ?」

「はー、調子乗ってる?」


 演技がかっていると思われてしまった。まあそう思っちゃうよね、もうちょっと狂乱気味に叫んだ方がよかったかも。


「ちょ、調子乗ってるのは貴方たちでしょう!? 何でこんなことをしてるのかしら!?」


 ……私怨にしてはやり口が派手すぎる。誘拐拘束暴力。犯罪だ。仕返しはもっと静かに手を汚さないようにやらなきゃでしょうに、粗暴が過ぎる。


 この荒さだと、もしかすると主犯は影で糸を引いてるだけで、ここにはいないのかもしれない。


「ま、いいや、お前が新井結音でさえあればどーでも」


 巨女がサバイバルナイフみたいな刃物を私に突きつけてきた。


 ──この人だけ異質だ。

 他の人達は少なくとも一度は顔を合わせたことがある人達だ。何となく覚えているからわかる。多分後ろの取り巻きは『被害者の会』とか作って適当に集まったんだろう。


 でもこの人だけは違う。全く見覚えがないのだ。しかも……なんだかこの女だけヤバそうな雰囲気があるのだ。武器と呼べるようなものを持っているのもこの女だけ。


 ナイフを見た被害者の会っぽい女達はその事に気付いてざわめき出す。そのうち一人がわざわざ近寄って、巨女の肩を叩く。


「ちょっと、あなた「うるせえ口出すな。ははっ、そんな怖がんなって。任せておけ、な?」


 巨女がフレンドリーな笑いを浮かべる。とは言っても、近付いてきた女子が怯えている。きっと巨女が女子達の制御下に居ないのは何となく分かる。


「で、だ……新井結音、良いことを教えてやる」


「ちがっ、わ、私は結音じゃないわっ」


「じゃなかったら……あ、お前が新井凜音なのか?」


「そ、そうよ。結音が才華くんと、な、なか、仲良くしたいって、言うから……」


「へぇ……だとしたらさらに好都合、意図せず本丸を捕らえられた。なんてラッキーなんだか」


 ………………はい?


 え、どういうことなの。ほんまる? 本丸。

 この巨女、まるでみたいな……。


 戸惑う私に巨女はゆっくり言い聞かせてくる。


「お前、今自分の価値知ってるか?」


「…………?」


 ずい、と巨女が目と鼻の先まで近付いて笑う。


 お姉ちゃんの、価値?

 何を言ってるんだろう。お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。

 運動神経が最悪で、カメラ好きで、ちょっと機械やネットに強いだけのポンコツ女。あの姉はそんな人だ。こんなことして狙う価値なんて無いだろうに。


「『rine』今やあの業界では知らぬ人はいない!! そういう人間なんだろ? 新井凜────ぬぅ、ぐ、がっ!?」


 ────まったく、うるさいなあ。


「ちょっと黙ってよ、傷に障るから」


 手の拘束は当たり前に脱していた。それから意気揚揚に語る巨女にバレることのないように一気に腰の拘束を脱し、そのまま巨女を掴んで後ろにぶん投げる。両足はまだ縛られてるけど、そんなの転がる分には関係なく、見事投げられた巨女が頭から背後の柱に激突し、気絶。


 巨女の手からナイフが零れ落ちたので拾い上げ、ザクッと足の拘束を断ち切った。


 よし、逃げられ────。


「逃がすか! この!!」


 背中に衝撃。背後からタックルされたのだ。あのソフトボール部部長に押し倒され、俯せになった上にのし掛かられ、髪を引っ張られて顔に張り手を一発。私は目の前が白む中、ソフトボール部部長がバカにするように嗤うのが見えた。


「おらぁっ!!」


「や……やめ、て、下さい……」


 もう一発。私は、思わず涙目になりながら、懇願。


 それから取り巻きだった一人が私の手から離れたナイフを持ってニヤリと笑う。



 ナイフを逆手に持って抑えられた私へと顔を寄せる。


「そう言えば私の元カレ、あんたの手が綺麗って言ってたね」


 ────。


「まっ」


 ぶち。


 ざく。


 ぐりり。


「~~っっっっっっっっ!!!!!」


 右手の甲から貫かれ、だくだくと血が溢れ出す。一拍遅れて熱が右手から溢れて──激痛に体が勝手に暴れた。私はお姉ちゃんなら叫ばないだろうって思いだけで悲鳴は堪えた。


 手に突き刺さるナイフ。潤んだ瞳を通して見える、あまりにも日常とかけ離れた光景。それが自分の手だということに寒気がする。まだ、まだ手なら良いのだけど、あの狂刃が私に重篤な危害を与えないとは全く言えないだろう。うごけないのが、とてもこわい。


 ナイフを捻られ手から血が溢れる。恐怖に震える私を見て、哄笑半分悲鳴半分といったところだろうか。血を見ても冷静にならないほど私が恨まれてるとは。


「なーなー、スマホどうする? なんかLINE来てるけど」


「壊してよくね?」


「オトコ? オトコっぽいわ」


 へらへらと下卑た笑いを浮かべた女達が私のスマホを弄んでいる。


「じゃあ誘い込もうぜ? この女と同じ目に合わせよう、なっ!!」


 スマホを持った女に顔面を蹴られた。痛っ、踏むなっ!! や、痛みなんて大したこと無いけども軽く頭をぐりぐり踏みにじらないで。やめて。息が。


「さ、才華くんを、巻き込まな「うるさい」痛ぁ──んぐうっ!!!」


 ひときわ強く頭を踏まれて、ぎりぎりと軋む音が聞こえた気がする。


「が、ふっ、や、やめて……」


「あぁ? 聞こえねーな」


 にやにやと踏みつけてきている女子が笑う。完全に犯罪だって言うのに楽しそう。


 一緒だから、だろうか。集団心理とはとても恐ろしいものだ。


 踏みつける重さがだんだんと上がってきて、若干オーバーにしている痛がる演技をする余裕が今や影もない。


「てか左手もいっとこうよ」


「お、いいじゃーん。右手抑えてて。抜くから」


 即座に肯定が返り、右手が抑えられナイフが引き抜かれた。


 ぐりっと。


「ぁ、ぅっ!!!」


 ぷちり。


 ざぐぐぐ。


 ナイフが左手にめり込んでいくのを見てしまった。


「や、ああ、ぁあああああ────……いたい、いたいいたいぃ!!」


「いい声で鳴くじゃん。その声で男たぶらかしたの? 喉いっとく?」


「首はマズいって首はー、けーどーみゃくとかあるし?」


「だって、命拾いしたねぇ? 結音ちゃん?」


 嫌味ったらしく言われ、まだ辛うじてある気力を振り絞って言い返す。


「ぐ……あのねぇ……ふう、はぁ……私は、身に覚えはないって」


「知らないし」


 脇腹を誰かに蹴られた。加えて何度も踏みつけられるおまけ付き。反射で涙が出てきた。


「いっ、ぃぇ────っあゔ、ああああ!!!」


 左手のナイフが引き抜かれ、絶叫した。


 だめ、もうだめだ。武術関係の習い事で痛いことにはなれてたつもりだったけどだめ。痛い。だめだ、むり、やだ、痛い……たすけ……。


 ──ああ、そっか。


 お姉ちゃんに復讐しようとしたからだ。そんな悪いことをしようとしたから私はこんな目に合っているんだ────って、不思議とその考えは違和感なく私の胸にストンと落ちた。余計なことを考える余裕なんて殆どないのに自然とそれだけ理解した。


「泣いてもきれいな顔。さぞおモテになるんでしょうね」


 頬を鷲掴みにされて持ち上げられる。背中には一人のしかかったままなので対して上がってないけれど、痛くて堪らない。


「……っ!」


 ここで私が睨み返したのは自分でもよく分からない。多分お姉ちゃんの演技がまだ入っていたままだったのだろうか?


「は、生意気」


「アタシらでぼこぼこにしてやろっか」


 言いながら胸の辺りを横から容赦なく蹴られる。何人も私を囲んで蹴り飛ばそうとしてくる。いつの間にか私の背中に乗っていたあの巨女も退いて蹴って来ていた。


「いいねーそれ」


 ……助けて……。


「あぁ? 聞こえねーな~!?」


「完全に輩みたいなこと言ってるじゃん」


「それな、てか助けて~みたいなこと言ってない?」


「っはははは!! いい気味!!」


 私は丸まって蹲るようにして痛みに耐えた。それでは面白くないとばかりに手首を引っ付かんで引っ張ってきた。


「えいやっ」


 手の傷に靴の踵を勢い良く捩じ込まれた。


「っ──ぁぁぁぁぁ!!!」


 私の絶叫と加害者の哄笑が倉庫に響く。


 もう全身が痛い。いやだ。ここから逃げたい、けど、今の私には何も出来ない。こうならないように、他人の弱みを探ったりしていたはずなのに。こうなってもいいように探っていたはずなのに、今出来ることが何もない。そもそも喋ることすら儘ならない。


 きっと私は調査を怠ったのだろう。

 どこで。

 いつから。


「もっとなんか酷い目に合わせたくない?」


「スマホ壊しとく?」


 ────それは、ダメ!!!


「っ!! やめて!!!」


 つい、強く叫んでしまった。女たちが笑ったことで、私は私の失策を知る。


 蹴るのをやめた女たち。そさて二人ほど私にのし掛かってきた。


「おっ、反応したなぁ」


「ひぅっ……」


「なんか総当たりしたらロック解けた」


「なんかカレシっぽいやつに通話繋げまーした」


「お、やるぅ」


「壊せそうな道具ある?」


「それなら木槌持ってるよ」


 わざわざ私の目の前にスマホを置いて、加害者はわいわいと会話している。恐らくこの中で一番力があるだろう巨女が槌を私に見せつつ言う。


「これでお前のケータイ破壊したら、そうだね……肘と膝でも破壊してやろうかね? そしたら暫くは運動できないだろう??」


「もう運動できない体になっちゃうねぇ、なっちゃうねぇ!」


「いやまだできるでしょ」


 無邪気に笑う女たち。もういやだ。なにこの人達。


『あっ、繋がった!! 結音!! いまどこ!! 俺は迷子だけど……!!』


 才君の声だ。喋ってる内容のとても緊迫感が失われるような間抜けさに強張っていた顔でもお構いなしに頬が緩んでしまった。


「ふふっ」


「あほくさ」


『は……ぁ!? 誰!! 君達だれ!? 結音今一人って聞いてたけど!?』


「あたしら結音のトモダチなの!!」


「そーそー、偶然合流してー」


「意気投合して今えー、どこ?」


「いまどこだって? あーと、めんど、位置情報送るね、良いよね結音?」


「……だめ、きちゃ……」


「はー? いいのかなー? これだぞー?」


 木槌をチラつかせて、ちゃんと喋れと脅してくる巨女。


『そうだ結音、一応事が終わったし、写真返してくれよ。今、すぐに』


「え」


 突然才君がそんなことを言い出した。なんで、今?


 写真を返すなんていやだよ。そんなことをしたら才君、もう私のことなんて無視するじゃん。そんなのは嫌だもん。


 ……こんな状況下で、もう私に頼れるものなんて才君以外に居ない。それだけじゃない。才君だけが私を裏切れないから、私はとっても安心するんだ。そんなもの、手放したいわけがないでしょ!?


『なんかゴタゴタしてるっぽいし、回りくどくてごめんね。写真、勿論今すぐに返せないなら────この関係はまだよ。ねえ、今どういう状況? みんな、心配してるから。凜音さんも』


「っ!!」


 それって……!?


「何言ってんのこいつ」


「ずっとカレシだよ宣言?」


『はぁ!? そんな宣言してねーよ!!?』


 ……ふふふ、そっかぁ。


 なんだか、体がちょっと軽くなった気がする。


「ねぇ、才君」


『何?』


 私は、大きく息を吸った。体のあちこちが痛むけど、構うもんか。


 精一杯に、叫ぶ!


!!!」


『分かっ────』


「えーい!」


 ……木槌が振り下ろされてスマホがぐしゃっと陥没するように歪んだ。コレ完全に壊れたよね。うーわ。私も女たちに混ざって笑いたい気分だ。


 うーん、見事な壊れっぷり。


「何笑ってるんだよ!!」


「ぅ、ぐぇ」


 一発思い切り蹴られた。でも、緩んだ頰が壊れたかのように戻んなくなってしまっていて、また蹴られた。


「で、次は、お前の番だよ結音」


 巨女が私の右膝目掛けて木槌を振り上げた。あー、死んじゃうね、あんなの何回も食らったら結構ヤバイよねー。うん。やばいよ。だめですね。四肢逝ったらたぶん心も死ぬ。


「あははっ、あんたら。聞いてなかったから今更聞くけどさ。こんなことして楽しい?」


「は?」


「おかしくなったかー、つまんなっ」


 いや、おかしくなんてなってないよ。なんか心が軽いだけ。怖くないんだよね。なんでかな。いま完全に押さえ込まれてて何にも出来ないのにね。


「まあいい、やるぞ──」


「────ども、こんにちはー才華に言われてきました……ってあれ? 新井結音!? なにこれ、え?? な、ななななな、ななにをやってるのよ、これぇ!?」


 やけに甲高い悲鳴のような叫びが倉庫に響く。顔をそっちに向けると倉庫の入り口に誰かが立っているのが分かる。


 東雲純だ。これは間違いなく才君の手先だ。不思議と頬がゆるゆるになるのが自分でもわかった。木槌が振り上げられてるって言うのに、呑気だな。私。


「うわ、才華、騙したな……!!?」


 ………………。


 ……大丈夫かな、これ。

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