第17話
「えっと、こっちかな……ごめんね凜音さん、ついてきてなんて無茶言って」
商店街を二人で回るのは楽しかった。好きな女の子と事実上デートだ。楽しくないわけない。
結音はサポートするなんて言って、観光ルートを用意するだけ用意して、殆ど口出してくることもない。
『お姉ちゃんの事は私が一番よく解ってるからね!!』とでも言いながらめっちゃLINE送られてくるものだと思っていたんだけど、来ない……。
八倉くんに任せて正解だったね!!
「いいわよ、気にしなくても」
新井さんは時折笑うようになった。今日も本当にいい笑顔で何度も笑っている。楽しそうにしてくれてる。
そんな新井さんを目の当たりにする度にこのデートが、結音がお膳立てしたものという意識してしまう。
だって、結音に命令されていなければ、こんなに早く近付けはしなかっただろう。勿論デートなんて実現はしなかった筈だ。
俺一人じゃあきっとそんなものだろう。なんか結音のお陰って言うとめっちゃ腹立たしいけどさ。
それくらい俺自身理解している。
「さっきの温泉まんじゅう、結音さんの分も買ったの?」
坂道を登りながら、横に並んで歩いている。手こそ繋いではいないが、肩が付きそうなほどに近い。手が時折触れて、ちょっとどきどきする。
「ええ、そうよ」
どきどきするのは近さだけじゃない。
なにせこれから向かっているのは、結音に指定された告白ポイントだ。そう、告白。結音にとっては復讐の最終フェーズ。王手だ。
俺は告白を断れば、終わり。結音に命令される日々はもう終わりなのだ。うわ、緊張するね……!!
「才華くんは木刀、見つからないようにしないとダメよ?」
なるべく、その事を意識しないようにしないと上の空な返事をしちゃいそうだ。
「ははは……、そうだよね……」
だから気合いを入れるために俺は荷物から一冊、手に取った。
────全てをぶち壊す。覚悟はもう決まっている。
「わあー……」
「……いい景色ね」
そこはちょっとした展望台で、今日通ってきた商店街も、湯畑も一望できるスポットだ。いや、いい景色だ、八倉くんにも見てほしいレベル。そうだ、写真! 写真撮りたい!!
八倉くんには結音任せてるからね、ご褒美?
そう思った瞬間には、行動は終えているのだ!! とばかりに新井さんがカメラを構えていた。俺もスマホを構えて数枚写真を撮った。
……というか告白って、結音の計画的には俺からしたらおかしいよね。ええっと……どうやってさせればいいんだ? というか俺からしたい。
そんなことを考えていると、
「えいっ」
────カシャッ。
新井さんが俺にカメラを向けて写真を撮った。
「っわ、びっくりしたぁ。景色はもういいの?」
「ええ、風景の写真は良いのが撮れたから、もういいわよ。それより、なにか考え事かしら。上の空のようだけれど」
「……いや、ほら、今日楽しかったなぁって思ってて。ありがとね、凜音さん」
「どういたしまして。私にとっても、全く罰ゲームじゃなかったわ。誇っていいわよ」
新井さんは心底そう思っているかのように、楽しそうに言った。そう思ってくれてるなら、俺としてもすごく良かった。
「それと……才華くん、大事な話があるわ。歩き疲れたし、そこに座りましょうか」
「う、うん」
新井さんに促されるままに、俺はベンチの端に座る。
新井さんは続けて俺の横にちょこんと座った。
「っ!?」
「何か……問題があるかしら?」
新井さんは顔を真っ赤にしてそう言った。それもそうだろう、肩が、どころか足腰乗り上げるレベルで接触してるんだから、っ!!!?
えーっと、距離感間違えた……、なんて────めっちゃ顔近、
「ねえ、才華くん?」
耳元で囁きかけられ、ぞわわーっていう感覚が背筋を通り抜けた。恐ろしきは耳にかかる吐息。ふわーー!? な、何するですかー!?!?
急に距離を詰められて俺の脳はパニック状態。うわさっきまでなに考えてたっけ??
「もう、分かる……よね? 何の話か」
「実は私の本性は獣……?」
悪魔特効四倍単体ダメージ……!?
「……女の子に言う台詞かしら、それは。もう、誰にでもこんなこと、するわけないじゃない。才華くんだけよ?」
新井さんは困ったようにそう言う。俺だけらしい。やったね!? 何が? こんなことをするのが。真横に座るのが?
「鈍感ね」
「失敬な、混乱してるだけです」
「それを口に出して言うのね……」
新井さんは呆れたように呟く。ヤバい大量に失言してしまった。せっかくいい景色の所まで来たのに、こんなところで嫌われたら一生立ち直れない……。
とにかく弁明と、あとなんとか告白出来るようなムードを……?
……あれ、ひょっとして、俺……。
ムードぶち壊してないですか……?
「凜音、さん」
眼前に新井さんの御手。
言葉を止めてしばらくすると手は下ろされ、新井さんは恥ずかしそうに目を逸らした。
「待って。……才華くん、私から言うわね」
すー、はー。新井さんが深呼吸。
「才華くん、話があるの」
そう言いつつ、スマホの画面を見せてくる。
────余計なことを喋らないで。
「な、何…………? 喋ら……?」
新井さんは一変して殆ど無表情になり、俺の背中へと手を回してくる。
「私はあなたの事がっ、す、す────」
ひゃあ!? 背中から上着の内に手を突っ込んで来たぁ!? どゆこと!?
「好きですっ!!」
新井さんが叫ぶ。声色と打って変わって冷淡までな眼差しに、これがどうしようもない偽物の告白であることが伝わってきた。
────それはつまり、結音の計画がどこかで新井さんへと伝わっていたということ。
結音は、どこからかこの状況を見聞きしてるのかもしれない。当然か。自分の復讐なんだから。
その事に気が付いた瞬間、背中側からカチリ、と物音が聞こえた。
(でも、やることは変わらない。この告白を成立させる)
「俺もっ──」
新井さんは、悲しそうに目を伏せながら首を振り、スマホを俺に見せつけるように音楽の再生ボタンをタップした。
『俺は嫌いです、なに告白してきてんの? ふざけんな!! 俺は嫌だ。俺が好きなのは結音であってお前じゃない!! 分かったら消えろ、ブスが!!!』
俺はこんなこと言ったことはないし、言わない。合成音声だってことは分かりきっている。
けど、不自然なほどに自然な音だ。生声と大差ないくらいに。それをどうやって作ったか気になるが、それは今、きっとたいした問題じゃない。
「…………ごめんね」
それから片手にいつの間にか持っていた──恐らくは俺の服の裏にずっとあったのだろう──機械に新井さんはスマホを接続するようにコードを挿した。
それから二人揃って黙ってしまう。新井さんは、僅かに俺から離れて、展望台から見える景色へ視線を逸らした。
黙っていても分かった────これで終わりなのだ。
「…………ねえ、新井さん。いや、ユイちゃん」
俺がそう呼び掛けても特別反応しない。身動ぎ一つすらしない。ただ、平然と答えた。
「何かしら、才華くん」
「今日一日、ずっと演技だったの?」
「そうね、演技だったわ。だってこんなこと、結音に悪いもの」
相変わらずの仏頂面。新井さんらしくて良いものだとは思うけど、精神に来る。
新井さんは何とも思っていない、これが現実だって。そっか。そうだよね。俺はなにもしていなかったから、違和感はあったのだ。
ただ、結音に悪い、というのはよくわからないけど。
「盗聴機、他にない?」
「十分に調べたわ。ないはずよ」
一応安心。
「ところで新井さんがユイちゃん、そうだよね?」
「さあ、どうかしら……と言いたいところだけれど……そうね、ユイちゃんを名乗ってLINEを送ったのは私よ。どうやって一方的にメッセージを送ることができたのかは、企業秘密。詮索はしないで貰えるかしら」
「分かった」
新井さんは細かいところは、はぐらかした。そうだよね、ユイちゃんは絶対名乗らない。
だからこれは予想の範疇だ。
俺はLINEを一度確認した。八倉くんから何個かメッセージが来ている。
新井さんとのデートに夢中で気付けなかったみたいだ。
「これ、返しそびれてたやつ」
俺は一冊の文庫本を取り出した。題は────
「『晴宮アマノの憂鬱』……!?」
明らかに動揺している。俺はそのまま続けて、
「うん。ごめんね、五年前はなにも言わないまま引っ越して」
「そ、そういうのは結音に言ってちょうだい」
「分かった」
少しだけ動揺が見える。そう言いつつ本をしまってLINEを確認した。
いちろー『ごめん結音ちゃん見失った!!』14:29
……は? 一時間前???
待て待てまてまて。待って。
落ち着け? なんて? 結音を見失った?
結音をなんで見失ったんだ八倉くん。はっはー、何の事情も話してないけど、どうして二人で居るのに見失うんだ八倉くんは!!!
ユイちゃんが危ないって言ってたのにさぁ! こんなことに浮かれてて気付かないなんて!!!
バカじゃねぇか、俺!?
「っっ! そうだ、新井さんは結音が危ないって送ってきたけど、どう言うこと!?」
ガシッと新井さんの両肩を掴んで聞く。ユイちゃんからのは悪戯半分のメッセージに取られかねないLINEだから真意が分かりにくかったから単刀直入。
事情によってはこんなところで呑気に座ってる場合じゃないしな!!
急に焦り出した俺に、びっくりして新井さんは仰け反った。俺は慌ててたからか勢い余ったそのまま新井さんを押し倒し、あ、やべ!!?
「っ!? え、えと、結音、高校入ってから目立ちっぱなしだった、じゃない?」
「そうだね」
新井さんは顔を逸らしたままに急に口調が矢継ぎ早なものに変化した。俺は、冷静に発言しているように見えるくらい頭バグっている。なんで押し倒してるの?? あれー……。
「うちの高校にもあるのよ、裏サイトの体を成した肥溜めみたいなところが、ウェブ上に。
結音ね、それに書き込まれたの。
勿論内容は伏せるわ、不快だもの。
身元はもうバレていると言うのに、知らずに陰口を叩く姿は無様という他に無いわ。私の妹に、陰口なんて、羞恥心を母親の体内にでも置き忘れたのかしらね。
一応書き込みの主犯格のうち何人かは処分できたけれど、まだ少し残ってて尚且つ一団でこの辺りまで来てるのよ
それがあのチャットの正体よ」
────情報量が多い。
身元はバレてる? 何人か処分した!? 残りがこの辺に来てる??
なんじゃそりゃ……。
「…………うちの学校の生徒、だよね? 一年生?」
「同じ高校かと言えばそうよ。けれど学年は違うわ」
平然と答えた。俺は少し話の方向性が物騒な方に流れているのを感じる。ちょっと落ち着いたので新井さんの上から退くことを思い出した。退く。
「学年が違う……それなのにこんな山奥まで!!?」
「言っても、二時間か三時間くらいの距離よ。休日だし、有り得ない話ではないのは重々分かっているけれど、それでも不振でしょう?」
「……そこまでわかってて何で誰にも言わなかったんだ……結音は知ってたのか?」
あー、ちくしょう、LINEを結音に送っても返事がない!
ついでに八倉くんには罵倒スタンプでも送っとく。
「一応、気を付けるように言っておいたわ……上の空、って感じだったけれど」
「……なるほどね」
一応口に出しては言わないけど、結音が復讐計画について考えて姉の忠言を蔑ろにしているところは想像に難くない。
だとすれば結音は、ほぼ無防備に街をふらついていた事になるし、八倉くんマジで何やってんだよッ!!!
……いや八倉くんにキレてもしょうがない。彼は事情を知らないのだ。俺がもっとしっかり伝えときゃあ良かったのかな……難しいけど。
『八倉くん正直に何をしてたか言いなさい』
いちろー『お前の言うユイちゃんが結音じゃないことを問い詰めたら逃げられた』
コイツゥ!!!!!!
「才華くん、どうしたの? まさか結音に何かあったんじゃないでしょうね」
新井さんが起き上がって俺に詰め寄ってくる。
あれだけ警告したのに、みたいな反応されても困る。送信者不明のLINE、普通に怖いよ?
「なにも……」
なにもないよ。と言いかけてやめた。
俺のお気持ち的には物騒な気配ってだけで新井さんのことを蚊帳の外にしたい。いやー、物騒な世の中ですからね。簡単に木刀とか買えちゃいますし危険な目にはあってほしくない。
でも、新井さんがさ。後になって結音の一大事に自分がなにもしなかったなんていう事が許せると思う? 俺は思わないね。
だいたいまだ何か起こってるって決まった訳じゃないんだから起こってから遠ざけ────おっとLINEだ。
結音『てめーがあらいゆいねのかれしだな???』
「なにもないよっ!!! なにもねーから!!? 大丈夫大丈夫大丈夫っ!!」
────ご丁寧に、思いっきり別人が打ったって分かるメッセージ送ってきやがって誰だお前ぇ!!!
『誰だお前ら』
集団で来てるって聞いてたからか、指が滑った。
結音『おまえにきょひけんはない』
…………続きは送られてこない。もしかして……LINEの通知から送り返しているだけ? 手掛かりお前たちだけなんだからちゃんとしてよ……。
「結音に何かあったわね?」
打つ手なし。
よく考えなくても、なんか友達登録ガン無視してメッセージ送ってきた新井さんなら結音を見つけられる可能性が高い。
そこまで考えて、渋々俺は。
「……はい」
新井さんにスマホの画面を見せるけど、反応は当然良いものではない。冷ややかな目線を貰った。あっ、いい……。
いや、ふざけてる場合ではない。
「────……何で気付いたときに言わなかったのかしら?」
「ごめん……ほら、新井さんの口調から考えてなんか物騒な感じがしたし……女の子だし……?」
「お気遣いありがとう。でも私が、結音が大変だって時に!! のんびりしていられるわけないでしょう!?」
「……っ」
軽率な発言だっただろう。新井さんは激怒した。それから落ち着くために長く溜め息を吐いてノートパソコンを取り出し、ベンチへ座った。
新井さんの家で見たものと同じだ、ずっと荷物に備えていたのかな。
「スマートフォン、貸してちょうだい」
「わかった」
「アプリケーションをいくつか落としたわ」
「これは?」
確かにいくつかスマホにアプリケーションのアイコンが増えている。
「結音、GPS機能をだいたいオフにしてるからそれをLINEのアプリを通してオンにするためのアプリね」
「なるほど……これでどこに居るか分かるんだね?」
「そうよ」
どういう技術だ? いや、今はそういう細かいところ気にしてもしょうがない。
「私が直接乗り込んで結音を助けに行きたいのは山々なのだけれど、きっと相手は大人数ね。何人か伝手はあるかしら?」
「……あんまりないけど、八倉くんか、あとは先生に応援を……」
「事を荒立てたくないわ。先生に事情を話すのは最終手段よ。大丈夫、いつでも出来るから」
あれ、先生には言わないの? 結音第一で動いてたはずの新井さんがするには変な言動だ。絶対先生に話した方が安全に行くだろうに。
「……何で、って顔ね?」
そりゃそうだ。
「でもごめんなさい、先生に言ってもあまりいい方に転がらない。なら警察に直接任せた方がいいわ、それだけは断言できるわ」
新井さんはノートパソコンを操作しながらそう言った。新井さんが結音の救出に手を抜くとは考えない。そんなの甘めの復讐をされたことを考えても、信じられない。
「わかった、信じるよ。とにかく、八倉くんには言ったから、そっから先生に伝わることもあるかもだけど」
「わかってるわ、とにかくもう一度結音にLINEを送っ────」
────ピロロロロロ────ッ
「ん? 電話……誰から!?」
画面に踊る『非通知』の文字。相手が誰か、これじゃわからない。
新井さんは首をかしげて俺を見た。
「あら、才華くんに電話ね、珍しい事もあるものね」
酷い。電話かかってくることが珍しいのは事実だからなにも言えないけどさ。
誰がかけてきたか不明だが、このタイミングの電話だし、何かの運命を感じて俺はその電話を受けた。
「はいっ!! もしもし!!!? どなたですか!?」
『────うっさいわねぇ!!!? 電話口に叫ばないでくれる!? 私よ、東雲純!! 全くもう、電話番号変えたならそう言いなさいよ!!』
────うわあ。
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