第16話


 の計画した『新井凜音復讐計画』は順調だ。


 夜寝る前にお姉ちゃんには才君をどう思っているか聞いた。


 いい感じじゃない? って言ったら満更では無いような反応をした。だから順調。


 それもそうだろう。そうじゃなきゃ、私の復讐にはならない。お姉ちゃんのである、才君を好きという気持ちに嘘があったら復讐にはならない。


 才君はどう思うだろうか。私の事を最低だと思うだろうか。でも才君は別にお姉ちゃんの事は好きではないと言ったし、大丈夫。


(才君はって言ったけど、本当にそう思う?)


 ────ふと響いた心の声にずきり、と胸が痛んだ気がした。


「──このルートいいと思うんだけど……どう思う? 結音ちゃん?」


「ん、ぇ」


 美緒ちゃんだ。いつの間にか目の前に居た……とはいっても私が考えに耽っていただけで、別に特別気配がなかったりした訳じゃない、と思う。


 気付けなかった。うーん、熱でもあるのかな。おでこに手を当てる。温かいなぁ……熱? わかんないや!


 彼女は美味しそうに昼ご飯を食べていた。


「大丈夫? 結音ちゃん、ボーッとしてるけど熱でもあるの?」


「うーわ、結音熱!? 大丈夫かー!?」


 わやわやと騒ぎ立てる……誰だっけ……ちょっと名前覚えてないや。女友達ABC、でいっか。


「だ、大丈夫だよー? 熱無い! 元気元気」


 誤魔化した。なんにせよ、動きづらくなるのはごめんだ。


 だいたいそれ言ったら……ほら、あそこ。いつもそうだけど、普段以上に惚けた面している才君とか重症では無いだろうか。女の子とデートだから緊張するのはわかるけどさあ。


 大丈夫かな、あの男、手筈通りにやってくれるかな……。


「それで美緒ちゃん、なんだっけ?」


「自由時間、一緒に回れるかなぁ……って。ねえもし大変そうなら先生に言って休ませてもらった方が」


「大丈夫だから。あー、でもありがとね? それと────」


「よーっす」


「わっ、八倉君!?」


「何か自由時間の話を────」


 八倉一郎がふらりと男数人引き連れて私の周りの一団に突撃してきた。


 この男、なにか偽物っぽいというか、信用しきれない何かあるから苦手なんだよね。


 ともあれ今は話の流れ的に一緒に回ろう、とでも言うのだろう。


「────そこの学年首席借りてっていいかな?」


「はい?」


 八倉一郎が、突然に私を指名した。何のつもり?


「自由時間、一緒に回らない?」


 衆人環視の中、こんなことを言った。この男、自分の立場をよくわかっているのかいないのか。いや、分かっていると思っていたからこそ、私は八倉一郎に何を言われてるのか一瞬わからなかったんですけど。


 そんなことを言い出せば当然騒ぎになる。目立つ。綺羅星のように目立つ。トップスタァのようにですね。

 わかります。


「えっ八倉君と新井さんが一緒に!?」

「マジで!? デート!?」

「うわー、うわ、うわー」


 などなど。


 正直全く乗り気ではない私だ。私はお姉ちゃんの事で忙しいのに。


 こう目立ってはどうしようもない。私には断る選択肢など取れはしなかった。


 ◆◇◆


『一度話がある、玄関ホールの西側の廊下まで来て』


 才華『わかった』


 自由時間、出発前才君を呼び出した私は盗聴機を手に忍ばせた。逐一命令するには状況が把握できないとダメだからね?


「才君」


 LINE送って数分で、呑気に歩いてきた制服姿の才君に私から声を掛けた。


 で呼び出したからよほど警戒しているのだろう、彼は怪訝な目で私を見てくる。


「何?」


「これから才君お姉ちゃんとのデートじゃない? 準備は十分? 頑張りなさいよー」


 ばしん、と才君の背中を叩きついでに制服の上着の襟首に盗聴を付けた。春の山はそこそこ涼しいので上着を脱ぐこともないのでバレはしないと思う。


「痛って……何だよ急に……」


 不思議そうにしていたけど、まさか盗聴機つけられたとは思ってないだろう。警戒したように背中を擦るのには一瞬ビックリしたけど、気付いた様子はない。


 ……警戒してるくせに仕掛けられたことを全く見抜けないんだ? なんとも間抜けでちょっとかわいいな。


 ……うん?


 あとの懸念はお姉ちゃんが気付くかどうかだけど……まあ、お姉ちゃんなら手助けしたかったとか言っておけばなんとかなるでしょ。多分、きっとね。


『三時半、姉は告白スポットまで誘導してね。ちゃんと断る台本は用意したからしっかりね。段取りは画像と、地図のURL貼っておくから見ておくように』


「…………さて」


 私は皆と離れたからかやたらメッセージが飛んでくるLINEに歩きながら逐一返事を打ち込みつつ、同級生が集まっている玄関ホールまで戻る。


 男女構わず送られてくるメッセージ、その多さには大分辟易してしてるけど、返す返さないで少し事が荒立ちそうだから、必要経費だと思う。


 ただでさえ熱っぽいのだ、怪しまれる行動は取りたくない。


「八倉一郎……ね、なんであんな事をしたのか……」


 本当、顔でごり押しとかやめてほしい。計画が崩れる。左耳に盗聴機とペアリングしたワイヤレスイヤホンを付けながらもそう思った。


 …………はぁ。


 ◆◇◆


 湯畑の前でお姉ちゃんと才君が写真を撮ったりして雑談しているのを、私は遠目に見ている。


 八倉一郎と一緒に。え、何故。


「一郎君、これはどういうことかな?」


「何度も聞くなって。尾行してるんじゃねえか、面白くないか? こういうの」


 え。面白くないか? で済ませるの??


 何度質問しても似たような回答。まさか本当に尾行したいというだけであれほど目立った誘い方をするかなぁ? 私ならしないね。


 うーん、具体的な回答を得ることは現状憂慮するだけの時間はない。しかたない、諦めよう。


 ……悔しいけど、姉の恋路を面白半分に見ている私も居るし。


「望遠鏡あるぜ?」


「目立つ目立つ」


 苦笑を見せる。


 こんなところで望遠鏡を取り出したらいよいよ目立ちすぎる。バカなのかな……?


 尾行しようっていうのは本当に面白そうという以外に理由なんてないのかもしれないな、と私は思ってしまった。


「お、あっち結構いい店があるんだよな」


「らしいね、私も温泉まんじゅうとか買おうかな」


 才君は……あれ木刀かな? 手にとって……少し考えたあとに買っていた。盗聴機が音声を拾う。


『これよくない?』


『……そうね、悪くないわ』


 中学生の修学旅行じゃないんだから……。というかお姉ちゃんも少しちゃんと止めてよ……。


「そういや、結音はどう思ってんだ? 才華の事は」


「昔馴染みでそれ以上でも以下でもないよ? 他の言い方をするなら、ええと、、かな?」


「友達か……」


 何か、考え込むように顎に手を当てたんだけど。ははーん。さては……。


「うん。あっ、もしかしてー、私が才君の事を好きなんじゃないかって思ってたりする?」


「そうだよ、だって結音ちゃん、才華の言う、だろ?」


 ────…………この男……鎌をかけてきたな……!?


「そんなわけないじゃーん、私だよ」


「じゃあさ、結音は初めて才華と会ったときなんて名乗った?」


 何故そんなことを聞くの? 知っているの?


 まさか。知っているのは私とお姉ちゃんだけ。誰も知りようはない。


。十年以上前のラノベだな、知ってるか?」


 答えは、名乗っていない。私は無言を貫いて、一郎君は質問をもう一度投げ掛けた。


「知ってるよ? 何、疑ってるのかなあ?」


「いや、知ってるのなら俺も結構読んだクチなんで話できるんじゃねえかなんて思ったんだが」


 ぐだぐだと話している余裕はない。才君がもうすぐ見えない範囲に行ってしまう。


「そういえば入学式の日、凜音ちゃんが口走ってたな」


 ────いやに鋭いなぁ、この男。


「ねぇ、才君先行っちゃうけど?」


「こっちの話の方が大事だ。? 多少は平気だ、なあ、話しようぜ? 実はな、本当は言いたくなかったが」


 その言葉を聞いた私は身を翻して、八倉一郎から逃げ出した。


「あ、おい!!! 待て! 俺は結音自身の気持ちに気付いて欲しくてだな……!!」


 うるさい。今は、お姉ちゃんへ復讐することが大事だっていうのに。邪魔をするな。


 邪魔を、しないで……!!


 ◆◇◆◇◆



 私たち二人はずっと一緒だった。双子だから、部屋も一緒、朝起きてからごはん食べて学校行ってもクラスが一緒。帰る時間も一緒だったし、親がさせた習い事も一緒。お姉ちゃんの方が習い事をこなすのはほんの少しだけ上手くて、私はずっとすごいなぁって憧れてたっけ──。


 ──それが中学上がる前の私の、お姉ちゃんへの評価。


 ずっと一緒だった、双子の姉への憧れを抱いていた頃の。



『結音ちゃん、頼みがあるの……!』


『なぁに? 最近いっつも公園行ってて遊んでくれないお姉ちゃんの言うこと、聞くだけ聞いてあげるけど?』


『ごめんなさい、実はに友達居るよって言っちゃって……』


『えっ、万年独りぼっちで話し相手なんて私しかいないようなお姉ちゃんに友達が居るなんて嘘が吐けるなんて、驚き! で? で?』


『明後日』


『えっ、何が?』


『明後日、友達、連れてかなきゃなの……お願い結音!! 助けてぇ……!』


『…………。』


 このとき、明確に私はお姉ちゃんへ優越感を覚えた、と思う。


『しょうがないなあ、お姉ちゃんは私がいないとダメなんだから』



 ────私は私の友達に頼み込んでお姉ちゃんの友達のフリをして貰うことにした。私の友達は『ゆいちゃんはお姉ちゃん大好きなの知ってるもん、いいよ!』と快諾してくれた。



 ────けれどその約束の日、お姉ちゃんは泣きながら帰って来た。


 私の友達は『うーん、お姉ちゃんの友達来なかったんだよね、もしかして嘘だったりする?』と言っていた。


 ────嘘……?


 そんなわけない。けど、お姉ちゃんはその日のことを全く語ろうとはしなかった。



『お姉ちゃん』


 その日を境にお姉ちゃんは少し変わった。あまり笑わなくなった。


 両親に頼み込んでパソコンを買って貰っていた。しばらくして習い事を止めた。夜遅くまで起きて居ることが増えた。


 それから部屋が別れた。下校の時間がズレた。習い事が辛くなった。


 いつも二人だったのが、いつしか一人になった。


『なあ結音、お前は何になりたい?』


 父親が言った。いつも言っていたのは俺みたいにすごい人間になれ、だとか、俺よりも色々やってるんだからすごい人間になるぞ、とか。


 正直好きじゃない。最近は習い事が辛い。毎日放課後には何かしらの習い事、休みがない。


 前までは辛くなかったのに。


『ねえあなた、結音、最近辛そうにしてないかしら?』


『この程度で?』


 お姉ちゃんは、習い事をすべて止めた。


 なんで。


『そうよ、毎日習い事ばかり。少しは休みを──』


『もう俺の跡を継げるのは、いや


(………………え? 何をいってるの?)


『え、凜音は?』


 母親はなにもわかってないようで、きょとんとした顔で父親を見ていた。


『……あ、あいつは……もう、ダメだ』


 父親は何か戸惑ったように目を逸らした。


 私は父親の反応で、お姉ちゃんと父親の間に何かあったのだと察した。


『だからな、結音だけが頼りなんだ』


 けれどそう言った父親の目付きが怖くて、お姉ちゃんと何があったのかも、習い事を止めたいと言い張ることも出来なかった。


 加えて、そんなことも出来ない私に私は絶望した。




 ────それから、八方塞がりになった私はお姉ちゃんに問い詰めようと決めた。


『お姉ちゃんはどうして習い事をやめたの?』


『…………』


 けれど、お姉ちゃんは部屋に籠りっきり。扉に呼び掛けても答えはない。


『お姉ちゃんはどうして部屋に籠ってるの?』


『…………』


『お姉ちゃん、答えてよ』


『………………』


『ねえ』


『……』


『もう、いいよ』





 ────それから、私にはなにもない。親の期待通りに外面を繕い、感情を沈め、ただただ従っただけ。


 更に転機になったのは中学三年生の、春。


 両親共に、


 それから二人暮らしだ。嫌でも顔を合わせるようになった。外面を、あの日から降り積もった恨みを隠しながら。


 ◆◇◆◇◆



「……す……ろす……、っ!?」


 ……走って逃げて、ベンチに腰を落ち着けたら、どうやら意識が飛んでたみたい。お恥ずかしいことに、相当疲れてたみたいだ。


 確認するとイヤホンはそのまま、ちゃんと通信は続いてる。慌てて回りを確認する。ここはどこか分からないけど、いざとなればスマホがある。


 それで時間を確認すると三時二十三分。


「あぶないあぶない、ちゃんと聞き届けないと」


 イヤホンの先の音に集中する。


『────才華くん、話があるの』


『な、何…………? 喋……?』


 何か言っている。聞こえないわけではないが言語として聞き取れるほどちゃんと聞こえなかった。要するに聞こえづらい。


 怪しいなって、思うけどお姉ちゃんの言葉が続いている。


『私はあなたの事がっ、す、す、好きですっ!!』


 ────言った。


『俺もっ『俺は嫌いです、なに告白してきてんの? ふざけんな!! 俺は嫌────』


 …………よかった。才君はしっかり、私の命令を聞いてくれたらしい。ぼけーっとしてたから心配してたんだよね~。


 …………。


 私はその言葉の途中でイヤホンを外した。最後まで聞き届ける必要はない。


 というかはい、正直に言います。


 聞きたくもない。そんな否定の羅列なんて。


 けどよかった、ちゃんと才君はお姉ちゃんを振ってくれたんだ。


 ざまあみろお姉ちゃん。


 これで私の復讐は終わりです。ありがとうございました。


 …………。


 ………………ええと。


 うん………………全くスッキリしないね。


「あの」


 ふと、若い女の声と共に私は肩を叩かれた。後ろからだ。ここは変な路地抜けた観光とは縁のない場所で、人通りも少ない。


 学生が迷子にでもなったのかも、と振り返


「もしもし、学年代表? 悪いけどちょーっと面貸してくんない? 拒否権ねー、けどよッ!!!」


 ガンッッッッッッ。


「────っ!?」


 とっさに立ち上がろうとしたけれど間に合わず、私は後頭部を殴られた。


 激痛、というより一瞬で目の前が真っ暗になってどんっという衝撃が体の前方から襲ってきて。倒れたんだと思う。わかんない。


(誰……? 女の声……?)


 何もわからないまま、私の意識は途絶えた。

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