第15話
「勉強合宿なんて言ったけどさ」
「おう」
「後半、ほぼ遊んできていいよって感じだよね」
二日目の朝、一つのテーブルに向かい合って、八倉くんと一緒にご飯を食べていた。
「あ、そうだ。その自由時間、問題なければ一緒に行ってもいい?」
「問題なんかあるわけねぇだろ? そんな卑屈にならんでも……」
八倉くんはサラダをモシャモシャ食べながら、言葉を続ける。
「あー、そうか。才華、昨日の罰ゲームが引っ掛かってんのか? 俺的にはあんまり面白味ねぇんだけどなあ」
────先日、ババ抜きで最後の最後で一抜けした結音は新井さんへ耳打ちしていた。罰ゲームの内容らしく、新井さんは顔を真っ赤にしていたのが印象的だった。
というか罰ゲームの発案者が結音で、優勝も結音って、なーんか仕組んでないですかね?
あの女。なんかイカサマとかしてそうだし。
「そう?」
「だってよ、何をやらせたいのかわかんねーんじゃ、協力もなにもできねぇじゃん」
「……協力?」
「そ、協力。前も言ったろ? 才華の周り、面白いことになってそう、いやあのときはなりそうってだけだったか」
八倉くんは明るい口調でそう言った。相変わらずなにが面白いのかはよく分からないけど。
「あー、言ってたね。どういう意味?」
「どういう意味かって聞かれりゃ、答えてやるのが世の情け……と言ってもなぁ、面白そうって何か、ちょっと俺もわかってないんだわ。面白そうって何か、説明できるか?」
「それは……わかんないね」
何が面白いものなのか、確かに突然言われても例示するのは難しい。
いやでも今は話の流れ的に説明できて欲しいけども。説明できないものを無理に説明させるのも悪いし。
そういうならまあ、仕方ない……のかな?
「まああの双子、そろそろ面白そうなことになってるから一枚噛みたかったって────噂をすればなんとやら、だ」
「才華くん」
八倉くんは喋りながら俺の後ろ、何かを追うように目を動かしていた。
気になって振り返れば……なるほど。
新井さんが普段の仏頂面をさらにキツくしてそこに立っていた。
「凜音さん、どうしたの?」
「………………。」
「凜音さん?」
物々しい雰囲気で俺を見てくる新井さん。
とてもただならぬ空気を発している。どれくらいかというと周りの学生がちょっと離れた気がするほど。ごごごごご。
「ははっ、じゃあな才華。俺の事は気にせず頑張れよ」
「はっ!? 八倉くん!? どこ行くの!?」
「邪魔しちゃ悪いだろ? な、凜音?」
「ありがとう」
新井さんが礼を言うと、どういたしましてと笑いながら八倉くんはどっか行った。
……どういうこと!? 何!? 何が始まるの────。
「あ、ごめん」
結音『お姉ちゃん送ったよー、断るんじゃないよー、これは罰ゲームだよー』
LINEの通知。新井さんに断りを入れて見ると、そんな文面だった。なんだ罰ゲームか。心配して損したな、さあスマホしまっ
ユイちゃん『断れ、私が危なくなる』
…………。
「さ、才華くん……話があるのだけど」
「なに?」
顔を赤らめて手をもじもじと珍しくも恥じらいつつ、新井さんは上目遣いで。
「今日の自由時間、一緒に回ってくれるかしら」
「いいよ勿論!!」
………………………あっ。
提案が魅力的すぎてさっきのLINEのメッセージの事全く考えずに答えちゃったけど……大丈夫か……?
「そう、わかったわ」
新井さんは微笑みながら、そう言って胸を撫で下ろしていた。
……まあ、もとより断るつもりなんて毛頭なかったしなあ。大丈夫かどうか?
大丈夫にするんだよ。そういえば一枚噛みたがっている男がいたよな?
◆◇◆
「────ここが湯畑ね、写真とかは見たことあるけれど実際見てみるのとではやっぱり違うわね」
俺は制服姿の新井さんと二人でもくもく湯気が出てる川の横にいた。あの温泉街をイメージするとだいたいパッと出てくるやつ。もくもくしてる。
山籠りで勉強させられてたから案外近くにこんなところがあるとは中々思えなかったけど……実際見てみると……こう……。
「才華くんは、どう思う?」
「綺麗だよね」
俺は素直にそう言った。新井さんは俺の言葉を聞いて驚いたように目を見開いて、それから目を伏せた。
「…………そう、浅い感想ね」
「いきなり感想ディスられた……!?」
新井さんはクスクスと笑う。それからカメラを取り出した。
ここは観光地としても有名な温泉街であり、それこそ画になるような場所はたくさんあるだろう。
それは写真部の一員としては見逃せないということで、本当はフットワークの軽い単独行動が良いんだと新井さん言ったけど。
罰ゲームらしい。そうじゃなきゃ俺の事なんて誘わないとも新井さんは言っていた。
ま、まあ女子一人でふらつくよりも断然安全だよね! うん、俺じゃなくても良いっていうのは知ってたよ!?
誘われたのが結音のお蔭であるとはいえ、結音の考えを知っている以上、ド正直に感謝などできようもない。出来ないけども、ほら、一応? 一応ね。心の内だけで言っておくか。
結音様あざぁっっっす!!!!!!!
「まあいいわ、行きましょうか?」
カシャカシャと写真を撮る新井さんの前へ出ないように、俺はその後ろを着いていく。気配を消すのは割と得意だ。任せろ。
「才華くん、笑って」
「え」
「笑って」
突然新井さんは俺にそんなことを言ってきた。戸惑うままに笑顔を作った瞬間新井さんがカメラで俺を撮った。
「よし……」
新井さんがその出来を見てやんわり笑う。ビックリした……。
「凜音さん、もしかして俺の事も撮るの?」
「当たり前じゃない。心配しなくても大丈夫、なにか賞に送ったりはしないわ、個人的に撮っておくだけだから。それとも写真に撮られると魂がとか、化石みたいな事を言うのかしら? 嫌と言うのならしかたないわ、これ以上はしないつもりだけれど」
「い、嫌じゃないよ!? 全然嫌じゃないからどんどん撮ってよ!?」
いや俺なんて撮ってもどうしようもないと思うけどさ。
「わかったわ、存分に撮影させてもらうわね?」
新井さんは笑ってもう一度俺にカメラを向けて写真を撮った。
今日の新井さんはよく笑っている。
普段の仏頂面はどこへ行った? という感じである。俺得でしかないね。
毒舌も近寄りがたさもない新井さん、普通の美人だから。まあ、無いなら無いで少し寂しいけどね。……寂しいか???
「こっち、行きましょうか」
「うん────って早っ!? ちょっと待って凜音さん!!」
それから商店街のような人の多い通りに吸い込まれるように移動する新井さんを見失わないように、俺は駆け出した。
ああ、とても楽しみだ。
ユイちゃん『ねえ、本当にいいの?』
そんなメッセージが届いたけれど、名前が表示されているものの送り主の不明なLINEなんて怪しすぎる。
だっていうのにお構い無しに、毎回不安を煽るような事ばかり送ってくる。
だいたい結音が危険って何だろう、俺にはどうせ何も出来ないのに、なんで俺に言うんだ。まあ俺じゃなきゃある程度やってくれるって信じて、ちょっとLINE送ったけど。
結音にはそりゃあ恨みはあるけども顔見知りというには仲良くなりすぎてる気がするし、あの女が危険って言われれば、そりゃあ対策ぐらいするってものだ。
念のために一番身の回りで信用してる八倉くんに結音を任せてある。八倉くんがついてりゃ大丈夫……だと、思いたいなぁ。
あ、でも決してユイちゃんとかいうLINEを信用したわけじゃないんだからね!!? 勘違いしないでよね!!?
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