第14話

「はい、じゃ時間的にラストね」


 結音が壁に掛けられた大きな時計を見てそう言った。トランプの山札を二つに分けてしならせてパラパラと重ねるなんかかっこいいシャッフルをしてた。説明が下手……っ!!


「そ、そうね、次は一位取るわよ」


 ────五戦中五回ビリを取った新井さんがぐっと握りこぶしをつくり、震え声でそう言った。正直誰も笑っていない。


 みんなわかっていたからだ。勝てるわけないって。


 そりゃそうだ。ジョーカーかどうかが分かりやすすぎるレベルで顔に出る人が勝てるわけないじゃん。


 新井さん普段仏頂面なのになんでババ抜きに限って顔に出るの……?? かわいい……。


「ラスト勝った人が……この場合凜音さんへの命令権手に入れるの、かな? 」


「命令って、物騒だなぁ良識の範囲内で言うこと聞いてもらうだけだからね。分かってるよね? もし勝っても私の目が黒いうちにお姉ちゃんに変な事をさせたら……覚悟してよね男子二人」


「覚悟?」


「……説明が必要かな?」


「………………………さー最終戦始めようなー! さっきは結音が1抜けだったよなー!!」


 八倉くんは逃げるようにゲームの進行を促した。結音は笑顔で頷く。結音は笑ってるのに、すっごくこわかったです。


「そうだね、じゃあお姉ちゃんから取ってね」


 ともあれ、最後のゲームだ。カードを新井さんが取って、俺が取って、八倉くんが取る。最後に結音だ。


 ……お、幸先良いぞー、いきなり五組捨てられたぞ。残りは三枚。


 ちなみに結音は七枚で、八倉くんは五枚。結構減った気がする。


「これは……」


 新井さんはすでに二枚しか持ってない────けど表情的にジョーカーを持ってるな……あれは。


「さー始めよっかー、じゃあ才君からお姉ちゃんのカード引いてってね」


 それから結音は後ろ手になにやら弄っているのが見えた。


 結音『手札どう?』


 ────堂々と聞いてきやがった!? イカサマやめて。


 幸い、通知からしか見てないから、既読付かないはず……だから無視させて貰う!!


「才華くん……?」


 それも見たのは一瞬だし、なんなら常時スマホゲームの周回の体で弄ってるし、バレない……と思う。


 このババ抜きトランプ始まってから初めて結音から露骨なメッセージ来たな……。


 驚いたけどそれだけ勝とうとしてるのだろう。


 折角だから返信しようかな……? 馬鹿正直に書いても嘘書いても、ゲーム中だし捨て札と被らなきゃバレないだろ。


「才華くん、早く」


「あ、ごめん……」


 新井さんが眉をひそめる。完全にLINEに意識が持っていかれていた。俺自身にイカサマなんてする気はないし、考えても無駄だ。


 それよりも新井さんの手札がしか無いことが重要だろう。


 この状況、俺がジョーカーを引き抜いてしまえば、新井さんはほぼ間違いなく一抜け出来るだろう。


 相当手が悪くなければ。……それもまあ、有り得そうなんだよなぁ。なんか。


 逆に俺がジョーカーじゃない一枚を引き続ければ?


 そうすると新井さんが持っているのはジョーカーと八倉くんから引いたカード一枚になり、永遠に上がれない。普通なら出来ないけど、新井さんの顔を見ていれば分かっちゃうので多分、出来る。


「そういえば」


 俺は、結音を見た。


「これ、凜音さんが罰ゲーム対象だけどさ、凜音さんが優勝したらどうなるの?」


 結音は質問と同時に少しだけ俺の事を睨む。


 恐らくはジョーカーを取るか迷っている俺の思考を読み取ったのだろう。多分全員ジョーカーが誰の手にあるか分かってるし。


「それはまあ、ご褒美的な?」


「それはまた、曖昧な」


 カードを見つめながら俺はそう返した。じゃあ俺がやれることなんて決まっている。


 ────ジョーカーを、引く。


「……えっ!!」


 新井さんが驚いた顔で俺とカードを交互に二度見した。そんなに信じられない? 俺がジョーカーを引き当てた事が。


 まあ、はい。これで勝てる可能性が────。


「これもーらい!」


 結音がジョーカーを引いていく。


「あ、じゃあこれか?」


 八倉くんが恐らくジョーカーを引いたのか苦い顔をした。そしてシャッフル。


「じゃあ、これ……かしら……、っ!?」


 新井さんが思いっきりジョーカーを引いた顔をした。


「…………」


「(にへへー)」


 結音が笑っていた。いやもう命令なんてなくてもお前の考えくらい読めるぞとばかりに。


 いや実際読みきっているのだろう。じゃなきゃジョーカーを一周させるなんて芸当、出来はしないだろう。


 ……けど、ちょっとこのジョーカーの巡りは結音単体だとおかしい。何で八倉くんまで……いや、一回なら偶然だろう。


「じゃあ、貰うよ」


 俺は、僅かに疑念を抱きつつ新井さんの手からジョーカーを引き取った。


「……才君、もしかしてお姉ちゃんを1抜けさせようとしてる?」


「どうしてそう思う?」


 結音の質問を質問で返す。


 わかりきった質問だろう。二回連続でジョーカーを引き取ったのは全員分かっていることだから。


 そう、これは結音との一騎討ちだ。いつか新井さんが上がるまでジョーカーを回し続けるのだ。


「いや、分かり易いよね。才君、お姉ちゃんの罰ゲーム回避させるためでしょ?」


「それ本人の前で言う奴がいるか!!?」


 手札四枚をぐちゃぐちゃに混ぜる。


 ジョーカーを引かれる可能性は四つに一つだが、結音はもしかすると表情の揺らぎ、目の僅かな動きからジョーカーを割り出すかもしれない。……どうすりゃいいの?? これ。


 会話は動揺を誘い、反応を分かりやすくするためだろう。この女、小賢しい。


「まったくもって、その通りだけどさ。だってほら、罰ゲームとかあまりよくないと思うし?」


「えー、勝った人がお姉ちゃんに一つなんでも言うことを聞いてもらえる権利だよ? 欲しくないの?」


 俺の手札を見透かそうと、結音は手をカードの上に翳す。露骨に表情変えて罠に嵌めようとすれば、多分結音は見破って寧ろジョーカーを選択する確率が上がってしまうだろう。


 ここは結音の手を極力無視して会話を続ける。


「……欲しくないと言ったら嘘になります」


「ほらね、だってお姉ちゃんだもん、やー、人気な姉を持つと困りますなー」


「結音さん、新井さん勝ったらご褒美なんでしょ?」


「そうだね。ところでお姉ちゃん、それで勝って嬉しい? 楽しい?」


 ここで新井さんへ話を振った。嫌らしく結音が笑みを浮かべたのが見ずとも分かる。


 ──しまった、確かにこれは新井さんの気分的には宜しくないような気がする。


「さ、才華、くん」


 新井さん歯切れ悪く俺の名前を呼んだ。


「…………はい」


「結音を、ぶっ倒すわよ」


「ほらお姉ちゃんもこう言っ────ええ!?」


 結音が心底驚いた様子で叫んだ。俺も驚いた。


「結音、まだチーム戦は続いてるのよ。そうよね? 才華くん」


 ────あ、そうか。そういう理屈か。納得した。じゃあ、と俺は頷いて結音に重ねて聞く。


「え、そ、そう!! そうそう! 結音さんそこんとこどうなの!?」


「えー、さっきまでそんな話なかったじゃん……」


 結音は頬を掻きつつ、ぼそっと。それを聞いてか、新井さんが結音へ詰め寄った。


「結音?」


「……いいよ、お姉ちゃん。二人組だとしても大して変わらないしね?」


 そうやって結音は悪戯っぽく笑い、カードを引き抜く。


「……あれ、違ったかー……」


 結音はそう言いながらスペードとハートの3を捨てる。


 よかった、まだジョーカーは俺の手にある。結音ならまだジョーカーを引き抜きそうなものだが、別の狙いがあるのかもしれない。


 俺に出来るのは、ジョーカーを持ち続けることだけ。かっこよく新井さんを勝たせることもできず、結局運任せみたいだが、まあこれでいいんじゃないかって思うんだ。







 そして────。


っ!!」


 最初にその言葉を宣言したのは果たして────結音だった。俺の手にはジョーカーが残ったままで、最後の最後まで結音はジョーカーを回避し続けた上に誰よりも早く上がったのだ。


 まあ、うん。知ってた。

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