第12話
今日はやや早めの昼食を取った後は五科目のテストが波状攻撃だ。あまりに苛烈な攻撃に俺の体幹が崩れ忍殺されてしまうことは想像に容易い。
終わるのはおおよそ6時を過ぎる。そしてそのまま夕食だ。そのあとは自由時間と称した男女別々に風呂の時間+αで、就寝だ。一日の流れはそんな感じですね。
で、今はテスト終わったところです。気分は正にSINOBI EXECUTION……達成感……というかお腹へった。
「ぐええ……おわったぁ……」
「才華くん、テストはどうだったかしら?」
「あんまり出来なかったよ……なんかあともうちょっとで答えが出てきそうな問題ばっかりだったけどさ」
「そうね、私もすこし出来が良くなかった気がするわ。いくつか、終わった後に気が付いてしまった間違いがあるわね」
テスト直後だから、話題は当然テストの結果になってしまう。しかし、俺はそこまで優秀な訳でもなく……自然に、どこそこが出来なかったという話になってしまう。
そうなってしまえば最悪で、新井さんとの間に陰鬱な空気が流れ出した。
「はー、二人揃って暗いねー。テスト終わったんだしっ! ほら元気だして肉食べよう肉!!」
そんな空気をぶち壊すように結音が割って入ってきた。
このホテルの食事は基本的にバイキングのようで、俺と新井さんと違って結音は既に食事を持ってきていた。見れば結音は皿にバランスよく野菜と肉を器に盛っていた。
ていうか。
「そうだ……ね!?」
うわめっちゃ盛ってら!? 山じゃん!!? 山!! エベレストもびっくりな盛り方、ちょっと揺らせば崩壊するんじゃないか? 重くない? ねえ重くない? 平然としてるね結音さん怪力かよ??
そんな結音の皿を見たからか、新井さんが引き気味にバイキングの行列に顔を向ける。
「……そうさせてもらおうかしら、才華くん行きましょう?」
「そうだね、早く取らないと無くなりそうだし」
結音の皿を見ながら言うと、その意図が通じたのか結音はニヤリと笑う。
「なにそれ、私が食べ過ぎとでもいいたいの? そんなに取ってないでしょ」
「え?」
「結音……」
これには新井さんもちょっとどうしましょうかねみたいな目で結音を見ていた。
結音はそこで自分の皿を見返し……はっと目を見開く。
「あ、あれー? こんなに盛ってたっけ!? 何この山盛り唐揚げとステーキ!!?」
「まさかの無意識……!?」
「……あれー、あれー?」
そうやって結音は首をかしげたまま席に向かっていった。新井さんは視線を料理へと向かわせて何やら考え込んでいる様子。
無意識とは……結音、恐ろしい子……!!
新井さんは皿に盛りつつ結音を見ながら呟いた。
「結音、実は大食いなのよ。いつもは隠してるけれど」
「大食い……」
「ああやって自分の食欲に振り回されてる結音、可愛いでしょう?」
いっぱい食べる君が好き。そう言うことらしい。
……うーん、わからん。
俺はその問いに、はいともいいえとも回答しなかった。そういや結音っていつも早起きして朝走ってるけど、まさかそういう事情があるのかな。
燃費悪いってことを結音の弱点として覚えておこう。
そんなことを話してるうちに俺も新井さんもご飯とおかずを取りきったので、結音の席へと向かう。
「結音、隣……いいかしら?」
「いいよいいよ大歓迎! お姉ちゃんはどんなのを取ってきたの? おっ、野菜多めだあー」
じゃあお邪魔するわと新井さんが結音のとなりに座る。俺は静かにその対面に座った。
「あ、才くん、この後暇? 実はさー、このホテルにある卓球場、使って良いって言われてさ、風呂の後時間あったらやろうよ。ほら! 温泉と卓球って切っても切れないじゃん?」
これは昼に来た命令の布石かな。
温泉と言えば卓球!! まあそんなイメージはあるけどまた何でそんな提案を突然してきたんだろう。いやこれ裏があるかどうか考えても仕方ないけどさ。
結音はなにも言わない俺を不思議そうに見詰め、ふと思い付いたように新井さんを見る。
「勿論お姉ちゃんを誘うし、後はそうだなぁ……八倉くんも誘う? 男女2-2でバランスいいしそうしよーっと」
「……いいわね、それ」
新井さんが乗った。やった、とばかりに結音が小さく拳を握り締める。俺も頷く。
「楽しそう」
「でしょー!? 才くんもオッケー……じゃあ八倉くんには私から言っておくから二人ともちゃんと卓球場きてね!」
◇◆◇
夕食が終わった後は風呂。いやっほーーっ!! 温泉だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
温泉と言えば浴衣!! 着替えに関してはホテル側が用意している浴衣を来てもいいし持ち込んだ服を着てもいい事になってる。学校からのお達しだ!! やったね浴衣!! まあまだほとんど風呂に入ってるやつがいないからみんなだいたい制服だが!! 待て、しかして希望せよ!! 浴衣!!
…………でも俺、風呂の前に広間に向かわなきゃいけないんだ。温泉は少しお預けだ。
「才華どうすん?」
八倉くんが聞いてくる。クラスの男子約半数が入っている大部屋で、着替えを用意して風呂にわいわいと向かっていく野郎共を眺めつつ、俺は答えた。
「ちょっと喉乾いたから、自販機でも寄ってから行くよ。結構時間あったよね?」
「そうか、じゃあ俺は先に入ってるが……鍵閉めなきゃだから早く出てくれるか?」
八倉くんも荷物をまとめて立ち上がった。それから立て続けに、鍵を見せつけてくる。
やば。ぼんやりしていた俺は慌てて荷物をまとめて抱えて廊下に出た。
「ごめんごめん、待っててくれてありがとね」
そう言うと八倉くんは、ああ、と言葉を返し。
「全然構わねえぞ? あと……時間、八時までは男子の風呂の時間だったから余裕だぜ? 女子風呂時間終わったら卓球だな、ちゃんと来いよ」
言いたいことだけ言って風呂へと向かっていく。その後ろ姿を見送りつつ俺も広間へ向かう。
──一応ホテルの見取り図は頭に入っている。
上の方の階になる生徒の部屋と地下階にある風呂との中間の階に指定の場所はあった。
大体の生徒はエレベーターや階段で飛ばす場所だ、つまり密談に適している。
そんな階層に足を踏み入────。
「あんた、もしかして才華?」
────その声に足を止めてしまった。
その後でしまったなと言うことに気が付いて、俺は固まった。振り返るかどうかその一点に悩み、悩んで、悩み抜いた俺が選んだのは綾鷹でした違うわ前への全力逃避でした。
問い掛けられたが無視だ。声の主が誰なのか、俺にはそれを判断することは簡単だからこそ、無視。いやもう本当、今朝話題に出てから嫌な予感がしたんだよなぁ。
その女とはもう一生関わりたくなかった。ランキング『関わりたくない女』堂々の一位だ。やだ。会いたくない。相手は後ろ姿しか見ていないなら三十六計逃げるに敷かず!!!!
「才華でしょ!!?」
「人違いです!!」
「その声!! 才華だよね!?」
「ゼンゼンチガイマース! ワタシ、サイカジャアリマセーン!!!」
「嘘つけや!!」
「ウソジャアリマセーン!!!」
「逃がすか!!」
似非外国人風に叫びつつ全力で逃げる。
何て事はない相手は女子。逃げられない道理はない。
……ないけど、このまま広間に行けば結音と鉢合わせになるか?
もしかしたら居ないかもしれないけど……結音とこの女が鉢合わせ?
え、めっちゃ嫌なんだが??
あの女とこの女、嫌な女と嫌いな女が合わさってその場の嫌悪指数が鰻登り。スカウターも爆発するね!
そんなこんなで予期せぬ被害が俺にもたらされやしないだろうか?
「何で逃げるのっ!! ねぇ!!」
「追われるからな!!?」
────東雲純。
何故か割合悲痛な声を挙げながら追ってくるこの女がしてきた数多くの所業を、俺はまだ忘れていない。つか忘れられるようなものでもない。中学の頃の記憶を掘り返すと七割くらいこの女が堂々居座っている。どいて。
──名前を女子みたいだって詰ってきた。放課後はだいたいパシりにさせられ、人前ではわざとぶつかったりと嫌がらせ。極めつけに偽告白してバカにされた。
ああそうだ、そういう点では明らかに結音は純よりも良い奴だった。結音は、そういうの、しなかったしな。ドングリの背比べと言えばそう。
「待ってよ……才華ぁ……」
突如追う足音が途絶え、啜り泣くような声が聞こえた。俺は振り返らないで、それをチャンスとばかりに逃げ出した。
女の涙は武器と言われてるだろ? 多分、振り返ってもろくなことにはならないし、大体嘘泣き。十回はその罠に嵌められた経験者が通りますね。
「到、着────あれ?」
程なくして俺は結音指定の広間に滑り込んだ。先には誰も居らず、結音が来ているものだと思っていた俺は間抜けな声を上げて立ち尽くした。
……嫌な予感がする。
◆◆◆
「──こんばんは、東雲……純ちゃん、だっけ?」
「誰よ、あんた」
「同級生だよ、私の顔に見覚えない?」
「…………ないね、もう一回聞くけど、あんた誰?」
「新井結音。私の事はお気軽に結音でも結ちゃんでもゆいゆいでもお好きなように呼んでいいよ?」
「…………新井? ああ、学年代表の? へぇ、そんな人がこんな時間にこんなところに何で来たの?」
「いやぁ、あはは、そっくりそのままお返しするよ? なんで? この階、広間があるってだけで、うちの高校は使ってないし、その生徒が利用しようとは思わない筈なんだけどなぁ。見ての通り、何もないし」
「…………それはこっちの台詞、こんなところに来る男女を二人も見掛けたらちょっと気になるでしょ?」
「二人?」
「あんたらよ。才華と、あんた」
「えー、私が声を掛けたのは純ちゃんが入った後だと思ったのに」
「あんな下手な隠れ方でよくもまあそんなことが。ぬけぬけと言えるわね」
「へっ、下手?」
「…………なに本気で驚いてんのよ。物陰に隠れてるつもりだったんでしょうけど丸見えよ、あんなの」
「あれー、そっか……あはは、下手かー……」
「何笑って誤魔化そうとしてるの? なんでこの階にあんたらが居るのか、まだ聞いてないんだけど」
「ええ!? 誤魔化そうなんてそんな……ただ単純にホテルの中どうなってるんだろうなぁって探索してみただけなのに」
「一人で?」
「そうだよ?」
「……バカなんじゃないの?」
「ええ……酷いなぁ……」
「だとしても才華よ、今男子風呂の時間なのになんでこの階に寄る用が──」
「純ちゃんはもしかして才君を追い掛けてこの階に来たの?」
「……相手の話を遮るなって親に教わらなかったの?」
「純ちゃん、才君追い掛けてこの高校に来るぐらいだもんね? 気になるよね?」
「その才君とか馴れ馴れしくあいつの名前を呼ぶの、気持ち悪いからやめてくれる……?」
「やーめない。私たち幼なじみだからね」
「……っ、幼なじみ? だから何だっていうのよ!! 」
「え、才君駄目? 呼びやすいよ?」
「……っ! やめろって、言ってるじゃない……!!」
「……ねぇ、もしかして、純ちゃん」
「う、うるさい!! 何よ! 悪い!? 何なの!? 折角黙って同じ高校に入って驚かせてやろうと思ったのに……あいつは私を見て逃げるし、変なのに絡まれてるし!!」
「手回し足りなかったかあ……にしても才君変なフラグたててるなぁ」
「はぁ!?」
「あーごめんね? 関係ないよ? 」
「何なのよ……あんたら……、ほんと、もう……」
「卓球する?」
「は?」
「実は卓球場使って良いって言われてて、ちょっと肩慣らしに付き合ってよ? そうだな……折角やるんだし賭けよっか。私は才君賭けるよ? 乗る?」
「…………は?」
◇◇◇
結音『やっぱナシで』
「…………は?」
俺はそのメッセージに首を傾げた。なんなんだあいつ……。
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