第10話
部活動体験期間も早いもので気が付けば四月がもうすぐ終わる。
今月は色々なことがあったなぁ。
……ユイちゃんに再会して、なんでか押し倒した写真をダシに脅されて、それから命令に怯える日々が始まった。
早朝は五時から休み時間も、放課後でさえ飛んでくる命令に背けばその写真をばらまくというのだ。
俺は気が気ではなかった。
────けど、それはもう終わりにしよう。
「おっはろー。早かったじゃん」
「……おはよう。どの口が言うんだ、LINE送ってきたの結音だろ」
「まあね」
俺も結音も、大荷物を抱えていた。
なぜなら今日から三日間、新一年生はまるごと山間の温泉地へと勉強合宿に向かうのだ。
「凜音さんは?」
「お姉ちゃんは先行ったよ、写真部だしすごいいいカメラ持ってるから、カメラマンやってよって先生に頼まれてる」
「そっか……俺はそっち行かなくて良かったのか?」
「え、私と一緒は嫌?」
「嫌に決まってるだろ」
「えー」
結音はころころと笑いながら、ゆるゆると歩く。結音の持っている大きなスーツケースのキャスターがガタガタと大きな音を立てている。重そうだ。
「ほい」
俺は結音に向けて手を差し出した。
結音は首を傾げ、何を勘違いしたのか僅かに顔を赤くしてその手を握ってきた。その手を弾き返す。なんでですか……?
「違うって、その荷物重そうだから持つよって手だよ」
「わ、分かりづらいなっ、もうっ!?」
結音はそう言ってけらけらと笑う。
手を繋ぐ発想はなかった。結音と手を繋いで登校……?
────一瞬それもいいかと思ってしまった。
よくないっての。俺は軽く頭を振ってその思考を振り払う。
本当に容姿が優れているのは得だろう。一方的に利用されている立場だぞ、しっかりしろ。
こういう時は心の中に○ム太郎を召喚するんだ。────なあハム○郎!! 結音と手を繋いで通学とかあり得ないよな!! カップルじゃあるまいしな!!!
…………………。
…………ハム太○……???
まさか、うわ……し、死んでる……っ!!?
「才君、ぼーっとして。どうしたん?」
「ハ○たろ……いや、なんでもない。結音こそ、荷物どうする? 持とうか?」
「あー……せっかく言ってくれたのは嬉しいけど、学校の近くで男の子に荷物持たせるのも印象が悪いし」
「印象……今更?」
「そ。だからいいよ……え、今更ってなに?」
「ははっ」
「なに笑ってるのよ」
印象というなら、それこそ荷物すら持ってあげない俺の印象が暴落しそうだが、これで結音は俺より力あるっぽい。
「…………命令」
「何?」
「私の復讐が終わったら何でもひとつ言うことを聞いてあげるわ。なにがいい?」
「ん? 今なんでも……って?」
「そう、何でも」
「なんでもかぁ……」
結音の見つめ返す。小揺るぎもしないその堂々とした様子、本気っぽい。
にしても。なんでもって……。
俺がそう大層な事を頼んでは来ないだろうと思っているのか、それとも頼んでくると踏んでこの態度か。
「まあ、その時が来たら言うよ」
実際確かになんでもと言われても、大層な事を頼むつもりは毛頭無い。俺はそう言い返して、結音の先を早足で歩き出した。
「待ってよ才くーん」
「待たねえよー」
────早朝の高校には既に一年生の大半がわらわらと集まっていた。
「──やー、楽しみだね」「うんうん」「温泉卵お土産にしよっかなー」「いやいや饅頭の方がいいよ──」
楽しそうな話し声があちらこちらで聞こえる。
因みにこんな楽しそうにお土産の話をしてきたりする彼らが、現地に着いて最初にするのは五科目のテストでございます。
……ここは地獄だろうか?
「人が多いなぁ。今ここに何人いるんだろ」
「──300は居るでしょうね」
「うぉわあっ!!? り、凜音さんおはよう……」
いつの間にか音もなく忍び寄ってきていた新井さんが、カメラを構えて真横に立っていた。
俺が挨拶すると新井さんはゆっくりとカメラを下ろした。
「おはよう、才華くん。私たちのクラスのバスはあっちよ。荷物、置いてくるといいわ」
「そうだね、そうする」
移動。新井さんも後をついてくる。
「才華くん、結音と何かあったのかしら? 二人とも、勉強会した頃から変よ」
勉強会というと、復讐の最終段階を聞いた後の話だろう。
────思惑を新井さんに察されてしまうことは避けなくてはならない。誤魔化さないと……。
「……何か、って?」
「……何かって、何かよ。二人とも阿呆みたいに呆けてる時があるからこれでも私は心配してるのよ?」
「ありがとう。でも……ごめん、心当たりはないよ」
「そう、私じゃ頼りないかもしれないけれど。いつでも相談に乗るわ」
バスに荷物を積み込む。
相談、か。
今までは誰にも相談なんて出来なかった。それは相手が居なかったからだけど……新井さんがそう言ってくれるのはとても嬉しい。
まあその場合結局俺は社会的に死ぬけど。じゃあダメですね……。
「ああ、もしかして才華くん。結音の事が、す……好きだったりするのかしら?」
上擦った声で新井さんが言う。
「……は?」
…………その発想はなかった。
「結音さんが好きかって? ないない、俺と結音さんじゃ天と地ほど、全く釣り合ってないし、昔馴染みでもない限り俺なんて、結音さんの眼中に無い奴だよ。むしろ嫌われてる可能性が高いと思うけど」
「そうかしら、私は好きよ」
「…………………………へ?」
「あっ、い、いいえ、ちがうの。さいくんの事じゃないわよ、ゆ、ゆゆゆゆ、結音のことよ?」
「そ、そそそんな動揺しなくても誤解しないよ、大丈夫大丈夫」
まあほら、新井さんに好かれてるなんて有り得ないし。
いや有り得ないとか言ってる場合ではない。結音の復讐に荷担させられている俺は、新井さんに好かれないとダメなのだ。えー、いや、どうすればいいんだろうね?
「…………まあ誤解でもないけれど……」
「……?」
その新井さんはというと何やら呟いていたけれど、その内容は聞き取れない。
それから気を取り直して、といった風に咳払いを新井さんはして。
「それで、結音はどこかしら?」
「結音なら今そこで荷物運び入れてるのがそうじゃない?」
「そう」
呟き、カメラを構えて結音を撮った。新井さんはそれから俺をちらりと見ると一言。
「じゃあ、また」
「う、うん、またね」
新井さんは結音の方へと行ってしまった。
俺は一人で、クラスの人たちが集まっている場所に向かう。ぼっちだ。一人ぼっち。結構露骨に孤立してるな。一概に結音のせいとは言えないけど、やっぱ五割くらい結音が悪いよこれ。
あの女に脅迫されてから始まっていたこの一ヶ月の高校生活のうちでされる命令の意味不明さ、その被害の小ささに拍子抜けしたりもしたし、もしかしてそんなに悪くないんじゃないかって思ったりもしたよ?
けどさ、それは結局は結音のてのひらの上で踊らされているだけなんだよな。
結音『三日目の自由時間にお姉ちゃんへ告白するんでしょ? 頑張ってね?』
それは、とても、気分が悪い。
「八倉くんおはよう」
「よっ、才華。どうしたそんな眠そうにして」
「いやぁ今日から三日間が楽しみで寝れなかったんだよ……」
「無理せずにバスで寝とけよ? つかよくもまあいきなり勉強合宿とか言って二泊三日の旅行行事なんてできるよな」
「それね、凄いよね。有名な温泉地って行ったこと無いけど結構お金かかってそうだし」
「────生徒は集合して整列してくださいー!!」
先生の声だ。わらわらと人の波がその声の方へと寄っていくのを、八倉くんと見ていた。
「……と、集まらないとか。じゃ、いくか」
「おう」
────さあ、勉強合宿が始まる。
覚悟しろよ、結音。
俺は
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