第6話
コンビニで話したあと、普通に結音に命令されて一緒に登校して、昼休みになって。
そのとき、結音たちが喋っている声が普段よりも大きく聞こえて、なんか騒がしいなって思ってそっちに耳を傾けたんだ。
「──ええっ! 結音お姉さんと二人暮らしなの!?」
「そうだよーっ、大変なんだよお姉ちゃん毎日朝が弱くて……起こすの大変なのだ……」
「ゆ、結音……?」
結音に泣き真似まで加えられて朝が弱いと暴露された新井さんが戸惑いながらも反論しようと席を立って結音に近付く。
そして近付いてきた新井さんに、結音はいきなりばっと抱きついた。
「はい捕まえたー」
「ゆ、結音っ?」
「えへへー」
「なんだまた結音のシスコンかー」
結音もちょいちょいシスコン風のアピールをするのだ。まあ、新井さんのとは違ってアピールだけだろうが、わざわざ接触までしてアピールするのである。
でも俺がそれをアピールだなんて思う根拠はあのノートくらいだ。何せ結音のハグに嫌悪は見えない。
……本当にこの女復讐云々って考えてるんだろうかってたまに悩むのはこう言うところだよな。
────まあそれはどうでもいい。問題はこの後だ。
俺はただ机に視線を落としつつ、暫くはわいわいと話していたのを聞いていた。
なんか今月末の勉強合宿の最初に成績に影響が出るっていうテストがあるらしく、それを見据えて俺は勉強道具を机の上に展開していたので。
そうはいっても話し声とかで気を散らしている。そんな状態での勉強、集中力はお察しの通り酷いものだ。
「結音ちゃん、月末のテストは出来そう?」
「うーん、入試からそう経ってないけど予習範囲も出すぞーって言ってたしちょっと心配かな? でも美緒ちゃん、どうして今そんなことを聞くの?」
「えっと……結音ちゃんの家ってほら、二人暮らしでしょ?」
「ふむふむ。あ、もしかしてー?」
「来たい、と言うことかしら。私達の家に」
そう言いながら新井さんは今だ続行する結音のハグに動揺しているのか、お得意の仏頂面が少しだけ揺らいでいる。
いや、それだけじゃないな。話の流れで何か不味いと思うところがあるのだろう。
家にみられちゃ気まずいものでもあるのかな。結音は……ありそうだ。
でも新井さんがあるというのはちょっと意外────……でもないな。
普通の女子はあんなにカエルグッズ集めないし。いやむしろカエルグッズどこに需要があるのだろうか。俺には分からない。
趣味で買っているのにわからん。カエルはどの年代にウケてるんだ……?
カエルで思い出したが、今月末の合宿には自由時間がある。そのときにしっかりご当地カエル回収しなきゃだ。温泉街なだけあって何種類かバリエーションがあるのだ。絶対買い揃える。
「そ、そうなの! た、大変だと思うし……何か欲しいものがあったら持ってくしっ!?」
美緒ちゃんと呼ばれてる女子がぐいぐいと結音へ迫る。結音は困ったように頬を掻く。
「うーん……あまり困ってないんだよねー、ね、お姉ちゃん?」
「そうね……」
「お姉ちゃんもこう言ってるし、差し入れとかはいいよ? という訳で……」
「という訳で?」「お?」「まさかー?」
前置きのようなための間に、俺のスマホへと通知だ。
結音からLINEをこのタイミングで戴いたのだ。それはそれは強烈な嫌な予感を俺は覚えつつも見ないわけにもいかない。
その内容は。
「テストもうすぐだから勉強会やろー!!」
「「「おー!!」」」
結音『という訳で部屋貸して??? 代わりにこの成績優秀な超絶美少女が勉強教えてあげるから、ね??』
これだ。
────はい????? なんで??
よくわからないまま、俺は結音を見た。結音は俺に向けて合掌────意図が分からない。勉強を教えてもらえるのは、まあいい。でもなんで俺の部屋で?
「さて」
結音が珍しいことにずっとこっちを見ている。
どういうことだか、考えよう。
さて。あの女子オンリーの勉強会が開催されるとしてだ、なにも言わないでいる俺に参加権などあるのか?
────あるわけないじゃん。
あれ……これ、あっち近づかないと不味いのでは。この状況、俺に人権はないねぇ? 来いって命令もないけど。
…………やるしかない、のか?
だが、単独だとまあ間違いなく死ぬ。勉強会の途中で女子密度によって死ぬ。
だれか、男子を生け贄──げふんげふん、巻き添えにして……。
あ、
「八倉くん、ちょっと良い?」
「おう何だ才華。お前から話し掛けてくるとか、珍しいな?」
「ちょっとついてきて。黙ってるだけでいいから」
「おう……?」
本当に黙ってついてきた。やっぱり八倉くんはいい人だ。
いや。俺は立ち止まって考えた。
────こんないい人を生け贄扱いとか、酷くないか? いや、酷い。
俺一人でやるべきだよな。うん。前言撤回だ。
「やっぱごめん、大丈夫だった」
「……おう? がんばれよー?」
八倉くんは深く聞いてこないまま離れていった。マジでごめん。
「頑張るわ」
結音に歩み寄る。まず結音が愉快そうに俺を見て笑って、新井さんは何のようかしらと首を傾げていた。
「ねぇ、結音さん、ちょっと、いいかな」
話し掛ける。結音が一瞬顔をしかめたような気がする。
いや、あの、動かないとほら、話がめんどくさそうじゃないですか、ね? そうでしょ、なんであなたが不愉快そうにするんですか。
「なに? ああ、もしかしてー、才君も私に勉強を教えてもらいたいとか?」
一転、にやにやしながら言う結音。
ぐ…………なんか結音の方が確かに勉強が出来るとは言えど、結音に作られたこの状況でそれを言われるのはかなりダメージを食らう。
お前これ、マッチポンプだぞ、もう少し俺の精神に配慮してくれ……?
「そ、そうだね。俺全然勉強できないし、学年代表サマが直々に勉強を教えてくれそうな機会は、えっと、逃したくない……的な?」
どうにかこうにか捻り出した俺の言葉を聞いて結音は。
「ふーん、そっかそっか。いいよ、教えてあげても」
そう言った。学校にいる間にはほぼありえないような不機嫌さを感じさせる言い方だ。
「……結音?」
「ん、なーに?」
「……なんでもないわ」
「……?」
姉妹間で少しだけ会話が交わされる。深く追求はしなかったけれど新井さんも結音に違和感を覚えたのだろうか。
まあ結音の考えが見えないのはいつものことだ。今考えてもしょうがない。
「あれっ!? もしかして勉強会するのか!? なあ才華?」
八倉くんが寄ってきたのは話が一段落し、空気が冷えたところでだ。絶妙なタイミングであろう。
「あ、八倉くん。勉強会するんだって、結音さん主催で」
「もしかして一郎くんも来てくれるの!?」
「うん、そうさせて貰いたいね。何人か勉強に不安があるっていう男子が居るけど連れてきても?」
「一郎くんの連れなら大歓迎だよー」
結音は不機嫌の存在を霧散させ、八倉くんに対して人が変わったかのように対応をする。
俺を相手するときよりも距離感が近いが、これが本来の結音の距離感だ。寧ろ遠ざかりたいまであるのでありがたい。
「じゃあ日取りは明日の午前九時学校集合でね! うんうん、結構騒がしくなりそうだね!」
八倉くんや他の男子が結音たちのグループへと寄ってくるのを眺めながら静かに下がる。
『静かに勉強させろよ?』
俺は黙ってLINEを送信した。
その時の誰にも気付かれない感じといったら、なんかもう忍者にでもなった気分で少し気持ちがよかった。
────そして放課後。双子に命令まで使われて家まで連行された。部屋に上がるのは二度目だ。
「まずお姉ちゃん、この家の惨状で人は招けない。わかるよね?」
「…………ど、どこがかしらね?」
新井さんは目を逸らした。
結音が指し示したのは当然所々に飾られたカエルグッズである。散らかってはいないが、結音はカエルが大量に飾られている部屋を見られるのは恥ずかしいらしい。
でも俺はいいのか。判断基準がよく分からない……。
「片付ける場所はないね。わかるよ、うん。仕方ないんだよね、捨てられないんだもんね?」
「……結音…………!」
分かってくれるの? とばかりに感動した様子の新井さん。結音は多分カエルのフィギュア集めの趣味に理解を示した訳じゃないぞ。
「なので今回は才君の部屋を私の部屋と入れ換えて誤魔化します! という訳で才君、今夜泊まってってね?」
「はい?」
どういうわけですか???
そう思う俺を結音は華麗にスルーしながら、とても自信ありげに言い放つ。
「才君の部屋をひとまず女子部屋風に改造するの! ……力仕事はお姉ちゃんに任せられないし、手伝ってくれるよね、才君?」
「いや待って…………俺はなんで、ここに泊まることになってるの?」
「なんでって……それはほら、女子風の部屋に改造された自分の部屋に泊まりたい?」
「泊まりたいとかそういう話じゃなくて、女子の家に────」
「じゃあ私達の部屋に泊まるのは嫌なの?」
「それが不味いでしょって言ってんでしょうが……!!」
「えー、別に私は泊まられても平気だけどなー。ね、お姉ちゃん?」
そりゃあ結音は命令があるから平気だろうけど、新井さんは嫌がるでしょ……。
「別に。才華くんはそういうことする人じゃないと思う……かしら」
「ね! 決まり! いいでしょ」
最後には自信なさげに目を逸らしたけど、新井さんが大丈夫というなら、まあ……?
俺は命令に縛られている以上、別になにもしないし何も出来ない。
むしろこれはチャンスだ。結音の握っている写真が何処にあるか、予備の有無、色々なことを調べるチャンスだ。
なんなら命令を無効化出来るかもしれない。
逆に追い込まれてしまうかもしれないが、これ以上追い込まれることはない……はず。
多分。
大丈夫でしょ。
…………。
……うん。
それから結音は押し入れから色々取り出した。
「じゃあ才君にはこの机を三つ向こうに持ってってもらいます」
折り畳みの机を三つ。
「このカーペットを」
ピンク色の円形カーペットを一枚。
「よし、運び入れるのは終わり」
案外簡単だった。
俺が運び入れている間に色々と小道具を持ち込んでいたのだが、まあ大体俺からすれば女子風の部屋って何があるの? って感じなのでその道具はわからない。
新井家的にもわからないと思っていたけど、別にそうではなかったようで、なんか俺の部屋は女子の部屋風に変貌を遂げていた。
「あ、そうだ。才君、カエルグッズは段ボールに纏めといてね? お姉ちゃんのと混ざらないように」
「わかってるよ」
着々と、準備が進む。
まあそもそもあんまり部屋に物がないのでそう時間は掛からずに終わった。
大体六時前の事であり────。
「あ、夕飯どうする? 一緒に食べる?」
「……いいの?」
結音の提案に、俺は戸惑う。
まあ泊まれと言うのだから別におかしな話ではないけど、『部屋交代するだけだし。飯? 風呂? 寝るのも全部別だよ、才華ちゃーん? なんなの? 調子に乗るなよ?』ぐらいの想定をしていたので……驚いてしまった。
「いいよいいよ、ね? お姉ちゃん?」
「……別に。構わないけれど……」
新井さんはそっぽ向きながらそう言った。許しが降りたのだ。
「じゃあ、いただきます……」
────そうして一緒に晩御飯を食べることになった。外面は平静を装っているが、女子の手料理オブ手料理なごはんが出てくるとなるとそれなりに楽しみになるものである。わくわく。
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