第5話

「んぐ……あれ……暗……?」


 スマホの音で目が覚めた。目覚ましではなく、何かの通知音……まあLINE以外にあり得ない。


 何故ってLINE以外の通知は来ないように設定できるやつはしたからね。電話はそもそも来ないし。


「……今、何時だよ」


 五時……? こんな朝早くに……何を……?


 結音『今、会える?』5:04


 …………は?? いや、え? こんな朝早くに? 寝てたぞ?


 なんだか意中の男女がするような文章に見えるがそれどころではない、返信しなければ社会的に死ぬのにこんな、え? なんでこんなひどいことするんですか……?


『寝てたんだが』


 ともあれ文句だけ返す。結音のLINEはで、返信は是となる。何を書いたところで、それは変わらないだろう。


「そういえば、今の一番くじはカエル72、だっけ…………行くか」


 四月も後半に入った金曜日。早朝となればそこそこに肌寒いだろう。そう思って適当なジャージを羽織って俺は外に出た。




「あ、才君。おっはろー」


「おっはろー。……おっはろーって何だ? おはスタの挨拶か?」


 コンビニの表でスポーツドリンク片手に、以前早朝に見た時と同じような服装の結音が手を振ってくる。ちょっと調べたけどスポーツウェアとか言うんだっけ。


 決して口にする気はないが……まあ、似合っている。絶対に言う気がないけど。


「それはおっはーだね。……というか意外、才君起きてたんだ。実は手が滑って送信しただけだから反応なければ訂正するつもりだったんだけど」


「通知音で起こされた……手が滑って、か」


「あは、ごめんね?」


 悪気無さそうに手を合わせて謝ってくる。


 結音は何故か、俺の生殺与奪を握っているというのに上に立とうとしてこない。


 大体、命令だって『アレ買ってこい』とか『クラスの前で脱げ』とかそういう下衆なのを想像していた。そうじゃなくても、復讐に直接関係するような行為の実行犯にされるくらいの想定はしていた。


 なのに実際命令されたのは『謎の移動命令』に『強制帰宅部』、『写真部に入った新井さんと一緒に帰れ』だとかで俺に損がない。


 いやあったけど。のせいでボッチと化したけど、えっと……そう……そんなもの?


 損害は微々たるものだ。


 何度かそれに関して考えたけれど、やっぱ、平和すぎる。


 結音は復讐のためなんて嘯いているものの、言葉の暗さに対して彼女の性根がような……。


 だからだろうか? きっと結音の復讐もそう酷いものじゃないような気はしてきている。


 まあ逆らえない以上、俺がそう思いたいだけかもしれないけども。


「あれ、コンビニ行くの?」


「せっかくだから一番くじ引いてくる」


「……ああ、またカエル……お姉ちゃんもそうだけど、どこが好きなの?」


 結音は心底疑問がるように聞いてくる。嫌みに見えないけれど、普段見ている彼女の所作は徹底的にそう言うところが排除されていて、どうも綺麗が過ぎる。


 表層に現れた表情で結音がどう思っているのかを察するのは、あまりに難しい。


 心の底では馬鹿にしているのかもしれない。実はなにも思っていないのかもしれない。


 ただ、一つだけ言えることがある。


「……


「え……どういう意味?」


 あ、やば。口に出てた。


「あっ、ほら、昔流行ってたじゃん、カエルのゲーム、アレでなんとなくここまで続いてるだけだよ。結音さんも昔やってたでしょ?」


「うん、そうだね」


 咄嗟に吐いた大嘘を結音は納得がいかないような反応を見せる。そりゃあからさまに誤魔化したんだから信用されるわけもないか。


 本当の所、僕はただ、カエルが好きになったのだし。


 最初はよく分からなかったけど、転校してから気付いたんだよなぁ。このカエル可愛いよね。ぷにぷにしてる感じとか、この無表情感。最高。


 ただ学校近くのガチャガチャからは相変わらず青ガエルしか出ない。


 ……なんで?


 その事を思い出したせいで不安になりつつも店内に入ってくじ引き権を買う。5枚で3000円だ。


 結果は全部E賞のカエル柄タオル!!


 5枚もいらないな!! ちくしょう!!


「才君どうだっ……た……ぶふっ」


 タオル抱えてコンビニから出てきた俺を見て結音は吹き出した。


「おい」


「っ、だって、ふふふっ、なんでそんなタオル、ふふっ」


「……五枚もいらないんだけど」


「ごめ、ふふふふっ、私も、いらないっ、お姉ちゃんも、あははははっ」


 爆笑だった。よほどツボに入ったんだろう。涙を拭いながら笑っている。


「はーーっ。お姉ちゃんも、おんなじ顔で帰って来てね、うちにも十枚ある……あははっ、なんなの、面白……っ」


「……そりゃどーも」


 そう言えば新井さんもカエル好きだったよな。同じように爆死していたらしい。


 あれ……十枚って六千円だよな……? マジか……?


「まあ、それはそれとして才君。最近はどう?」


「は?」


 結音は年一で会う親戚のおじさんみたいな質問をしてきた。


 最近どうって……ええ……? 答えにくい質問だなぁ。


 四月も後半。普通の高校生ならもうじき高校生活も軌道に乗ってきているだろう。


 実際結音が友達に囲まれて楽しそうに過ごしているような光景を俺は目の当たりにしている。内心どう思ってるか分かったものではないけども。


 んで俺はどうなんだって話だ。


 いやあ、好きな子とはよく話せるからね。何せその子は隣室だ。そうなれば、当然………………。


 当然…………。


 ……………………。


 ああそうです駄目ですねこれで軌道乗ってるんなら大体の軌道に乗っている衛星は隕石だよ。月が降ってくる。もし降ってくるんなら運のつきとかがいいな。


 部活には所属せず、友達もいないので、学校が終わってもゲームか読書しているだけ。おかしい。こんなはずではなかった。そうは思うけどどうしようもない。


 クラスの中の立ち位置が大体皆決まっちゃってから動かなかった俺も悪い。命令がーとか言い訳している内に一人でも友達を作れたんじゃないか。


 社会的な死が掛かっているからって慎重にならざるをえない。これ、どうにかして無効に出来たら、今ある交友関係から広げるのはかなり楽じゃなかろうか?


 まあどうやって無効化するのか全然思い付かないんだけどね。


 ……最近はそんな感じだ。結音に向かってそんな事言ってもしょうがないので俺は質問をそのまま返した。


「それを言うなら結音さんもどうなの?」


「今更だけど結音でいいよ、さん付けしてくるの先生くらいだし気持ち悪いし。てゆか誤魔化すなしっ」


「結音」


「っ……うん、私は絶好調です。はい! 才君は!?」


「なにその反応……いやまあ最近なんてほら、結音さんののお陰さまで見事なボッチ継続ですよ、ははっ」


 普段の二割増くらいに呆けた面をしている結音に対して皮肉げに言ってやる。結音は困ったような顔をする。


「あ、やっぱり露骨だったかな? 休み時間抜き打ち移動命令」


「休み時間抜き打ち移動命令」


「そのお陰でお姉ちゃんとお近づきに慣れるんだから良いでしょー? 私に感謝してほしいねぇ」


 やっぱりそういう狙いがあったのかよ。


「……感謝なんかするか、結音の目的は復讐だろ。その相手にで近づけるなんて、何の意味があるんだか分からなすぎて怖気が走るね」


 俺は呆れを込めてそう言って結音を睨んだら、結音の表情が突如として凍りつく。


「────今復讐の話はしたくないんだけど」


 結音に睨み返された。普段からへらへらとしているせいか怒ると余計に恐怖が煽られる。


 最近別に悪い奴ではないんじゃないかって意識を修正しかけていた分、上乗せで効く。こっわい……。


 たった一言で気圧されてしまったが、その事実を気取られないように俺は平静を装う。


「じゃあ何の話がしたいんだ?」


 結音は無表情のまま、少し考える間を置いて言い放った。


「そうだねぇ……帰ろっか」


 くるり、結音は身を翻し歩き出す。その背中はどことなく小さく見えて。


「………はぁ」


 俺を利用して復讐だとか企てている結音が、そんな弱々しく見えたからって嫌いであることは変わらない。


 でも何でだろう。俺はちょっとだけ心配になった。今なら命令一つぐらい聞いてやるのもまあ、悪くないかもしれない。





 ────その日の昼休みの教室にて。


「テストもうすぐだから勉強会やろー!!」


「「「おー!!」」」


 結音『という訳で部屋貸して??? 代わりにこの成績優秀な超絶美少女が勉強教えてあげるから、ね??』


 ────しかしその日の内に心配という思いは放り捨てることになった。


 この女ッ!! バカにしてぇっ!!(半泣き)

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