お茶会はどちらですか?

【お世話になりました】そうま

うさぎではなく、ねこを追いかけ


 ──次の満月の夜、お茶会を開きます。恰幅のいい黒猫が、ご自宅まで迎えにあがります。


 あとは寝るだけの状態にして、郵便受けに来ていたものを紅茶を飲みながら眺める。知らない名前からだ。紅茶教室からだろうか? それならお店の住所がないのはおかしいし、今まで通り連絡はメールで来るはず。


「いたずら?」

「んな訳あるか、ちゃんと国王様のシーリングワックスだろう」


 突然聞こえた声に慌てて周囲を見回すが、誰も居ない。いや、1人暮らしの部屋に他の人が居られたら困る。……疲れてるのかな? ジム寄らないでさっさと帰ればよかったかな? とりあえず、早めに寝よう。紅茶を飲み切って立ち上がる。窓から入ってくる風でカーテンがユラユラと揺れている。遠くからネコの鳴き声が1つ聞こえた。



 時は過ぎて満月の夜。いつもよりお洒落な格好をして、職場から出る前にパウダールームで化粧を直した。久々に着た白いワンピースは部長からも好評だった。


「化粧直してるなんて珍しいじゃん?」

「と、友だちと会う予定があって」

「たまにはそうやって友だちと遊びなよ、隙がないと王子様が迎えに来ないよ」

「私そんな隙がないですか?」

「ほとんど毎日ジム行って、土日は習い事行ったり資格の勉強したりってしてたら、さすがに入り込む隙間ないわよ」

「先輩みたいに毎日合コンに行く体力と気力は私にはないので」

「酷いわねー合コンもう誘わないわよ」


 子どものころは信じてた。白馬……には乗らなくても良いけど、かっこいい王子様みたいな人がいつか迎えに来てくれるって。でも、年を経るごとに周囲の恋愛話を聞いていたら、いつの間にか男性に興味がなくなってしまった。アラサーになった今では迎えに来なくていいとさえ思っている。


 この前の手紙も信じているわけではない。猫が迎えに来るなんて童話みたいだ。あったとしてもきっと体が大きい人でニックネームがキャットとかなんだと思う。お茶会では本名を名乗らない人もいるって何かで聞いたことがある。


 何事もなく家まで着いた。定時で帰れたし、ジムに寄ればよかったなぁ。そう思ったら、右足に何かが触れた。黒猫である。ただの黒猫ではない、二足歩行の黒猫である。しかも、タキシードを着ている。


「時間がない、走るぞ」

「しゃ、しゃべった!?」

「走りながら説明する、良いから来い」


 訳も分からず猫を追いかける。この辺りに住み始めて何年も経つのに、見たことがない裏道をどんどんと進んでいく。……ここはどこ?


「猫の国の国王が不定期で開くお茶会がある。この前俺がポストに入れたのはそれの案内状だ」

「なんで私が!?」

「それは後でゆっくり話す。着いたぞ」


 ヒールだったのでジムで走るより足の疲労が大きい。黒猫に差し出された飲み物を疑わずに飲むと、身体が急に熱くなり視界が定まらなくなる。倒れそうになったが何かに支えられる。


「危ない」

「王子、会場の庭園に居るんじゃなかったのかよ」

「すぐに設営が終わったのでお迎えに上がったのですよ。で、どういうことですかこの状況は」

「猫の国に行くために小さくなる薬を飲ませたら副作用を起こしちまったらしい」

「あの薬は心拍数が高い時に飲んではいけないと伝えましたよね」

「わ、悪かったよ」


 私、王子様に支えられているんだ。申し訳ないなと思いつつ、身体に力が入らない。視界は少しずつハッキリしてきた。黒猫の横には「地獄の門」のような猫のブロンズ像がいっぱいある立派な(けど不思議な)門がある。


「申し訳ありませんが、持ち上げますね」

「王子、それなら俺が」

「貴方はしばらく彼女に近づかないでください、お客様にこれ以上失礼を重ねられては困ります」


 そう言うと急に視界が変わり、私は王子と目が合った。……私は現在、白いタキシードを着た白猫にお姫様抱っこされている。


「新婚夫婦が新居の敷居をまたぐとき、花婿が花嫁をお姫様抱っこして家のなかに入る習慣は、こちらの国にもあるのですか?」

「ごめんなさい、教養が足りなくて、私にはわかりかねます」

「いえ、突然すいませんでした」


 ニコッと目を細めて笑う王子の顔は、街灯の光もあってかキラキラしているように見える。王子が門の前に立つと黒猫が両手で門を押すと、門の奥は真っ暗だ。王子は私を抱きながら暗闇へと進む。思わず王子を掴む手に力が入る。


「怖がらないで。大丈夫だから」

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