第13話 再会エクスプロージョン
リリアン・リオーネはフェニエ国にスパイとして潜り込んでいたスパイの一人で、士官学校ではスナウの同期に当たる。
士官学校時代、『暗闇』と囁かれるほど闇討ちを好み得意とするスナウとは対象的に、リリアンは『闘士』と呼ばれ、その名の通り一対一の勝負に持ち込めるのであれば例え一対多であってもほぼ負け無しだった。
一対一の真剣勝負はフェニエ国が掲げる『正義の盾』の精神に準ずるもので、そのためリリアンはフェニエ国のスパイの一人として選ばれたのだ。フェニエ国崩壊後は生き残りを殺すために世界を駆け回っていたはずなのだが、
「生き残りの何人かを追いかけていたら妙な遺跡で姿を消してね。遺跡の中を探してたらこの世界に来てたのよ。あなたもそうなんでしょ?」
「いや……俺は敵国の侵入者に後ろから刺されて死にかけてたらこの世界に来てた」
「は? 後ろから刺された? あなたが?」
目を丸くするリリアンの言葉でスナウは目を逸らすと、リリアンは腹を抱え肩を震わせながら笑いだした。
「く……くく……あっははははは! なに? 闇討ち大好き人間が闇討ちされたの? あはははは! 馬鹿じゃないの!?」
「周りが明るかったんだから仕方ないだろ! 笑うな!」
恥ずかしさで顔を赤くするスナウの顔を見て、リリアンは涙が出るほど大笑いした。
しゃっくりが出るほど笑ったリリアンは、顔を赤く上気させながらスナウの肩に寄りかかる。
「あー、久し振りにあんなに笑った」
「……で? なんでこんなところにいたんだ?」
スナウの問いにリリアンは自嘲気味に笑う。
「いやね、うっかり来たもんだから帰り方がわからなくって、一年ほどここの特殊部隊として働きながら遺跡について探ってたの。この世界に来るとき、入り口みたいな遺跡を通って出口みたいな遺跡の前に立ってたから」
「なんだその、わかるようで全然わからない遺跡」
「門みたいな遺跡ってこと」
「最初からそう言えよ」
小さく呟かれた文句に肩をすくめ、リリアンはふらりとスナウから離れ壁に触れ、そのまま指で壁を撫でながら歩きだす。
「外の魔獣はあなたの仕業よね?」
「まあね」
「魔獣が現れた途端皇帝を守る部隊と、ここを守る部隊に別れてね? なんでここをって思ったけど、あなたが来て納得したわ」
壁伝いに歩いていたリリアンは、あるところでピタリと足を止めた。そこは細い溝があるようで、毛細管現象によって不自然な赤い線が上に伸びていた。
「相変わらずめざといな」
「腹裂くわよ」
短い脅し文句でスナウは口を紡ぎ、リリアンから少し離れた。
「そう言えばあなたは素膜を移植してないの?」
「ん? あー、してるしてる」
「私に嘘を吐く必要ある?」
「見栄だよ、悪かったな」
リリアンはスナウを鼻で笑いながら、溝をなぞりしゃがみ込む。
「それで、あなたまだ契約してないみたいだったけど、どうして?」
「いや、まだ必要ないかなって」
「士官学校を卒業してから今まで何回死んだか教えてもらえないかしら?」
「聞くな」
苦々しく返すスナウを鼻で笑い、リリアンは壁に隠されたスイッチを見つけそれを押した。
血で汚れた壁は音もなく上に開き、中の暗闇をあらわにした。
「なんにも見えないわね」
「これ使え」
スナウは腰に提げていた小さなランタン状の匣をリリアンに投げて渡す。危うげなくそれを受け取ってから、リリアンは不思議そうにスナウの顔を見た。
「なにあなた……使えないくせにこんなの持ってたの?」
「そのほうが不自然じゃないだろ」
「素膜を移植してない方がよっぽど不自然だと思うわよ」
「うるせえ、粗膜は高く売れるから金に目が眩んだんだよ」
スナウの言葉を笑いながら、リリアンは匣に魔石を入れ灯りを灯す。
隠し扉の向こうにあった暗闇の中には、確かに門のような遺跡が静かに佇んでいた。
「ほら、見てみなさい」
リリアンは遺跡の土台部分を匣で照らす。
「これは……」
土台に刻まれた見覚えのある模様を見て、スナウは外套の内側から以前購入した三柱神のエンブレムを取り出した。
「ほら、やっぱり持ってた」
「やっぱりってなんだよ」
「こういうの好きでしょ、あなた」
「好きだけども」
士官学校時代、なにをやってもリリアンに勝てなかったスナウが唯一勝てたのが『神学』だった。と言っても、聖書を暗記していただけなので世界間を移動するための遺跡については知りもしなかったのだが。
「ねえ、本当にこの遺跡を見るのは初めてなの?」
「そう言ったろ。どこかの歴史学者だか神父だかは、俺は神に導かれてこの世界に来たって言ってた」
「ふーん……ところで、この模様の意味わかる?」
リリアンが照らした模様は、三つの紋章が三本の細い線で結ばれ正三角形を作っていた。
門に一番近い紋章はシャラを表す太陽と月とギロチン。
右下の紋章はイラを表す狼の頭と麦の穂。
左下の紋章はナズラを表す金槌と書物と天秤。
それらを繋ぐ三本の線には特にこれといった特徴は見られなかった。
「これ、前に見たものはこの天秤の印が上に来てたんだけど」
「イラが左下だった?」
「イラって……この狼と麦だっけ?」
「そう」
「ええ。左下だった」
「ふむ……」
スナウは台座から門に視線を向ける。
門は向こう側に開かれており、匣の灯りに照らされる遺跡の壁が見えていた。
「この世界に来たとき、どんなふうに来たのか覚えてるか?」
「こう、地下深くにこれと同じような門がデンと置いてあって、眺めてたら背後に人の気配がして振り返りながら後ろに飛んで門を盾にしようとしたら、来てた」
「妙に具体的でよくわかんないんだけど」
「うっかりくぐったらこの世界まで一方通行の門だった」
「なるほど?」
出口みたいな門をくぐり直してみても何も起こらなかったとリリアンは語る。
「この模様って、このギロチンの世界に繋がってるってことよね?」
「俺達の世界って、このギロチンの世界だと思う?」
「私はそうだと思いたいけど」
絶対違うよね、と笑いながらリリアンは爪先でシャラの紋章を叩く。
スナウはしばらく唸った後、ポンと手を叩いた。
「よし、俺達の世界に続く遺跡は他にあるはずだ。悪用されると困るし、この遺跡は破壊して帰ろう。爆薬かなにか持ってるよな?」
「魔素爆弾しかないけど」
「じゃあありったけ詰め込むか」
リリアンが腹を開いて出した匣にスナウは腹を開いて出した麻袋に入った高純度の魔石を全て突っ込み、遺跡の台座に置く。
「よし、逃げるぞ」
リリアンの手を引いて螺旋階段の方へ駆け出そうとしたスナウは足払いを掛けられ、そのまま若葉色の生命力の鎖に絡め取られリリアンに担がれた。
「……え、なにこの、すごく懐かしくて嫌な感じがするんですけど、あの、リリアンさん?」
「この爆弾はね、起動すると二秒で爆発する自爆用の爆弾なの」
「……俺、お前と一緒に行動したくなあだだだだ! 折れる折れる! 背骨が!」
「それと、ゾフィーがあなたに会いたがっているから、もう少し待っててね?」
「ゲェ! だからお前と一緒は嫌なんだよ! すぐ噛み付いてくるから俺アイツ嫌い!」
「彼女なりの求愛行動よ」
「ヤメロォ!」
暴れるスナウをリリアンが更にキツく縛り上げていると、大きな四足歩行の影が血だらけのワイヤーを飛び越えて螺旋階段から広間に飛び込んでくる。
クリーム色の美しい毛並みを持つ強靭でしなやかな肉体に全身から溢れ出る若葉色の生命力は、リリアンの家名であるリオーネの由来となったライオンの物だった。
雌ライオンのゾフィーは獲物を狩る勢いで乾きかけた血溜まりの上を一瞬で走り抜き、若葉色の鎖に縛られたスナウ目掛けて大きく跳んだ。
「やめ――!」
鎖から解かれた直後、ゾフィーに右腕を噛み千切られながらスナウは門の向こうへと消える。それを見届けてから、リリアンは魔素爆弾を起動し素早く門に飛び込んだ。
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