第12話 誰かのルーモア

 二年ほど前からレヴァイル皇国の皇子皇女の半数近くを全く見かけなくなった、という噂をスナウは何人もの人間から聞き出していた。スナウにその噂話を提供した人間は一人残らず臓器を売り捌かれており、そのおかげでスナウは無職ながら魔石に困らない生活をしていた。

 スナウは影の多い発展した都市というものがとにかく好きだった。


「レヴァイル城の見取り図はありますか?」


 一見普通のバーにも見える商人ギルド非認可の店で、スナウはホットミルクを飲みながら禿頭の男に純度の高い魔石を山のように積んでいた。


「なんだアンタ、革命でも起こす気か?」


 臓器売買の仲介人や商人ギルド非認可の武器屋、嘘か真か定かでない噂話など、この店では様々な情報が売られている。今はスナウを相手にしている男は、特にレヴァイル皇族についての情報を多く持っていた。


「まさか。気になることが出来たので、それを確かめたいだけですよ」


 スナウはミルクを一口飲み、魔石の山にもう一つ魔石を追加する。


「皇子皇女の半数近くが行方知れずになったという話を耳にしまして。彼等はどこに行ったのか、ご存知ではありませんか?」

「信憑性のない噂ばかりならいくつか知ってるけどな」


 男は肩をすくめ、スナウが積み上げた魔石の山からひとつ取って手元に置いた。


「暗殺されたっていう噂があるな。だけど、五十人近い皇子皇女を暗殺したのならもっと大事になるはずだから、これはありえないと俺は思う」


 次いでふたつ、男は魔石を手元に置く。


「外国に戦争しにいってるなんて噂もあるが、それなら皇族だけじゃなくて貴族も出兵するはずだし、なにより戦争前のスピーチを皇帝陛下がなさっていないから、これもありえない」


 戦争前にわざわざスピーチなんてするのかとスナウは呆れたが、顔には出さなかった。


「そんでま、これは宮仕えの人間が噂してた話だけど」


 そう言って、男は椅子の下に置いていた鞄にスナウが積み上げた魔石を全て入れ、先程手元に置いていた三つの魔石をスナウに返した。


「消えた皇子達は異世界に行ったらしい」

「異世界、ですか」

「ン……あんまり驚かないな。知ってたのか?」

「いえ。ただ、異世界を行き来するためのナニカがあり、レヴァイル皇国がそれを隠そうとしていることは知っていました」


 その言葉に男は肩をすくめる。


「明日またこの時間に来な。欲しいもの用意しておいてやる」

「助かります」


 スナウは飲みかけのミルクを置いてその場を後にした。






 翌日、特に忙しくもなかったため指定された時間より早くバーにやってきまスナウは、禿頭の男がやってくるまでホットミルクを飲みながら暇を持て余していた。

 しばらくして、禿頭の男がスナウの正面に座る。スナウが魔石でゴツゴツと膨らんだ麻袋を渡すと、禿頭の男は四つ折りにされた古い羊皮紙をスナウに渡す。


「ほら、レヴァイル城の見取り図だ」

「ありがとうございます」


 スナウはその場で羊皮紙にレヴァイル城の見取り図が描かれていることを確認すると、すぐに折り畳み上着の内ポケットにしまった。


「そうとう古い見取り図だが、それでも国家機密だ。間違ってもなくすなよ?」

「新しいものもあるのですか?」

「あるにはあるが、流石にそれは用意出来ないからな? それは 処分されるものを盗んできたんだ。思った通り高く売れたよ」

「そういう欲望に忠実な生き方、好きですよ」


 そう言い残し、スナウは空のカップを残して立ち去る。






 一度隠れ家に戻り灰色の外套を羽織ってから、スナウは必要最低限の荷物以外を置いてレヴァイル城へ屋根伝いに走った。


 レヴァイル城の周りには深く幅広な空堀が三重に掘られており、跳ね橋でしか城内に入れないようになっている。

 が、空中から魔獣を放り込まれることは想定していなかったようで。



「――――――――――――ッ!」



 液状の魔素や高純度の魔石が詰め込まれた酒瓶に魔獣の核を入れ、スナウはソレを生命力の糸で振り回し遠心力で放り投げ、三重堀を無視して城壁にぶち当てていた。

 当然、レヴァイル城の敷地内に突然魔獣が現れたかたちになる。


「よし」


 城内から悲鳴が聞こえてきたことを確認してからスナウは闇の中から姿を現し、落ちてきた跳ね橋の上を逃げ惑う人々の中を逆走する。

 レヴァイル城に侵入したスナウは頭の中にある見取り図を頼りに、見取り図にはなかった地下に続く階段へ滑り込んだ。




 長く灯りのない螺旋階段をスナウが迷うことなく降りていると、突然前方から風を切る音が聞こえてきた。スナウは反射的に腰を落とし生命力の鎧を纒う。


「ごっ」


 スナウの腹を狙っていたであろう黒塗りの投げ斧が、見事スナウの額に命中する。生命力の鎧を纒っていなければ死んでいただろう。

 当て逃げのようにどこかへ飛んでいこうとする投げ斧を掴み取り、スナウは纏っている生命力の密度を上げる。


「…………」


 スナウは音もなく階段を駆け降りる。やがて大広間に出るまでの道中、誰ともすれ違わなかった。

 この投げ斧はなんだったんだと疑問に思いながら、スナウは昇降口にワイヤーを張る。

 そして振り返った瞬間、三方向から魔素弾が撃ち込まれた。それらが生命力の鎧で弾かれたことでスナウは初めて魔素弾を撃ち込まれたことに気付き、素早く三方向へ生命力の鎖を撃ち出す。


「……なんだこれ」


 青い鎖はそれぞれ拳銃型の匣を一丁ずつ絡め取ってきた。どこからかスナウを見ている人間がいて、なるべく近寄らずにスナウを殺したいらしい。

 ただ、スナウにはトラップの作り方が下手すぎる気がした。おそらく黒塗りの投げ斧は暗闇に紛れてスナウに直接投げたと考えられるし、匣の引き金もワイヤーでは引けないので直接指で引いたと思われる。


 闇に紛れておきながらそこまで手間のかかることをするなら、直接殺せばずっと早いだろうに。

 スナウは呆れ混じりに息をつき、生命力の鎧を脱いで音もなく闇の中に消える。



 スナウは暗闇の中を壁伝いに腰を落として走りながら、魔素弾が壁に当たる音を頼りに一人、二人と敵と思われる人間を捕まえ、投げ斧で頭を叩き割って昇降口に放り投げ張っておいたワイヤーで輪切りにした。

 やがてスナウが暗闇に包まれる広間の床を血で濡らし続けたことで、いくつかの水音が聞こえだすようになる。


「――――!」

「がぁ……っ!」


 血で滑り転んだ音に向かってスナウは反射的に斧を投げていた。当たりどころが良くなかったようで、悲鳴を上げた男は助けを求めるように喘ぎながら床を引っ掻いている。


「く……ぁ……誰か……」


 スナウは男の頭を踏み潰し、投げ斧を引き抜いて昇降口の方向へ蹴り飛ばした。

 次はどいつだ、とスナウが振り向いた瞬間、眩い閃光が広間いっぱいに拡散する。


「うっ!?」


 スナウは素早く後ろに飛び退き、ワイヤーで脚を一瞬切り離されながらも螺旋階段に逃げ込み跳弾が飛んでこない位置まで駆けあがる。

 スナウが生命力の鎧で身を守りながら生命力の糸を伸ばして殺した人間の血を吸い消耗した体力と視力の回復を待っていると、広間から怒号と悲鳴が聞こえてきた。


「お前、裏切っ――!」

「なんのつも――!?」


 一人、二人、三人。血溜まりに倒れる音がした。スナウは視力がほぼ完全に回復するのを待ってから、階段を降りてみると、広間が明るいことに気が付いた。誰かが灯りを点けたようだ。

 裏切り者、とはなんのことだろうか。スナウは生命力の鎧をより厚く硬いものにしながら広間を覗き込む。



 赤黒く濡れた白い床に、赤黒く汚れた白い壁。

 元は整然として美しかったであろうドーム状の広間の中心近くで腰を落としていたのは、一人の若い女性だった。

 若葉色の長い髪を返り血で赤く濡らすその女性はゆっくりと腰を上げ、


「久しいわね、スナウ」


 血濡れた笑みを浮かべてスナウに振り向いた。


「ゲェーッ! リリアン!」


 踵を返して逃げようとしたスナウは若葉色の鎖に腹を貫かれ、リリアンの足下に引き摺り出される。

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