第11話 人食いインシデント

 スナウはレミィの契約獣である兎のラビが部屋の角で震えているのを見つけると、生命力の鎖で捕まえて生きたまま食べた。


「あーくそ、風呂入ろ」


 スナウは血で汚れた身体を風呂で洗おうとしたが、匣が扱えないため冷水しか出てこない。これでは宿の大風呂の方がマシだと文句を言いながら、着替えを探すため裸のまま衣装部屋に戻ってきた。

 衣装部屋の壁には大きな穴が開いており、そこから町の喧騒が確認できる。悲鳴や怒声が遠巻きながらも耳に届き、スナウは呆れたように笑った。


「やっぱり魔獣は恐ろしいね」


 血溜まりとレミィの死体を避けながらクローゼットを開き、男性モノの服装に着替える。流石に男性下着まではなかったので、スナウはワイシャツを下着に仕立て直してそれを履いた。


「魔獣を……」

「うわっ!」


 死体だと思っていたレミィが突然喋りだし、スナウは驚いて後ろに飛び退こうとし、クローゼットに激突しながら左足が右足に躓き、派手に転んだ。


「腹の中に……飼っていた……」

「飼ってはいないですけどね。共生です、共生」


 スナウは生命力の膜を纒い、レミィに近づく。


「気を……付けろ……」

「はいはい、気を付けてくださいね」


 スナウはレミィの頭を踏み砕き、そばに落ちていた小型の匣を拾い上げる。通信機のようだが、スナウにはガラクタ同然の代物だった。それも踏み砕くと、スナウはしばらく衣装部屋を物色した後、レミィの家の中を漁り始めた。




 スナウが書斎に置かれた机の二重底の引き出しを叩き割って機密文書を持ち出そうとしていると、廊下で小さな悲鳴がした。スナウが仕掛けたワイヤーに引っ掛かったようだ。


「意外と遅かったな……」


 機密文書が入った封筒を脇に抱え、スナウは書斎の壁にあけておいた穴から外に飛び出す。

 城下町の騒ぎを気にしつつ、スナウは隠れ家にしている四方を壁に囲まれた空き地でネズミ色の外套を羽織る。


「もうちょっと暴れててくれよ……」


 スナウがロレイから海を渡る際に襲われ、どうにか捕まえて胃の奥に押し込んだ魔獣。それがレミィを半殺しにし、レヴァイル城下町で暴れているモノの正体だった。

 親指ほどの大きさの核を引き抜かれスナウの腹の中で封印されていた魔獣だったが、レミィが魔素弾を撃ち込んだことで身体を構成する為の魔素を得られたのだ。今は人間を襲い血液に溶けた魔素を喰らい、順調に力を増している。


「ふむ」


 スナウは胡座を掻き、生命力の青い光で盗み出した文書を読みだした。


「……あ、これ読んだことある」


 軍の資料館にはフェニエ国の機密文書の写しが置いてあり、スナウが盗み出したコレは本物だった。

 記憶にある文書と差異がないか読み進めてみたが、記憶にあるものと寸分違わず同じ文書であることを確認する。


「ハズレか……」


 スナウは残念そうに呟いてから、生命力の鎖を手から出し建物の屋上に引っ掛けるとスルスルと壁伝いに登る。


「まあでも、そろそろいい頃かな」


 スナウは外套を羽織り直すと、屋根伝いに騒ぎの中心に向かって走り寄り、やがて薄暗い路地に降り立った。


「ヒッ!?」


 スナウは丁度路地に逃げ込んだ男性の前に降りたようで、男性はスナウにぶつかり後ろによろけた。

 次の瞬間、サメの頭を持つ人型の魔獣に男性は頭から食べられた。スナウは反射的に生命力の鎧を纒うが、さほど血は飛んでこなかった。


「――――? ――――――!」


 魔獣はスナウを見て首を傾げるが、すぐに大口を開けて丸呑みにしようと覆いかぶさる。

 スナウは腰を落としながら魔獣の横をすり抜け、素早く踵を返し夜の闇よりも黒い背中に右手を突っ込んだ。


「――――――ッ!」


 悲鳴か咆哮か。

 魔獣の至る箇所から暗闇を突き破り無数の青く光る糸が飛び出してくる。それらは素早く撚り合わさり、幾本もの青い紐へと姿を変える。

 ズルリ、とスナウが右手を引き抜くと、それに合わせて紐も魔獣の体内に引き寄せられ、十数本もの生命力の紐が束となって魔獣から引き抜かれた。

 うち一本の紐が魔獣の核に絡みついていた。


「――――」


 魔獣の身体を形成していた魔素は泥のように地面にこぼれ落ちる。


「よし」


 スナウは青い生命力の膜で包まれた魔獣の核を胃に仕舞い、店の裏に置かれた箱から空の酒瓶をひとつ引き抜くと、その中に泥状の魔素の半分ほど詰めてその場を後にした。

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