第9話 闇夜のコンフリクト
レヴァイル皇国の中心、レヴァイル城下町はとても活気に溢れた場所だった。
朝も夜も人に溢れ賑やかで、魔石ではなく火によって照らされた夜の町はまるで別世界のように感じられ、懐かしい暖かさを感じながらスナウはレヴァイル皇国について探り回っていた。
ネーナの皮を脱ぎ捨て、ネズミ色の外套の下に武器をいくつも潜ませながら夜の町を走り回る。
道行く人間を暗がりに引きずり込み、時には魔石を盗み、時には脅してレヴァイル皇帝について聞き出し、そして解体し、臓器を闇市に流した。
そんなことをしていれば正体不明の殺人鬼として指名手配されるのは、至極当然のことだった。
ある夜、外套を脱いで町を歩いていたスナウは誰かの視線を感じて立ち止まった。
振り返ることはせず、気付いていない風を装って露店の商品に視線を落とす。
「やあ兄ちゃん、なに食べてく?」
「あー、この串肉をください。三本」
「あいよ」
「脂身は少なめでお願いします」
中純度の魔石と三本の串肉を交換し、スナウ人混みを避けて細い路地で串焼きにされた肉を頬張った。妙な臭みのある肉で、それを香辛料で誤魔化しているような味がした。
「それ美味しい?」
「またあなたですか……」
スナウはレスナ法国での一件から度々絡んでくる受付嬢レミィにうんざりした表情を見せる。
「今日はフェイスレスじゃないのね」
「なんですそれ」
スナウは口いっぱいに肉を入れながら、路地に転がるごみを避けて歩きだす。その背中を追ってレミィも歩きだした。
「そっか、この国じゃ傭兵してないから知らないんだっけ」
「ですから、そのフェイスレスとはなんですか?」
「闇に潜む顔のない殺人鬼。顔を見た人間は生きたまま内蔵を食べられて殺されるんだって」
「恐ろしいですね」
そんなこと露ほども思っていなさそうな声で返され、レミィは呆れた顔をする。
「それで、その殺人鬼になんの用ですか?」
「いやいや、あのなかなか死なないトロールを一人で殺しちゃうような殺人鬼に用はないよ。用があるのはあなたの方」
「殺人鬼じゃなくて私ですけどね、トロールを殺したのは」
「あー、ごめんごめん、私の言い方が悪かったね」
レミィはスナウの足跡を踏むように歩きながら、匣の灯りでスナウを照らす。
「用があるのは傭兵のあなたじゃなくて、軍人のあなたってこと」
その言葉が終わるより早く、青い軌跡が夜空に向けて跳び上がっていた。
「……ほら、やっぱり当たってた」
レミィは小さく笑い、金色の生命力を全身に纒いスナウを追って地面を蹴る。
屋根伝いに城下町から離れようとしていたスナウは自分を追ってくる金色に気付くと、驚きのあまり足を踏み外し危うく地面に落ちかけた。
「な……契約術! この世界の人間じゃなかったのか? でも匣は使えるようだし……」
背後から迫る拳銃型の匣から撃ち出される魔素弾を肩越しに睨み生命力の鎖で弾きながら、スナウは串肉を頬張りつつ考える。
レミィはスナウを軍人と見抜いていた、ということは……どういうことだろう? 可能性があり過ぎる。スナウは頭を振り、難しいことを考えないようにした。
最悪を想定すると、レミィは敵国家の軍人で、なにか目的を持ってこの世界に来ている。そして、この世界に溶け込むために素膜を移植している。だから匣を扱えるのだろう。流石にドラゴンと契約しているとは考え難いが、その可能性も考慮しなければならないか。
もう少し近づければ契約している動物がわかるのに、とスナウは目を凝らす。夜の闇のせいで金色の光が昼間より大きく曖昧に見えてしまい、遠くからでは纒っている生命力の形が判断できない。
「どう騙す……どう騙す……」
スナウは魔素弾を鎖で防ぎながら用水路に飛び込み、纒っていた生命力を脱いで迷路のような内部を音もなく走りだす。まもなくして、金色の軌跡が用水路の出口に下り立った。
「ん……!」
兎に似た形をした金色の生命力を纒ったレミィは青い軌跡が見えないことに気付き、寝かせていた兎の耳を立てる。
「ん、ん、んー? 猫かな?」
足音が聞こえないことに首を傾げながら、レミィはスナウが食べていた串肉の特徴的な匂いを追いかけて走り出した。
匣で足下を照らしながらレミィが暗闇の中を走っていると、突然前に出した右足が身体から切り離された。
「んぎっ!?」
レミィは左足で地面を蹴り血で濡れて見えるようになった細いワイヤーを飛び越え、傷口から生命力の糸を伸ばし切り離された右足を捕らえ背中を打ち付けて着地しながら接合し、数回転がってから両足で立ち上がる。右足は傷跡もなく元通りに繋がっていた。
「やっぱり、レセの軍人とは戦いにくいね。人目なんか気にしなければ良かった」
レミィは薄い膜のように纒っていた生命力を鎧のように密度と厚みを増して纒い直す。
「でも、追いかけないと私の戦い方が出来ないからさ」
独り言のように呟きながら、レミィは身体中から生命力の糸を出し、それを触角代わりに用水路に張られたワイヤーを避けながら走り出した。
トラップを回避しながらしばらく用水路を進んでいると、レミィは不自然な横穴を見つけた。風が横穴に向けて流れ込んでいるようで、中の匂いは判断出来ない。レミィはしばらく横穴の周囲の音や匂いを探った後、穴の中を生命力の糸で探り始めた。
「これは……浮浪者の家だったようね。腐乱死体が……二つ」
スナウはいないことを確認したレミィが立ち上がろうとした瞬間、背筋が凍る様な風切り音がその耳に飛び込んできた。
「――――っ!」
反射神経と瞬発力だけでレミィは持っていたランタン状の匣でスナウのナイフを防いだ。その衝撃で匣が壊れ、辺りが闇に包まれる。
小さな舌打ちは、両者のものだろうか。
「ああもう、レセ人ホント嫌い!」
「褒め言葉ですねぇ!」
スナウは幾本もの生命力の糸を束ねて作った縄を操りレミィの首を締める。レミィは慌てて縄を外そうとするが、生命力の鎧が守っていてくれたことに気付くとスナウの腹を全力で蹴り付けた。
「んぐぁ!」
レミィの蹴りは青い生命力の鎧を破ってスナウの腹に突き刺さる。そのまま吹き飛ばされようとするスナウの身体は何本もの金色の鎖に絡め取られ、今度は胸板に両足蹴りを入れられる。
「ふっ!」
「――――!」
スナウは声にならない悲鳴を上げ、そのままぐったりと動かなくなってしまった。レミィの首に巻き付いていた縄はひとりでに解け、糸となって霧散した。
「あーもう、心臓止まるかと思った」
レミィは生命力の鎧を脱ぎ、手探りで匣を見つけ完全に壊れてしまったことを確認する。
「デザイン気に入ってたのに。まったく……」
八つ当たり気味に鎖で縛られたスナウの脇腹を蹴り、レミィは壊れた匣を腰のベルトに提げた。
「あー、どうしよ。尋問は得意じゃないんだよね」
レミィは誰かと会話するような独り言を呟きながらスナウが身に付けている武器を全て奪い、少し考えてからスナウの口に糸を入れ胃袋に隠していたメスやナイフも回収した。
「うわ、やっぱりあった。流石レセ人」
奪った武器を全て下水に投げ捨てると、レミィはスナウを背負って歩きだす。目立たってしまわないようにスナウを縛る鎖は解かれていた。
「ラビちゃん、近くなったらドア開けてね。うん、お願い」
水が流れる音を頼りに歩きながら、レミィは小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます