第7話 不用心ワーニング
目を覚ましたスナウが見たのは、薄暗い石造りの天井だった。
「…………」
右には鉄格子、左には石壁。それを確認したスナウはゆっくりと上体を起こす。両手両足には鉄の枷がかけられていた。
「やあ、お目覚めだね」
スナウが右を向くと、鉄格子の向こうで椅子に腰掛けたレグが手を振っていた。彼女の後ろにはばつの悪そうな顔をしたリュートハルトが立っている。
「どう? 頭は大丈夫? アタシ達が誰かわかる?」
「暁の園のレグとリュートハルト。ちゃんと覚えています」
「じゃあ早速、あなたが何者か教えてくれる?」
「ふむ……」
スナウは衣服以外の身に着けていた荷物が奪われていることを確認し、小さく頷く。
「……アレが匣ではないことには気づいてしまいましたか」
「あー、あのボロい聖書。て言うか匣自体あなたどこにも隠し持ってなかったけど、どこやったの? 宿にも置いてなかったらしいけどさ」
「本当に全部探しました?」
「いや、流石に土の中ほじくり返すようなことはしてないけど」
まさか、とレグは言いかけて、スナウが笑っていることに気付いて言葉を切る。
「どうしたの? 気でもおかしくなった?」
「いえ、すみません。私は身体の中まで、という意味で聞いたのですが……その発想自体無さそうでしたので、安心して笑ってしまいました」
「なに、身体の中ってあなたまさか……!」
「さて、どうでしょう?」
期待半分嫌悪半分といった表情のレグに好感を覚えながらも、スナウはわざと勘違いされるような曖昧な言葉を返す。
「だってあなた、防御のための匣だって前代未聞なのに、身体の中にだなんて……そもそも、あなたの身体のどこにも手術痕なんてなかったのよ! 有り得ないわ!」
「手術……痕?」
なんだそれは、とスナウは小さく呟く。スナウがいた世界では死んだ時以外に傷は残らなかったため、『手術』という言葉は存在しても、『手術痕』という言葉は存在していなかった。そのことをスナウがわかるはずもなく、しばらく考えてから諦めるように首を振った。
「仮に匣があなたの身体の中にあったとして、あなたはどこの国からやって来たの? 匣の開発でレヴァイルより先をいく国なんて聞いたことがないわ」
「ん? 私はレヴァイル皇国の国民ではないと?」
「だってあなたの背中には焼き印がないじゃない。レヴァイルの人間を騙るには少し手を抜きすぎじゃないかしら?」
「焼き印? まさかレヴァイル皇国の人間はどこかの国の家畜とでも言う気ですか?」
呆れた調子で問うスナウに、レグは呆れた視線を返す。
「あんた、ここになにしに来たの?」
「……観光です」
スナウのとぼけた答えにレグは肩をすくめ、それ以上なにも言わず腰を上げ立ち去っていった。
残ったリュートハルトは無言でスナウを見ている。
「えーっと、なにか用ですか?」
「…………」
しばらく無言で立っていたリュートハルトはスナウをちらりと見やり、溜め息を吐いて椅子に腰掛ける。
「お前は本当に……レヴァイル人じゃないんだよな?」
「どっちでも良いですよ。元々、使い捨てるだけの道具が勝手に出歩いてるだけですから」
スナウの言葉にリュートハルトは顔をしかめる。それを見てスナウは表情こそ変えなかったが、内心笑っていた。
「用がないのでしたら、どこかへ行ってくれませんか。正直、あまりあなたの顔は見たくないんですよね」
「……悪かった」
それだけ言うと、リュートハルトはレグの後を追って出ていった。
「……いない? もういないよな? おーい、もしもーし。……よし」
人の気配がなくなったのを確認してから、スナウは手枷を観察する。鍵穴はなく、魔石でしか開けられないと思われるが肝心の魔石を入れる穴がない。もっとも、あったところでスナウには開けられないのだが。
「…………」
スナウは自分の血が死ぬ手前まで抜かれていないことから、契約術はこの国では知られていないか存在しないと判断する。
自身の生命力を糸や鎖のようにして操る契約術。スナウがいた世界では人間(と例外的にドラゴン)のみが扱えるごく一般的でほとんど万能の技術なのだが、ここでは魔素術がその位置にあるらしい。
スナウは両手両足を生命力の鎖で縛り、骨を折って枷から抜く。
折れた手足の骨が治るのを待ってから、スナウは生命力の糸で胃袋からアレッタ治療院から盗んできたメスを引っ張り出した。
生命力の糸や鎖では鉄格子や石壁は壊せない。鋼のような硬度で鎧のように生命力を纒っても、スナウ自身に石壁を壊すだけの力がない。
だから、メスを生命力で包み石壁以上の硬度を与え、壁の石をくり貫くように切り裂いた。生命力を纒わせているためメス自体の切れ味は活かされていないが、接触面積が指よりもずっと小さいため刃は通る。
スナウが閉じ込められたのは地下牢だったようで、しばらくして石壁の向こうに土が現れた。スナウは再びゼリー状の生命力でメスを包み呑み込んでから、全身に鎧のように生命力を纒い土を掘り始めた。
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