第6話 思惑スクランブル
報酬の魔石は低純度のものが多く、スナウが渡された革袋はズシリと重かった。
「この辺りに一泊できるところはありませんか」
スナウは革袋から一掴みほど魔石を取り出し、受付嬢の前に置く。
「……ウサギ亭がこの辺りで一番評判が良いですが、その代わりいつも満室です」
「この辺りに一泊できるところはありませんか」
スナウは更にもう一掴み魔石を受付嬢の前に置く。
「クラゲ亭、ウマの脚亭、ヘビ革亭などですかね」
「助かりました」
スナウは受付嬢が魔石を手に取る前に、彼女の前に置いたその全てを素早く革袋の中に戻した。
「それと、受け取るなら渡したときに受け取ってくださいね」
「…………」
受付嬢に睨まれながらスナウは屋外に出る。
それからしばし道に迷ってから、スナウはウサギ亭を見つけ受け付けの前に立った。
「すみません、部屋は空いていますか?」
「えーと、馬小屋に一番近い二階の角の部屋でしたら空いていますね」
受付嬢は台帳をパラパラと雑に捲りながら、欠伸を噛み殺していた。
「臭いますか?」
「窓を開けない限り臭いませんが、ウマの鳴き声が聞こえることがあります」
「他に部屋は空いていないですか?」
「空いてないですね」
「ではその部屋を借ります」
「クズ魔石が五つほどですね」
スナウは革袋からそれらしい魔石を六つ選んで受付嬢に渡し、部屋の鍵を受け取る。
部屋に入ると、スナウはまず魔石を入れて灯りを付ける匣を見つけ、しまったと顔を歪ませた。
匣は素膜がないと扱えないという言葉を思い出しながら、スナウは恐る恐る、どうにかこうにか匣に魔石を入れ、あちこちそれらしい箇所を触ったり叩いたりしてみたが、
「…………」
当然ながら灯りは点かなかった。
スナウはクズ魔石が詰まった革袋をベッドの上に置き、ルームサービスがないかメニューを探そうとして、スナウの世界で言う『電話』に似た機械を見つけた。当然、魔石を入れるための穴がある。
「……なるほど」
スナウは革袋を掴み取り、受付嬢に案内され地下のレストランで夕食を摂った。
次の日、そのまた次の日もスナウは傭兵として各地で人を襲う動物を退治し、ウサギ亭の馬小屋に一番近い部屋で寝泊まりした。
そんな生活を二ヶ月ほど続けていたある日。
「アリオ様、魔獣退治の依頼がありますが、話を聞いて見ますか」
「是非ともお願いします」
稼ぎ話に違いないとスナウが目を輝かせながら頷くと、「では」と別室に案内される。
スナウが案内された部屋は会議室のようだったが、中央に置かれた安っぽいテーブルがこの南支部の財政状況が伺えるようだった。
財政と言えば、魔石は本部から配給されているのだったか。そんなことを思い出し、次の瞬間スナウは雷に撃たれたような衝撃を受ける。
ちまちま稼ぐのではなく輸送車を襲えば良かったではないか、と。
祖国でもなんでもない国で今まで真面目に働いていたのが馬鹿らしくなった瞬間だった。が、魔獣には興味があったのでスナウは大人しく示された席に着く。
「よろしくお願いします」
最初はスナウしかいなかった部屋に段々と人が集まってくる。その度にスナウは腰を上げて挨拶をした。
「あー、あんたが噂のアリオか」
「はい。今回はお世話になると思います」
「いやいや、珍しい匣を持ってるんだって? 頼りにしてるよ」
スナウの匣はへパール連邦の傭兵達の間で結構な噂になっていた。それもそのはず、突然現れた新人の傭兵が、今まで誰も聞いたこともない『纒い』、『防御する』という役割を果たす匣を持っていたのだ。
防御するタイプの匣はレヴァイル皇国で開発中ということもあって、スナウ、もといアリオはレヴァイル皇国の技術者かその関係者ではないかと噂されているのだ。
「ね、ね、技術者としてのほんの興味本意なんだけど、その匣とやらを見せてもらえたりは……」
「扱い方によっては最悪この場にいる全員に死んでもらうことになりますが、その条件が呑めるのなら良いですよ」
「……遠慮しとく」
「賢明な判断です」
ただの聖書であることを隠すための脅しだが、その態度が噂に妙な信憑性を持たせているのだった。
やがて、部屋には六人の男女が揃った。
一人で傭兵活動をするスナウとメイスン。
『ボレオ傭兵団』という腕利きの傭兵団の団長ボレオ。
そして、『暁の園』という商人、技術者を多く抱える傭兵団の団長リュートハルトと技術主任レグの二人。
以上の五名に加え、最後に駆け込んできたギルド管理組織へパール連邦南支部の支部長ラッテがテーブルを囲む。
「今回は緊急召集に応じていただき感謝します」
額に汗を滲ませたラッテはそれだけ言うと、テーブルの上にへパール連邦全土が描かれた地図を広げる。地図には既に赤く印が付いており、それは西のケレウレ海岸を示していた。
「遠いな……」
地図を見てボレオが呟く。
「ええ、ですがここに現れた魔獣は他の支部の傭兵達だけではどうにもならず、負傷者も多くなってきたため貴方達に助けを求めることになったのです」
「助けに行くのは、俺達全員か?」
「そう言われていますが、私としては流石にそれは遠慮して貰いたいのです」
「私は行きます」
スナウが手を挙げると、四人の怪訝そうな目と一人の嬉しそうな目が向けられる。
「それは、どうしてだ?」
リュートハルトがそう言いかけるが、彼はレグの拳を横っ腹にもらい呻き声を上げた。それをよそにレグは楽しそうに両手をあちこち動かして興奮した様子で喋り出す。
「良いじゃない、アリオと『暁の園』が全力を上げて魔獣討伐に臨めば余裕よ、余裕!」
「だから連れてきたくなかったんだ……」
リュートハルトは脇腹を押さえながら不満そうに呟いた。
「いやしかし、まだ若い彼に魔獣は荷が重いのでは? まだゴブリンやオークしか相手にしたことがないのだろう?」
壮年のメイスンは心配そうに意見するが、レグはそれを笑い飛ばした。
「良いの良いの、死んだら私が責任持って骨とか匣とか拾って上げるから」
「馬鹿お前……!」
口を塞ごうとするリュートハルトの手をひょいと避けるレグをスナウは面白そうに笑う。
「良いですね、私の好きな考え方です」
レグに笑顔を向けられたスナウは、そっと付け足す。
「ですから、死ぬときは匣も貴女方も可能な限り道連れにしますね」
「おい、やっぱりこいつ連れてくのはマズいんじゃないか?」
ボレオはテーブルを叩いて憤りを顕わにする。スナウは彼の突き刺すような視線に肩をすくめて見せた。
「ほんの冗談ですよ」
「冗談でも、そもそも俺はお前が信用ならねえ! なんだってこんなポッと出のどこの馬の骨かもわからん若造が俺達と同じテーブルに着いてんだ!」
「そりゃあ、その子の匣をへパールが詳しく知りたがってるからでしょ」
「だからそう言うことは……ああもう!」
横から口を出すレグにリュートハルトは頭を抱え声にならない呻き声を上げるが、不思議と部屋から追い出そうとしない。
「……あの二人は夫婦なのですか?」
「いや、姉と弟だ」
「ああ……。ところで、エウレ村はご存知ですか?」
「前に行ったことがある。あそこの小麦が旨いんだ」
ボレオとレグの舌戦を眺めながら、スナウとメイスンは世間話を始めてしまう。それを見てラッテはリュートハルト同様頭を抱えてしまった。
「あの……すいません、あの! あのー!」
何度目かのラッテの呼び掛けで、ようやく部屋の中が静かになる。ラッテは一度咳払いし、疲れたように息を吐く。
「……ボレオさんは何故、アリオさんの参加に反対なんです?」
「さっきから言ってるだろ、レヴァイルのスパイを国の一大事に関わらせるわけにはいかないだろ」
「なら追い返せばいいでしょう」
イライラと指で机を叩くボレオにスナウは笑いかける。部屋中の視線がスナウに集中した。
「私もそろそろ我が国に帰ろうと思っていたところです。土産に魔石を稼いでから帰るつもりでしたが、ここが潮時でしょうか」
スナウはそれっぽく両腕を広げ、五人に向かって笑う。
このまま上手くことが進めば、強制送還という形でレヴァイル皇国に行けるに違いない。
そう確信していたこともあり、スナウの笑みはより怪しげなものとなっていた。
「貴様……! だったら望み通り送り返してやる!」
「えっ」
余裕綽々な様子だったスナウは、リュートハルトの岩のような拳に側頭部をぶん殴られ、糸が切れた操り人形のように手足を滅茶苦茶な方向へ向けながら壁際までぶっ飛んだ。
「なんだよ、台無しかよ、クソ……」
まさかボレオではなくリュートハルトが殴ってくるとは思ってもいなかったために防御が間に合わず、スナウは口の中で文句を言いながら静かに気絶した。
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