第5話 害獣スプラッタ

 エウレ村に付いてから数刻後、スナウは村の自警団と共にゴブリンの巣となっている洞窟へ向かっていた。

 また、自警団には小さな子供達もいるらしく、大人達に守られながらゴブリン退治に参加していた。


「お兄ちゃんが傭兵さん?」

「ええ。まだ駆け出しですが」

「なら俺達とおんなじだな!」

「ぼくたちも、駆け出しの自警団」

「では駆け出し同士、今日は一緒に頑張りましょう」

「よろしくな!」


 訓練用の木剣を片手に持ったままの数人の男児がスナウを囲み、押したり引いたりして遊びながら洞窟へ向かっていた。


「もしかしたら、こいつらの子守りを任せちまうかもな」

「子守りは得意ですし、あなた方の連携を邪魔するようであれば反対はしません」

「馬鹿言え、子守りは若いのに任せてお前にはちゃんと戦わせてやるよ」

「そうですか」


 楽が出来ないことを残念に思いながら、やがてスナウはそれらしい洞窟を見つけた。


「…………」


 スナウはしばらく悩んでから、生命力を薄い膜のように纒い、斧を順手に掴み直す。


「うわ、顔青いけど大丈夫?」


 十個ほど重ねて縛った土嚢を両肩に担いだ男性はスナウの顔を心配そうに覗き込む。


「大丈夫です。匣によってそう見えているだけですので」


 そう言ってスナウが懐から取り出したのは、匣でもなんでもなく、ただの盗品でしかない聖書だった。


「へー、匣なんて初めて見た。聖書みたいだね」

「似せてるんです。一見分かりにくい方がなにかと便利ですから」


 男性に平然と嘘を吹き込みつつ、スナウは聖書を懐に仕舞う。


「なんか格好いいね」

「あなた達ほどではないですよ」

「うん?」


 スナウの言葉に首を傾げていた男性は、自警団の一人に呼ばれると小走りで走り寄り、土嚢を分けながら塞ぐべき穴の方へ消えていった。

 やがて半刻ほどで自警団は準備を終えたらしく、大人数人が並んで通れる程度の穴からうっすらと煙が立ちのぼり始めた。






「良いかお前ら」


 自警団のリーダーであるスキンヘッドの男は洞窟から十分に離れた位置に若い団員達を集め、煙立つ暗い入口を指差す。


「あの洞窟には昔、人食いと呼ばれた人間が住んでいた。そいつはゴブリンと違って人を襲って食べていたが、ゴブリン達と同じように煙でこの洞窟の外に追い出されたんだ」


 洞窟の出口には、青い光を纒うスナウが斧を右手に仁王立ちしている。


「暗い場所からいきなり明るいところに出るとすごく眩しいのはわかるよな?」

「うん」

「それは人間もゴブリンも、あの一口で人を食べるオーガだって一緒なんだ」

「えー?」

「オーガも?」

「ああ、俺が一昨日聞かせてやったお伽噺でも、勇者は鏡の盾でオーガの目を眩しくさせてただろ?」

「あ! させてた!」

「それと同じだ」


 不意にスナウが斧を振り上げた次の瞬間、煙を突き破って一匹のゴプリンが姿を現した。スキンヘッドの男が言うようにそのゴブリンが夕日の眩しさに手で目を覆い隠した瞬間、スナウの振り下ろした斧がその頭蓋骨を頂点から叩き割った。


「ほうらな?」


 スナウは痙攣するゴプリンの死体を蹴って斧から外し、再び振り上げ煙から飛び出したゴプリンの頭に振り下ろす。


 振り下ろし、

 蹴り外し、

 振り上げて、

 振り下ろす。


 辺りに転がるゴブリンの死体に躓いて転ぶゴブリンにも容赦なく斧を振り下ろし、スナウが取り逃がしたゴブリンは自警団の槍に体を貫かれ、剣でその首を叩き斬られた。


「目を逸らすなよ。お前達はあれよりもっと怖い獣から村を守らなきゃならないんだ」


 慣れた動作でゴブリンを駆除する男達の姿に息を呑む者もいれば、半べそをかく者もいた。

 そしてなにより、機械的にゴブリンの頭を叩き割るスナウには、大人も子供も関係なく薄寒い恐怖心を抱いていた。



 ゴブリン駆除は日が暮れる前に滞りなく終わった。


「……終わりましたか?」


 スナウは生命力の膜にべったりと返り血を付けたままスキンヘッドの男に問う。


「ああ、中に残ってるのは酸欠で死んでるだろ」

「そうですか」

「あんたのおかげで俺達は随分と楽が出来たよ。助かった。ありがとう」

「あなたの作戦のおかげですよ。有能な指揮官の下で戦えて私は幸せでした」

「おうよ」


 スキンヘッドの男にはスナウの言っていることがいまいち理解出来なかったが、礼を言われていることはなんとなくわかったので、なんとなく頷いてみていた。


「私はゴブリンの左耳を集めるよう言われているので、私が殺した分だけ切り取ってきます。用があれば声をかけてください」


 そう告げると、スナウはゴブリンの死体の山を漁り血糊で切れ味の悪くなった斧でそれらの左耳を切り取り麻袋に放り込んでいく。

 農作業を生業とする者達から見れば血生臭い光景だったが、当のスナウは幼い頃の薬草狩りを思い出して懐かしい気持ちになっていた。集めた分だけ小遣いが貰えるという点も似ているとスナウは勝手に納得している。


 ゴブリンの死体は焼いて畑の肥料にするらしく、スナウは自警団が殺したゴブリン達の左耳と交換でゴプリンの死体をエウレ村まで運ぶことになった。

 死体から垂れてくる血で汚さないように上着を脱いで半裸になった男達に混ざり、スナウも血だらけの膜を纒ったままゴブリンの死体を担ぐ。

 やはり、一番多くゴプリンを担いでいたのは土嚢を担いでいた男性だった。

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