第4話 嘘吐きオネスト

 他に方法もないらしいので海を渡ることにしたスナウは、夜になるのを待ってから人の目を盗み音もなく崖際にまでやってきた。

 太陽はスナウがいた世界と同じ東から西に回るとのことなので、地図が正しければスナウの視線の先にはレヴァイル皇国がある。夜中のため、黒い海の先に陸は見えないが。


「…………」


 スナウは軽く助走を付けて崖を飛び下りる。その脇には、修道院から盗み出した修道服と聖書を抱えていた。






 数日後、アメンボのように海を渡り漁村に辿り着いたスナウは盗んだ修道服を売っていくつかの低純度の魔石に変える。その際、入国許可証がないことを怪しまれ警察や村人に追いかけられたため、再び海を渡りレヴァイル皇国の国境を越え西のヘパール連邦に入国した。


 スナウは平然とした顔でしばらく道に迷った末、目的の建造物を見つけた。


『ギルド管理組織ヘパール連邦南部支部』


 エリオンから盗んだ聖書である程度字が読めるようになったスナウは、躊躇なくギルド管理組織に足を踏み入れる。


「すみません、職を探しているのですが」


 受付嬢の前に立つと、スナウは開口一番無職であることを告白する。


「ご利用は初めてですか?」

「はい」

「こちらに名前をご記入ください」

「わかりました」


 差し出された用紙にスナウはこの世界の共通文字で『アリオ』と一切の迷いなく偽名を書き込んだ。


「アリオ様ですね。では登録料として魔石をお願いします」

「これで足りますか?」


 そう言って、スナウは修道服を売って手に入れた魔石を一粒カウンターの上に置く。受付嬢はそれを摘まみ上げると、手元に置かれた年季の入った機械に放り込み吸光度を測った。


「……少しばかり不足していますが、この程度なら次回の仲介料を多めにもらう程度で済むので大丈夫です」

「助かります」

「では、どのような仕事を希望しますか?」

「なるべくたくさん稼げる仕事をお願いします」

「わかりました」


 受付嬢は席を立つと裏に下がり、しばらくして一枚の木板を手に帰ってきた。


「表に目的地と契約内容、今回はエウレ村近隣のゴブリン狩りですね」


 ごぷ……ゴブリン?

 聞いたことのない言葉にスナウは一瞬気を取られるが、すぐにそれを振り払う。


「裏にギルド管理組織からの正式な依頼を証明する印がそれぞれ刻まれています。これがないと報酬の受け取りが出来ないのでなくさないようにしてください」

「わかりました」

「それと、討伐の証明としてゴブリンの左耳をここに集めてください。集めた分だけ追加で報酬が出ます」

「わかりました」

「よく間違える方がいるので注意してください。左耳ですからね。右耳は討伐の証明にはならないですからね」


 念を押しつつ、受付嬢は大きめの麻袋をスナウに渡した。スナウはその空っぽな中身を不思議そうに覗き込む。


「それでは、幸運を」


 スナウは木板に袖口に仕舞い、懐の聖書と同じように生命力の糸で縛り身体に固定する。

 それからすぐに外に出るのではなく、しばらく中を見て回り地図の前で立ち止まった。

 それはヘパール連邦の地図で、エリオンが持っていた物よりも詳しく地形や地名がわかる。スナウは山や森の多い地図を頭の中に刻み込むと、目的地であるエウレ村に向けて一直線に走り出した。



 エウレ村はスナウの脚で四半日ほどの距離にあり、到着する頃には日は頂点から少し西に傾いていた。


「すみません、ギルド管理組織から依頼を受けて来た者なのですが」


 スナウはエウレ村に入り、まず最初に見つけた土嚢を担ぐ男性に声を掛けた。


「え、もしかして傭兵さんかい?」

「はい」


 スナウが木板を見せると、男性は嬉しそうに笑う。


「良かった、半年経っても来ないから諦めてたところなんだ」

「そうですか。ところで、ゴブリンはどこにいますか?」

「ああ、ゴブリンの巣はそこの川を上った先にある洞窟だ」

「ありがとうございます」

「いや、ちょっと待ちなって」


 頭を下げ指し示された川に向かおうとするスナウを男性は慌てて止める。


「そんな武器もなしに向かうのはおかしいだろう」

「武器ですか。武器ならここに……」


 腰に伸ばされたスナウの手が空を切る。


「……ないですね」


 よくよく思い出して見れば、ロレイで目を覚ました時から既に武器がなかった。

 討伐依頼を出されながら半年も放置されるゴブリンという生き物に大した脅威があるとは思えないが、それでも未知の存在であることには変わりない。


「ゴブリンはどのように襲ってきますか?」

「どのようにって……槍とか弓とか持って……まあ、被害はたまに家畜や作物を奪っていく程度だけど」


 武器を使うらしい。賢くなった猿みたいなものだろうか。


「なんだ、もしかしてゴブリンを見たことないのか?」

「私の国で驚異となる動物は山を降りてくる腹を空かせた熊か、敵国がけしかけてくるドラゴンくらいしかいませんでしたから」

「どら……なんだそりゃ?」


 しまった、とスナウは男性から目線をそらす。


「……とにかく、ゴブリンが武器を使うのであれぱ問題は解決します」

「いや大問題だろ。自警団の連中に武器貸してくれないか頼んでみるから、ちょっとついてこい」


 ついてこいと言いながら、男性はスナウの腕を掴むとそのまま問答無用で馬車小屋の隣に建てられた平屋に連れ込んだ。


「なあおい、傭兵さんが来てくれたぞ!」

「あ? 今頃かよ」


 平屋の中にいたのは、長年の力仕事で鍛え上げられた屈強な男達だった。何処で付いたのか、顔面を大きく縦断する傷を持つスキンヘッドの男がどうやらリーダーらしい。他にも明らかに畑仕事以外で、それこそ害獣駆除の際に付けられたと思われる大きな傷を持つ者が何人も揃っていた。


「あの、私必要ないですよね?」

「いや」


 木板を置いて帰ろうとするスナウを引き留めたのは、土嚢を担いだ男ではなくスキンヘッドの男だった。


「戦えるヤツは一人でも多い方が良い」

「そうですか」

「武器はどうした?」

「なくしました」


 スナウの言葉に自警団の男達は鼻で笑う。


「貸してやるよ、なにが良い?」

「その前に、洞窟内で戦うのですか? それとも洞窟の外に誘き寄せて叩くのですか?」

「外だ」


 スキンヘッドの男は簡易的な洞窟の地図を取り出し、既に丸が付けられている場所を指で示す。


「奴等の洞窟はいくつか出入り口があって、一番大きなモノを残して他は煙なんかで塞ぐ」

「良いですね。私好みです」


 スナウは満足そうに頷く。それを見て部屋にいた何人かは若干引いていた。


「斧は余っていますか? 頭を叩き割るには最適なのですが」

「……余ってはいるが、なんでだろうな、急に武器を渡したくなくなってきたぜ」

「駄目ですよ、私は早く用を済ませて帰らなければならないのですから」


 スキンヘッドの男から斧を借り受けたスナウはその重心を確認し、柄が短くなるよう逆手に持った。

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