第3話 異世界エクスプレイン

 元の世界に戻れることを確信したところで、そのための手段が同時に思い浮かぶはずもなく。


「私はいち早く祖国に戻らなければならないのです。神父様、なにかご存知ではないでしょうか?」

「戻るための詳しい方法は知らないが、遥か昔、世界間の移動に使われていた遺跡がどこかにあるらしい」

「それはどこにありますか」


 その質問にエリオンは一瞬目を泳がせたのをスナウは見逃さなかった。


「知っていますよね?」

「……いや、正確な場所は知らない。知らないが、知ろうとしたためにここにいる」

「神父様」


 エリオンの言葉を修道女は咎めようとするが、片手で制され口を紡ぐ。


「この島は、言わば流刑地だ」


 流刑地。その言葉を耳にした途端、スナウの目の色がわずかに変わった。


「レヴァイル皇国にとって不都合な人間は素膜を抜き取られここに押し込められる」


 知らない単語が出てきたが、話を邪魔するわけにもいかないのでスナウはとりあえず相槌を打つ。


「レヴァイル皇国はこの世界の征服ばかりか、その遺跡と通じる世界をも征服しようと企んでいるらしい」

「…………」


 一瞬、スナウの全身の毛が逆立つ。

 遺跡の先がレセ国のある世界とは限らないが、もし通じているのであれば、祖国が脅かされる危険があるということ。

 それはとても、許し難い。


「レヴァイル皇国を止めようなどと考えない方が良い」

「いえ、早く帰らなければと考えているだけです」


 早くこの情報を持ち帰り、迎撃の準備をしなければ。


「……そうか。だが、ここは地図にない孤島。ここから例の遺跡に向かう手段など海を渡るしかない。が、それは難しいだろう」

「海になにかいるのですか」

「海は魔獣を産む。この辺りには肉を好む水棲の魔獣がいて、この島に来る者を寄せ付けず、この島から出る者を逃がさないのだ」


 流刑者はこの島に直接下ろされるのではなく、その手前のある魔獣の棲息水域に落とされ、運が良かった者だけがこの島に辿り着けるとエリオンは言う。


「……魔獣は生き物なのですか?」

「ん……? いや、生き物ではない。生き物を模して動く、魔素の塊だ」


 スナウの質問の意図がわからず、エリオンは首を傾げていた。


「魔獣についてはあまりよくわかっていないことも多い。海から現れること、他の生物を真似て姿形を変えられること、極限まで純度の高い魔石を核にしていること。魔石を食べる魔獣もいれば動植物を食べる魔獣、あるいはなにも食べない魔獣もいる。皆一様に黒い姿をしているから、見ればすぐにわかると思うが、間違っても不用意に近づいてはならないぞ」

「……そうですか、わかりました」


 スナウは残念そうに呟き、ふと手元の修道服に目を落とす。返し忘れていたことを思い出し、後ろに立っていた修道女に手渡した。


「……あ、待ってください」

「はい?」

「それ、もらって良いですか?」

「いや私の着替えなんですけど」

「駄目でしょうか」

「駄目です」

「失礼しました」


 本気で残念がるスナウを気味悪がり、修道女はそそくさとその場から立ち去った。


「……何故欲しがったのだ?」

「身分を誤魔化せる物は持っていて損はありませんから」

「そうか」

「話は変わりますが、この世界について教えていただけますか?」

「…………」

「お願いします、恩は必ず返します」


 数秒悩んだ後、エリオンは無言で頷く。






 魔素と呼ばれる目には見えない物質が、素膜という人であれば五重の膜状臓器によって作られ、血液中に溶け込んでいるのがこの世界の動物だ。植物に素膜はないが、環境中の魔素を体内に取り込む機構がある。


 魔素は自然発生するもので、大気中には一定の濃度で保たれている。魔素の塊を魔石と言い、魔石は不定期に不特定の空間に現れる『孔』と呼ばれるモノから、様々な純度で噴き出る。

 魔石の純度は吸光度に比例して高くなり、純度が高く粒が大きいほど価値は上がる。


 そして魔石は通貨として、また燃料としても利用される。魔石を燃料に動く機械を『匣』と呼び、ランプに似た簡単なものから戦車(馬はいらず、自走するらしい)のような複雑なものまで多種多様の匣が存在する。

 匣を起動し操作するには素膜による魔素のコントロールが必要で、素膜が未発達な子供や素膜がない者には匣は扱えない。


 また、通貨としての魔石はギルド管理組織という世界的中立組織が管理しており、組織に属する人間には労働の対価として分配している。

 ギルド管理組織の下位組織には商人ギルドと技術者ギルドがあり、二つのギルドは互いに援助しあっている。また、どちらのギルドにも属さない人間はギルド管理組織が傭兵として雇い職を与えている。

 ギルド管理組織は魔石の管理組織として、国が魔石を独占することのないようにしている。




 エリオンからこの世界の、特に魔素や魔石について聞いたスナウはひとつの結論を導きだした。


「いまいちよくわからなかったのですが、魔石を通貨にする必要ないですよね」

「通貨にでもして流通させないと魔石が世界に溢れかえってどうしようもないのだよ」

「そうですか」


 スナウにはエリオンの言っていることがよく理解出来なかった。

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