第2話 始まりウォーキング

 スナウの着ていた軍服は穴が開き血で汚れていたため、金属部品を取り外し残りの布部分は釜を温める燃料となった。ひとまずは、と代わりに与えられた修道服を着て、スナウは樹に囲まれる村に出る。


「これじゃ女みたいだな……」


 他に着るものがないからと渡された修道服を気崩そうとして失敗しながら、一文無しのスナウは暇を潰せないかと村の人達に顔を見せてまわる。

 その途中で、真新しい墓の前で静かに泣く男女を見つけた。


「あの、お花、お供えしてもよろしいですか?」


 道端で摘んだ花を片手に提げたスナウが声を掛けると、二人は驚いて顔を上げる。


「はじめまして。スナウと申します」

「ああ……もしかして、昨晩やって来たっていう」

「はい」


 スナウは花を墓に供え、右手を胸に当て黙祷を捧げる。


「……すみません突然。なんだか他人事のように思えなかったもので。服装のせいですかね?」

「ありがとうございます」


 どこか悲しそうに笑うスナウに女性と男性はどこか安心感のようなものを覚えた。


「……昨日の朝生まれたばかりの元気な女の子だったんですけど、夜に、突然……!」


 女性は男性に抱き付き、声を必死に抑えて涙を流す。そんな彼女を男性は優しく抱き返していた。


「この村は子供を産むには少し厳し過ぎる環境なんです。水は村の近くにないですし、食べ物も少ない。だから、こうなることを覚悟していたはず、はず……だったん、ですけどね……」


 そう言って、男性は震える唇を強く噛み、女性を抱く力を強くした。


「……これを差し上げます」


 スナウは回収した軍服の装飾品の内、花を象ったバッジを二人に渡した。


「なんて名前の花か忘れてしまいましたけど、私の両親が好きだった花らしいんです。両親の顔は知らないですけど、これを見る度に強く生きようと思うことができました」

「それは……ぼく達がもらっていいものじゃないんじゃないか?」

「……私の国では、死んだ人間は花になるんです。供えた花は、あなた方の娘さんを安らぎの世界に導いてくれます。そしてこの枯れることのない花は、」


 スナウは花のバッジを女性に握らせ、その手に男性の手を重ねさせる。


「あなた方と娘さんをずっと繋いでくれるのです。どうか大切にしてください」






「あ、血だらけの人!」


 大人の多い村で初めて見つけた子供がスナウを指差して叫ぶ。子供はすぐに母親らしき女性に頭を軽く叩かれ、スナウに頭を下げた。


「はじめまして。スナウと申します」

「はじめまして。怪我はもう大丈夫なの?」

「ええ、もうすっかり元気になりました」


 スナウが力こぶを作るように腕を曲げてみせると、女性と子供は楽しそうに笑う。


「……ところで、レセ国を知っていますか?」


 スナウは子供を肩車して軽く走りながら女性に問う。


「レセ国? 聞かない国ね。どんな国なの?」

「軍事国家です」


 その曖昧な言葉に女性の表情が強張る。


「内陸部の盆地にあり、私の住む街は東西を高い山に挟まれた要塞都市でした」

「遠い国、から来たのですよね?」

「そのようですね」


 スナウの曖昧な答えに女性は不快感を隠そうともせず顔をしかめる。


「あなたは、その……」

「私自身、どのようにしてこの村に来たのかわからないのです。夜の街で胸を刺され意識を失い、目が覚めたら知らない国のあの修道院で寝かされていました」

「そう、ですか」


 先程とうってかわって警戒する様子の女性にスナウは笑みを向け、肩車していた子供を女性に渡す。


「あの、この村で一番知識のある方は何処にいらっしゃいますか?」

「知識、とはどのような?」

「死に瀕したと感じた直後に意識を失い目を覚ましたら全く名前を聞いたことのない露ほども知らない国に来ていたにも関わらず何故か問題なく言葉が通じるという異常な事態の説明ができる知識です」


 具体的な要求に、女性はこれまでスナウが顔を合わせた何人かの村人と同じように困った表情になる。


「神父様に聞かれてみては?」

「うーん、わかりました」


 何度も聞いた答えに、スナウはこれまでと同じ対応をする。


「では、戻って聞いてみます」


 スナウはくるりと踵を返し、歩き慣れない様子で修道院に向かっていった。





 スナウが修道院に戻ると、スナウの看護をしていた修道女が男物の衣服を持って右往左往していた。


「ただいま戻りました」

「あ、勝手に外を歩き回らないように言ったじゃないですか!」

「村の方々に挨拶をしていました」

「そういうのは着替えてからにしてくださいと言ったでしょう?」

「申し訳ありません」


 スナウに全く反省の色がなかったが、これ以上あれこれ言うのも面倒だったので女性はスナウに替えの衣服を手渡した。


「これに着替えたら神父様のもとへ伺ってください。あなたに話があると探していました」

「どこへ向かえば良いですか?」

「あー。着替えたらここに来てください。私が案内させていただきます」

「ありがとうございます」


 スナウは今朝目が覚めた治療院の病室で男物の服装に着替えを済ませた後、脱いだ修道服を片手に引っ掛けしばらく道に迷ってから修道女のもとへ戻る。

 修道女に連れられ、スナウは修道院の裏にある小さな墓地に連れてこられた。そこでは背の高い神父が花に水をやっていた。


「神父様、お連れしました」

「ああ、少し待っていてくれ」


 しばらくして、水やりを終えた神父がスナウの前に立つ。スナウも背がそれなりに高い方だが、神父は更に頭ひとつ高かった。


「初めまして、神父様。私はスナウと申します」

「初めまして、異邦のお方。私はエリオン。本来は歴史学者だが、今は神父をやっている」

「歴史学者ですか。ところで、私に話とは?」


 スナウの問いにエリオンは軽く頷く。そして取り出したのは、先程スナウが治療費として白衣の男に渡した銀貨の一枚だった。


「……まさか、その銀貨がどこの国のものかわかりましたか?」

「いや、さっぱり」

「そうですか……」


 期待に目を輝かせかけたスナウだったが、すぐに気分を落ち込ませた。


「若い頃はあちこち旅していろんな国を見てきたが、こんなものを通貨にしている国があるとは初めて知った。この、半月状の印にはどういう意味があるか教えてくれないか?」

「それはレセ国の国土を模したものです」

「やはりそうか」


 エリオンは楽しそうに頷くと、懐から使い古された継ぎ接ぎの地図を取り出す。


「これを見ればわかると思うが、レセ国に似た形の国は見当たらない」

「…………」


 スナウは地図を半ば強引に奪い取り、目を皿のようにして端から端へと目を通す。


「……確かに、そのようですね。私が知る他の国も見つかりませんでした」


 見覚えのある地形がなければ、そもそも文字すら読めなかった。


「ちなみに、ロレイ村はどこにあるのですか?」

「この地図には載ってないが、おそらくこの辺りのどこかだ」


 そうエリオンがぐるりと示したのは、地図の端、南西部の海だった。

 村が背の高い樹に囲まれているから、潮の香りがわからなかったのか。スナウは思わず辺りを見回しながら歯噛みする。


「これは歴史学者というよりも神父としての発言だがね」


 礼と共に返された地図を懐に仕舞いながら、エリオンは真剣な眼差しをスナウに向ける。


「おそらく君は、神に導かれてここに、この世界に、異世界に連れてこられたのだと思う」

「はあ……ん、んー? えっと、随分と物好きな神サマですね?」

「天地を創造するほどだ、暇で物好きでなければそんなこと出来ないよ」


 エリオンは今度は聖書を懐から取り出し、その表紙をスナウに見せる。


「生死を司るイラ。智を司るナズラ。そして光と影を司るシャラ。これが天地創造の三柱神だ。ここがどの世界かは知らないが、君は相当特別な存在なんだろうね」

「……なるほど」


 スナウは小さく呟き、聖書の表紙を指でなぞる。


 見覚えのない景色、聞き覚えのない国、読むことの出来ない文字。

 しかし異世界とやらに来たにしては、どういうわけか言葉が通じる。

 初等学校で暗記できてしまうほど読まされた聖書とよく似た表紙を目の当たりにして、

 スナウは直感的に自身が元の世界に戻れることを確信した。

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