エンディング そこにヒーローは確かにいた
目を閉じればまだ、あの壊された街がまぶたに焼き付いている。
目を開ければそこには、復興を続ける街が見えてくる。
時が立つのは早いもの。一月ほど時が経っていた。
ひと月前のあの騒ぎ以来、悪の組織による怪人騒ぎはピッタリと止まっていた。しかしまだ警戒が解かれたわけではない。もしもの時のために巨大ロボットを有する組織は新たな巨大ロボットを作り上げていた。もっとも、それを含むロボットたちの活躍の場は闘いではなく、街を復興させていくこと。
少女の視線の先で、今日もロボットに乗る赤城風は建設作業の手伝いをしていた。
「頑張っているんだな、みんな」
くるりと踵を返して、ロボットを背に恵里佳は進み出す。目の前には、今までのようにはいかないがそれでも、ロボットの活躍を見学する人の姿。
街に人は戻りつつあった。
人の波をかき分けて、波の外に出る。
「いやぁ、しかしまたこんな日が来るとはねぇ」
「まったくだよ。疑っていたわけじゃないけど、やっぱりこいつはこの街の守護神だな」
ロボットを見上げながら人々が話しあっている。
「これでこの平和がずっと続けば文句はないよ」
言葉を挟むつもりはないが、それは大丈夫だろうと、心のなかで呟いてその場を後にする。もう騒ぎを起こそうとする組織はなくなったのだから。
ここにいるのは誰でもない、ただの少女。
「くっ……」
胸が締め付けられるような想い。
たとえ組織が無くなったとしても、たとえダゴンがいなくなったとしても
「それで私の罪が消えるわけではない……!」
すべてを話してしまえば楽になるかもしれない。
赤城風は言った。
だったらなにも言わずにその罪を抱えたまま生きればいいと。
話して楽になるのなら、話さずに苦を産み続ければいいと。
しかし彼女にとって最大の罰は、隣にいるはずの少年を失ったことだった。
少年の影を追いかけるように恵里佳は、足を学校に向けていた。この学校もあと数週間ほど経てば再開が決定していた。すでに校舎などには待ちきれないのか、集まっている生徒もいた。
そこには少年はいない。
ショッピングモールは早々に再開をしていたが、建物内のすべてのテナントに火が灯るのは時間がかかりそうだった。中には業者が完全に撤退したところもあり、歯抜けのような店の並びになっている。
そこには少年はいない。
立入禁止のテープぎりぎりのところで、恵里佳はその先の更地を眺めていた。そこにはいくつがビルが立っていた。そのビルとビルの間の裏路地に、その場所に、何度も会話をしたその場所に、少年の姿はなかった。
もしかしたらアパートに帰ってみればいるのかもしれない。家を出て戻るたびにどれだけ抑えてもその考えが浮かんでは、実際に帰宅して打ち砕かれる。
誰もいない家。この一か月、この家の静けさを知るばかり。だからあまり家に帰ることはなくなった。赤城風の家に世話になることも多くなった。
風は、いっそのことこの家に引っ越してこれば? と何度か提案をしていたが、それでも彼の帰る家は残しておきたかった。
やはり家にいていられなくなってしまう。
鍵を閉めて家を後にする。もう行く当てなんかない。ただなんとなく、街を歩き続ける。
「これが私の罰、なんだよな」
空を見上げる。
「受け入れていかなくてはな」
見上げる空はどこまでも続いていて、その先になにがあるのかも恵里佳にはわからない。それは彼女が生きていくこの先も同じこと。雨が降ることもある。雷が鳴ることもある。快晴になることもある。
前に進んでいけばいい。
そう誓って恵梨香は歩み出す。どこまでも、どこまでも。
止めていた足を動かそうとして。
大地が揺れた。
それは、不意を突かれた恵里佳が尻もちをついてしまうほどの、衝撃。
「この揺れは地震? いや……これは!」
脳裏に浮かぶ不吉な予想を裏付けるように街中にサイレンが鳴り響いた。それも複数のサイレンが鳴り響いている。それはつまり
「そんな……バカな!」
声を張り上げる恵梨香の視線の先、そこにはビルの隙間から顔を出す巨大怪人の姿。
「なぜ怪人が!」
ひと月ぶりとはいえこの街に住む人々は忘れはしない。
悲鳴を上げながらも手際よく避難をしていく人々。
恵梨香の横を大勢の人たちが走って去っていく。何人かに体をぶつけられてもそこから彼女は動こうとはしない。ビルの間からちょこちょこ顔を見せる怪人を目で追っていたからだ。
パトカーもすぐに現場に駆けつけて拡張器で避難を誘導し始める。恵里佳の立つ場所は怪人の出た現場に近すぎる。そのうちにこの場所も立入禁止区域に指定されそうだが、幸いにも怪人は恵里佳のいる方角とは逆の方角へと進行していた。
まだ街が壊されている様子はない。しかしそれも時間の問題。
「まさか私の知らない基地があったとでも……!」
確証はない。
しかしあのダゴンのことだからと、否定できる要素もない。
確定しているのはこうして巨大怪人が再び現れたということ。
また街が怪人の危機に怯えることになったということ。
そして。怪人が現れたのならそこにヒーローも現れる。
ビルの間から顔を出す怪人を見上げる恵梨香のその後ろから、一人の少年が近づいてくる。
その後ろから抱きつきたい気持ちはあった。しかし少年は自分の役割を知っている。
だけど声だけは感情を抑えきれない。
「――ただいま」
その声に恵里佳は振り向いて、少年の姿を見つけて、大粒の涙を流した。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
ベルトの金色のバックルに手を当てる。光が少年を包み込む。
大地を蹴りあげて、巨大怪人へと挑むその姿は、ヒーロー。
ヒーローのいる世界に少年はいた。ただし少年はヒーローではない 桐生細目 @hosome07
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