5章 Dパート 5
校内にたまった血液をコックピット内に吐き捨てて、風は力いっぱいに怪人を睨みつける。あとどれだけこのロボットがもってくれるかは動かしている風にもわからない。
「もう少しだけ……もう少しだけ!」
この眼の前の怪人を倒せさえすればいい。それを、彼女は自分の体にも言い聞かせる。
そんな願いも虚しく、ロボットの膝が言うことを聞かずにその場にしゃがみこんでしまう。コックピットの中で風の顔も半分が頭部からの血液で濡れていた。
でもまだ風の心は折れてはいなかった。
しゃがみこんだロボットへ襲いかかる怪人。怪人の手がロボットへと伸びてその頭部を使いとろうとして、逆に腕を掴んで地面へと引きずり倒した。倒れた怪人を踏みつけて立ち上がるロボット。怪人も立ち上がろうとして力比べが始まる。早々に押し負けてロボットが転びそうになりながら後方へと下がり、なんとか両足で地面へ立つ。その頃には怪人も立ち上がっていた。
コックピットの中で風は深呼吸を繰り返していた。
自然と、理解していた。
次が最後の一撃になると。
だから出し惜しみはしたくなかった。すべてのエネルギーを怪人へとぶつける。
たとえ相打ちになろうとも、怪人を倒せさえすれば負けにはならない。
「でもあたしは、負けるつもりはないんだけどね!」
走りだした怪人。ロボットも走りだす。引いたコブシを解き放った。
満身創痍の巨大ロボットのコブシが巨大怪人の体を貫いた。それと同時にロボットの腕も崩れ落ちた。限界はぎりぎりのところで訪れていた。
痛み分け。ではなくロボットの勝利。
ロボットは最後まで両足で踏ん張っていた。残った腕を天へと伸ばして、勝利を喜んでいる。
コックピットで赤城風は顔に垂れてきた血液を指先で拭って、ロボットを最後の力でしゃがませた。大きく割れたヒビからコックピットの外に出る。
「ん~! 勝った勝った!」
大きく背伸びをして
「ふぅ」
満足気に息を吐く。
「お前もありがとうね。かなり無理、させちゃったけど」
ロボットの装甲を撫でる。
「あっちはどうなったか知らないけど、こっちはなんとか終わったかな」
指先をくるくる回して、それまでの喜びの表情を曇らせた。
「うん。もうひとつぐらい残っているね」
いま得た勝利の余韻はひとまず消えた。
ロボットを背に歩み出す。
街を襲っていた怪人が倒れたことで辺りは騒がしくなり始めた。
意識が復活していた警察官たちがまだ混乱しつつも、この辺りを歩きまわっている。
サイレンもあちらこちらから聞こえてきた。風は街の様子まではわかっていない。けれども自分たちと同じようなことが街全体で起きているのなら、そりゃあ大騒ぎになるだろうなぁと、足を進める。
本部に現在位置と簡単な報告だけは送っておいた。先ほどからその本部からの通信が入っているが、それをキャッチするパイロットスーツの頭部パーツはロボットの中に置いていてしまった。
ロボットの回収は組織に任せて大丈夫だろうと、さらに進み出す。
その先に、一人の少女が立っていた。
「見えちゃったもんは、仕方ないよね」
まだ少女の方は風の接近に気がついていない。
苦笑交じりに彼女へと近づいていく。
「やっ、亜久野さん」
声をかけられて恵里佳はその方角へと向く。
よく知っている人物が向こう側から近づいてきていた。
隠しようがない。そもそもいまの恵梨香はそこまで気が回らない。
「こんなところで出会うなんて、あたしと亜久野さんは実は運命の赤い糸で結ばれているのかもしれないね」
こんな時でも茶化してくる親友が羨ましかった。
いまの恵梨香にはそんな余裕が無い。
「まさかね。お互いこんな格好していても出会うなんてさ。真面目な話、運命感じちゃうよ」
今度は苦笑いを浮かべる。恵里佳は仮面を外しただけで後は体のラインが浮き出るような格好をしていて、風はメット部分を外しただけで後は赤いスーツに身を包んでいる。
「お互い、自己紹介が必要がないほどね」
ようやく恵梨香は声を発した。
「それで、どうするの」
「ん? なにが?」
「アナタがここに来た理由よ」
余裕が無いから直球で訊ねる。
「悪の組織は滅んだよ。あのおじいさんも仮面のヒーローさんが倒してくれているはず。ここにおじいさんが戻ってきていないのがその証拠」
「まだここに……組織の首領が残っている」
今にも泣き出しそうなぐらいに顔を歪める、風。
「悪の組織は滅んだんだよ。もう、立ち上がれないほどにさ。そういうことでいいじゃない」
「いいのか……それで。赤城さんは正義のヒーローではないのか」
問いかけに涙をこぼしながら、風は首を振る。
「あたしはこの街を守るヒーローさ。自分の親友を倒すためにヒーローをしているわけじゃない。そういうことで、いいでしょ」
距離を詰めて恵里佳へと抱きつく。
「そういうことに、してくれないかな」
恵梨香はなにも答えられなかった。
自分の住むアパートに帰り着くまでのことを、彼女はよく覚えていない。
赤城風の取り計らいで無事に警察の包囲を脱出したらしいとしか覚えていない。
街中はどこもかしこも静かとは無縁な混乱が巻き起こっていた。それらを起こしたのは自分。そのバツなのか、隣にいるはずの少年はいつまでたっても彼女のもとには帰ってこない。
アパートに着いて部屋に入って、誰もいない室内で静かに、亜久野恵里佳は泣きだした。
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