5章 Dパート 2

 意識はある。意識があるからこそ痛みもある。痛みがあるということはまだ生にしがみついている。

 そのまま眠ってしまえばいい。意識の何処かからそんな誘いが来る。彼女は真向からそれを断った。


「ん……」

 そこは眩しかった。手のひらで光を遮断するその先では、コックピットの一部からに外からの光が差し込んでいる。

「あっちゃー。だいぶやられたなぁ」

 体を起こそうとして痛みが襲いかかって、座り込んであたりを見渡す。一番目立つのは斜めに裂かれている外壁。本来そこに映しだされているはずの光景が、モニターが死んでしまったことで映像が全滅をしている。代わりに外の景色が割れ目から見て取れる。


「レッド、大丈夫か」

「んー。さっきから動かそうとしているんだけど、反応はないね」

「いや、レッド自身が、だ」

 訊ねられて、起き上がってきたイエローをちら見して体の調子を確かめる。右脇に多少の傷みがあるだけで、他に目立った外傷はなかった。

「まだ動けるね。そっちは?」

「こちらは利き手をやられた。悔しいが……厳しい」

「そっか……じゃあブルーを頼めるかな?」

 ただ一人起き上がろうとしない少女を眺めて、そっと微笑む。

「わかった。で、レッドはどうするつもりだ」

「あたしはもうちょっと悪あがきしてみる。なんだか、あたしたち以外で頑張ってくれている人がいるみたいだからね」

「無理はするなよ」

 立ち上がってイエローはブルーの体を抱きかかえる。割れ目から外へと抜けていく。


 二人の姿を見送ってレッドも一度外へと出て、二人が無事に遠くまで逃げるのを確認しつつ、状況も確認する。

 まるでなにかが突き抜けていったかのように穴が空いたビルへと、巨大怪人がゆっくりと向かっている。その肩にいたはずの老人の姿も探すが、視界内には見当たらなかった。

 その他は散々なもの。この辺りの建物はほとんどがロボットと怪人との闘いの余波に巻き込まれて倒れてしまっている。


「さてと。こちらもできることを、できるだけやるとするかな」

 ロボットの中に戻る。水晶玉に手を当てて念じるが応答はない。

 意識を集中させる。

「誰かが戦ってくれているんだ。

 今までこの街を守ってきたあたしたちがこのまま寝ているってわけには、いかないだろ!」

 この機体は操縦者の特殊な波動を読み取って動く仕組みになっている。

 波動は感情によって揺れ動く。

「さっさと!」

 頭部パーツを脱ぎ捨てて、赤城風はコブシを水晶球へと叩きつけた。

「起き上がれっ!」


 波動の色は怒り。それも、なにもできないままでいる自分への怒り。

 ちぎれたはずの腕が足が元の位置へと戻ろうと動き出す。足りない箇所は多い。元に戻っても形にならない箇所も多い。完璧に元通りにはならない。満身創痍には変わらない。けれども、巨大ロボットはたしかに立ち上がった。

 水晶球を叩いた痛みで意識もしっかりしている。

 顔を上げて、コックピットの割れ目から外を見て声を張り上げて

「こいつはこちらに任せてもらおうか!」

 ビルの中の少年へと声を飛ばす。


 巨大ロボットからの声は宗次郎にも確かに届いていた。

「ありがとうございます」

 こちらの声は届かないが礼を言う。

 ビルの目前まで迫っていた怪人が、その背後からロボットによって羽交い締めにされて離れていく。

 自身が突き抜けた穴からビルの外へと出て、脚部に力を入れて跳躍する。


「じゃあこちらはこちらでやりあおうか」

 降り立った屋上に先に立っていたダゴンは、今すぐにでもやりあえる位置に宗次郎が降り立っても顔色一つとして変えない。

「ようやく邪魔者がいなくなったな」

 数メートル先のダゴンにコブシを向ける。

「こう言っちゃなんだが、いますぐこの騒ぎをやめにしてくれないか。あんたを守るものはなにも無くなった。これ以上悪あがきはやめてくれ」


 超人的な力を持つ宗次郎と対峙するのは初老の男性。のはずなのに。ダゴンは笑みをこぼして首を振る。

「本当に記憶は戻っていないようだな。だが面白いものだ。あの時と似た言葉を口にしてくるとはな。ならばこちらも答えなくてはならない、な!」

 ダゴンの体が膨れ上がった。

 身にまとっていた服を破いて増長を続ける筋肉。背丈も膨れて、今までダゴンを見下ろしていた宗次郎が見上げなくてはならないほどに。思わず後ずさりをしてしまう。

「さて、今度こそ決着をつけようじゃないか。簡単に壊れてくれるなよ」

 丸太のように太い腕を振りかぶりながら距離を詰めるダゴン。その場で攻撃を受けようと腕をクロスさせる宗次郎。ふと、脳裏になにかが浮かびそうだった。前にもこんなことがあったような。でも鮮明には思い出せないまま、重い一撃が宗次郎を襲った。

 

 意識が一瞬で持っていかれて地面との激突の衝撃で意識を取り戻す。歪む視界を首を振って治す。それから辺りを見回して、まったく変わってしまった景色に驚きを隠せなかった。


「ほぅ、懐かしいな。あの時もここと似たような場所でコブシを交えたのぅ」

 遅れてこの地にやってくるダゴン。

 直前までいた街中での景色から一転。辺りは自然に囲まれていた。森が広がる中に切り立った崖があり、二人が立っているのは崖の根本の広場。

「さて、行くぞ」

 土をえぐって進み出すダゴン。地響きを巻き起こして風を凪ぎ、突き出されたコブシの先から宗次郎は消えていたが、空振りでもそこを中心に風が荒ぶる。跳躍して距離をとったはずなのに、着地のバランスが崩れてしまうほど。

 先ほどのようなミスはもう犯してはならない。


「どうした? 逃げていたのでは私は倒せないぞ」

「そんなわかりきった挑発を真に受けるほどオレはバカじゃないんだよね」

 ダゴンの動きに対応できるよう、常に一定の距離を取る。

「ではこちらから」

 距離をとっていたはずなのに一気に詰められた。背すじをゾクリとさせるような笑みに接近を許してしまい、遅れて伸ばされる腕にできたことはその場で転がることだった。滑りこむようにダゴンの足元をくぐり抜けて体勢を立て直す。直前まで彼が立っていた地面は深くえぐられていて、改めて背すじを冷やした。

「逃げてばかりでいいのか? それでは私は倒せないぞ」

「少なくとも負けることはないと思うけどな」

「減らず口を」

 振り返ったダゴンがコブシを突き出してくる。

「しかし奇妙なこともあるものだ。単なる神の気まぐれか、あるいはお互い運が無いだけか」

 コブシから一本、指を伸ばす。

「そうは思わないか? お互い別の世界でいまと同じように戦いあい、妙なことが起きてこの世界へと飛ばされたかと思ったら再びこうして戦い合っている。

 私はな、あの女がお前を家に連れ込んだと知った時なによりも先にお前を殺そうと思っていたんだ。しかし彼女がどうやらお前を気に入ったのだと知り、その時はまだ裏切るタイミングではなかったから泳がせておいたが、まさか記憶を失ってもなお、このようなことになるとは、の」

「つまり、記憶を失う前のオレはこうしてあんたと闘っていたってわけか」

 頷くダゴン。

「お前は正義のヒーローとして世界を守るため闘っていた。だからこそ、問おう。なぜいま、あの女の味方をしているんだ。あの女はお前も知ってのとおり、悪の組織の首領だった女だ。お前にとっては、倒すべき悪のはずだ」

「だからなんだ」

 正面から宗次郎は言い切る。


「オレが正義のヒーローだったのは記憶を失う前の話だ。

 いまのオレは、恵里佳さんの涙を止めるためだけにここにいる!」

 これにはダゴンも驚きを隠せなかった。

「バカ……なのか?」

「かもしれないね。その馬鹿に、あんたの野望は止められるんだ」

 構えて、大地を蹴りあげる。正面から突撃はフェイク。再び大地に足をつけた瞬間に方向転換をしてダゴンの右方向から仕掛けようとして、見られていた。動きは読まれていた。


 宗次郎のコブシよりも先にダゴンの一撃が襲い掛かる。まるでボールのように地面をバウンドして宙に浮く。

 あっ、これはまずい。

 身動きの取れない宗次郎へと追撃が襲う。

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