5章 Dパート 1 CM明け
光が、ビルの谷間の一角を包み込む。
まるでそれは光の集合体。光が固まったまま、空へと飛び立った。
ダゴンは怪人の肩の上で、街の中で謎の光が発生したことは気がついていた。なにかの爆発でも起こったのか。あるいは誰かがライトを光らせているのか。まだこの時はその程度の認識だった。
光が飛び立ってダゴンへと向かって来た時に、ようやくその時に彼は背筋を冷やす。
「そうか……そうなのか」
震える体を震える両手で抑えこむ。
「またしても……」
向かってくる光の集合体を睨みつける。
「またしても邪魔をするというのか!」
光はダゴンと同じ目線にあったビルへと降り立った。まとっていた光が薄くなり、中から全身をメットとバイクスーツに身を包んだ宗次郎が出てくる。
それは、一見するとフルフェイスのメットとバイク用のスーツなのだが、メットには謎の言語と思しき文字列と白色の模様が刻まれ、その模様はよく見れば小刻みに動いていた。スーツにも同じような模様が全身に刻み込まれていた。こちらも模様は動いている。腰の部分には金色のバックルがはめられていて、金色の中に赤く太陽の模様が刻まれていた。
光が完全に消えて宗次郎は、その場で首や手足を動かして体の調子を確かめている。
「結局お前はここでも私の邪魔をするというのか。
記憶を失った一人の少年としてただ過ごしていけばよかったものを。なぜだ!
なぜそこまでしてヒーローになりたい!」
準備運動を続けている宗次郎。続いて屈伸をしながら
「さて、ね」
屈伸の動きを止める。顔だけをダゴンへと向けて
「この姿があんたにはヒーローに見えているのか?
生憎とオレはそこのところはまったくわからないんだよね。なにしろなにも思い出していないから」
「なんだと……?
記憶が戻っていないのにその姿に……?」
「あぁ。正直どうやって変身をしたのかも結構あやふやなんだ。
なんとなく、頭に浮かんだことをしたらこの姿になっていた」
「ではなぜこんな行動に出る!
これをしてお前になにがある!
私を倒して新しいヒーローになるというのか!」
首を振った。
そこから見えるはずのない誰かへと振り向いて
「オレは別にヒーローになりたくて今こうしてここにいるわけじゃない。
あんたの暴走を止めたいのが目的なんじゃない」
足を上げる。足をビルの屋上へと叩きつける。
ビルが割れた。
「オレは恵里佳さんを助けたい。
オレが動く理由はそれだけでいい」
コブシを強く固めて足に力を入れて、宗次郎は怪人へと跳びかかった。
「いいのかそれで!
私を止めるということは! 彼女の夢を壊すことにもなるんだぞ!」
宗次郎の一撃に大きく揺れる怪人の肩から、ダゴンは近くのビルへと移り渡った。
肩に誰もいなくなったことで怪人も多少無茶な動きができるようになり、体勢を建て直して今度は宗次郎が立っているビルへとコブシを振り下ろした。元々宗次郎の踏み込みで割れていたビルがとどめを刺されて崩れ出す。
「お前は! 彼女のために彼女の夢を壊すというのか!」
「これが恵里佳さんの夢なら!」
ビルをわたって怪人と距離を開ける。息を吸い込んで
「どうして恵里佳さんは泣いているんだ!」
空中に跳躍して蹴りの体勢をとったまま怪人へと突っ込む。
低い衝突音。怪人の体を蹴って再び距離を取る。
「訳の分からない屁理屈を言っているようだが、まぁいい。
ここでお前を倒してしまえば解決する話だ。そう、簡単な事だ」
宗次郎のケリでの一撃を食らってもけろりとしている怪人を指差す。
「こいつにはこの街全体の生体エネルギーが蓄積されている!
攻撃にももちろん、防御にもそのエネルギーは使用されている!
わかるか! お前の攻撃など通用しない!」
たしかにそれは彼も感じていた。2度直撃を食らわせてもダメージが通っているのかどうかもわからない。そもそもこの怪人には表情らしきものがまったく無かった。
「どうした? 手も足も出ないのか?
勇よく出てきた割には情けないぞヒーロー!」
そう叫ぶダゴンの手の中になにかのスイッチが握られていることを宗次郎は気がついていた。それがなんのスイッチなのかは彼もわかっていない。しかし、この状況で何でもないスイッチには思えなかった。
確証はない。あれを何とかすればこの状況が変わる。
しかし怪人は図体がでかいものの意外と素早い。
ダゴンの隙を狙って手の中のスイッチを奪い取ろうとしても、その間に滑りこむように怪人の腕が伸びてくる。ヘタをしてその腕につかまってしまえば一転して窮地に陥る。それでも速度は宗次郎のほうが上でも、力は怪人のほうが上。さらにはダメージもまともに通らない。
攻撃を与えては距離をとってもう一度速度をつけて攻撃をする。そんなヒット&ウェイな戦法をとり続けなければならない。ただしこの戦法を続けていけば戦局は長引き、その分街の被害は増えていく。
足場にしていたビルが崩されて、後方に跳躍して一旦地面に降り立った。
「どうした? 逃げまわるのを諦めたのか?
まぁしかたがないな。記憶が戻っていたとしてもこんな怪人と闘うのは初めてだろうからな。実にいいぞこの世界の科学は。私は本当に良い人脈を掘り当てたものだ。
私の持つ知識と奴が持っていた知識を混ぜあわせてできたこの怪人。
この怪人が!」
両手を大きく広げてダゴンは声高らかに叫ぶ。
「この世界でこの怪人が今度こそ! お前を倒すことになる!
そしてこの世界も私のものに!」
声を上げて開け部ダゴンの姿に、宗次郎はどこか既視感を覚えた。黒いモヤのかかった記憶の中で、これと似たような光景に遭遇したことがあるような。
「あぁ。いいや」
深く考えこんでいる場合ではないと、頭を振って考えをリセットする。
「でも、思い出すってのも悪いものじゃないな」
深く、深呼吸。
頭部メットの中で口元が釣り上がった。
「多分……こうだな」
ライダースーツのバックル部分に手のひらを当てる。すると全身のあちこちに刻まれていた模様が、緑色に変化した。変化はそれだけ。
自分の体を見回して彼は、手のひらを開いて閉じて、その場で軽くジャンプしてみて、体の様子を確認して
「よし!」
頷いた。
次に、大地を蹴りあげた。。
1歩、2歩、3歩。
宗次郎の感覚としてはその程度の歩数で、目の前にダゴンが立っていた。
「なんだと」
まだ状況が把握できていないのかもしれない。そう思えるほどに声に抑揚がなかった。
「これは頂いていくよ」
いつの間にか宗次郎の手の中にはダゴンが握っていたはずのスイッチが。奪われてそれを見せつけられて初めて、盗られたことに気がつく。直後ダゴンを豪風が襲い、目の前に立っていた宗次郎の姿が消えた。いや、消えたわけではない。それは彼の意志ではなく巨大怪人のコブシがそこを通り過ぎたから起こった風。
横へと向くダゴンの視線の先、そこにはビルに叩きつけられている宗次郎の姿が。
「あー。油断した」
外壁を貫いてビル内の会社のオフィスの机を巻き込んでようやく止まる。
「さすがに今のは……痛い」
口の中を切ったようで口内に血が溜まっているが、メットの中に吐き出すわけにもいかないので苦い顔をして飲み込んだ。
クッション代わりになったのかわからない机やオフィス用品を体からどかして、立ち上がってみれば手の中にあったスイッチが、見るも無残に握りつぶされていた。
「さて、これでどうなるのかな」
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