4章 Dパート 2

 夢を見ていた。


 目を開けると見知らぬ天井、ではなくて見知らぬ光景。顔を上げてそれが食卓の上だと気がつく。眠るつもりはなかったのに食卓に顔をつけて眠っていたようで、変な姿勢だったために体が痛かった。


 イスから立ち上がって背筋を伸ばす。それでもまだ寝ぼけていた。

 虚ろな視界の中、なにか騒がしいと思ったらテレビを付けっぱなしだったことに気がついて、よたよたとテレビへと近づいて電源を切った。そこで

「……あれ? 恵里佳さんいないのかな?」

 テレビの音がなくなって部屋が鎮まり、自分以外誰も居ないことに気がつく。


「恵里佳さーん?」

 念のためにと声をかけてみるが返事はない。それから玄関まで行って彼女の靴がなくなっていることを確認。ここまでして恵里佳が外出している事実を知る。


「ふあぁ。出かけるんだったらテレビを消していってくれればいいのに」

 もう一度背伸びをして、眠気覚ましにコップに水道水を入れて喉に流し込んだ。

「さて、今日はなにをしようかな」


 学校は休学になった。他の生徒たちは、すでにあるいは引っ越しの準備を進めている。しかし恵里佳がそうしない限りは宗次郎もここに残ると決めた。

 つまりはヒマだった。


 自室に戻って教科書をパラパラめくってみる。早速頭痛がしてくる。しかし、この街に残るなら自主的にちゃんと勉強をすること。そう彼女に言い渡されているのでしないわけにはいかない。

 苦い顔をしつつも教科書を読みつつ、要点をノートにまとめていく。

 しかしそう長くは続かない。

「うん、一休みだ」

 そう決めて部屋を出る。


 また食卓のイスに座って、残っていた水道水をちびちびと飲みつつ、手元のリモコンでテレビのスイッチを押すが反応がない。そう言えば元から電源を切ったんだと、立ち上がってテレビまで行って電源を入れて、コップに水を入れなおして座り直したところで。


 異変に気がついた。


 最初はテレビの音声を消音にしていたのかと思っていた。

 リモコンで音量を上げても結果は同じ。音がない。

「ちょっと待って……なんでこんなに静かなの」


 部屋の中の時計で現時刻を確認する。大体お昼ごろ。

 道路を走る車の音も道行く人の声も、同じアパートに住む人の生活音も、なにもかもが聞こえない。聞こえるのは自分が発する音だけ。

 テレビも、先ほどから同じ光景を写していた。

 画面の半分がどこかのビルで半分が大空。思い出してみる。起きてテレビを消した時もこの光景だったんじゃないかと。恐る恐るリモコンのチェンネルボタンを押す。放送局が変わってそこでは、緊迫した映像が流れていた。


『もう一度お伝えします。

 現在赤月市で緊急避難警報が発令されています。これを聞いているお住まいの方はいますぐに避難してください。また付近にお住まいの方もなるべく遠くへ避難をしてください。

 政府はおよそ30分前に――』


 原稿を読んでいるアナウンサーはひたいに汗を浮かべながら、読み間違えないように慎重に言葉を続けていた。画面の上部には『赤月市で意識不明者続出。現地へ向かったスタッフとも連絡が取れず』のテロップ。下部には避難をする人たちで溢れ、渋滞している道路情報が流れていた。


『また、現地に怪人が現れたとの情報もあり、続報があり次第お伝えしていきます』

 リモコンを持つ手が震えて仕方がない。震える指先がチャンネルを変えた。

 そこには。

「なに……これ……」

 呼吸が荒くなる。映しだされたのは人があちこちに倒れている光景だった。テロップには、偶然生放送をしていたクルーが写していた映像と書かれている。

 最後に、その映像を撮っていたであろうカメラマンも倒れて画面が砂嵐になる。

 映像がニュース番組のスタジオに戻ったところで宗次郎は外へと向かった。靴を履いて家を出て、マンションの階段を降りて道路へと向かって、そこで。

 テレビで見た光景と同じ光景を目にする。

 歩道には倒れこむ人々。路上には単身あるいは多重事故を起こして止まっている車。

 悲惨な光景が広がっていた。


「おいそこの人! キミはまだ大丈夫なんだな!」

 急に声をかけられて体を震わせる。

 声をかけられた方へと振り返ると、単身事故を起こした車から運転手を引きずり出している男性の姿が。

「大丈夫なら手伝ってくれないか! 幸い大きな怪我をしている人はいないようだが、寝かせておいたほうがいいかもしれない!」

 言われて宗次郎は辺りを見回して視線を男性に戻した頃には、その男性も同じように地面に倒れていた。

 怖くなった。背筋を冷やして慌てて自宅へと戻っていく。アパートの階段を駆け上がってドアを開けて室内に入り込む。

 鍵を閉めて安心したのか、その場にズルズルと座り込んだ。

「なにが……起こっているんだ……」


 深呼吸を繰り返して必死に息を整える。

 落ち着いてくると今度は付けっぱなしのテレビからの音声が聞こえてくる。

 そう言えば付けっぱなしだったと、立ち上がって靴を脱いでテレビへと向かう。

『早く回線つないで!』

『まだスタッフとは連絡がつきません!』

『えっ、CM開けてるのこれ』

 さきほどの宗次郎と同じようにテレビの中も落ち着きがなかった。生放送をしているにもかかわらず画面の中に何人もスタッフが写り込んでいた。

『連絡つかない? じゃあ一体誰がこれを写しているんだよ!』

 怒号が飛び交う。そんな中、アナウンサーに一枚紙が手渡されて

『えっと……これをこのまま伝えていいの?』

 アナウンサーも状況がつかめていない。


『はい。えっとですね。どうやら現地に向かっていたスタッフと連絡がついたようです。現地の映像が来たようなのですが……お子様や心臓の悪い方は気分を害してしまうおそれがあるため、充分注意してこれから流す映像をご視聴ください』

『よし映像切替して!』

 スタッフの怒号とともに映像が切り替わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る