3章 Cパート 9 CMへ

 朝早く、学校にいく前にテーブルに座らされる宗次郎。対面して恵梨香が座っている。朝食はとっくに終わっている。洗い物も終わってお互いあとは登校する段階。しかし二人とも家を出ようとはしない。時計の針が時刻を刻む音だけが室内に響いている。

 恵梨香の視線の先では俯いている宗次郎がいて、無音の空気を壊してのは彼だった。


「オレは……どこにも行かないよ」

 待ちに待った回答を聞いて、しかし恵梨香の表情は晴れない。それもそのはずでその回答内容は彼女が望んでいたこととはまったくの逆。

「なぜ……説明はしたでしょう。無理にここに残る必要は無いのよ。宗次郎のクラスでもそうでしょうけど、もうかなりの住人がこの街から引っ越してしまっているわ。それは無理の無いことだと私も思う。だから宗次郎には先にこの街から離れていって欲しいの」

「恵里佳さんの言っていることは理解できるし、オレを心配してのことだってのもわかるそれはすごく嬉しい。だからこそ、オレはここを出て行かないよ」

 顔を上げて、自分を見つめてくる女性の目を見つめ返す。

「オレがこの街を出るときは、恵里佳さんと一緒の時だから」

 見つめられて、ではなくそれ以上に宗次郎の言葉に顔が熱くなる。嬉しい。でも。首を横に振る。

「私はまだやることがある。うん。生徒会長としてまだ学校に残ってやることがあるからいまはまだ……ここに残る」

「じゃあオレも残りますね」

「いや宗次郎は先に」

「恵里佳さんがいる限りオレもここに残ります」

「危ないのがわかっていないのか?」

「それは恵里佳さんにも言えますよね」

「私はいいんだ。私は」


 とっさに、顔を反らした。自分は今なにを言おうとしていたのか。焦りで呼吸が荒くなる。深呼吸をして気持ちを落ち着かせて

「とにかく。私はキミに危ない目にあってほしくはないんだ。私のことを思ってくれているのは嬉しい。それなら私のために、私を悲しませないために、この街から避難をしてはくれないか?」

 ここから先、この街がどんな災難に巻き込まれるか、それを施行する側の恵里佳にもどうなるかはわからない。闘いが起こる町中心部から離れたこの区画も、いずれは戦いに巻き込まれる可能性がある。可能性があるのならそれをどうにか回避させたい。でも無理だった。

 机を挟んだ向こう側に腰かける少年は首を振った。

「……そうか」

 もう、それ以上はなにも言わなかった。


 いつもなら授業が始まっている時間に2人は家を出た。鍵を閉めたのを確認して2人でアパートを出て行く。登校時間が別々の二人が一緒に登校するのは珍しい。学校に近づくに連れて、いつもなら部活の朝練のため早く来なくてはいけない運動部部員たちの姿も見えてくる。それでも登校する生徒自体が少ない。時刻は9時30分を回っていた。


 生徒たちは一旦は自分たちの教室へと行って荷物をおいて、10時5分前には体育館に集まっていた。本来であれば全校生徒が集まればほぼいっぱいになる体育館が、いまではその3分の1程度にまでなっている。教師の人数も減っている。集められた生徒たちは少ないながらもクラスメイトたちと雑談を交わしていて、体育館正面の高台のマイク前に校長先生がやってくるとピタリと雑談を止めた。


 校長はこの高校に赴任してきて20年。いろいろな生徒を見守り、いろいろな出来事に対応をしてきた。自分にできることを自分なりに、そして精一杯する。完璧ではなかったかもしれない。でも生徒には信頼をされてきた。だから、これから告げなくてはならない言葉に胸が締め付けられる。けど言わなければならない。自分が、校長だからこそ、言わなければならない。

 マイクの前に立って顔を上げる。自分を見上げてくる生徒の少なさにまた胸が苦しくなる。

「あー」

 マイクチェックも兼ねて小さく声を出す。マイクから顔を外して咳をしてから。


「皆さんおはようございます。今日こうして集まってもらった理由は……もうみなさん知っているとは思いますが、改めて」

 一旦マイクから顔を離して、でも決心がぶれないようにもう一度口を開く。

「本日を持って当高校を休校とします。昨今のこの街の事情からすでに街を離れる生徒も多く、それでも残る生徒もこうしているわけですが、これ以上は困難だと判断しました」


 数日前から話題に上がっていたことなので生徒たちに驚きは無い。続いて校長から他の高校への転入の用紙が後ほど配られることが告げられて話は終わった。もう授業はない。あとはそれぞれの教室に戻って荷物を持って帰るだけ。だからだろうか話が終わっても体育館に残る生徒が多く、一部の生徒を中心に集団が出来上がっていた。

「赤城さん!俺ずっと応援してますからね!」

「みなさんなら絶対にこの街を守ってくれるって信じていますから!」

 言葉は思い。信用とともに体に乗っかる言葉は時に残酷に枷になる。でも、3人はそうではなかった。

「任せておきなさい! こっちだってね、苦戦しっぱなしじゃいられないんだから!」

 胸をどんと叩く風。

「情けないところばっかりは見せたくないしね」

 胸を張る凜花の隣で頷く嶄。絶対に負けられない思いは誰もが同じ。その光景を見ていた恵里佳も同じ思いを抱えていた。


 平和な時が一週間ほど続いた。その間に街の修復は急ピッチで行われている。風たちもロボットに乗り込んで、主に崩れかけのビルなどの一旦壊してしまい、かけらを運ぶなどの手伝いを続けていた。中には事業主が完全に撤退して無人になったビルもあったが、誰かがこれから入れるようにと建てなおす。被害は広範囲に広がっていたため一週間で直せる量にも限界がある。それでも、街の様子はだいぶマシに戻っていた。それでも、出て行く人は止められない。その元凶を断たない限りは流出は止まらない。だからこそ、ロボットに乗り込んでいるレッドはこちらに向かってくる巨大怪人を見て指の関節を鳴らした。


 相手はゆっくりと大通りを歩いてきている。こちらは修理作業だったために巨大ロボットの他にも作業員がいたが、巨大怪人の接近を知りいま急いで退去し始めている。だから

「ようやく来たね」

 と口にはするが、作業員たちの退去が完全に終わるまではヘタには動かない。幸いにも怪人側もゆっくりと足を進めていて、ロボットに近づいて足を止めるころには付近の避難は終わっていた。


 怪人の肩の部分にはこれまでと同様に立てるスペースが設置されていてそこに仮面をつけた少女とそしてもう一人、初老の男性が立っていた。

 構えるロボット。たいして怪人は棒立ちのまま。恵梨香は、怪人の肩の部分に立って、隣の初老の男性をちらりと見て顔を伏せた。いまから起こることの恐ろしさに決して表情が晴れることはない。それでもこれが自分が進むべき道だと、なにも言わない。

 初老の男性はマイクを左手に持ち、右手にスイッチを持った。

「聞いているか正義のヒーロー」

 マイクを通して巨大ロボットのコックピットの3人に話しかける。

「これまでよく我々の邪魔をし続けた。純粋に褒めたい気分もある。だがそれもここまでだ」

 スイッチに指をかける。

「ここからは我々が主役だ」

 スイッチを押し込んだ。


 避難をしていた作業員が持っていた工具を落とす。

「ちっ」

 落としてしまった自分に舌打ちをしながら拾おうとして、工具を掴むものの持ちあげられない。

 別の場所では歩いていた青年が立ちくらみを起こしてビルの壁に倒れこんでいた。

 また別の場所では空を飛んでいたカラスが急降下で地面と激突していた。


 急激な力の消失にそれでも水晶球にしがみつくレッド。

「な、なにを……」

 尋常ではない疲労感に息も荒くなる。コックピットのモニターでは鉄柵に手をつく恵梨香の隣でただ一人、初老の男性だけがピンピンとして、ついに膝をついてしまう巨大ロボットを見下ろしていた。

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