3章 Cパート 4
「それ……で。私を休ませる意図は分かったが、この状況はなんなんだ?」
ここは駅前。
この街の中でも一番に人が行き交う場所。
駅の西口は住宅街が広がっている。東口は駅前広場を挟んで大きなショッピングモールが建っていて、他にもいろいろな店が立ち並ぶ。
東口駅前広場のベンチに恵梨香は座っていた。同じベンチに宗次郎も座っている。
もう一人、赤城風も同じベンチに座っていた。
4人がけのベンチにしかし荷物も載せているのでかなり詰められて座っている。腕が触れ合ってしまって宗次郎は少し顔を赤くしていた。
「この状況はなにかって? そりゃあもちろん、亜久野さんの休養をよりエンジョイさせるためのお手伝いを、だよー」
風はふれあいに気にせずにむしろ恵梨香の腕をペタペタと触って、ついには本人に拒否をされ始めていた。
「だっていままで学校で会えていたのにさ、亜久野さんが休んでしまったらそれが叶わなくなってしまったんだ。まったくどうしてこんなことに」
「その現況を作った人物なら知っているけどな」
「だから、せっかくの週末なんだし、こうして会いに来たわけさ」
睨んでくる彼女の視線を風は気にしていない。
「で、ただ会うだけでもなんだしさ、せっかくだったらショッピングでもどうかなって」
指差す先には、ここを集合場所にしてきた時点で予想はついていたがショッピングモール。
「なにか買うのもいいし、ただ眺めているだけでも結構ストレスとか解消すると思うんだよね」
そっちが目的かと、苦笑を漏らす。
「どうかな? なんならモールの中の映画館でなにかを見るってのでもいいけど。他にもリクエストあればなんでも言ってよ。今日はあたしも完全フリーだからさ。もっともスクランブルかかっちゃったら出なくちゃいけないけどね」
そういう自体にはならないと、恵梨香だけは知っている。
薄く微笑んで
「ではお言葉に甘えて、今日は一日付き合ってもらうぞ。いいか赤城さん。それに宗次郎くん」
左右の二人に問いただし、二人の返事を受け取って恵里佳はベンチから立ち上がった。
「ではまずは下着を見るぞ」
宗次郎に早速の試練がのしかかった。
亜久野恵梨香はこの街で生まれこの街で育ってきた。
小さかったころは男の子に混じって街を探検して、街の中なのに迷子になってお巡りさんの世話になったこともあった。
16年。この街が変わっていく様子も見てきている。
大きな建物が建っては消えてまた別の建物が立つ。よく本を読みに来ていた図書館は3年前に改築されて、好きだったあの古い建物の感じが消えてしまったことを悲しんだものの、蔵書が増えたことにその感情も薄れてしまった。
亜久野恵梨香はこの街が大好きだった。
駅前に巨大なショッピングモールができたのは2年前のこと。
欲しいものがなんでも手に入ると錯覚してしまうほどにテナントが大量に入っている。怪人騒ぎがあるからこの街にはちょっと住みたくない。けれどもこのモールには来たいと、週末には街の外から買い物に来るお客で賑わっている。
「亜久野さんはここによく来るのかい?」
3人横に並んで歩けるほど通路自体は広かったが、週末の混雑を目のあたりにして宗次郎が空気を読んだ。恵里佳と風が先を歩いてすぐ後ろを宗次郎がついていく。
「よく、ではないがそれなりにまぁ、来ているな。もっとも私としては地域の店も好きだからな。近所のお店の次に利用している」
「そんなこと言ってー。ここまでちょっと距離があるからいつも近くのお店で買い物しているだけですよ」
「あー、やっぱり。あっ、そういえばその服もここで買ったの? さっき集合場所で見かけた時からちょっと気になっていたんだよねぇ」
「あー、こ、これか? これは……その……どこの店だったかな。ほら、衣服ひとつとってもここにはいろいろな店があるだろう? さてどこだったか……」
「あっ、それはこのモールの3階の安いことで有名なショップで」
途中で言葉を止める。前を歩いていた2人のうちの一人、恵梨香が足を止めたからだ。遅れて風も立ち止まる。恵里佳は宗次郎に向けて振り返ったと思ったら顔を近づけて小声で。
「宗次郎くんは一言言葉が多いと言われたことはないか?」
訊ねているけど訊ねていない。そんな声のトーン。けれども宗次郎は動じない。
「友達と一緒に買物に来ているんだから、気取らなくてもいいんじゃないかって、思うんだよね。
それとも赤城さんにも普段の自分を見せたくないの?」
「そういうわけでは……」
「じゃあいつもの恵里佳さんを見せればいいんだよ」
「しかしそれで……引かれないだろうか。その……普段の私を見せてしまっても」
「それで引いてしまうなら元から友達にはなっていないよ」
間に入り込んで2人を抱きかかえるように二人の肩に手を回す風。
「あたしとしてはむしろ、素の亜久野さんを知りたいかなって、思っちゃったり?」
二人の顔を交互に見る。一人は少し恥ずかしそうに。もう一人は顔を真っ赤にして。リアクションに満足をしたのかすぐに風は離れてしまう。
「さてじゃあどっちのお店に行く?
ううん、違うかな。どっちの店も行ってみようか。見るだけならタダだもんね」
そう行って先に進みだした風の背中を二人して眺め、どちらからともなく吹き出してあとについて歩き出した。
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