3章 Cパート 3

 宗次郎のいる教室がざわついた。ざわついてから彼は、そのざわつきの正体を知る。

「やぁすまない。鏑木くんはいるかな?」

 さわやかな笑顔。男子並みの高身長。男子生徒よりも女子生徒がざわざわしていた。

「赤城さん……なにか用ですか?」

 呼ばれてイスから立ち上がると、彼にも視線が集まる。視線の内容はなぜ彼が? ではなく羨ましいのがほとんど。

「実は亜久野さんのことでちょっと聞きたいことがあってね」

「あぁ……そのことですか」


 恵里佳が倒れたことは教師に聞かされていた。彼がお見舞いに保健室へ行った時は目を覚まさず眠っていた。だから、そろそろ来るんじゃないかとは思っていた。

「いいですよ。俺が答えられることならなんでも」

「ありがとう」

 笑みを浮かべるとそれだけで女子生徒から悲鳴が上がる。

「じゃあここではなんだからちょっといいかな」

 と言って先に廊下に出る。後に続く宗次郎。階段を上がって3年生の階層のさらに先。


 この学校では屋上部分が閉鎖されているため、屋上に出ることはできないがその直前までなら行くことができる。もっとも使わない机などが放置されているため近づく生徒はほとんどいない。

「さてと」

 壁に背中を預けて腕組みをして、さわやかな笑顔を浮かべて

「休み時間も少ないから早速訊くね。

 亜久野さん、最近おかしくないかな? 倒れてしまったのも今日で3度目だ」

 呼び出されたのはそのことだろうと予想していたから、答えもすぐに出てくる。

「家でも最近はどこか疲れているというか……らしくないぐらいに凡ミスをします」

「ふむ……で、なにか心当たりは?」

 首を振る宗次郎。

「家でなにかしているわけでもないですし。たまに遅く帰ってきたり朝早かったりすることは前からあったんですけど、ここ最近だと……思い当たることがないんですよ」

「そっか……」

 と宗次郎から聞いたことを咀嚼して

「じゃあ、別の質問。疲れているのはわかったけど、どうして亜久野さんはそれでも休もうとしないの? ほら……なんていうかさ、無理してでも頑張っている気がしない?」

「それは多分、今までが今までだったからだと思います」

「と言うと?」

「今まで頑張っていたから、休む自分を見せられないというか、弱っている自分を見せられないんじゃないですかね」

「心配をかけたくないと?」

「かもしれません」


 そこまで会話をして赤城は溜息ついて、指先で髪を撫でる。

「それでも心配かけることにはかわりはないってのに、まったくもぅ」

 壁から背中を離して階段に足をかける。

「ん、ありがとう鏑木くん。やっぱりキミ、一緒に住んでいるだけあってあたし以上に亜久野さんのこと知ってるわ。おかげで助かったよ」

 階段を降りだす赤城。

「あ、あの」

 去りゆく彼女になにか声をかけようとして上手く言葉が見つからない。声をかけられた赤城は足を止めて

「大丈夫。任せておいてよ」

 上半身だけ振り向いて見せてグッと親指を突き上げた。

 性別問わない彼女の人気が改めてわかったような気がした。


 後悔はしていない。無理矢理にでもこうして会議に出席したことを。ただひとつ悔やむのは自分のこの体力の無さであった。

「それでは、次の議題に移ります」


 幸いなのは着席したまま会議を進められる点。正直立ったままでは体力はとっくに尽きていたであろう。それでもひたいに汗が浮かぶ。しかしこの場で倒れてしまっては多数の人に多大な迷惑をかけてしまうと、限界を超えそうになってもなおこの場に居続ける。

「それに関しての問題は今のところ保留にしておきますが、あまり表面化するようであれば今後検討が必要になるかもしれません。それでは次に」

 タイミングを計っていたのか、話の流れが変わる瞬間に会議室のドアが開けられた。


「すみませんが今は会議中です。なにかあるのでしたら、会議が終わってから」

「まぁまぁそう言わずに。すまないが少し時間を借りるよ」

「教頭……? なにかご用ですか?」

 少し背中の曲がった初老の男性が、みんなの視線を集めながら会議室の奥まで入っていく。驚く恵里佳の横で立ち止まって

「亜久野さん、申し訳ないんだが一時、会長の座を降りてもらうよ」

 教頭の言葉に会議室内がざわつく。

「え? そ、それはどういうことですか?」

 さすがの恵里佳も動揺が隠せない。初老の男性は彼女の質問には答えずに

「現副会長の山岸くんを一時的に生徒会長に昇任する。よろしく頼むよ」

 そう言われても副会長の少年も動揺を隠せない。教頭と恵里佳を交互に見回してオロオロしている。視線をあちこちに動かして、教頭が入ってきたドアから室内を覗きこむようにしている赤城の姿を見つけて、あちらも見られていることに気がついて、頷いてきた。

 彼は一連の出来事の意味をなんとなく察した。ツバを飲み込む。

 深呼吸をしてイスから立ち上がる。

「わかりました。一時的にではありますが生徒会長の任、承りました。

 で、任期は会長が回復するまでで、よろしいのですね」

 そこまで口にしたことで室内にいた他のメンツも事情を納得し始めた。恵里佳もまた同じ。

「まったく……。まさか教頭先生に頼み込むとは……な」

「そうでもしなくちゃ休まない生徒会長を知っているものだからさ」

 ほんのちょっとだけバツ悪そうに笑ってみせる。

「そうか……心配をかけるな」

 緊張の糸が切れたようにまた体調が悪化し始める。けど嬉しそうに微笑んで、今度は自らの足で保健室へと向かう。


 次の日から自宅休養するようになり、結局一週間ほど学校を休んだ。

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