3章 Cパート 2

 わからない。恵里佳は軽くめまいがしていた。今日も負け戦のあと帰宅途中に宗次郎が目の前に現れたからだ。先日言い放った後に確かに宗次郎は姿を現さなくなった。だから安心をしていたのにと、やはりめまいがした。


「さぁ理由を聞こうか愚かな少年よ。それがお前の遺言となろう」

 脅すだけだと、彼女は自分を騙しながら言葉を口にした。それなのに

「なんとなく、です」

 先に心が折れたのは彼女の方だった。

「はぁ……」

 ため息をついてビルの壁に背中を預ける。

 仮面越しに手で顔を包んで隠し、もう一度ため息をつく。

「しかしキミは本当に物好きだな。こんな敗戦の将になぜ何度も会いに来るんだ。いや、それは私が勝てばいいだけなんだがな」

仮面から手を放すとそこにははにかむ宗次郎の姿。

 追い払うのを諦めて、しかしなにか会話をするわけでもなく不思議な空間が出来上がっていた。


 恵梨香は軽くめまいがしていた。不意に足の力が無くなって慌てて付近の机を杖代わりに体勢を立て直す。誰にも見られていないと思っていた。いまの一連の動きをだれにも見られずに、自分の心の中だけにしまえたと思っていた。

 悪の組織の首領として実験台になり体力の大量消費が続く毎日。当たり前のように学校生活にシワ寄せが。学校へ辿り着くまでがしんどい。階段を上がって自分の教室へと辿り着くまでがしんどい。学校生活がしんどい。休憩時間に1階まで降りて自販機で栄養ドリンクを買って飲んで、体力を回復した気分になってもまた3階まで上がらなくてはならず、ため息が出てしまう。

 それだけならまだいい。いままではその程度だった。


「会長! 大丈夫ですか!」

 かけられる声が彼女には遠くからのように聞こえる。手に持っていたはずのペットボトルが見当たらない。いや、あった。足元に転がっている。いつの間に? うん。足元じゃない。顔の近くに転がっている。


 廊下で倒れた恵里佳は他の生徒に名前を呼ばれながらもそれに反応することなく、意識を闇にうずめた。次に気がついたのは保健室のベッドの上。上半身だけ起こして辺りを見回して、自分の状況を把握する。

「やって……しまったか」

 ため息を吐く。

「今は何時だ……? もう放課後なのか……今日は会議がある。行かなくては」

 ふとんをはねのけてベッドから降りようとして腕を掴まれた。


「そのまま寝ていろ」

「……赤城さんか」

 腕を掴んで声をかけられるまで恵里佳はその少女がベッドの横に立っていたことに気がつかなかった。

 赤城風は恵里佳の手を掴んだまま離そうとせず

「まったく、自分の体調管理もできないとはね」

「……すまない。迷惑をかけた。けど離してくれ。会議が始まってしまう」

 けども離さない。

「だから、自分の体調管理もできないのかって、言っているんだけど?」

 呆れた表情で息を吐く。


「あのね。普通倒れるまで自分の体を酷使するってこと、ありえないと思うんだけど? そこのところの自己採点、どうなってるのかな?」

「大丈夫だ。もう倒れない」

「じゃなくて」

 自分の体を恵里佳へと押し付けて、顔も近づけさせる。

「なにか困っていること、あるんじゃないの? 亜久野さんってさ、みんなから慕われていていい生徒会長だってのはあたしもよく知っているけどさ、なんかこう……壁を作るときあるよね。いまもそう」

 鼻と鼻がぶつかり合うほどに近づく顔と顔。

「あたしたちって友達だよね」

 頷く恵里佳。

「じゃあさ、困ってること、話してくれてもいいんじゃない?」

 首を振る恵里佳。自分から顔を離して

「体調管理がなっていないことは認めざるをえない。これはどう見繕っても私個人の失態だ。しかしそれだけだ。他になにがあるわけじゃない。そろそろ……いいかな」

 掴まれている手を上げて見せる。


「そっか……」

 しぶしぶ手を離すと恵梨香はベッドから降りて、保険室内にかけられていた制服の上着を羽織る。

「あっ、ちょっと待って亜久野さん。会議に行くつもり?」

「そのつもりだけど?」

「それなら大丈夫だと思うよ。さっき副会長さんが来て、会長が出られないようなら代わりに進行をすると言っていたから」

 それを聞いて恵里佳は

「そうか、じゃあ行ってくる」

 足を止めることなく保健室の出口へと向かう。

「ありがとう」

 最後にそう言い残して保健室を後にした。残された風は、先程まで恵里佳が眠っていたベッドに腰掛ける。

「これだから頑固な生徒会長さんはさ……」

 握りこぶしを振り上げて

「少しは甘えるってことをしてもいいんじゃないの!」

 枕へと振り下ろした。

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