2章 Bパート 7 CMへ
久しぶりの大惨事に現場を行き交う人も多い。封鎖地域は最小限まで解除されて、崩れた建物を眺めに近くまで来る野次馬も増えてきた。
撤去用の重機が現場に来るよりも早くに6メートルほどの大きさのロボットが現場に到着して、崩れた瓦礫の撤去を開始した。巨大ロボットもまだ現場に残っている。動かしていた3人は赤青黄のスーツを着たまま地面に降りていて、なにやら黒スーツの男女と話し込んでいた。それを、宗次郎は眺めていた。
いつもなら現場に近づくことはなかった。そもそも危ないからと恵里佳にキツく阻止されていた。しかし今日はなんとなく行ってみたかった。クラスでも同じような行動に出る男子は多く、彼らの話を聞いているうちにテレビ越しではなく、一度自分の目で現場を見てみたくなってしまった。クラスメイト3人で来ていたのだが、残りの2人はテンション上がってやじうまの波の中に消えてしまった。
取り残された宗次郎はせっかくなのでといろいろ見て回っている。立入禁止のテープの向こうはいろんな人がいて、さらに奥は崩れたビル。この街にいる以上それは当たり前の出来事。でもどこか現実として捉えられなかった。
「そこのキミ、立ち入り禁止区域に近づかないように」
崩れたビルばかり見ているうちに立入禁止のテープに触れてしまっていた。注意されてすぐにその場を離れる。その直後に崩れかかっていたビルがついに耐え切れなくなり、轟音をまき散らして崩れだした。やじうまの悲鳴と関係者の声をかき消してビルが崩れていく。宗次郎も慌ててその場を離れる。やっぱり危ないなと、一緒に来ていたクラスメイト2人に先に帰るねとメールをして、現場を後にした。
宗次郎が去りゆく一方で新たな野次馬たちが現場へと向かっていく。その数があまりにも多いので満足に進めることも困難になってきて、大通りから一本それた道へ足を向けた。人の声はまだ聞こえてくるが人の姿はなくなった。それだけで開放された気分になれた。
「ふぅ」
気にしていなかったとはいえ人混みにつかれたのだろう。宗次郎の口から自然とため息が漏れていた。太陽光が届かず、少しだけひんやりと薄暗いビルの谷間を進んでいく。
この道を歩くのは初めて。大体の方角はわかっているので寄り道をせずに家へと向かう。その途中に。
「ひ……ひと?」
薄暗くてすぐには判らなかった。それほど広くはない裏路地に人が倒れていた。
「えっと……」
あたりを見回す宗次郎。
もともと人通りのない裏路地。周りには宗次郎以外誰もいない。
「あ、あの……」
意を決して話しかけた。しかし倒れている人物のリアクションはない。
息を呑む。もう一度意を決して近づく。近づいていくと倒れている人物が妙な格好をしていることに気がつく。それは一般的な私服ではなく、むしろ道ですれ違ったら誰でも振り返ってしまうような奇妙な服装。
「大丈夫ですか……」
衣装が衣装なので先ほどまでよりも気後れしてしまっている。できれば近づきたくない。でもこのまま放っておくのもなんだか嫌。近づいていくと倒れている人物の体型から女性だとわかってくる。しかし顔は仮面のようなものをつけていてわからないまま。恐る恐る肩に触れてみるが、女性のリアクションはない。今度は強めに突っついてみるが結果は同じ。そもそも薄暗い通路と仮面のせいで目を開いているかすらわからない現状に、宗次郎がツバを飲み込んで女性の仮面へと手を伸ばしていって、目が合った。
固まる空間。見つめ合って宗次郎はただ固まっていて、女性は状況の把握ができずに数秒後、跳ねるように立ち上がった。
「あっ、え、あ」
あたりを見回し自分の格好を見回して、最後に仮面に触れて
「よかった外れてなか……うん」
咳払いする。
「ここで私に出会ったことは口外をしない方がいい。この私と面識があると奴らに知られたら厄介なことになると思え」
仮面を隠すように左手を広げ、右手を宗次郎へと向けて腰をくねらせる女性。厄介な人物と関わってしまった。宗次郎にはそんな後悔が生まれていた。
「しかし奴らめ……まさかあんな隠し球を用意していたとは……」
ちらちらと宗次郎を見つつブツブツ言っている女性。
「だが次こそは……」
これはこれ以上関わらないほうがいいと、女性の言いつけを守るわけではないがゆっくりと後ずさりを始める。ある程度距離ができたところで振り返って別の道を、少し早歩きで進み出す。
その背後で、彼には見えないが女性は真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠して、壁にもたれかかっていた。
裏路地で出会った謎の人物の正体がわかったのはその日の夕方だった。食事時にテレビを付けてみると報道番組で扱っていたニュースの内容が、今日の日中の怪人騒ぎのニュース。この日は運良くテレビ局の報道カメラが現場に間に合っていて、一般視聴者が移すのとはちょっと違うプロの撮影で現場が映しだされていた。
「あっ、この人だ」
映像の中で巨大怪人の肩の部分に乗っかっている女性が映しだされている。
「この人……あぁ……そうだったんだ」
謎の組織の首領とテロップが映しだされているのを見て、あのあまり近づきたくないオーラと言動に納得がいった。
「やっぱりあんまり近づかないほうがいいのかな。こういう人がまだ近くにいるかもしれないってことだからなぁ。オレは運が良かっただけなのかも。
そう思わない、恵里佳さん」
振り向く先には同じ食卓について晩御飯を食べていた恵里佳の姿。今は首領ではなく一人の少女。テレビの中の自分の姿を見て恥ずかしさのあまり箸が止まっていた。その理由がわからない宗次郎は首を傾げて、再びご飯を食べ始める。テレビに視線を向けたために、裏路地での出来事を思い出して彼女の顔が真っ赤に染まっていくのを、また彼は見ることができなかった。
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