2章 Bパート 5

 要件は済ませた。

 ここで長居してしまっては教室で赤城風を待たせることになってしまう。

「それじゃあ」

 手を振ってくる宗次郎に恵里佳も手を振り返す。


 そのまま教室へ帰ろうといったんは足を階段へと向けるが、止めて振り返って別の目的地を設定して歩き出す。

「このぐらいはまぁ」

 校舎の中に設置されている自動販売機に硬貨を入れて

「してあげないとな」

 お茶のペットボトルのボタンを押して購入。販売期から取り出して改めて教室へと歩き出した。自分の教室へ戻ると机に突っ伏している風を目視。溜息ついて彼女の頬に買ったばかりのペットボトルをくっつけた。

「ひゃっ!」

 高い声の悲鳴を上げて顔を上げる風。辺りを見回して今の現象の犯人を見つけて唇を尖らせて

「食事を待たせた挙句にいたずらとはちょっとひどいぞー」

 文句を口にするが眼前にぶら下げられたペットボトルに首を傾げる。

「悪いと思っているからこそおみやげだ。遠慮なく飲んでくれ」

 彼女の机の上に置いて恵梨香は自分の席へと戻る。そこには自分の弁当箱と風の弁当箱。どちらもまだ開封されていない。

「いただきます」

 先に弁当箱を開けると風も慌てて後ろに振り返って、自分の弁当箱を開ける。

「いただきますっと」

 ようやく昼食を食べ始めた恵梨香の表情は、ご飯が美味しい以上の出来事に優しく崩れていた。


 せっかくならば学校での余韻に浸ったまま一日を終えたかった。しかしこうして今、亜久野恵梨香は呼び出しがかかってまた組織のアジトへ来ることになってしまった。


 夕飯の支度も残っているのでどうしても時間が気になってしまい、こまめに腕時計で現時刻を確認する。

「そんなに時間が気になりますか?」

 老人が言葉に出すほどに時間を気にしていた。注意されなくても自分の行動に気づいていたが、それでもやめられなかった結果。

「そんなにあの少年のことが気になりますか?」

 時間を気にしていたことを突っ込まれるのはしかたがないことだと、最初の老人の発言が出た時には覚悟をしていた。しかし。

「なぜ彼のことが議題に上がる」


 アジトの中の空気に緊張が混じる。あのスーツを着ていなければ彼女は極普通の一般人の身体能力のまま。それなのに。老人は彼女の視線だけで自分の死期を見た気がした。それほどまでに鋭い視線に、だからこそ老人は笑った。

「どうしてそこまであの少年を気にかけるのですか」

 睨みつけてくる視線はそのまま。それでも言葉を続ける。


「アレは貴方さま個人の事柄。そのことについて私としても口出しをするつもりはまったくありませんでした。けれども出さずにはいられないほどに、貴方さまはあの少年のことを気にかけています。それは、なぜです?」

 老人は自分の体力の低さを熟知している。相手が少女であっても体力勝負になったら分が悪いことも熟知している。それでもなお、言葉を続ける。

「元々は見知らぬ、しかも記憶を失っている少年。警察に届けれでればそこで関係は終わるはずなのに、なぜなのですか?」

 その行動は組織を思ってのこと。だからここまで言葉を言い続けた。

「あの少年とともに暮らすようになってから、貴方さまは少し変わり始めている」

 ぴくりと恵里佳の目元が動く。

「良いですか? 貴方さまはこの組織を束ねる首領。お父上が果たせなかった夢をかなえるために、首領としてこれからも長き間奮闘していただかなければならないのです。しかし今の貴方さまは……優しさがまじりすぎておられる」


「いや、それは違うぞ」

 ようやくここで恵里佳が反論する。深呼吸をして

「守るべきものができてこそ、人は更に強くなる」

 胸に手を当ててさらに言い放つ。

「私は彼を守るために更に強くなる」

「その言葉、言葉だけではないと証明できますか?」

「もちろんだ!」

 老人の口元が少しだけ釣り上がる。

「それでは早速ですが、本日の闘いでその意志の固さをお見せいただけますか?」

「……どういうことだ?」

 老人は恵里佳に背を向けてパソコンの前のイスに腰を下ろす。


「前々より開発を進めておりました新システムが実戦投入の段階まで進みまして、今回は貴方さまにぜひとも試していただきたいのです」

「つまり人体実験ということか?」

 老人は視線をパソコンのモニターに向けたまま首を振る。

「そこまでではございませぬ。ただこのシステムが完成するための最後のピースとして、ぜひとも試していただきたいだけなのです」

 言葉を変えただけで実験には変わりないと溜息つく。

「まぁいい。それで、どういうものなんだ?」

 その言葉を待っていた。モニターに映し出された画面がそのままこの部屋のモニターに映し出される。

「このシステムは……」

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