1章 Aパート 6 CMへ
1時間目の授業が始まるころに教室の扉が開き、教師が入ってきたがそれは1時間目の授業の教師ではなかった。
「鏑木ー、ちょっといいか?」
直接お呼びがかかった。クラスメイトの注目を浴びながら宗次郎はイスから立ち上がり、急いで教師の元へと向かう。すると教室の外へと案内される。
「あの……なんですか?」
教師に呼び出されるようなことはしていない。それは宗次郎自身が一番良くわかっていることなのに、それでも緊張してしまう。
「実はだな」
教室から少し離れた階段口で、教師は小声で宗次郎に訊ねた。
「今朝から亜久野さんが無断欠席をしているんだ。鏑木は事情あって彼女と同居しているんだろう? なにか無断欠席の理由を聞いていないのか? 彼女のことだ。のっぴきならない事情があるとは思うのだが」
「……え?」
ぽかーんと、口を半開きにする宗次郎。彼が記憶している限り、恵里佳は彼自身よりも早く登校している。どれだけ寄り道をしたとしてもいま現在も学校にいないというのはおかしい。
「それ……本当ですか?」
ここで嘘だと答えが返ってくるとは思えないのに聞いてしまう。宗次郎のリアクションに教師は眉をしかめた。
「……なにかあったとしたら連絡が行くのは学校かあるいは鏑木だ。連絡があったらこっちのも教えてくれないか」
放心状態の宗次郎。それでも頷いて、教師はこの場を立ち去った。授業開始のベルが校内に鳴り響く。宗次郎はまだその場から動けないでいた。
太陽光の入り込まないそこは薄暗く、数本のロウソクだけが唯一の光源になっている。そこに、かすかな明かりの恩恵を授かる女性が立っていた。目元を隠す仮面に体はボディラインがわかりやすいタイツ状の服。手元にドクロの装飾のある杖で床をコツコツと叩いている。
「今回の怪人も簡単に破れてしまったが、本当にこれでよかったのか?」
部屋の中にいるのは彼女一人だけではない。明かりに照らされている彼女とは別に、闇に溶けこむ初老の男性がひとりいた。胸のあたりまで伸びたひげを撫でる男性。
「はい。これでよろしいのですよ」
「しかしこれでは私たちの組織は弱いというイメージばかりが広がるのでは?」
「確かに弱い」
床を叩く杖の感覚が短くなる。
「しかしそれはいま現在のことです。たとえ今が弱くてもいつか勝てば良い。そのためにもう少し耐えていただきますぞ、我が首領」
首領と呼ばれた女性はあまり納得していない様子だったが、それでも初老の男性を信用しているのでこれ以上はなにも言わない。唯一つ。
「ならもう一つだけ言わせてくれ。その……今日のように人前に出るときは……この格好以外の服を着させてはくれないか」
「それはダメです」即答だった。
闇から一歩明かりへと体を照らさせて
「それは由緒正しき衣装です。アナタのお父上も着ていた服です。それを否定することはこの組織を作り上げたお父上を否定するも同じこと。それをお忘れなく」
言い終わって闇の中に消える。
かすかに部屋の中に響く扉の開閉音。静かになって、女性は部屋の出入口まで進んで室内灯のスイッチを入れた。ロウソクを消して、一息つく。明るくなって自分の恥ずかしいいまの格好を改めてみて、溜息つく。
「はぁ。やはりダメなのか。仕方ない。着替えよう……」
まずは仮面を外した。
「早く学校に行かなくてはな。まさかこんなに手間がかかるとは予想外だ」
タイツ状の服も脱ぐ。下着姿になって椅子の上にたたんでおいてあった制服を掴んで、今度はそれに着替える。
「遅れるとは誰にも言っていないからな。もしかしたら心配をされているかもしれない。先生にも」
ワイシャツをスカートの中に押し込んで、上着を羽織いって中に巻き込まれた髪を外へと解き放つ。
「宗次郎にも迷惑をかけてしまっているかもしれないな」
悪の秘密結社の若き首領、亜久野恵里佳はようやく登校した。
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