1章 Aパート 5
嫌な夢を見た。それは悪夢と言ってもいいのかもしれない。そこは闇だった。闇の中に宗次郎が一人だけ立ち尽くしている。闇には闇しか無い。どれだけ走ってもジャンプをしても手を伸ばしてみても、闇には闇しか無い。そこにあるはずのものがない。
そこにあるはずの記憶が、無い。
ベッドから上半身だけをたたき起こす。目は見開かれて、壁を見ているはずなのにそれが壁ということが認識できない。息は荒く、呼吸を整えられたころには意識もはっきりとしてきた。部屋の中を見回してベッドの枕元においてあった時計で、通常起きる時間よりも1時間ほど早朝だと知る。
なにかを見た、なにかの悪夢を見た。しかしそれがどんな悪夢だったのか、覚えていない。パジャマを脱いでそこで自分の上半身が汗を多量にかいていたと知る。いつもよりも早起きだが眠気はまったく無くなっていた。カーテンを開けて上がったばかりの朝日を全身に浴びる。そこからはいつもどおり、パジャマをすべて脱ぎ去って制服に着替え始める。部屋のドアを開けて廊下に出て、家の静けさに気がつく。まだ早朝過ぎてまだ眠っているんだろうかと思いつつ台所まで行くと、そこには朝食の準備が整えられていた。まだ湯気の上がっている味噌汁。炊き上がっている白米。食卓にはラップがかけられているお皿と、書き置きの紙が一枚。
『用があるので先に出ます』
時計をもう一度確認して、大きなあくびをしながら味噌汁の入った鍋を火にかけた。
珍しいことではなかった。こんなにも朝早くに恵里佳が家を出ることは。生徒会長なので朝から色々と仕事があるのだろうと、宗次郎は特に詳細を聞いたこともなかった。
温めなおした味噌汁を注いで、ご飯をよそってラップを取って朝食を食べ始める。テーブル上に置かれていたリモコンでテレビを付けて、朝のニュースを流し見しながら味噌汁を流し込んだ。するとテレビ画面がいきなり変わった。映しだされたのは巨大な怪人の姿。慌ててテレビの音量を大きくする。
『ただいま入りましたニュースによりますと、赤月市にて再び怪人が現れた模様です。ただいま写っているのはライブ映像です』
ビルの多いオフィス街から頭ひとつ突き抜けて、巨大な怪人は雄叫びを上げた。それだけで付近の建物のガラスが悲鳴を上げる。地上ではすでに避難はほぼ終わっていて、警察車両だけが慌ただしく退避し始めている。怪人はもう一度雄叫びを上げると腕を天へと突き上げて、一番近いビルへと振り下ろそうとして、その腕を止められた。
「朝はゆっくり寝かして欲しい。まったく、いまのあたしは機嫌が悪いぞ」
「うわー、レッドが眠すぎてキレちゃってるよ。なんだかこの中がピリピリしていて居心地が悪いよって! イエローまで寝ないよね!」
バチーンと気持ちのいい音がコックピット内に響いた。赤青黄色の三色が混ざった巨大ロボットは怪人の腕を掴み、その体ごと放り投げた。空中で一回転して地面へと倒れる怪人。巨大ロボットのコックピットは3つの台が並んだような小さな空間で、台座にはマイクスタンドのようなものが設置されていて、マイクの代わりにバスケットボールほどの大きさの水晶が置かれていた。その水晶に手を当てる3人の少年少女。
「さっさと片付けるよ」
赤い服に身を包み、風は吹いていないのに赤いマントが揺れている。
「了解。でもこの時間じゃ2度寝は無理だよねー」
隣の赤い服の少女が肩を落としているのを横目に、笑いをこぼす青い服の少女。
「……眠い」
黄色い服の少年はヘルメットのバイザーの奥で今にも寝てしまいそうになりつつ、意識をしっかり保とうと努力していた。
3人の目の前には大きなモニターが設置されていて、そこには巨大ロボットの目の前にいる怪人の姿が映し出されていた。地面にたたきつけられた体を起こしてロボットへと威嚇する怪人。怪人の姿は毎回変わっていて、人の言葉をしゃべる怪人もいれば今回のようにただ雄叫びを上げるだけの怪人もいる。共通するのは人に敵対して暴れようとすること。
「来るぞ、二人共。気をしっかりな」
水晶に手を当てて2人に声をかけるレッド。
「はいはいー」
陽気に返答するブルーにただ頷くイエロー。巨大ロボットの操縦に特別な知識は必要はない。水晶に手を当てて動く姿を想像するだけ。ただ、動かすためにはこのロボットとの適性がなによりも大事。
掴みかかってきた怪人の腕をすり抜けて懐に入り込み、
「ふぁいあ~」
気の抜けそうな掛け声とともに巨大ロボットの肩の部分が開いてロケット砲が発射される。避けるまもなくロケット砲は全弾が怪人に着弾。煙を立ち上らせてまた地面へと倒れる怪人。
「よし、これがチャンスだ! 行くぞ二人共!」
「了解!」
「応」
水晶球が光輝きだした。背中に装着されていたパーツが飛び出して空中で巨大な剣へと変形する。両手でそれをしっかりと握りしめて跳躍した。空中で一回転。ようやく立ち上がった怪人の頭上へと大剣を振り下ろした。
『断罪!』
3人の掛け声が揃った。大剣は怪人を真っ二つにして、地面へと着地してポーズを決める巨大ロボットの背後で爆発を起こして消滅した。
名残惜しかったが、食事も終わってそろそろ時間なのでテレビを消す。片付けをして戸締まりを確認して登校を始める宗次郎は、先程までの闘いを見ていたせいか、テンションが上がっていた。鼻息も荒い。アスファルトの上に落ちていた木の枝を拾って
「断罪!」
あの時のロボットと同じポーズをしてみて、通りすがりの女子高生に苦笑されて顔を真っ赤に染め上げる。学校に登校するといつもの様に今朝の怪人騒ぎの話題に上がっていた。
いつものことだ。ここまでは。
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