1章 Aパート 4

 この高校の生徒会長の任を承っている恵里佳は男女ともに人気が高かった。

「生徒会長また明日~」

「またあしたね。気をつけて帰ること」

「生徒会長、これからカラオケどうっすか?」

「なかなか興味深いお誘いだけど、ごめんなさいね。でも、あまり遅くはならないようにね」

 声をかけられるとわざわざ足を止めて、手を振ってくれば手を振り返す。下駄箱で靴を履き替えて、夏が近いとはいえ暗くなり始めた道を進んで校門に差し掛かったところで

「まったく、もう」

 腰に手を当ててため息を吐き出す。


「私は、先に帰っていいって言ったはずよ。

 なんでいつになっても、これだけは守ってくれないのかしら」

 彼女の視線の先にいる宗次郎はバツ悪そうに顔を伏せて

「恵里佳さんと一緒に帰りたいから、じゃだめ?」

 次には上目遣いに訊ねてくる。もう一度ため息。背中を向けて少し歩き出して

「さぁ行きましょう。帰りに夕飯の買い物していくけど、いい?」 

 宗次郎の顔が明るくなった。

「うん!」

 まるで飼い犬のように彼女のあとについて歩き出す。男女ともに人気のある生徒会長が同棲を始めたと広まって、最初は騒動も起きた。いまでは2人が並んで歩く光景を眺めているだけでなんだか優しい気持ちになると、校門近くにいた生徒たちは2人をそんな視線で見送っていた。


 いつもの帰路とは道を変えて2人が進む先にあるのは巨大なショッピングモール。駅前に建てられたモールの、駅側とは逆の入り口から入場した。

「さてと」

 入り口に設置されていた買い物かごを掴もうとして、寸前のところで先に掴む宗次郎。

「このぐらいはオレが」

「うん、じゃあお願い」

 頷いて彼女を先頭に歩き始める。


 このモールではこれが欲しいと思って買いに来るとなんでも揃い、あるいはなににしようかと悩みながら来店しても一周するまでには食卓に並ぶ食材がカゴの中に入っている。なので、半周ほどした時点で宗次郎の持つカゴの中はパンパンにまで溜まっていた。途中何度か、カゴ用のカートを持ってこようかと恵里佳に訊ねられたが、これを拒否。

「力の有り余っている男子だから、このぐらいは」

 一周するころにはこれを後悔。

「なんなのかしら今日は、まさか特売のセールをしているとは思わなかったわ」

 宗次郎の持つカゴはあふれんばかりになっていた。

「これなら一週間分は軽く保つね。

 なんなら赤城さんたちを呼んでパーティーを開いてもいいくらいだわ」

 通常時の30%オフの冷凍食品をいくつか手にとって、すでに山になっているカゴに崩れないように積み込む。あまりの積載量にすれ違う他の客も思わず足を止めて振り返るほど。

「このぐらいでいいかな? 宗次郎はほかになにか欲しいものはあるかしら?」

 振り返ると大盛りのカゴを持った宗次郎の姿。持ち方に苦労をしていたがその評定は涼しい物だった。訊ねられて少し悩む素振りを見せて、それから首を振る。

「特にはないかな。洗面用具なんかもまだ取り置き分があったはずだし」

「そうか。じゃあこのぐらいで帰りましょう」

 足取りをスーパーのレジへと向ける。やはり周りの客の視線を集めながらレジへと向かうと、店員も声には出さなかったが驚きは隠せなかった。それでもすぐに平常心に戻ってレジ打ちを始める。カゴいっぱいの荷物は全部で4つのビニール袋に入れられて、これはさすがに一人じゃ無理だねと、半分ずつ持つことに。そこでようやく

「ちょっと買いすぎたかもしれないわ」

 両手にかかる重さを実感しながらつぶやく。

「たまにはいいんじゃないかな?」

 恵里菜が持つ袋よりも大きく膨らんだ袋を両手で持って帰り道を歩き出す。


 ショッピングモールの中で長居をしてしまったせいか、辺りは徐々に暗くなり始めている。このままでは家に帰るころにはかなり暗くなることに。

「しまったわ。他の生徒にあんなことを言っておいて、私自身が暗くなるまでに帰らないことになるとは」

「いいんじゃないかな、たまには」

 先ほどと同じような返答に、少し間があって二人して吹き出した。

「そうだな、たまにはいいかもしれないね」

 モールを出て家まであと半分ほどの距離。街灯はとっくに点灯して、薄暗い道を二人の影が伸びて映る。

「そういえば」

 会話が途切れていた無音の中で彼女は口を開いた。

「あの時も、こんな薄暗い時間帯だったな」

 彼女が言おうとしていることを宗次郎はすぐに理解した。

「でもあの時は確か……朝だったような?」

「あぁそうだ。太陽が登り始めてようやく闇が晴れるような、そんな時間帯だった」

 空を見上げる。

「たまたま朝のランニングをしていたら倒れている宗次郎と出会った」

「どうしてそんなところにいたのか、いまでも思い出せないけどね。

 ううん、思い出せないのはそれ以前のことも、かな」

「そんな少年を私は自分の家へと招き入れた。ふふっ、なぜそんな行動に出たんだろうな。宗次郎の身を案じるのならただ警察に連絡をすればいいだけなのに、だ。赤城さんにも色々と迷惑をかけてしまったよ。でも」

 家は見えてきた。そのタイミングで足を止めて振り返る。そこには両手に大きな荷物を持った宗次郎がいて、彼女が足を止めて彼も足を止める。

「私はあの出会いはいいものだったといまでもそう思う」

 街頭の明かりに照らされた彼女の笑顔に、宗次郎はただ頷いて返答した

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