1章 Aパート 2

 授業の合間の休憩時間には他のクラスからも2人にねぎらいの言葉をかけに来る生徒もいたが、昼休みごろにはそれらも静かになっていた。

「近藤さんは……その……なんというか、沢山食べるね」

 2つの机を組み合わせて、広げられた凜花の弁当の中身に言葉を選んだ。

「ん? そうかな? これでも少なくしているんだけどね」

 にっこにこ笑いながら大きく切り分けられたトンカツを口に運ぶ。

「う~ん、おいひい~」

 口いっぱいに頬張りながら極上の幸せに顔もほころぶ。

「城之内くん少し分けてもらったら?

 いつも思っていたんだけど、それだけで足りるの?」

 長身の青年、城之内嶄はコンビニで買ってきたパンをかじりながら首を横に振る。

「こいつの食べっぷりをいつも横で見ているから、それだけで腹は膨れる」

 言ってから、パンにかじりつく。その横で早くも弁当を食べ終えようとしている凜花。ご飯粒の最後のひと粒までちゃんと箸で摘んで口に放り込み、ペットボトルのお茶で口内をさっぱりさせて

「ごちそうさま」

 両手を合わせて頭を垂らす。

「こちらもごちそうさま」

 もともと食べる量の少なかった嶄もパンの袋を丸めながら口にした。

 一人残された宗次郎は慌てつつも早く食べ終えよおと白米を口へとせっせと運んだ。そして案の定喉につまらせて嶄に背中を擦られながら凜花が掴んでくれたお茶を受け取って、口内のものをノドの奥まで流し込んだ。

 ようやく呼吸が満足にできるようになって深呼吸。そして再度食べ始める。そんな宗次郎の様子を二人して眺め、二人して笑った。

 こうして、普通に接してくれるから2人は彼のことが好きだった。


 飲み物がなくなってしまったので自販機へ向かおうと宗次郎は席を立つ。

「じゃあ私の分も買ってきてくれない?」

「いいけど……なにを?」

「んー。炭酸じゃなければなんでもいいよ。嶄はどう?」

 首を振る嶄。

「ボクはいい」

「わかった」

 凜花から小銭を受け取って教室を後にする。


 人の行き来する廊下を進み一度下駄箱のある玄関口のほうまで出て、中庭挟んで反対側の棟に設置されている自販機へと向かう。その途中にある階段から二人の少女が降りてきた。

「あら宗次郎くん。奇遇ね、校舎の中で出会うなんて」

 一人は長身の美少女。腰まである長く濃い茶髪を指先で梳いて薄く微笑む。そのほほ笑みは宗次郎以外の視界内の全員の心臓を揺れ動かすほど。

「おお、誰かと思ったら鏑木くんか。すまないな。いま亜久野さんはあたしが借りているよ」

 階段を降りきったところで恵里佳の肩に手を回すこちらも長身の少女。その光景に居合わせた女生徒から黄色い悲鳴が上がった。

「いつも恵里佳さんがお世話になっています、赤城さん」

 ペコリと頭を下げて、上げると赤城風が近づいていて、顎の下に手をかけられて顔の角度をさらに上げさせられる。また黄色い悲鳴が上がる。

「どちらかと言えばお世話になりっぱなしなのはあたしの方かな?

 キミから見て彼女は誰かに頼るような人かい?」

 顎から手を離されて宗次郎は首を振るしかなかった。本当は、家では結構ずぼらなところがあったり初歩的なミスを連発したりしていますと言っても良かったのだが、風越しに彼を見てくる恵里佳の視線が怖くて、そうするしかなかった。

「ところで宗次郎くんはこれからどこに?」

 これ以上余計なことは言わせないようにと話題を変える。

「自販機にジュースを買いに行くところだけど?」

 すると恵里佳の顔が明るくなった。

「あら奇遇ね。私たちも飲み物を買いに降りてきたところなのよ」

「そうそう。まったく3年生は大変だよ。ジュースを買いに行くだけでも階段の昇り降りがあるんだからね」

 大げさに首を振る。

「あたしの細い足に筋肉がついてしまうではないか」

 そう言うとスカートをかなり際どいところまでめくる。見ちゃいけないと思いつつ宗次郎の視線は彼女へと向けられてしまって

「ごほん」

 わざとらしい恵里佳の咳払いがなければ完全に釘付けになっていたことだろう。

「なにを言っているのかしらこの子は。引退したとはいえアナタは運動部の不動のエースだったでしょうに。いまでも校内一の俊足じゃないのかしら?」

「引退したからこそ」

 摘んでいたスカートの生地を離して首の後で手を組んで

「普通の可憐な女の子でいたいというあたしの気持ち、わかってほしいな」

 薄く笑う。

「はいはい可憐ですねアナタは。でも可憐でいたいのならウチの宗次郎を誘惑しないでくださいね」

 宗次郎の腕を掴んで

「さて可憐な人は放っておいて行きましょう宗次郎。早くしないと昼休みが終わってしまうわ」

「そうだね」

 拒否したりしないで腕を掴まれたまま歩き出す宗次郎。その二人の後ろ姿を眺める風。

「まったくさ」

 自然と微笑みが浮かぶ。

「事情を知っていてもさ、仲の良い姉弟にしか見えないよね。お二人は」

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