第12話 サランコット〜リシュケシュへ

あやと行ったサランコットの思い出はあまり、残っていない。

一緒に昼の太陽を見つめたり。

山の中、ポツリと建つゲストハウスの入り口に、小石で(彩の家)とあやが、置石してくれたことや。

酔っ払いのネパール人に、ひどく絡まれたりしたこと。それくらいしか、思い出せない。

あやは、「ネパールからインドに戻って、リシュケシュへ行こう」と誘ってくれた。


僕らはカトマンズに数日泊まり、同じ宿で過ごした。しかし僕は手を出さなかった。


あやの沢山の笑顔をカメラに収めた。


デリーに着き。ここでもまた、数日を共にする。

他のバックパッカー2人と仲良くなる。

そのうち1人は、「アフリカ大陸を一人で旅して、戻ってきたところだ」という。


そのゲストハウス。確かナブランという安宿だったと思う。

ナブランの屋上で鳩飼いが、朝、鳩を放っていた。

カルカッタの雑貨屋ジャーベットが僕に教えてくれた言葉 (ヤハーウェ)こっちへおいで、という意味なんだと教えてくれた。

空を飛ぶ鳩の群れに向かい、心の中で呟く。

(ヤハーウェ)繰り返し、呟いていると。

鳩が僕の頭上をかすめ飛んで行く。

偶然、ナブランゲストハウスが一緒になった、渋谷の露天商の知り合いが「凄い凄い」と驚いていた。

自然と奇跡が起きていた。僕はとても自然だった。

ナブランとは、あとで調べたのだが、航海に耐えるリング、という意味らしい。

そんな、ナブランの従業員と親しくなったのだが、ナブランのインドのおやっさんが、彼は「屋上から転落して、入院している」という。

居ても立っても居られなかなった、僕は病院の場所を聞き、見舞いに行った。

混沌としているインドの病院、僕は結局、彼に会えなかった。


あやと僕はローカル電車のチケットを取り、リシュケシュへと向かった。

阿修羅の斧が、磨かれたかった。北の聖地。

ガンガーの源流に近い濁っていないつめたい河。


物売りから、孔雀の扇ぎを買った。

あやにプレゼントする、ムーンストーン。

サドゥからババジバッグを1700Rsで譲ってもらう。

その晩、あやはとても冷えていた。

「温めてあげる」と僕は言い。

裸で抱き合った。

生まれて初めて射精したような気がする。


翌朝、ガンガーの河原でタバコを吸っていると、シャンカルと名乗るひとりのサドゥが、僕の持っていた真鍮の灰皿を見て

「ヘイ ジャパニ スロー ザ ガンガー. ヒア イズ インディア. ノット ジャパン!」

執拗についてくる、河を汚したくなかった僕は、必死に断る...通じた。

リシュケシュのガンガーは冷たい。

サドゥ達巡礼者達に習い、僕は沐浴した。


喧騒と静寂の街リシュケシュ。


僕とあやは、リシュケシュから、またハルドワールへと向かった。

記憶が飛んでいる。あやとの思い出は、たくさんあるはずなのに、うまく思い出せない。


デリーに戻った時のことだ、別れの時が近づいていた。

あやと2人インドカレーの店に入り、チキンビリヤニを僕が頼んだ。

「彩くん、いただきますは?」

満腹で残そうとした僕に、「お米一粒残しちゃダメだよ。」

それにあやは、ネパールにいた時は、「ミトチャー」(美味しい。ネパール語)と言い、インドでは、必死?になって(バフタァー アチャ)「とても美味しい。」とインド人ウェイトレスに言っていた。可愛かった。

ナブランの下であやと2人、ぼけっとしていたら、あやが「彩くん、お仕置き」と言って。僕は直後、それまで経験したことのない闇に堕ちた。反転する世界、だがそれはすぐに収まった。


あやとの別れの朝、あやは僕に一冊の本を残してくれた。谷川俊太郎の(これが私の優しさです。)というタイトルの詩集だ。

それにナブランの僕らが泊まっていた部屋の内階段の手すりに、タオルを2枚忘れていった。巳年のタオルと、カラフルなタオル。

いまでは、どこかに行ってしまった。

ハリオーム印のネックレスも、行方不明だ。

あやは若いサドゥに諭されるかのごとく、目で挨拶をしていた。僕は激しく嫉妬した。


あやを迎えに来た。送迎用のバンにあやは乗り込む。いつまでも笑顔で手を振り続けてくれた、あや。

あやとの旅は終わった。


一人になった僕は、ひとりのインド人から、キャット・スティーブンスのカセットテープを買った。

旅の前、写真家の今 和明さんという旅人から貰った電熱製の携帯湯沸かし機を使い、ハーブティを飲みながら、キャット・スティーブンスを聴いた。

一人になった僕は、闇と昼をいったりきたりしていた。

ナブランからまた、ハリドワールへとチャラスを持って、一人向かった。

ハリドワールの宿で夜、チャラスを吸っていたら、言いようのない不安に、襲われた。

僕はチャラスをガンガーに捨てた。


(シャンティ エブリシング ポッシブル)


そうデザインされた、ステッカーを配っている日本人バックパッカーに出会った。


そのステッカーもいまでは、どこかに行ってしまった。


ナブランにてこんな旅人もいた。

マナラ産のスーパークリーム(最上のチャラス...雌の処女の大麻樹脂だ)を追い求めて、手に入れた日本人。彼は始め僕にそのクリームをくれるのを拒んだ、その晩、彼は熱を出し、僕は持っていた抗生物質を彼にあげて、僕の部屋を雑巾で磨き上げ、熱を出した彼に部屋を譲った。

熱が引いた彼は、マナラのクリーム吸おうよと、誘ってくれた。

フルーツの味がしたのをおぼえている。


ベジタリアン料理をこしらえて、ぼくに食べさせてくれた、ショーリーとヤエル(イスラエルの恋人同士バックパッカーだ)


色々な出会いに満ちていた。


だけど、僕はあやとの別れ以降、闇と混沌と昼をいったりきたりしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る