第4話
Dead Trees
玉栄茂康
我が家で長年飼っていた老犬エスが首輪をはずしたある日こつ然と消えたので弟と周辺の山野を探しまわったが死骸は見つからなかった。弟があまり悲しむので、ある少年雑誌で像は死期を感じると群れから離れて独り墓場で死を迎えるという記事を読んだことを思い出し、エスは自分の墓場に行ったのだと弟を慰め探すのをあきらめたことがあった。動物は死期を感じると自分の墓場に向かう。野生の本能を失った人間に自分の墓場はもはや関知できない、病院と老人ホームが墓場につづく谷間である。
私は東南アジア最大の島ボルネオ島に生息する生物多様性調査のためマレイシャ政府から招聘された生態学者である。ボルネオのジャングルには多様な生物と原住民が融和した未知の社会が残り古い風習を守って生きている。調査の拠点はサラワク州首都クチンに所在する水産研究所で現地の職員とジャングルの中の支流と沼の周辺調査を行なった。クチン周辺のジャングルを縫って流れるサラワク川は5メートル余の干満差があり満潮時に海から遡上する海水と淡水の攪拌で発生する汽水パッチには海産魚と淡水魚が混生する奇妙な水塊が出現する。その水塊が沢山の支流に入りジャングルの小川と沼に分散するので淡水と海水生物の入り混じった面白い生態系が短期間だけ出現する。川は干潮時に水面に膨大な水草と倒木を浮かべてものすごい速さで流れてゆく。水面の浮遊物を根気よく眺めていると運が良ければイリエワニにミズトカゲや大蛇などの泳いでいるのが見られる。州立自然動物公園でニワトリを一口で食う実物を見たあとこれまで行なっていた調査を用心するようになった。川は常時白濁して水中は見えない、水辺でこの怪物達に会わなかったのは幸いだった。
英国調査団の古い報告書を参考に周辺のジャングルを3年間調査したがクチン周辺は長年続いた焼畑農業と幹線道路の造成や人工増による宅地開発が進み期待していた希少生物種は絶滅ないし逸散して見つからなかった。ジャングルは生物多様性の宝庫で観察した全ての動植物を記載すると長くなるので何種類かあげると哺乳類(オランウータン、サル、イノシシ、シカ、リス)、昆虫類(カブトムシ、カミキリムシ、ハンミョウ)、クモ類、ヒル類、爬虫類(ワニ、ミズトカゲ、カメ、スッポン、コブラ、大蛇、ミドリヘビ)蝶と蛾、植物(シダ、ラン、ウツボカズラ、ツル、樹木(ラワン、コクタン、シタン、テツボク、マングローブ)鳥類(ホンビル、オウム)、沿岸では有用水産生物の甲殻類(クルマエビ、オニテナガエビ、マングローブガ二、ガザ二)、クラゲ類、魚類(巨大ハモ、タイ、鉄砲魚、トビハゼ、サヨリ、ダツ、フナ、大ナマズ)貝類など保全すべき生物を含めて1000種余りをリストに乗せたが生物学会に発表できるような珍奇な種類はなく生物名を羅列しただけの面白くないレポートになりそうだった。3年後に調査を続ける上で昆虫と植物分野を入れた方がよいという提言を入れた調査結果の中間報告書を政府に提出した。
報告書の査定に要する数日を休暇として与えられたのでジャングルの中の原住民を訪問したが彼等はすでに街に同化しており興味深い風習などは残ってなかった。彼らは貧乏で住居はトタン屋根をベニヤとニッパヤシで囲った高床式で周りにはサゴヤシ、バナナ、マンゴー、ライチー、スターフルーツ、ランブータン、オレンジ、パイナップル、ペッパーなど換金果樹を栽培しながら床下では豚、アヒル、ニワトリを放し飼いしていた。アヒルは貴重な蛋白源だがコブラの侵入を最初に感知して鳴き騒ぐのでコブラ対策用だと教えられた。確かに見知らぬ者を見たアヒルの警報である鳴き声ガーガーはしつこく耳障りであるがコブラも同様に煩いから近寄るのを避けるのであろうか。周辺のジャングルの中でひときわ目立つ高木が果物の王様ドリアンで頭上に注意しながら見上げると密集した枝葉に遮られて果実は見えない。木の根元周辺はヤシの葉が敷かれ近くの掘っ立て小屋には番人が昼寝している。ドリアンは熟すると自然落下するので盗難を防ぐために見張っているのだ。ドリアン果実はヤシの実が固いイガイガで包まれたフットボールみたいなもので頭に直撃されたら脳味噌が飛び出して即死するジャングルの無音爆弾である。住民は落下したものを集めて町に売りに行く。ドリアンの季節になると街角の広場にはドリアンが積まれ町中がドリアン臭に包まれる。その匂いはトイレ臭でドリアンはホテルと機内持ち込みが禁止されているぐらいである・私はこの匂いが不快でしばらく食うのを避けていたがある日ジャングルで落下したばかりのものを食べたらトレイ臭がなく大きな種子を包んでいる果肉は口当たりが甘いミルクチーズのようで美味しかった。熟成したドリアンはイガイガの表面に細い割れ目が入るので買い手はその割れ目から微かな香りを嗅いで熟成を信じて購入を決める。時間が立つと発酵してまずくなるうえに保存ができないからその場で割れ目にナイフを入れて開き食わねばならない。うまく開いても未熟と虫食いやリスに食われて空っぽということもあるから眼力と鼻孔を試される高価な買い物である。ビールを飲んだ後のドリアンは胃袋がガスで膨れあがるので食べてはいけないと地元では言われている。それを確かめるためコップのビールにドリアン果肉を入れたところ泡があふれ出る現象を見てその説を信じることになった。他方マンゴスチンは青黒く硬い皮で包まれて見てくれは悪いが周りを爪で切ると簡単に開く。白い果肉は無臭で美しく誰でも抵抗なく食べれる果物の女王と呼ばれるぐらい美味しい。
ジャングルは蒸し暑いので短パンで歩くと足に変な生物が引っついてくる、血を吸って豆粒のようになったヒルである。痒いので引き離そうとしてもしっかり吸い付いているので取れない。無理に引きちぎると皮膚もはがれて出血して痛い。ヒルの剥離薬は市販されてなく剥離方法は原住民の火炙り方が効き目があった。吸い付いたヒルにタバコの火を近づけるとぽろりと落ちて噛みつき跡に血が滲むだけですむ。ヒルは落ち葉の隙間に隠れて動物をひたすら待っている。動物が自分の上を通り過ぎる時にジャンプして無防備の肌に張り付き血を吸うのである。メスヒルは一度血を吸うと数年は生きるといわれている。川に沿っていくとヒルに悩まされた薄暗い湿地帯のジャングルからマングローブ林の明るく広大な軟泥の干潟に出てホツトするが、ここではヒル以上の厄介なサンドフライ吸血小バエの大群の出迎えを受けて苦しんだ。体全体が大群に包まれてかみつかれるのである、手足から首、耳たぶ、まぶた、人間の弱点に噛み付いてくる。サンドフライは東南アジアだけでなくサモア、ニュージーランド、オマーン、アラビア湾沿岸で見られる海水浴者の天敵である。囓まれたら痛痒く少し腫れるが数日で治り後遺症は残らない。サンドフライ対策用の市販薬はない。サンドフライの生態はあまり解明されてない。ある研究者によるとサンドフライの成虫は沿岸に打ち寄せられた海藻とゴミの堆積物の下に群で棲息しており動物の到来を関知すると昼夜でも飛び出てくる。産卵はマングローブの葉に行い付加した幼虫は葉肉を食って成長しサナギは葉の表面に小さなコブを作り早朝に羽化する。
残った休日をどうしようかと考えていると職員のマニング・ニンデットから彼の出身地であるイバン族の精霊祭を見にこないかと誘われた。他の職員からイバンの村はジャングルの奥地に所在して遠く交通が不便なうえ外国人を歓迎しない土地柄だからやめた方がよいと忠告されたが、外国人があまり入ってなければ面白いことがあるだろうと思い行くことに決めた。その村に行くにはシブからラジャン川を遡る。数日後クチンから満潮時だけ出航している定期船の鋼鉄スピードボートに乗ってシブへ向かった。ボートは船底に音を当てながら流木と浮き島の間を走り抜けてサラワク川から海に下り広大な三角州の水路を通りラジャン川を遡上して貨物船の停泊しているシブの港に夕方着いたがイバン部落に行くには川の上流にあるバコ村まで行かねばならない。バコ村への渡し船が毎日出ているが時間がわからないというのでとりあえず波止場に急いだ。波止場で見たのはクチンから乗ってきたスピードボートの間に繋留されている今にも沈みそうな古木造船だった。私「マニング他に船はないのか」マニング「これだけなんです、今日は出港できそうだから運が良かった」。客は二人だけで積まれた日用雑貨の谷間にニワトリとブダが収まっている。マニングが船長と交渉した。客と荷物を積むまで待っているがもう夕方だから今日は出航しないという。私「しかたない、今晩は町で泊まり明日出直そう」波止場から雑貨店、理髪店、食堂、居酒屋、安宿が並ぶ繁華街らしき通りに出るがその先はジャングルで行き止まりである。時間を潰すために繁華街を見物しようと思ったが凪のため無風で湿度が高くて暑いおまけにサンドフライと蚊の襲来で見物どころではなくすぐにホテルを探した。1軒しかないボロホテルでクーラー付き部屋を2つ借りたが古クーラは音だけ煩くその上クーラーのはまっている隙間から熱風が吹き込んでくるひどい部屋だった。夜中に蚊の騒音で眠れずフロントで中国製の蚊取り線香を貰ったがものすごい煙と臭気で苦しくなり窓を開け放つとかえって蚊の襲来を招き朝までシーツを被って蚊を避けた。早朝マニングに起こされて朝食は近くの食堂でナシブーブ(おかゆ)とチャイハリブ(ミルクティ)ですました。雑貨店でミネラルウオーターとパンにお菓子を買って波止場に行った。ボロ船は日用雑貨を満載して乗客も10名に増えていた。出港のタイミングは上潮時でしばらく待たされてから出航した。船は真っ暗な煙を吐いて浮島と流木を回避しながら進む。船長は時々乗船客に頼んでエンジンの取水口を塞いでいる水草とプラスチック袋を取り除いた。上流に向かっていると思ったら急に横の水路に入って乗客と荷物を降ろして一服した、おかげで水上生活者達を眺めることができた。船は寄り道とゆっくり進むので何時目的地に着くのかと心配していると夕方終点のバコ村に着いた。ヤシの幹で組まれた港らしい桟橋には小舟が数隻載っている。船を降りた時からサンドフライと蚊の群れに付きまとわれてイライラしたがひっそりした村に不安になった。
私「マニング、ここから君の村までは近いのか?」
マニング「あの霞んで見える山の麓です」
私「あそこではずいぶん遠いじゃないか、今から歩いては行けない、バスかタクシーを使おう」
マニング「そんなものありませんよ」
私「しかたない、ここに宿はあるだろうから泊まろう」
灯りのない村は無人のように閑散としている、桟橋から少しはなれた家並みに1軒だけ石油ランプがぶら下がりバコホテルの看板が出ておりそこに泊まることにした。入り口のドアを開けるとドアの横に主人が座っていた。
船から降りた客つまり我々を待っていたようだった。
私「マニング、クーラは良いからカヤ付きを頼んでくれ」
マニング「シャワー付き部屋でカヤはつけるそうですが、もう遅いから夕食の準備はできないそうです」
夕食を食うために宿から少し離れているが石油ランプの点いている寂れた食堂に入ることにした。大きなカブトムシとコガネムシそれにガがランプの周りを飛び回り何匹かは地面に落ちているので捕まえたくなったが見るだけであきらめた。薄汚れたテーブルに座ると中年の女が出てきて魚とカレーしかないと言われた。その2品を頼んだ。焼き魚(フナの仲間だ)と魚肉(多分ハマギギという巨大ナマズ)のカレーに米飯である。喉が渇きビールを注文した。栓の錆びたアンカービールと欠けたグラスが出てきた。ビールをコップにつぐと生温いので冷えたものが欲しいと言うと、店奥の擦り切れたカマス下からのカチ割り氷をもってきてコップに入れた。少し冷えて飲みやすくなったが氷から滓らしきものが溶け出して底に溜まりはじめた。氷は今日シブから船で運んできたものだとマニングが囁いた。
マニング「上澄みを飲んで半分は残してください」
ビールは止めてウイスキィを注文した。彼女はラベルのはげたジョニーウオカーを瓶のまま持ってきた、値段を聞いてからマニングはボトルの底を観察している。
マニング「もう酒はいらないから帰りましょう」
女にウイスキーを戻して勘定を払ったが非常に安いので驚いた。
帰り道で私が「ウイスキーはそんなに高くないから寝酒に買ってもよかった」
マニング「あれはボトルの底を切り取って着色した安酒をつめた偽物ですが高く吹っかけられましたよ」
私「飲んだらすぐわかるだろう」
マニング「あんなところでクレームを付けたら袋叩きされますよ、奥に若いのが数名いたでしょう」
宿に帰ってシャワーを浴びてから寝ることにした。シャワー室は部屋の外についた小屋でランプを持って入るとFRP箱の水溜に水が入っているだけのまさしく水浴び用室である。水中で何やらうごめいている、ヒシャクで汲んで近くでみるとボウフラであった。思わず声を上げた。
私「マニング、この水にボウフラが沢山いるぞ」
マニング「ここの水は天水ですから綺麗です、ボウフラが沈んでから静かに汲むといいですよ」水面からそっと汲んだ水にボウフラが入ってないのを確かめてから顔と身体を洗った。
早朝腹痛で目が覚めた。昨晩の飲食が当って下痢模様だ。宿のトイレは川の上にある小屋だと教わりふらつきながらヤシの丸太を渡ってヤシの葉で下半身が隠れる程度に目隠しされた青天井の小屋に着いた、両足を広げた板の下は泥で沢山のトビハゼと赤青白三色のシオマネキが遊んでいる。トイレが終ったあと紙の代わりにヤシの葉を裂いた細棒が数本缶に立てられている。1本使えるか取ってみたが難しそうであきらめた。考えている間にトイレの下ではトビハゼとシオマネキが新しいご馳走の取り合いをしている。しかたなくハンカチを取り出して使い使用後は下の連中に土産に残した。トイレの後でお尻を洗うためにシャワー小屋の水タンクを覗くとボウフラのうごめく水底に大きなヤゴとゲンゴロウが張り付いていた。道中で飲める泉は期待できないというのでミネラルウオターの空きボトルに湯冷ましを頼んだ。ボウフラの泳いでいた水ではないかと思ったが煮沸したものだから害はないだろうとあきらめてもらった。マニングに急かされて朝食は食わずに宿を出て近くの雑貨店に行った。
私「マニング、村に土産を持って行こうと思うけど何が良いだろうか?」
マニング「何も要りませんよ、あなたの調査に付き添って近くまできたので立ち寄ったと説明します」
私「いつだったかセマタン近くの村に調査に行った時は確か土産を持っていったはずだ」
マニング「荷物になるからだめですよ」
私「では砂糖と塩五袋づつ、紅茶20箱、ついでにそこの菓子全部だ」
マニング「そんなに買うのですか?」
店の奥にクチンの雑貨店でよく見た模様入りの竹カゴと竹マットの側にホコリをかぶった黒い棒が壁に立ててある。
私「この黒い棒は固くて歩く杖になる」
マニング「それは重たいから途中で捨てることになりますのでやめましょう」
土産のあと昼飯用に作りたてという竹筒に入った弁当を買った
私「マニング、君は砂糖と塩を持ってくれ、私はこの弁当に紅茶と菓子を持つ」
マングローブの林が迫った岸に沿って大分歩いた。昨日見えた山に接近しているような気がした。ジャングルの中にひときわ目立つ巨木が見えたとき、マニング「あそこから入ります」と指差した。マニングは岸から見えた巨木に向かい藪をかき分けて歩いてゆく。直立した巨木はツタに覆われていたが周囲は少し隙間があった。巨木の下で襲来するハエを避けながら昼飯を食った。弁当は陸稲にニワトリ肉を混ぜて煮込んだチキンライスを竹筒に押し込んだ旅行用保存食で割ると竹の香りがして美味しかった。
私「マニング、僕たちは護身用の武器を持ってないけど、このジャングルには危険な動物はいないかね」
マニング「人間を襲う動物はいませんよ。木の枝に紛れたグリーンスネイクは触れなければ噛みつきません、出会いがしらのイノシシはパニックで突進してくるので逃げるしかありませんが、彼等は人間の気配を感じると出てきません。」
私「イノシシは獰猛だから会いたくないな、大蛇とかはいないか?」
マニング「我々の歩く音を関知して逃げていますよ、怖いのは森の人オランウータンです、」
私「オランウータン!写真取りたいな」
マニング「とんでもない、単独のオランウータンはおとなしいですがもし見たら隠れて近寄らないことです。この森に住むオランウータンは人間を憎んでいますからカメラを向けたら殺気を感じて攻撃してきますよ」
私「なぜ人間を憎むの?」
マニング「貴方は世界中どこの動物園でもオランウータンを見るでしょう、彼等の一部はここのオランウータンの子供が拉致されて売られたものです」
私「彼等は樹上生活者だからそう簡単に生け捕りできないと思うけど」
マニング「密猟者は麻酔銃を使っているようですが人間の気配を感じたオランウータンはジャングル奥深くに移動して隠れています」
私「子供は逃げるのが遅いから捕まってしまうのか」
マニング「どんな場合でも親は絶対に子供を守ります、追い込まれると子供をかばって死ぬまで抵抗するそうです」
私「マニング、親と樹上生活している子供をどうやって拉致するの?」
マニング「このジャングルはマラリアの巣窟です。雨季の寒い時期になるとマラリアが蔓延するのです。我々は蚊帳で蚊を防ぎますので問題ありませんが、オランウータンは大きな木のうろが棲家ですのでもろに蚊に刺されてマラリアになるのです。ご存知のようにマラリアにかかると高熱と寒さで体が麻痺します。この時期に猟師は親に抱かれた子供を拉致するのです。親は目の前で子供が拉致されても反撃できないのです」
私「ひどいね、動物園の檻に入っているオランウータンにそんな悲しい運命があったとは来園者は知らないよ」
マニング「動物園の動物は拉致されたものだと来園者は知るべきです」
私「オランウータンのマラリア発病時期を知っている猟師はジャングルを熟知している者だね」
マニング「私の村の長老はジャングルの荒廃を心配して金目当てに動植物を採ることを禁じていますが、町の商人から金を貰って密猟する人間が出てくるのを危惧して外部との接触を避けているのです」
昼飯を食い終わるとマニングは巨木の裏に回って壁のように密生したツタを切り開いてジャングルに入った。その先は未透視のきかない深いジャングルで入るのに躊躇したがいまさら引き返せない。
マニング「私に付いて来てください」
マニングはナタでツタを切りやぶを掻き分け慣れた足取りで進んでいく、私は彼に遅れないように懸命に歩くが地面を這うツタに足を取られそうで下を見ながら歩かねばならない、猛毒なグリーンスネイクが枝葉に紛れているからうかつに周囲を掴めない。クチン周辺では見たことのない珍しい大ウツボカズラとランに美しい蝶とカブトムシにカメラを向けながら歩いていると道の上に居座っている巨大な女郎クモの巣にぶつかったクモが苦手な私はパニックで横道に避けたときマニングを見失った、慌てて元の道からマニングの後を追ったが景色が少し違うことに気づきクモの巣の所に戻りツタの切り跡を目安に歩いた。マニングはもっと先に行っただろうか。周囲から侵入者を警戒する鳥達のけたたましい鳴き声に責められ不安になる。大声でマニングを呼ぶが鳥の煩い鳴き声が邪魔で声は届きそうもない。歩いていくとツタの切り跡がなくなっている、まずいマニングの道から逸れたようだ。こんな場合には動き回らないほうが良くそのうちマニングが気づいて戻ってくるだろう。周りが緑ばかりで自分の歩いてきた方角さえ分からなくなった。どうしようか焦った、冷静になれと自分に言い聞かせて立ち止まっていると前方の雑木が微かに揺れた。何だろうと身構えるとミニチアのような小さなシカが現れた。逃げ去るだろうと思いながらその美しさに呆然と見とれた、シカはしばらく私を凝視していたが急に背を向けてゆっくり歩き出した、付いて来いという感じにみえた。しばらくついていくと遠くから私を呼ぶ声ガ聞こえた。それに答えて叫ぶとシカはゆっくり木立に入って消えた。
「おおい!マニング、ここだ」
マニング「ここでしたか、後ろについているとばかり思っていましたよ」
「ああ、助かった、一時はどうなるかと思ったよ」
マニング「よくここまで来れましたね」
私「君を見失って途方にくれていたら小さなシカが現れて彼の後を付いてここまできた」
マニング「それはマウスディアですよ」
私「マウスディア!話に聞いた幻の動物と思っていたけどまさかここで会えるとはね」
今度は遅れまいとマニングの背中を見て必死に歩く。マニングは私が付いてきているか時々振り返り立ち止まるので前進が遅れがちになった。
マニング「陽が落ちる前に村に着きたいので急ぎますよ」
私「ああ、よそ見せずに頑張って付いていく」
日没前のジャングルは動物達が寝る前なのか鳴き声がやけに煩く不安になる。マニングの進行方向から音楽が流れてきた。
マニング「村はすぐ先ですよ」
「やれやれやっと村に着くか」
ジャングルから少し視界が広がり畑らしい丘に出た。長屋longhouseのシルエットが林の向こうに見えた。畑を横切りサゴヤシとゴムの木の林を抜けると長屋の広場に出た。広場では若者達が照明を配置して祭りの準備で賑わっていた、村では祭りのために灯油発電機を町から借りてきたらしい、不完全燃焼の煙が奇妙に幻想的だ。マニングを見ると数人が駆け寄りハグして肩を叩き合った。広場に集まっている人々が私を不思議そうに眺めている、マニングが大声で私を紹介した。
マニング「まず長老にご挨拶しましょう」子供達に囲まれて集会所に向う。騒ぎを聞きつけて長老は表に出ていた。マニングの紹介で長老と握手したあと町で購入した土産を贈った。白ヒゲの長老は喜んで受け取り集会所に招いてくれた。長老と老人達の向かいに座り回りを子供達と若者に囲まれた。マニングの通訳で長老と話すことができた。長老は歯がなく話しにくそうだった。
長老「何処からきたのか、何をしているか」マニングの通訳で答えた。長老「ここは不便な所だから外国人は来ないがマニングの友人は歓迎する」
私「ありがとうございます。精霊祭という神聖な日に突然お邪魔して申し訳ありません」
長老「この村にはめったに町の人間は入ってこない。異国の人は初めてだ、くつろいで下さい」
私「ジャングルの中には人道がなくこちらには人が来ないようですが、町との交流はないのですか?」
長老「町の商人はずるいので交流はない」
私「生活用品の買出しで町に出ないのですか?」
長老「たまにここでできたものを売って生活用品の買出しで行くぐらいだ」
私「雑貨店にそこに飾ってある模様入りの背負いカゴとマットが置いてありましたけど、こちらで作ったものですか」
長老「そうだ、クチンで売れば高いけどあそこでは二束三文だ」
私「ホコリを被った黒い杖がありましたけど、あれもこちらからだしたのですか」
長老「あれは要らなくなった古い吹き矢の筒だよ、若者は吹き矢よりも弓矢を好むのでな」
若者「吹き矢は矢の先につける毒が口に入り歯茎を傷めるのでもう使ってないよ。長年使うと長老のように歯を失ってしまう怖い毒だから弓矢の方が安全なんだ、今は吹き矢は誰一人使ってない」
老人「昔はイノシシなど動きの早い大きな動物を狩るのに雑木に潜み相手に気づかれずに仕留める吹き矢は最高の武器だった」
私「その毒は何処で手に入れたのですか?」
老人「ロタンの根から取るのだ」
老人に教えてもらったロタンは天空に伸びたツタ植物で鋭い毒蕀が全体に付いていた。ジャングルの中でこのツルを引き降ろして水に晒して毒蕀を除いて2つに裂いて乾燥し背負カゴとマットを編む一連の作業はを老人と婦女子がやっていた。
吹き矢の筒は真っ直ぐな鉄木の枝を削って使用しているので黒い。鉄木は水に沈む比重の高い木で非常に固く真っ直ぐ伸びているので遠くからでもわかる。マニングはこれを目指して歩いたのだった。どのようにして鉄のように硬い枝に吹き矢の針が通る滑らかで真っ直ぐな小穴を通すことができるのか不思議に思った。彼等は物理学を応用して簡単に穴を通す技術を持っていた。老人の解説では:枝の張った木の下に筒用の枝と同じ深さの穴を掘り筒枝を枝から穴に垂直にぶら下げて上部を少し残して埋めて固定する。真っ直ぐな鉄棒を筒枝の真上に吊り下げて落下を数年繰り返して穴を少しづつ掘り下げていく気の長い作業だ。地中に埋まった筒枝は数年経っても腐敗したり虫に食われないというまさに鋼鉄のような筒である。その技術は数年前に筒作りの老人が失くなってから継ぐものはなく消え去ったらしい。
若者「鉄木は吹き矢の筒よりも動物と魔除けの面の彫り物が町で高く売れるのだ」
私「吹き矢の筒作りはすばらしい技術だけど使えなければ消えてしまうのも残念ですが、そこに並んでいる皆さんの彫り物は素晴らしいですよ」
若者「暇なときに鉄木をナタで削って作るから細かい所は作れないけどおもしろいよ」
私「長老、」若者がそのような工芸品作りを楽しんでいるとは驚きましたね」
長老「都会に出た若者が新しい情報を持って帰り実践しているのだ」
私「町との交流が少なく長期に人が通らないと道は雑木でが覆われて消えてしまうでしょう」
長老「先月町に買出しに行った者が帰りに迷ってジャングルを数日間彷徨って大変だった」
私「確かに道らしいものがないですね、外国人だけでしたら怖くてジャングルに入らず川の周辺を見物して退散しますよ」
長老「マニングはよく道を覚えていたね」
マニング「以前何回か親父と町に農機具を買に行きました。長老には秘密でしたが友達と町に遊びに行ったことがありましたので目印の老鉄木を覚えていました」
長老「子供達こんな素行の悪い奴のまねをしたら道に迷ってジャングルから出てこれないぞ」
子供が「コマンが助けてくれるよ」と言った
長老「コマンは正しい人間しか助けてくれないぞ」
長老「村にくる途中で問題はなかったかね?」
私「マニングに付いていけずにはぐれてしまい途方にくれてこまっていると小鹿が現れました。それについて行くとマニングが近くにいて助かりました」
側にいた若者が「その小鹿はコマンのマウスディアだよ」と言った
私「長老コマンとは何ですか?」
長老「ジャングルで困った人間を助けてくれる森の精霊で小鹿とか少女に化身したりするのだ」
私「コマンは外国人の私を知らないと思いますが、なぜ私を助けてくれたのですか」
長老「精霊は何でもお見透視だよ、コマンは森の動物に危害を加える意思のない友人を大切にしたのだろう」
長老「コマンは人助けはするが悪意を持つ者には逆に悲惨な目にあわせる」
私「動物を捕獲して金儲けしようとする連中ガ大勢ジャングルに進入していますからここにも来るかもしれません」
長老「確かに金に目がくらんだ猟師と外国人が珍しい動物をジャングルの奥地で狩っているうわさは聞いたことがある」
私「マウスデイアはクチン周辺では幻の動物だと言われていますので見ることはないとあきらめていましたが、まさかここで実物に出会うとは思っていませんでした」
長老の側にいる老人は「外国人は我々の知らないいろんな装備の武器を使うらしいからマウスデイアも狙われるかもしれない」
私[マウスデイアは綺麗で可愛いですから世に知れ渡れば世界中の動物園とペットショップが欲しがるでしょう]
長老「マウスデイアはジャングルの精霊の化身だから人間が捕まえることはできない、マウスデイアに危害を加える者には精霊の恐ろしい報復が下る」
老人「中国人の金持ちがマウスデイアの肉を食べると長生きできるという伝説を信じてある猟師に大金を積んでマウスデイアを獲ってこいと依頼したそうだ。猟師は長い間ジャングルを歩き回りやっとマウスデイアを見つけて射殺した、喜びながら死体を藪から引きずりだしたら山菜取りに来ていた自分の娘だった」
長老「我々は食用のために動物を狩るが食用以外に動物を狩るのは森の精霊が許さない」、
私「長老、この村には老人が少ないようですが皆さん元気で働いておられるので驚いています」
長老「そうだこの村で生まれた者は老人になるまで働き続ける。働きながらジャングルの知識と生き方を子供達に伝えることが老人の使命なのだよ。若者が街に働きに出て仕送りしてくれるから何とか生活できるがご覧のように何もない所だ、クチン周辺の村のように焼畑はジャングルを傷つけるから我々はやらない、ジャングルの精霊が我々に与えてくれるもので満足してそれ以上は望まない」
私「政府は焼畑を禁止していますが代わりにブルドーザでジャングルを潰していますから動物たちは消えていくでしょう」
老人「ジャングルを潰した者達はいずれコマンの恐ろしい報復を請けるだろう」
長老「外にでた若者達が新しい情報と知識を持ってくるので我々老人の役割はなくなりつつある」
私「たしかに若者は町で新しい知識と技術を仕入れてきますので老人の古い知識と技術を子供達に伝えるのは難しいかもしれませんね」
長老「老人に残っているのは伝統と森を大切にする心だけだ」
私「クチン周辺の村は裕福を求めて伝統を捨て森を離れるようですね」
長老「ジャングルの糧に頼るこの村はご覧のように貧乏で食べ物も少なく贅沢はできないが皆懸命に生きている」
着飾った娘達が舞台に上って踊り始めた。私は長老と老人達の間に座ってバナナ葉のテーブルに並んだご馳走を食べた。バナナ、マンゴー、スターフルーツ、ジャックフルーツ、マンゴスチンが盛られ、イノシシとニワトリ肉のバーベキュは眼の前の大皿に盛られたので少し食べたが、ミズトカゲとオオコウモリの
焼き物は少しだけ齧りパスした。ポテトフライは美味しくかなり食べたがあとでマニングに聞いたらサゴヤシの幹を食害するカブトムシの幼虫だった。陸稲の赤米で造ったランカオという赤ワインを娘達が注いでまわる。マニングからあまり飲むなと注意されたが長老の勧めとコップが空になる前に娘達が注ぎ足すのでつい飲んでしまい酔っぱらってしまった。祭りが盛り上がると娘達は長老と老人達の手を引いて舞台に上げ一緒に踊り出した。私も二人の娘に手を取られて舞台にあげられ踊りに加わった。踊りは相手に触れずにリズムに合わせて女性と交互に回るだけで踊りが苦手なわたしも楽しく踊ることができたが不覚にも酔いが回り何とかマニングの実家にたどり着き眠ってしまった。
翌朝マニングに起こされた。ジャングル特有の朝靄が降りている。これからマンディ水浴びに行くという。婦女子は男達の起きる前の早朝に近くの川でマンディを済ましており、これからは男達のマンディでトイレ兼用だからという。長老と老人達はジャグルの中の聖なる泉で身体を清めているらしい。マンディから帰ると広場では娘達が色とりどりの美しいランで花輪を編んでいた
霧が深くなったころ長老と老人達は上半身裸で帰ってきた。娘達が花輪を長老と老人達の首にかける。全員が見守る中で長老はジャングルに向かい朗々と叫んだ「偉大なるジャングルの精霊よ、我々はこれから旅に出ます。どうか我が子孫を末永く見守って下さい」
長老を先頭に老人達は霧の立ち込めるジャングルに入って行った。
私「マニング、彼等は何処に行くのだ?」
マニング「聖なるDead Treeの丘に行って永遠の休息をするのです」
私「彼等はそこを知っているのか?」
マニング「誰も知りません、コマンが案内してくれるのです、そこはコマンだけが知っている場所で死期を関知した動物が集まってくるそうです」
村の老人達は数年ごとにこの旅を慣行しているという。老人達はコマンに導かれて死の谷を通って白骨の丘に登りDead Treeの根元に横たわって各々の人生を振り返り永遠の眠りにつく。私はマニングの憶測的逸話を繋いでこう推測した。村への道中で珍しい動植物の写真と村人を撮影していたが村人の写真はマニングに渡して残りはレポートに掲載せずに廃棄した。Dead Treeについては記載してない、レポートから多くの人間が静かな村に踏み込むのを忌避したからである。この旅で残ったのは土産にもらったロタンの背負籠と鉄木の重い木彫であった。
マヤーガマ(猫洞窟)
彼は何のとりえもない普通のサラリーマン、毎朝会社に行き5時過ぎまで働いて一人暮らしのアパートに帰る日々だ。時々自分が何のために生きているのか分からなくなる日がある。今日は最悪の日だった昨晩帰宅時に降った雨の中を傘無しで帰ったので風邪を引いて朝から寒気と頭痛がした。風邪ぐらいで会社を休むのは嫌でいつものとおり会社に出勤した。帰りに会社近くの薬局で風邪に良く効くという薬を買った。駅に着いたとき頭痛と悪寒はひどくなった。満員電車の生温い空気で吐きそうになり慌てて途中下車して駅のトイレで吐いた。ホームで休んで胃袋を落ち着かせたあと再び電車に乗った。駅前のコンビ二でおにぎり弁当を買った。食欲はないが無理して食ったあと明日に備えて薬を多めに飲んだ。薬局の説明通りよく効く薬らしくワイシャツのまま横になり目を閉じるとあれこれ考えるヒマなく寝てしまった。彼は夢を見た、海を見たいと思ったのに何処を歩いてきたのか分らないが海が彼方に見えるサトウキビ畑に囲まれた丘の白い石灰岩の坂道にいた。真夏の直射日光がたまらなく暑いので日陰を求めてサトウキビ畑の農道の奥に見えた並木道に入り込んだ。モクマオウの茂った並木道は古い亀甲墓が並ぶお墓通りだった。並木道は海に続いているだろうと歩いていくと背の高いススキに囲まれた小さな広場とその奥に洞窟が見えた。洞窟周辺のモクマオウの枝には首を吊られた猫のミイラが数体ぶら下がり風に揺れている。今にも啼きだしそうだ。この地域では死んだ猫をモクマオウに吊り下げる風習があるのだろうか。洞窟の入り口はトラバーチンと呼ばれる固い石灰岩の壁で輝いているが奥は暗かった。奥から生温い潮風に乗って微かにウミネコの鳴き声が聞こえた。洞窟は海に続いているのだろう。入り口の古ぼけた立て札に霊域マヤーガマ(猫の洞窟)で立ち入り禁止と掠れた文字が書かれている。気味悪いので戻ろうかと思ったがふと洞窟の奥が気になった。助けを求める声を聞いたような気がした。彼は人助けをするような正義感の強い男ではなく普通の気弱なサラリーマンだ。怖いが微かな声に引かれて思い切って洞窟に踏み込んだ。腰を少しかがめて歩けば頭をぶつける心配はない。
薄暗さに慣れると壁面に反射する光でゴツゴツ突出した岩を避けて歩くことができた。壁に沿って進んでいくと暗い凹みに小さな子供が壁を背に素足を投げ出し座リ込んでいる。彼は「君、どうしてこんな所にいるの?」と子供に聞いたとたんに奥から猫の鋭い鳴き声が響いてきてゾッとした。彼は子供を立たせると手を引き光の差し込んでくる脇道に入った、怒った鳴き声が迫ってくる。とっさに彼は子供を抱えて明るい方向に走った。四方から頭に響く鳴き声を振り切り外に飛び出し洞窟近くのアダンの木陰に隠れた、アダンは魔よけの木だからここなら安心だ。洞窟の前から砂浜が緩やかに海に入りその先は紺碧の海である。アダンの木陰で心地良い潮風と砂浜に寄せるさざなみが彼の興奮を静めた。疲れた、彼は子供を抱えたまま一緒に眠ってしまった。子供の震えで目が覚めたとき満月が海を照らしていた。子供があそこと指差す水面に猫の手がゆっくり出てきておいでおいでと手招きをはじめた。彼は思わず子供を抱き締めた。
洞窟から甲高い猫の鳴き声が聞こえた、洞窟から一列に並んだ亡霊が砂浜に出て猫の手に吸い寄せられるように海中に消えてゆく。「皆あの世に行くのだよ」震える声で子供が言った、「あれは死んだオジイとオバアだ、あの小さな子供は友達のシンちゃんだ」
彼は飛び出そうとする子供を抱き締めたまま海に消えてゆく亡霊の列を眺めた。手招きが彼に向いたとき立ち上がりそうになったがアダンの葉の棘が腕に刺さり痛みで我に返りしゃがみこんだ。月が薄らいでくると亡霊の列はと絶え猫の手は海中にゆっくり沈んでいった。朝日がアダンの木立からもれたとき彼は思い切って立ち上がり、「あそこの海神様の祠まで行こう、それから君の家まで送ってあげよう」
彼は子供を背負って祠に向った。サンゴの砂浜を歩くと足跡が気になり波打ち際を歩いた。踏みしめて歩いた足跡はさざなみで消えていった。祠はゴツゴツした石灰岩の崖下の窪みで前面は吸い込まれそうな青黒い深海だった。彼は祠に上る石段の小岩に子供を座らせてなぜか祠に入った。祠には安物の三号瓶焼酎に杯と菓子が備えられ線香が焚かれていた。手を合わせると子供のありがとうの声が聞こえた気がした。あわてて外に出ると子供は消えていた。
「しまった!」
猫の手がここまで追ってきたのか、呆然と石段に座リ込んでいると日焼けした老人が微笑しながら近寄ってきた。祠に捧げものをした人物のような気がした。老人はお盆に盛ったテンプラとお菓子と一緒に杯を彼にさしだした、彼は驚いて見知らぬ相手を制して受け取りを辞退した。
「ウガン(神さまに捧げた)もので魔よけになるから食べなさい」
「どうして私に魔よけをするのですか?」
「貴方はマヤーガマに入ったから猫霊を落とすのです」
「洞窟で見つけた子供をここまでつれてきたのですが消えてしまい残念です」
「あの子の魂は自分の家に戻ったのです、病気の子供は助かりました。親に代わって私からお礼を申します」
「すみませんが、ご老人私にはさっぱり理由がわかりません」
「私は子供の一族のユタです、貴方がマヤーガマからあの世につれていかれそうな子供の魂を連れ出すのが見えました、それでヌーヤー(海神様の祠)にお礼参りに来たのです」
彼は腹が減っていたので老人の出してくれたウガンものを食べた、何処から来たのか聞かれたが答えなくとも老人には分るような気がした。焼酎の杯をもらいながら子供の話を聞かされた。祠にお参りに来た人々が怪訝そうに彼を見て通りすぎてゆく。彼は老人にウガンの礼を述べたあと暇をつげた。
目覚ましで覚めるとワイシャツのまま部屋に寝ていた。いつもと同じ朝だったが風邪と頭痛は消えていた。揺れる満員電車の中で常に孤独を感じていたが周りの人々に親近感を覚えた。そうだ、僕の存在は人の連鎖の輪の一つで何処かでつながっていて単独ではないのだ。
砂漠のジン
砂丘の谷間に今にも砂に埋もれそうな小さな村があった。村の周りの砂丘は延々と続く砂漠で人の近寄れない場所だった。
老人達の話では砂漠の向こうは生き物のいない真っ白な底無し沼で踏み込んだら助からない死の砂漠が広がり近寄ってはならない恐ろしい場所だった。貧しい村であったが体格のよい若者が多かった。その中で一人だけ痩せて背の低い貧相な若者ユスフがいた。彼は負けず嫌いで気が強く相撲大会や格闘競技で負けてもしつこく挑戦して仲間とトラブルを起こすので仲間から忌避されていた。容姿が劣るので彼女はできずいつも一人だった。父母はユスフが小さいのは自分達のせいだと思ってあまりユスフに干渉せず放置していた。妊婦の栄養不足で死産が多かった村でユスフは運よく未熟児で生まれた。祖父は小さな赤ん坊を見てこの子は生きる意思の強い子になると喜んだ。母乳の出は悪かったがラクダとヤギの乳で育てることができた。食料の少ない村での生活は苦しくユスフは欠食児童で人並みに成長できなかった。ユスフはひときわ高い砂丘の頂上に座り周辺に散って草を食っているヤギとラクダを見張るのが日課だった。眼前の砂丘の連なりを眺めながら砂漠の果てには何かあるに違いないと考えた。子供の頃祖父から聞いた青海原が広がっているに違いないと夢想する時が多く草探しもせず座り込んでいるので村人から怠け者と見られていた。村人の手前父母はユスフに座り込んでいないで少しは薪拾いと草探しをしろと言っていたが他人と争って草探しするのが嫌でラクダの足元に座り込んで遠くをボット眺めていた。妹のファーテマは黒髪の美しい少女で兄の夢物語を隣に座って聴くのが楽しく薪拾いと草探しを手伝った。ある日父親は今日は雲の流れが早い砂嵐がくるから早めにラクダとヤギを飼育小屋に戻すようユスフに言いつけた。父親の予想とおり砂嵐が突然起こった、
ユスフは夢想しながら横になって眠り込んでいたが顔に当る砂つぶてで眼が覚めた。慌ててラクダと逃げ惑う羊を集めようとするが方々に散っているので
なかなか一箇所に集められない。ファーテマの助けで何とかラクダとヤギを小屋に戻したが羊が3頭足りない。ユスフとファーテマは砂丘に戻って探したが見つからなかった。二人を心配した母親からヤギは嵐を避けて砂蔭に隠れているかもしれないから明日探せばよいと言われて家に引き上げた。ユスフは不注意で大切な羊3頭を失い父からこっぴどく叱られたうえ夕飯時に父親から夢想を罵倒されたのに反発して家を飛び出した。頭にきていたので何処をどう歩いたのかユスフはラクダを引いて夜の砂漠を歩いていた。俺は親父の言うとおり夢想ばかりしてつまらない駄目人間だ、ユスフはブツブツ独り言をつぶやきながら何処に行こうかとラクダに話かけた。ラクダはブフンと首を振るだけでに引かれるまま歩いている。こんな駄目人間は生きていても親に迷惑をかけるばかりだから死のう、何処かに首を吊るのに適当な木はないかな?周囲を眺めるが砂ばかりで木はない、どれくらい歩いたのだろうか満天の星空に満月が砂丘を煌煌と照らしている。歩き続けて大きな砂丘の麓に着いた。ユスフはため息をつき座りこみラクダにお前は家に帰れ僕はここに寝ると手綱を離した、ラクダはブフンと答えてゆっくり離れていった。夜風で砂が川の様にサラサラ流れて下半身が埋まっていく。月明かりの砂丘が深い影を落している。その影から真っ黒な人影が抜け出てゆっくりユスフに近付いてきた。真珠のように輝く眼と白い歯が黒のシルエットの中に浮かんでいた。揺れるシルエットから女のジンのような気がした。ジンが迎えにきたのだ。ユスフは死を覚悟していたので怖くなかった。
ジンは優しく囁いた、
「ここは人間の来る所ではない、どうして貴方はここにいるのだ?」
ユスフ「私は生きる価値のないつまらぬ男で死のうと思いここに来ました」ジンは微笑んで
ジン「人は誰でも死に臨んで生きたいともがくのに貴方はすでに死を受け入れているので面白い」
ユスフ「僕は何の取りえもない無能人間です、虚弱体質で家族の厄介者なのに意地っ張りのうえ気弱で勇気もない、僕は村の厄介者です」
ジン「それは貴方が勝手に決めるものではなくてこれからの運命できめられるのです」
ユスフ「僕のこれまでの運命は最悪でした、馬鹿な夢想ばかりして友人達との喧嘩や親父に反抗するろくでなしでこれから先同じことを毎日繰り返して周囲に迷惑をかけるだけですから死んだ方ガましなのです」
ジン「貴方が心配しなくとも死は必ずやってきます。それまでは運命の女神を信じて生きなさい」
ユスフ「僕に生きろという貴方は死神ではありませんか、どうか僕を死の世界に連れていって下さい」
ジン「そうです、貴方が生きたいともがき苦しむところを見物にきたのに貴方が死を簡単に受入れたので面白くなくて柄にもなくつい余計なお節介をしてしまった」
朝日が砂丘に差し込むとジンは消えてしまった。ユスフが家を飛び出したとき母親と妹は追いかけて周辺を探し回ったが無駄だった。父親はその内腹を空かして戻ってくると母親と娘には言い聞かしていたが5日後にラクダだけ戻ってきたときさすがに父親も心配になり砂漠を探し始めたが息子は見つからなかった。足跡が何処にも残ってないのだ。母親は心配になり首長に事情を話して助けを求めた。首長はこの村の大切な若者を失うことはできぬと渋る村人の中から若者を選んで捜索隊を編成した。捜索隊は出たが砂漠のどの方向に行ったのかかいもく見当がつかないので捜索は行き詰った。捜索隊数は3日間砂漠を探したがあきらめて村に戻ってきた。村人達はもう駄目だろうと囁きあって両親を慰め出したが妹だけは兄は生きていると言い張っていた。父親があきらめている様子を見た妹は小屋からラクダを引っ張リ出して父親に言った「兄さんはこのマージットと一緒に家を出て行ったから主人と別れた場所に戻るはずよ」父親「ラクダは知恵ガないのはお前も知っているはずだ」
ファーテマ「私はマージッドにお前のご主人の所に戻ってちょうだいと一晩中頼んだの」
父親「お前がそれほどいうならマージッドを放してみよう」
小屋から出されたラクダはゆっくり砂漠に向ってゆく。娘と父親を見かけた隣近所の人々もその後に続いた。皆はラクダは馬鹿だから覚えてないだろうと思っていたが同情と興味半分で付いていった。
ラクダはしっかりした足どりでユスフと別れた場所まで来た時バフンといなないて立ち止まった。周辺を眺めていた父親は残っている風紋の微かな歪みに気づきユスフはそこだと叫んだ。父と娘は素手で堀り始めた。付いてきた全員も作業に加わって堀った。少し掘り下げたところで全身砂に埋もれたユスフが現れた。意識をなくしていたが揺り動かされて瞼が少し動いた。「まだ生きているぞ」歓声が起こった。砂を払ってから湿ったタオルで顔を覆われ、頭を支えられて水が少しだけ流し込まれた。命の水だ。眼を覆った砂が払われてゆっくり眼を開くと前に父親と妹の顔があった。父親は大声で「アッラーアクバルと叫んだ」若者の目から涙があふれ出た。「親父ありがとう」
海の森
年に一度砂漠に命を与えてくれる雨が3年間降らなかった。村周辺の植物は枯れてラクダとヤギは緑を求めて遠くの砂漠をさまよった。旱魃に強く棘の鋭いがーフの木の枝葉は低いところはヤギが食い高いところはラクダが背伸びして食っていた。ヤギは枝葉が食えなくなると幹を齧りはじめた。木は枯れ草はすでに消えていた。長老達は会議でどこかのオアシスへの移住を考えたが、砂漠の各地では小さなオアシスを廻る闘争が起こり大勢の人々が死んでいるらしいという噂で移住は困難だということになった。
或る夜村の首長は長老と村中の若者を集めて会議を開いた。屈強な若者モハメッド「一番近いオアシスの先住者と交渉して一緒にすむか追い出して移住する」アハメッド「そんなことをすれば戦争になり死人が出る」モハメッド「我々が生きるためにはしかたない」、ユスフ「そこを占領しても次から次と侵略者達が襲ってきて戦争をつづけることになる」。モハメッド「ユスフは臆病だから戦うのが嫌なんだろう」
ユスフ「僕は水のために殺し合いをするのはいやだ」
アハメッド「村の人員だけでは無理だからどこかと連帯しよう」
ユスフ「首長、私達は砂漠の民として長らく平和に暮らしてきました。水がないからといって同じ砂漠の民を追い出して自分だけが利することは神の教えに反する恥ずべきことです」
モハメッド「ではどうする、我々には死が迫っている」
ユスフ「首長、私達の住める新天地を砂漠の向こうに探しましょう」
酋長「君は死の砂漠に新天地があると考えているのかね」
ユスフ「はい、そうです、あそこならば他の砂漠の民と争うことはないでしょう」
モハメッド「首長、ユスフの夢物語ですよ、死の砂漠は誰も入ったことのない地獄らしいから行っても無駄でしょう」
ユスフ「首長、私をあそこに行かしてして下さい、何か希望があるはずです」
長老達「死にに行くようなものだ」と強く反対されてユスフは沈黙した。激しい議論が夜半まで続いた、紛争をこのまぬ長老達は若者達の考えに同意できないと反対しつづけた。これでは死ぬのを待つだけだと言い残して、数名の若者達はテントから去っていった。最後に残ったユスフに首長が尋ねた。
首長「ユスフお前は会議の途中で黙ってしまったが何か考えているのか」
ユスフ「死んだ祖父の逸話ですが、遠い昔東洋から来た学者が死の砂漠に森を作ろうと海の樹を植えたそうです、もしかしたらそれが残っているかもしれません」
首長「君はその逸話を信じているのかね?」
ユスフ「信じています、それを確かめに行きたいのです」
首長「私は君を死の砂漠に送り無駄死にさせたくない、君の父母も私と同意見だと思う。従って君の提言には同意できない、別の安全な方法を考えよう」
ユスフ「モハメッドとアハメッドは水を分けてくれるオアシスを探しに行くと思いますが向こうもオアシスを死守するでしょうから無理だと思います、他の部族と水トラブルを引き起こす紛争が心配です」
首長「私もそれを心配している、雨が降らないので他のオアシスも涸れて自分達が生きるのに精一杯だろう」
ユスフ「死の砂漠に森があれば他の部族と争うことはないはずです」
首長「死の砂漠への旅は生きて戻れぬかもしれんぞ」
ユスフ「私は一度死んだ者ですから、覚悟はしています」
翌日の会議で首長は若者達にユスフに同行して白い砂漠に行くものはいないか尋ねたが「墓場には死神しかいない」と手を上げる者はいなかった。ユスフの両親と妹は「なぜユスフが行かなければならないのかと猛烈に反対した。ユスフは父母と妹に「僕は自分の人生に未練はないのだ、恋人はいないし将来の希望もないからね、一緒に生きてきた皆のために少しでも役に立ちたいのだ。それに僕がいなくなれば飲み水と食べ物を節約できる」と説得した。父親は「飲み水は裏の石積で露を集めると3人分は取れるし食料がなくなればヤギとラクダがある、お前がいなくなると誰がヤギとラクダの世話をするのだ」母親と妹の嘆き悲しむのを後にユスフは首長の屋敷に向った。ユスフの決意を聞いた首長は、ユスフに旅に強い白ラクダと一緒に食料を与え肩に乗せていた鷹をユスフの肩に移した。
首長「皆のために死の砂漠に向うお前は勇者になった、鷹はお前の道連れだ」ユスフ「首長必ず海の森を見つけます」
首長「見つけたらこれを飛ばしてくれ、君が生きている証になる」
ユスフ「わかりました」
首長「インシャアッラー、ユスフにアッラーの御加護がありますように」
ユスフは幾つかの大きな砂丘を越えて北に進んだ。ラクダに負担がかからないように徒歩である。日差しの強い日中は砂丘の陰で休み夜間の星灯りで歩いた。10日目に砂丘の谷間に草の生えた小さな草原に出た、草原では小さなテントのまわりで羊とラクダが草を食っていた。ユスフはゆっくりテントに近寄りアッサラームアライクン!アルカーン村から来たユスフ・ハッサン・アルラシッドと言う者ですと名乗った。「アライクンアッサラーム、」テントから老人が出てきた。老人はユスフにラクダが草を食う間お茶を差し上げようとテントに招き入れた。老人「ひとに会うのは実に久しぶりだ、君は何処に行こうとしているのかね」
ユスフ「この2年間雨がふらないので私の村周辺は草木が枯れて家畜の餌がなくなり皆で村を捨てようと相談しましたが何処に行けば良いのかわかりません。近くのオアシスに移住しようという意見もありましたが私は近くのオアシスも同じような状態のはずですから我々が行くと戦争になるので別のところを探そうと提案したのでそれを探しに行く途中ですなのです」
老人「私の村は水があったために周辺の部族から襲われて消滅してしまい、生き残った私はこの狭い土地で暮らしているのだ」
ユスフ「心からお悔やみ申し上げます」
老人「ところで君は何処に行こうとしているのかね」
ゆすふ「白い砂漠の向こうにあるらしい希望の土地を探しに行くのです」
老人は驚いて「あそこは草木も生えない死の砂漠でとても人間の住めるような場所でないあそこに入り込んだ者はジンに取りつかれて戻れない死神の土地だ、死ににいくようなものだからあきらめて村に帰ったほうがよい」「
ユスフ「誰も行ったことのない所でしたら戦争の起こらない土地があるかもしれませ」老人「君は怖くないのかね」
ユスフ「怖いです、死の砂漠は見たことがありませんから、それでも僕は行かなくてはならないのです、家族と村人が僕を待っているのです」
老人「それほどの決意があるならアッラーが護って下さるだろう。」老人はあるだけの水と食料をユスフに与えお守り用といって長い杖を手渡した。ユスフ「ご老人、これでは貴方の生きる糧がなくなってしまいます」とユスフは辞退したが、老人「君に会ったことをアッラーに感謝しよう、私は家族を失った老い先短い老人だから心配しなくてよい、次の嵐が来れば周囲の砂丘が崩れてここは砂の下になるはずだから」
老人と別れたユスフは北に向って歩き続けた。老人のテントを出てから赤い砂漠と白い砂漠を通った。食料は鷹がサバクネズミとウサギを捕まえてくれた。鷹は小動物の内臓で満足したがユスフの空腹を満たすには足りなかった。或る時、鷹は大きな獲物を見つけたらしく茂みの上を旋回していた。ユスフは足跡からサバクオオトカゲだと分り茂みに向って走った。足の速いトカゲが巣穴の前で停止していた、鷹が巣穴の入り口で威嚇していた。ユスフはオオトカゲをくみふせた、オオトカゲはあばれたがかみつきはしなかった。ありがたい今晩の食い物ができた。ユスフはオオトカゲの尾を切り取り本体の切り口に砂をすり込み巣穴に戻した、オオトカゲの尾は再生するから死ぬことはなく次の旅人の食料になる。最初に尾を刻んで鷹にやり残りは焼いて食った。
10日目に死の砂漠の縁に着いた。眩い白い大地が水平線まで広がっている。
水平線に微かに森らしいシルエットが見えた。ユスフはラクダの手綱を引き死の砂漠に入ろうとしたがラクダは後ずさりしてユスフを引っ張った。ユスフは驚いてラクダにどうしたと声をかけたがまだ後ずさりしている。ここに何かいるのかとユスフが軽く足元を踏みつけると表面の砂が崩れて泥沼に落ちた。そこにはラクダ、ヤギ、人間のもがき苦しんだままの骸骨が無数立ったまま浮いていた。地獄だ、ユスフは叫び声をあげて砂漠に戻り恐怖で膝を抱えて座り込んだ。陽が沈み闇に包まれると死の砂漠は輝きだした。ユスフの壊した泥沼の割れ目から骸骨が這い出してユスフに向ってきた。恐怖で発狂しそうだった「我々の眠りを覚ました奴はお前か罰に地獄に落としてやる」と恐怖で震えているユスフを取り囲んだ。ユスフは目を閉じてひたすらアッラー御護り下さいと祈った。ユスフがフラフラ立ち上がり死の砂漠に向って歩き出したとき鷹がピエーと威嚇したとたん骸骨どもは慌てて割れ目に飛び込んでいった。朝日が昇っても死の砂漠は無音の白い大地のままであった。あれはジンが私を試したのだ。ここの下は地獄だ、用心して少しずつ歩かねばならない。どの方向に進むべきか迷ったその時上空を1羽の鷹が横切ったのに続きユスフの肩に止まっていた鷹が羽ばたいて青空に舞い上がると北に向って飛んでいった。そうだ北に向おう。ユスフは杖で地面を叩きながら固いところを探してラクダを引いた。焦らず少しでも柔らかいところがあると迂回して歩いた。照りつける日差しは強烈で時々ラクダの影で休んだ。森が微かに見えた頃風が出てきた。砂つぶてが素足から顔まで吹き付けやすりで削られように痛い。目が開けられず地面が砂で覆われて見えない。疲れた、振り返ると懐かしい村が見える父母と妹が手を振っている、お帰りユスフ、もう休みなさい。ラクダの手綱を離したがラクダは立ち止まり動かない、もうどうでも良いと膝を折ったときピエーの鋭い泣き声がした。違う!これはジンの作った幻だ、上空から鷹がこっちだと呼んでいた、ユスフは足を引きずりながらひたすら歩き続けた
やがて前方に草原の広がる砂浜と海が見えた、海の中に森があった。草原は村の植物とは違って苦く塩っぱかったがラクダは草原の草を食べ始めた。海の木の葉の表面は小さな白い粉末で覆われて舐めると甘い塩だった。ラクダは柔らかな海の木の枝葉を美味そうに食べた。森に入ると2羽の鷹が寄り添って枝にとまっていた。ユスフが右腕を差し出すと鷹はゆっくり降りてきて止まった。ユスフは鷹の足に小枝を結びつけ空に向って鷹を放った、鷹は一声鳴いて青空に舞い上がった、それに続いてもう1羽の鷹も舞い上がり2羽揃ってユスフの村に向って飛んでいった。疲れを癒やしたユスフは水を求めて森周辺を探索したが人影はなく少し離れた対岸に砂浜に囲まれた島を見つけた。ラクダと歩いて島に渡り砂浜をひと回りした。乾いた砂浜に湿った水跡を見つけてたどっていくと大きな岩の割れ目から水が湧いていた。ユスフ「アッラー、貴方の慈悲に感謝して水をありがたく頂きます」
一方村ではユスフの旅立ちから三月経ったので食料と水も尽きてユスフは死の砂漠で死んだと思われていた。父母が沈んでいるので家の中も暗かったがファーテマだけ兄さんはまだ生きているはずだと言い張っていた。ファーテマは親友で酋長の娘アイーシャと毎日砂丘に登りヤギを追いながら砂丘を見つめていた。アッラーがお守り下さっているからユスフはきっと帰ってくるはずだと二人で励まし合った。首長は周囲から移動の決断を迫られていたがユスフの帰りをもう少し待とうと引き伸ばしていた。風の強い昼間二人はスカーフで顔を覆いながら砂丘の頂上に座りおしゃべりをしていた。突然アイーシャが声を上げた、「ファーテマ、見てあそこ北の大きな砂丘の上」2つの黒点が砂丘の空からこちらに向かってくる。アイーシャ「あれは父の鷹よ」ファーテマ「2羽いるわ」鷹は二人の頭上を過ぎて村の上空で輪を描いて首長の屋敷に真っ直ぐ降下していった。村は騒然となった。首長は鷹の足に緑の植物がくくられているの取り上げて、首長「これを見よ、ユスフは海の森を見つけたにちがいない、この雌鷹は海の森の住人だったのだろう、移住はユスフが帰るまで数日待とう」
砂嵐の日が続いた夜、ファーテマはユスフが砂漠を彷徨っている夢を見て飛び起きた。ユスフが近くに来ているのにこの砂嵐で動けなくなっていると両親に告げた。両親は今村人は移動の準備で忙しくお前の夢ぐらいで捜索隊を出すのは無理だとなだめた。ファーテマはアイーシャに相談して2人で行こうと決めたが、出立の当日アイーシャは旅の準備しているのを母親に見つかりラクダと荷物を取り上げられ部屋に監禁されてしまった。アイーシャ一緒に行けないことは彼女の弟サーレファからファーテマに伝えられた。ファーテマは一人ラクダを引いて風の砂丘を登っていった。
数日後ファーテマがいなくなったことは村中に知れ渡った。アイーシャは部屋を抜けだし父親にいまから自分もファーテマを追いたいと頼んだ。酋長はユスフの帰還を信じていたが数名の若者が新天地探索に出ていったきりで戻らないことで悩んでいた。アイーシャが密かに旅の準備をしているのを見た母親は酋長に娘に思い留まるよう説得を頼んだ。酋長はアイーシャに今から出てもファーテマに追いつくことはできないからあきらめろと諭し代わりに空から見守ってやろうと鷹を出した。
酋長「お前は前回ユスフを助けてくれたが今度はお前の知っているファーテマがユスフの所に行くのを助けるのだ」
酋長の腕を飛び離れた鷹は村の上空を旋回したあと北に向って飛んでいった。
兄さんは北に向うと言っていたから北に向って行こう。ファーテマは大きな砂丘の谷間を歩いていた。風に吹かれて流れる砂に従って歩いた。谷間の出口付近の拭き溜まりにできた小高い砂丘に登ったが眼前の大きな」砂丘の連なり吐息をついた。陽が沈む前に礼拝をして兄の無事を祈った。辺りは薄闇に包まれ始めたので非常食の干デイツを食べ少しだけ水を飲んで寝た。風はこの大きな砂丘で遮られているから寝ている間に砂に埋れることはないだろ、ァーテマは歩き疲れて横になるとすぐにぐっすり寝込んだ。ラクダの荒い鼻息で目が覚めると満天の星が煌めき満月が煌々と砂漠を照らしていた。寒気がして少し震えた、何かがいる、ファーテマはラクダの荷台から祖父の形見にもらった護身用ナイフを抜き取り身構えた。砂漠キツネではない何かだ、砂丘の陰から真っ黒い影が抜け出てゆっくりこちらに近付いてくる。砂に足跡を残さずに滑るように歩いている。ジンが私を迎えにきたのだ、覚悟はできている。でも兄さんに会えずに死ぬなんて残念だ、悔しさで涙が出てきた。黒影が囁いた「こんな夜更けになぜお前はここで泣いているのだ?」
ファーテマは震える声で「私は三月前に旅に出た兄を探しにきたのですがここで死ぬと兄に会えなくからです」ジン「砂漠で人を探すのは無謀なことだと分かっているだろう、今なら見逃してやるからすぐ家に帰れ」ファーテマ「私は兄を探すために死を覚悟して家を出てきました」
ジン「死を覚悟している愚か者の魂を奪っても面白くないから帰るとしよう」ファーテマ「お願いです!私はどうなっても構いませんから兄のいる場所を教えて下さい」ジン「この下にある死者の泉の先の砂漠に居るはずだが生きているかな」砂丘の下は深い霧に包まれている。月明かりで泉らしいものがぼんやり見えた。
ファーテマは「ありがとうございます、私、そこに行きます」
ジン「死者の泉は落ちると人間世界に戻れないからな」
座り込んでいるファーテマに陽が当り始めるとジンは消えた。
ファーテマは砂丘を滑りおりて霧の中に入った。前方が見えない深い霧の中を手探りで歩いてゆく。泉の縁に着きこれからどうしようかと水辺を眺めていると何かに両足を捕まれた、ラクダがバフンと嘶いて後づさりしたので引っ張られて後ろに下がった。両足に骸骨の腕がぶら下がっている。恐怖の叫び声を上げて泉の縁からとび下がって骸骨を振りほどいた。ファーテマはしばらく恐怖で座り込んで震えていたが気持ちが落ち着くと周囲を眺める余裕ガ出てきた。周囲は枯れた骸骨のような白い木でまさしく死の世界だ。少し先の泉の縁に船着場みたいな桟橋があり人影が並んでいる。恐る恐る近寄って後ろに並んだが振り向いて咎める者はいない。人影は色んな服装をした亡霊達だった。小船が桟橋に着き亡霊達が乗り込むと霧のなかに消えていった。
桟橋は閑散として次の乗客はまだ集まってない。桟橋に小船が戻ってきたときファーテマは渡し守に向こう岸まで乗せてくれと頼んだ。渡し守は驚き怒り、「ここは死者の泉だぞ、人間の来る所ではない、帰れ!」ファーテマは、向こう岸の砂漠で兄が死にそうで会いにいくのです、ここは昨晩ジンに教えられてきたのだと伝えた。渡し守「しょうのない姉御様だ、しかたない、乗せるけども、お前さん渡し賃を前金で払ってくれ」ファーテマ「エーッ、死者の国は無料ではなく有料ですか」
渡し守「当たり前だ、お前は軽そうだから正規料金だがラクダは重たいから5倍増しだね」ファーテマ「こまったな、幽霊のお金なんかもってないわ」渡し守「文無しか、それならお前とラクダの魂をもらおうか?」
ファーテマ「お金はないけどこのネックレスでどう」
渡し守「そんな人間臭い物は駄目だ、そのラクダの魂で往復料金にするかね」
ファーテマ「ラクダは私の大切な友人だから駄目」
渡し守「次の乗客が集まりだしたから早く決めろ」
ファーテマは「お爺さんからもらった形見のナイフに私の血を添えて渡すわ」ファーテマは手のひらをナイフで切り血を塗らすと渡し守に渡した
渡し守「ああこれは珍しいものだ、いいとも、これはお前とラクダの船賃としてもらっておくよ」
向こう岸について死の泉の霧から出ると茫々たる砂漠が眼前に広がり何処に行くべきか全く分らない。不安になったファーテマは悲しくなり自分の無力さに泣きそうになった。青空に向って兄さん何処にいるのか教えてちょうだいと叫んだ。その時頭上の空からピューという泣き声が聴こえ鷹が飛んでいくのが見えた。「あそこだ!」
ファーテマはラクダに飛び乗って駆けた、鷹の旋回する水平線に白いラクダが見えた。ファーテマが着いたとき鷹は一声鳴いて降下してきた。ラクダのすぐ側に砂から突き出した緑の先に小さな黄色い花が咲いておりそこだけ風紋が乱れている、ここに兄さんは埋まっているはずだ。ファーテマは砂をかき分け緑を目印に掘り続けた。見覚えのある背中に当る、周辺を掘り続けて身体を引き起こして胸に耳を当てると生きている音が聞こえた、頭を持ち上げて顔面の砂を払いのけて口を開いて水を少し流しこんだ。深いため息とともに少し目が開いた。「僕は死んでファーテマの幻を見ているのか」と言った。ファーテマ「私よ、兄さん、迎えにきたの」ユスフ「お前一人で来たのか?」
ファーテマ「そうよ、村人は引越しの準備で忙しいので独りできたの」ユスフ「ありがとうファーテマお前に会えるなんて夢のようだ、アッラーアクバル」
ユスフはファーテマに支えられて立ち上がった。右手に木の枝を握っている。ファーテマ「兄さん、それは何?」
ユスフ「すっかりしおれてしまったけど海の木だよ」
ファーテマ「その木の花が兄さんの埋まっている場所を教えてくれたのよ」
ユスフ「あの砂嵐で村の方向かわからなくなったのだ」
ファーテマ「帰り道はあそこの霧がかかっている所を超えて行くの」二人とラクダ2頭はゆっくり歩いて砂漠を抜けると霧の中に入った。ファーテマは渡し場が分ったように歩いた。渡し場には数名の先客がいて後ろに並んだ。船が出て行くと二人とラクダは桟橋で待った。船ガ戻ってきて桟橋に着いた。渡し守「また、お前か、往復の料金はもらったが今度は連れが増えているから別料金だぞ」ファーテマ「おかげさまで兄を見つけることができました、これから村に帰ります」渡し守「そりゃよかったけど、料金はもらうよ」ユスフ「これでどうですか?」渡し守「それは何だ、木の枝じゃないか」ユスフ「死の砂漠の果てから持ってきたものです」
渡し守「お前死の砂漠に行ったのか、そういえば前に会ったことがあるような気がする」
ユスフ「半年前貴方に良く似たお爺さんに助けてもらいました」渡し守「そんな爺さんは知らんな」
ユスフ「その枝をさし上げますから、向こう岸までお願いします」
渡し守「死の砂漠か、そういえばお前は亡霊みたいだな」
ユスフ「何度も死かけましたが、このとおりなんとか生きています」
渡し守「しかたない死にぞこない人間の無賃乗車でいくか、空からピーピー煩く威されるのもかなわん」
対岸に着いて桟橋に上った二人は渡し守から呼び止められた。振り向くと
渡し守「これ要らないから返すよ」
二人「貴方に差し上げたものですから取って置いてください」
渡し守「こんな人間臭いのを持って帰ったら姉御様から怒られる」
渡し守はファーテマにナイフと木の枝を渡すと客を乗せて船を漕ぎだした。
二人「お世話になりました、ありがとうございました」
渡し守「ここに二度と来るなよ」
ファーテマ「見て、兄さん、枯れかかっていた海の木が緑の葉を付けて花も付けている」
他方、ファーテマと一緒に行けなかったアイーシャは毎日近くの砂丘に弟サーレファと登り北の砂丘を眺めていた。彼女はファーテーマは必ず戻ってくると信じていた。アイーシャ「サーレファ、貴方私より目が良いから遠くのものがよく見えるでしょう、しっかり見て頂戴」サーレファ「ねえさん、今日で5日目だ陽が落ちる前に今日は帰ろうよ」陽が沈もうとしていた、アイーシャは礼拝をしようと砂をならして絨毯を敷いた。アイーシャ「アッラーどうかファーテマとユスフをお助け下さい」夕陽が西の砂丘に隠れた時サーレファが突然声を上げた「ねーさん見て!北の砂丘の空」砂丘の上空を一粒の黒点が円を描いている。アイーシャ「あそこにファーテマとユスフがいるわ、サーレファ、すぐにお父様に知らせて急いで救援に向かわなくては」
村では首長の屋敷で最後の会議の最中であった。ここに留まるべきか移住するか首長は決断を迫られていた。そこにサーレファが駆け込んできた。
2人は霧を抜けると砂丘の斜面を登って村を目指した。ラクダ達は村の方向を知っているかのように真っ直ぐ歩いてゆく。死者の泉を出て5日目、大きな砂丘の斜面で疲れ果て座り込んでいる二人の頭上でピユーという鷹の一声が聴こえた。鷹は頂上の上空を旋回すると向こう側へ降下していった。ユスフは立ち上がれなかった。
ユスフ「僕はもう歩けない、ファーテマ、先に行ってくれ」
ファーテマ「兄さん、きっとアイーシャが救援隊を連れてきたのだわ、見てくるからそこで待っていてね」
ファーテマは頂上に着くと鷹の降下した砂丘の斜面を眺めた。
「おおい、ファーテマ」と呼ぶ声が聞こえた。斜面を登ってくる一群の中に首長と父親がいた。アイーシャが手を振っているのが見えた。
象と蟻の戦争
世界は多様な生き物たちが自由に生きていたはずなのにいつの間にかは像たちの支配する世界になっていた。世界は着飾った像たちが闊歩し,他の生き物たちは小さくなって生きるしかなかった。その中でも取り分け傲慢で巨大な像は自分の思想を世界に押し付けていた。巨像が周囲かまわず闊歩するので小さな生き物たちは大きな足で踏み潰されていたがその悲鳴すら像には聞こえなかった。ある日、仲間を踏み殺されそうになった仲間を助けようと一匹のアリが巨像の足に噛み付いた。像は悲鳴を上げて驚いた、自分を噛み付く奴がこの世界にいたとは。像は慌てて世界中の像を一同に集めて叫んだ、こんな危険な奴は踏み潰すべきだと。集まった像たちは、口々にそれに賛同した。アリは小さな巣穴に逃げ込んで大声で叫んだ。「俺達にも生きる権利があるのだ、踏み潰せるものならやってみろ」と。他のアリたちは、像の機嫌をそこなわないように声を潜めてそのアリから遠ざかった。やがて像たちの激しい攻撃が始まったが、アリは穴から出て降伏することはなかった。像たちは、近代兵器を使い、アリの穴を攻撃したがアリは穴から出てこなかった。そして、地の底からアリの叫び声が地上に届いた、踏み潰せるならやってみろと。像たちは躍起になってすべてのアリの穴を攻撃した。巻き添えを食って無関係な多くのアリたちが殺され住家を失った。像たちの総攻撃の甲斐あって、反抗的なアリは地底奥深く葬り去られた。戦闘は像たちの圧倒的勝利に終わった。像たちは勝利を記念して国際的なお祭りを開催して二度とこのような反抗が起きないように監視することにしたが、像たちは反抗的なアリの死骸を確認してなかった。生き残ったアリは像に対する憎悪を糧にさらに地底深く潜行していた。やがて、暗黒の地底で醸成された虚無的憎悪の毒を身に付けたアリ達が像たちの世界に這い上がってきた。世界は像たちが憎悪のアリを踏み殺す鎮圧と反撃テロの戦場となり、多くの罪無き生き物たちが戦闘に巻き込まれて死んでいった。戦闘は何時果てるともなく続いていくだろう。
カゲロウ
働きアリが日差しの強い砂地を荷物を担いで歩いていた。暑いので荷物を降ろして涼しげな小枝の陰で休んでいると頭上の木の葉の上にカゲロウが休んでいた。アリはその美しさに見とれた。アリはカゲロウと話している内に彼女の優雅さに心を奪われてついに結婚を申し込んだ。カゲロウは悲しげに自分は今日1日の命で一緒に暮らせないとことわった。アリは「昨日までの貴方とならもっと長く一緒に暮らせるはず」と言った。カゲロウは悲しげに答えた。「貴方は昨日の私を知らないから夢見ているのです」アリは言った「では私は昨日の貴方に会いに行こうお家は何処ですか?」カゲロウは「この砂場の向こうでした。でも危険ですからあきらめてご自分のお家にお帰り下さいと」言うと青空に飛び去った。美しいカゲロウとの結婚を夢想していたアリは上のそらである。砂場は窪みだらけで家らしきものはない。アリはカゲロウの休んでいた木の近くに家があるのではないかと思った。木影の下に大きな窪みを見つけると窪みに向かって大声で挨拶した。美しいカゲロウが出てくるだろうと期待したが返事はない。静かすぎるので小石を拾って落としてみたが反応がない。よし少し覗いてみようと砂に足を置いたとき滑り落ちた、這い上ろうともがくが身体は砂と一緒に砂底に向った。底に付くと砂にまみれの醜い怪物が現れ鋭い口ばしでアリを挟み込んだ。怪物に食われながら、アリはこれがカゲロウの昨日だったとは気づかなかった。
ピエロの綱渡り 孤独なピエロ @stamaei
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