第3話 殺意

 その時ずっと訓練してきた大道芸を使えるのではと思いついた。

 

 マインドムーブメントだ。

 

 手を使わずに離れた物体も軽い物なら動かせる。兵士の足元に何かをおいて足を掛ければ倒れるんじゃないのか。周りを見回すと民家の玄関に観葉植物が置いてあるのが目に入った。その観葉植物の鉢を兵士の足元に移動させた。

 

 一人が倒れ、倒れた兵士に躓きもう一人も倒れた。


「早く!走れ。」小声で全員に走るよう促した。


 走った。十数分逃げた。走って森の中へ逃げ込んだ。


 ここまで来れば大丈夫だろう。休憩しよう。女性たちも座り込んだ。兵士達はこの辺りの秘密の工場を探していた。だとすれば、この辺りにいると帝国兵達に見つかるかもしれない。早くこの土地を後にすべきだろう。そして東京へ、愛莉のもとへ帰るべきだ。


「優愛さん、大丈夫か?」


「無理かも、もう逃げられないんじゃないの。兵士はもっと日本へ来るんでしょ。」


 もう諦めてしまったかのように涙目で俯き生気をなくしていた。


 このままでは逃げられない。もう女性は全員ここに置いて一人で逃げるか・・そう考えた。しかし、置いて逃げれば帝国兵に捕まり強姦され、挙げ句、殺されてしまうかもしれない。やはり置いていくことはできない。なんとか生気を取り戻させなければいけない。


 一か八かやってみるか。


 俺は魔眼を持っていると言われていた。実際は魔眼など持っていないのだけど、目に力があると言われていた。目を見させて説得すれば・・・


「おい、全員こっちを向け、俺を見ろ。」


 渋々全員が顔を上げ俺を見る。


「逃げないんだったらオレ一人で逃げる。お姉さんたちは帝国兵に子供を作ってもらえばいい。それが嫌なら気持ちをしっかり持て。俺と一緒に逃げるか?」


 皆を見回すと少しは生気を取り戻したのか力強くはないが頷いた。


「一緒に逃げるんだから休憩してる間に簡単に自己紹介しようか。俺は山上晶、大学二年生二十歳。次優愛さん、どうぞ。」


「私達はフェリス女学院の3年生よ。左から、佐藤美咲、山根咲良、藤城凛、玉木芽依、田所杏。みんな横浜で私だけ東京。みんなは横浜に帰るから。」


 佐藤さんは可愛い顔をしているけど、身長が低い。山根さんは普通。全てにおいて普通といった印象だ。藤城さんは美人で身長が高い。大きな目が印象的でスタイル抜群だ。その上巨乳。玉木さんは小太りだな。田所さんも普通。何も言うことはなし。


「そうか、お姉さんたちは俺より一つ年上だな。」


「ねぇ、山上くんは、もしかして青山学院大学?」


「知ってるのか?」


「やっぱり!その目。魅了の魔眼を持ってるって有名よ。一度見れば忘れられない、みんな虜になるって。一度会ってみたかったの。」


 美人でスタイル抜群、高身長の藤城さんはそう言うが、それ程知れ渡っているとは思わなかった。藤代さんは笑顔を少し取り戻したようだ。


「休憩したらこの辺りから早く違う場所へ行かないと危ないぞ。」


「そうだよね。兵士がこの辺りの秘密の工場を探していたよね。多分軍事関係だよね。私聞いたことある。父が日本の軍需産業に関わっているの。工場は確か富士山麓から静岡市の間に作られてるって聞いた。秘密だから詳しくは知らないけど。早く離れたほうが良いわ。」


 藤城さんが教えてくれた。藤代さんには先程迄の憔悴しきった表情はなく、もっとボジティブな感情に出てきたのか表情が明るくなっていた。


「だけど、私もう体が動かない。今日はここで休まない?朝になってから行動しない?」


 小太りの玉木さんは依然としてネガティブで日頃運動していないのが体型から分かる。動けなくなるのは仕方がない。だがそれに合わせてここでキャンプするのは危険が高まる。もし説得しても駄目なら置いていくしかなくなる。夜は隠れて移動するには最適だ。朝になれば見つかる危険が更に高まる。


 玉木さんの目を見つめる。


「今動かないと危険だよ。一緒に来る?」


 玉木さんはじっと俺を見つめたままだ。どうだ、納得してくれたのか。置いていくのか。


「わ、わかった。一緒に行く。」


 説得に成功した。早く先を急ごうと立ち上がった瞬間だった。

 二人の帝国兵が銃を向けてきた。


「お前ら動くなよ。この辺りの人間か?」


 その中国兵は流暢な日本語で聞いてきた。


「いえ、東京から福岡へ行く途中高速道路が壊れて歩いて東京へ帰る途中です。」


「そうか、だったらこの辺りの秘密の工場のことは知らないな。お前は死ね。女は俺たちが相手してやる。」


 帝国兵が俺の額に拳銃を向けてきた。


 なんとかしなければ。だが恐怖で体が動けない。生まれて初めて銃を突きつけられた。引き金を引かれれば死ぬ。死んでしまう。死にたくない。恐怖で体が動かない。


「ほら、死ね。」


 引き金に指をかけ引き金を引いた。

 その刹那マインドムーブメントを反射的に使った。兵の腕を動かした。

 轟音とともに弾が発射されたが、弾は額をそれ鼓膜を痛めただけで後方の森へと飛んでいく。


「な、何だ?なにかやったのか?」


 兵士は驚愕と恐怖を顔に貼り付け俺を凝視する。

 兵士は何らかの力で銃を動かされたことを感じたのか、今度は銃を額に押し付けてきた。所詮、マインドムーブメントは大道芸で銃を軽く動かすしか出来ない。強い力で押し付けられれば動かすことは出来ない。


 今度は死ぬ。


 嫌だ。死にたくない。


 助けてくれと言いそうになった。だけど、先刻中国兵は何の躊躇もなく額に向け弾を発射し男性を殺害した。


 懇願しても無駄だ。


 もう、許してくれないだろう。


 中国兵にとって日本人は躊躇なく殺せる虫けらに等しいのか?


 それともこれが戦争だから?


 だけど、どんな理由があろうとも死にたくない。


 相手を殺してでも死にたくない。


 生きたい。


 未だやりたいことがある。愛莉に会いたい。


 愛莉を助けるために会うとか言っておきながら自分が殺されそうになっている。


 死にたくない。


 相手を殺してでも。


 殺す。俺を殺すやつを。


 殺す、殺す。殺す。許さない。愛莉に会うのを邪魔するやつを。


 殺す、正当防衛だ。その以前に戦争だ。


 殺すことが正義だ。


 許さない。俺を殺すやつを。


 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。


 だけど、マインドムーブメントは力が弱く相手を動かすことも出来ない。


 だったら動かせるものを動かせばよいのではないのか?


 心臓はどうだ?


 心臓をつかめば心臓が止まるのではないのか。


 相手の指がゆっくりと動き引き金にかかる。


 もう引き金を引かれれば終わりだ。すべて潰える。


 最早、心臓を止めれたとしても引き金を引く指を止めることは出来ない。


 即死させる他ない。


 即死させるには脳を潰す。


 脳は柔らかい。軽い力でも潰せるのではないのか。


 マインドムーブメントの力を発動させた。


 脳に集中し潰すよう発動させた。


 兵士は糸が切れたマリオネットの様に崩折れた。


 もう一人の兵士が異変を察知しアサルトライフルを向けてきた。


 こいつも脳を潰す。


 だが、急には集中できずマインドムーブメントを発動できない。


 兵士は何が起こったか訝しみ、銃を発砲するのを躊躇した。


 集中する時間が出来た。


「死ね。」


 兵士の脳は潰れた。目も潰れた。目と耳と鼻から血を流しながら力を無くし崩折れた。


 やった。大道芸を現実の武器に昇華できた。その喜びと死の恐怖から開放された安堵が興奮をもたらし高揚した。


「何が起こったの?」優愛が不思議そうな顔で聞いてくる。


「勿論、魔眼を発動して相手を殺したのよ。」


 巨乳の藤城さんが知ったかして俺の代わりに答える。勿論魔眼など持っていない。まぁ、勝手に想像してくれ。こんな力恥ずかしくて言えない。


「魔眼って凄いのね。悪魔から貰ったの?」


 可愛い顔をした佐藤さんが俺を見つめて聞いてくる。俺としては顔が可愛い佐藤さんより、巨乳の藤城さんのほうが好みだ。


 色々質問してくる女性を無視して死んだ兵士の持ち物で、何か役に立つものはないか物色する。アサルトライフルを二丁もらい、一丁を運動神経の良さそうなお気に入りの藤城さんに渡す。弾を探すが持っていない。

 いや、弾を持っていないはずはない。弾倉を外し確認すると弾が入っていない。可笑しい。戦争で弾の入っていない銃など持つはずがない。横に書いてある文字を見るとレールガンと書いてあった。


 そう言えば聞いたことがある。大中華帝国がもうだいぶ前に開発したアルミ片を超高速で発射するレイルガン、弾が小さなアルミ片だから一度装填すれば何百発も使えるという話だった。帝国兵は空の弾倉を持っていたがこれが空ではなく玉の入った弾倉かもしれない。アサルトライフルのストック上部に安全装置のセレクターを解除するとスコープの付け根辺りに数字が出てきた。これが弾の残量を示しているのだろうか。兵士が持っていた弾倉を付けるとFULL500という文字が表示された。弾が500発だという事だろう。これでレールガン二丁と弾が2000発近くが手に入った。


 更に探すと先刻俺を殺そうとした普通のセミオートマチックの拳銃の弾があったので拳銃とともに頂いた。一丁は優愛に持ってもらおう。後は通信機。だがどうせ会話は中国語だろうから意味はわからないだろう。だが貰っておこう。何かの役に立つかもしれない。他にはないかと探すが何も無い。最後に防弾チョッキ。女性に着せようと思ったが、誰に着せてよいかわからない。だから、俺と、レールガンを持って戦うことになる藤城さんに着てもらうことにした。


 ここでのんびりもしていられない。さっき帝国兵が銃を撃った。その音を聞きつけて別の帝国兵がここへ向かっているかもしれない。ただ今晩は色んな場所で銃の発射音が聞こえる。だから、銃の発射音がしても取り立てて兵士が集まることはないだろうと安易に考えた。


「休憩は終わりだ。さぁ、行くぞ。」


 俺たちは東京へ向けてあるき始めた。



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