第2話 勃発
新宿を出発して1時間ほど過ぎた。空には雲もなく右手に月明かりでうっすら姿を現した富士を見ながらバスは進んで行く。今、静岡辺りを走行中だろう。
GPSで確認すると既に静岡市に入っていた。
「お、流れ星だ!」
前方で誰かが叫んだのが聞こえた。前方を見ると一斉にバスの左側の乗客が窓から上空を見ていたので釣られて左の窓から上空を見た。
本当に大きな流れ星?と言うより火球が上空を流れていた。すると流れていた火球が突如引力に引かれたかのように下降し始めた。最悪なことにこのバス近くに向かっているようだ。突如向きを変えたのでどうやら隕石ではない。
「おい、こっちに来るぞ。」
「隕石じゃないんじゃないか?」
「中華帝国のミサイルか?」
「バスを止めてぇ。」
「キャーーー。」
バスの中が騒がしくなった。
火球は音速よりも速い速度で飛んでいるようで音は聞こえてこない。
数秒後、前方百数十メートルの所に落ちた。その刹那、眩い光が轟音と爆風とともにやって来た。バスは爆風で倒れそうになりながらも道路の側面の崖にぶつかり停車した。
どうやら、火球ではなくミサイルだったようだ。
フロントガラスも横のガラスも割れてしまって、直接ミサイルが着弾した場所が見える。道路とその周囲は着弾箇所から直径50メートル位が破壊されクレーターのように穴が空いていた。そこにいたであろう車は破壊されたのか吹き飛ばされたのか跡形もない。
運転手がエンジンをかけようとするがどこかが壊れたのかエンジンがかからない。
車は走行中の浮かんでいる状態でも横風に影響を受けることはないように設計されている。しかし、爆風の威力が強かったのか崖に叩きつけられ壊れたようだ。バスの周囲を見ると周りの車も崖や他の車にぶつかって動けなくなっている。
誰かがテレビをつけてニュースを見始めた。
釣られてテレビを付けた。隣では怯えながらも好奇心で優愛が爆発した場所を見ている。
『大中華帝国が日本に対して戦線布告しました。それを予想していたのか大中華帝国との取決めがあったのか米軍は一斉に本国へと引き返しました。』
ニュースは告げていた。予想されてはいたが最悪の事態だ。アメリカ軍も自衛隊と協力して帝国軍を退けてくれることを願っていたが、それも叶わないようだ。
日本は孤立無援になってしまった。
日本は以前から憲法を改正して軍隊を持つことを願っていたが国民投票が上手く行かず3分の2を得られなかった為に改正されるに至っていない。未だに自衛隊だ。しかも、外国に対しての抑止力が一切ない。今では時代遅れになってしまった核兵器さえない。
『既にミサイルが飛んできています。核等の協力なミサイルは飛んでこないと言われていますが普通のミサイルでも被害は甚大です。各家庭に常備されている核シェルターへ避難して下さい。無い場合は市町村にあるシェルターへ避難して下さい。早急に非難して下さい。』
テレビでは、アナウンサーが事態を激しく捲し立て、僕は事の重大さを否が応でも思い知らされずにはいられなかった。
帝国の独善的な動きが激しくなってからというもの、市町村や各家庭に核シェルターを常備することが進められていた。政府は補助金を出しながら進めてきたがシェルターのある家庭はそれほど多くはない。無い場合は市町村に用意されたシェルターを利用するしかない。
ここは高速道路の上であり、それも住んでいる場所でもなくどこに避難したらよいか、どう行動すべきかさえ思い付くことさえできず、僕は頭が真っ白になり、目の前に落ちたミサイルの恐怖に震え、対処することさえできない非力さを思い知りながら、ただミサイルによって穿たれた底の見えない暗い深淵を見つめていた。
その時、不意に腕を掴まれた。
「ねぇ、どうしよう。どうしたら良いの。どうする。」
隣の優愛は目に涙をため、不安と混乱でどうして良いか分からずまるで親の姿を見失った少女のように震えながら僕の腕を掴み全ての決断を僕に委ねようとしている。
「俺は東京へ帰るよ。」
バスの周りは壊れた車が塞いでいて、例えバスが動いたとしても東京へ戻ることは不可能であり、僕たちはただ壊れて動かなくなったバスの中という孤立した不安定で心細い場所でどうするのかの決断さえできないでいた。
高速道路は分断されてしまったことで後から来た車が更に道を塞ぎ、壊れていない車さえも動ける状況ではなくなっていく。
「バスでは帰れないよ。どうするの?」
「んー、よし。俺は歩いてでも帰る。高速道路でもUターンできる場所があるからそこまで行けばUターンしている車に乗せてもらえるかもしれないだろ。それか、高速道路を降りてバイクでも見つけて盗んででも帰る。緊急事態だ。それに警察も機能しないだろうし。機能していたら、帝国軍をどうにかして欲しいよ。」
しかし、僕はただの拳銃しか持たない警察が最新式の鉛玉を使わないライフルに対処できるとは思っておらず、その言葉が、警察なんだから何とかしてくれと言うような願望であり、ただの我儘な戯言に過ぎないことは十分承知していた。
「お願い、私も連れて行って。」
「じゃあ、一緒に帰る?」
そう言うと、周りから私も連れて行ってという声が聞こえてきて、結局、女性ばかり五名増えて七名で戻ることになり、僕たちはバスから高速道路に降り東京方面へと向かった。どうやら五名全員優愛の友人のようで六人で福岡旅行をしようとしていたようだ。
僕らは動けずにいた自動車のヘッドライトに溢れた高速道を歩きながらずっとテレビを付けて情報を得ようとしていた。AIウオッチはテレビを見続けても充電無しで一週間はもつ。だから付けっ放しにしても不都合はない。
ニュースは大中華帝国が宣戦布告したことと、日本がどう対応するか、国民はどう行動すべきか、様々な予想を専門家がアナウンサーの質問に対して答えていた。
放送では既に大中華帝国軍が日本へ上陸したとの情報も含まれていて僕たちに宿り始めていた不安の影がいっそう色濃くなっていった。
更に、もしテレビ局が占拠されれば放送できなくなる、それまではできる限り放送するとアナウンサーは伝えていた。
高速道路を暫く東京方面へ歩くとそこでもミサイルによって深い穴が開き高速道路が分断されているのが見えた。これでは自動車に乗せてもらって東京へ帰ることはできない。
落胆は大きい。僕たちはその光景を暫く動けずに見ていることしかできなかった。
この高速道路の分断は、移動しにくくするのが帝国側の狙いかもしれない。高速道路上の車は東へも西へも行くことが出来ず立ち往生している。
僕たちは高速道路を降り、既に避難しているのか、この時間にしては電気もまばらな静岡の郊外の街を移動手段を求めながら足早に東京方面へ向け無言で移動し続けた
。
GPSで場所を確認すると阿部川の手前だった。東京まで直線距離で凡そ150キロ。戦争が激化する前に愛莉に会わないと会えなくなるかもしれないという思いが心を支配した。
戦線が布告され、愛莉は一人暮らしで、たった一人のアパートで不安を募らせているだろう。
もう既に始まってしまった戦争が、高速道路を分断されてしまった現実が、僕の心に焦燥感を募らせる。
しかし未だ僕は、少しは時間がかかるが明日には帰れるだろうと簡単に考えていた。
7人で東京方面へと歩く。歩きながら車を探した。幸い高校を卒業した後免許は取得した。ただ、ペーパードライバーだ。だが、今の車はアクセルを踏めば前に走り始めるどころか勝手に運転してくれる。ペーパードライバーでも関係ない。
しかし、車はなかなか見つからない。新しい車は本人の認証が無ければ動かない。現在の自動車は防犯システムがしっかりしていて、簡単には盗まれないようになっている。狙い目は防犯が甘い古い車だ。レトロな車が趣味の人だけが乗っているタイヤが付いている車なら尚更、盗みやすいかもしれない。運転は難しいだろうが、仕方がない。
暫く歩くと銃声がした。
銃声がした方角が騒がしくなる。人の会話が聞こえる。
だが、会話が中国語だ。意味はわからない。やはりニュースが伝えてたように、大中華帝国の兵士は既に日本へ上陸していたようだ。
ビルの影からこっそり声のする方を覗くと銃を持った帝国兵のユニフォームを着た男達が日本人の男女二人にアサルトライフルを向けて何か言っている。
しかし、男女二人も意味がわからないようだ。
すると通訳が出て日本語で詰問し始めた。
「この辺り、軍の秘密の工場ある、知らないあるか。」
「いえ、知りません。」
ライフルを向けられた日本人の男性が震えながら答えた。そもそも、普通の人が秘密の工場など知るわけがない。中国側も秘密工場の場所の特定ができておらず、誰彼構わず工場の存在が懸念される場所で聴き込んでいるのだろう。
「そあるか、分かた。」通訳がそう言うと、軍人に何か会話をし始めた。
「おい、男はいらないあるそだ。」通訳は日本人男性に向かった叫んだ。
そう言うと別の帝国兵がセミオートマチック拳銃を日本人の男性の額につけ発砲した。
男性の後頭部は砕け散り、脳漿と血が周囲に四散した。それを見た女性が悲鳴を上げ、銃を向けた帝国兵に殺さないでと震えながら手を合わせて懇願する。帝国兵は銃をしまった。
後方から上官と思われる帝国兵が出てきて何かを言っている。
「服、脱げ。」と通訳が怒鳴った。
女性は躊躇ったものの銃を突きつけられている上に、夫か彼氏を殺されてしまった現実が彼女を憔悴させ反抗を抑圧している。
素直に一糸まとわぬ姿になった女性を上官は上から下へと舐め回すよに眺めるとニヤニヤしながら女性を押し倒した。
上官は直ぐにズボンとパンツをずらし腰を使い始める。女性はもう抵抗する気力もなく悲鳴さえあげない。ただなすがまま身を委ねていた。
周りの民家を見るとほとんどすべての家の電気は消えている。開戦のニュースで家庭のシェルターか行政区のシェルターに避難したのだろう。
隣を見ると小沢優愛とその友人が憔悴したように虚ろな目で数十メートル先の過酷な現実を見つめていた。
目の前で人が銃で額を撃ち抜かれて殺され、そして女性が犯され、それに対して何の対抗手段もない。
そこに無法の現実が広がっていた。
捕まれば犯される、もしかしたら女性も殺されるかもしれない。その現実が重く皆の上にのしかかる。皆恐怖で逃げることもできず、小さくなって隠れているネズミのように固まっていた。
「おい、静かに逃げるぞ。音を立てるなよ。」
僕は皆に逃げようと声をかけ、静かに移動し始めた。
後ろを見ると三名が腰を抜かしたのか動かない。ジェスチャーで早く来いと呼ぶが動かない。更に呼ぶと何とか歩き始めた。しかし、緊張しているのか体がガクガクと震え思うように走れない。
急げとジェスチャーで促すが急ごうとした瞬間に一人が前に倒れた。
静かな街中で思いの外大きな音がした。
帝国兵が振り向いた。僕たちの存在に気づいた帝国兵がこちらへ走り始めた。
幸いなことに銃は未だ撃ってこない。
訓練された帝国兵はかなりの速さで追いかけてくる。
このままでは捕まる。帝国兵は全力疾走で追いかけるが逃げる女性は恐怖でまともに走れない。
ヤバイ・・追いつかれる・・・
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