ただあなたに逢いたくて・・・
諸行無常
第1話 不穏
「あなた、ここでなにをしてるの?」
ぼくと同じくらいの女の子が話しかけてきた。5才くらいだろう。
「ぼく病気なんだ。だから、この病院で治してもらうためにママに連れてこられたんだ。」
女の子は不思議そうな顔をしている。凄く可愛い女の子だ。
「ここは病院じゃないわよ。叔父さんのやってる研究所よ。」
「病院じゃないの?何の研究所?」
「わかんない。国のぼうえいとかぐんじだって。わかる?」
「ぼくもわかんない。」
「私もここにいるから後で遊びましょ。」
「うん。あそぼー、あそぼー。僕、あきら。君は?」
「私はあいり。」
それから僕たちは仲良くなり家も近所で何時も一緒にいた。僕はずっと彼女のことが好きだった。彼女もきっと僕のことを好きだったのだと思う。
中学生になった頃、僕は女子にモテ始め自惚れて、誰も僕が言えば断らないと思い始めていて、まさか断られるとは思いもせず、初めて愛莉に電話で告白した。愛莉はどう答えてよいかわからないのか不安な顔で震えていた。
暫く不安な顔が続いた後、意を決したように言葉を紡ぎ始めた。
「ごめんなさい。晶とは付き合えない。」
僕は暫く何も言えず、ただ、不安と後悔に苛まれながら愛莉に理由を問いただした。
「なぜ?」
たった一言だけを言うのが精一杯で、それ以上の言葉が出てこず、その場から逃げたい衝動を抑えるのに必死だった。
「未だ考えられない。晶はモテるから。でも、好きよ。」
ただ、それだけ言う愛莉の言葉に納得したふりだけして僕は通話を止めた。
その後、暫く僕は愛莉に対してよそよそしかったけど、愛莉は以前と変わること無く僕に接しようとしていた。
愛莉と初めて会ってから10年が経った。高校も同じ高校へ行き、去年同じ大学に入学した。
大学生になった山上晶は現在大学二年生だ。彼は大学の有名人で彼を知らない者はいない。彼はスポーツが得意であったがスポーツで有名なわけではない。記憶力がよく頭の回転も早かったが全く勉強しなかったので勉学がそれ程出来るわけでもない。顔が良くて大学で有名になっているわけでもなかった。
ただ、彼の目が人を惹きつけた。身長が高く、見た目強面であり、それに加え強烈な目が彼の魅力に拍車をかけた。
彼は一見、近寄りがたい雰囲気を醸し出してはいたが、人を惹きつけた。男性は恐怖で彼を畏怖し、彼を恐れ、彼に従い、女性はその目の魅力に強く惹きつけられた。『ヤツは魔眼を持っている。』『魅了の魔眼で人を支配する』『悪魔の目だ』等と噂された。
それは単なる噂に過ぎなかった。しかし、確かに魅了の魔眼の如く人を惹きつけた。
彼は確かに魔眼など持ってはいなかったが、彼には不思議な力があった。軽いものなら手に持たずとも動かせた。サイコキネシス、つまりマインドムーブメントの力があった。しかし、それは特技と呼べるほど、強力なものではなくただの大道芸のようなものでしかなかった。
彼がその力に気づいたのは小学生の高学年の頃。ある時、テレビで超能力特集をやっていた。当時はそういう特集が流行っていた。ほぼ中国の子供を取り上げた中国の番組だったのだが。
その番組には物を念力で動かせる少年が出演していた。どうせ手品だろうと子供心には思っていたが興味のある年頃で実際に自分でもやってみた。
すると、どういうことか、手品だと思っていたのに自分でもできた。驚喜と歓喜と好奇心でその日は寝むれなかった。ずっとティッシュペーパーを動かしていた。結局、その日はティッシュペーパーしか動かせなかった。
しかし、テレビの中の少年はボールを動かしていた。だから悔しくてずっとボールを動かせるよう挑戦し続けた。ティッシュから少しずつ重いものを動かすように努力した。
そして、中学を卒業する頃には1kgくらいの砂糖の袋も動かせるようになっていた。距離は少し離れても動かせるようになった。
高校を卒業する頃には10kg位のものなら動かせるようになった。距離も十数メートルなら動かせる。
しかし、残念なことに大変疲れる。筋トレをしているのと変わらない。10kgくらいなら手に持って動かしたほうが早いし疲れない。
所詮大道芸だな。ずっとそう思いつつも興味と歓喜と興奮が彼に努力させ続けた。しかしそれでも、大道芸の域を出ることはなく、まるで少年の日の趣味のプラモ作りのように、いつしか忘却の彼方に消えていった。
その日、彼は学食に昼食を食べにやってきた。目的はいつものように大好きな幼馴染の女性と一緒に御飯を食べるためだ。付き合っているわけではないが、幼馴染で仲が良く、事ある毎に一緒にいる。彼女も少なからず好意を抱いていることを彼は知っていた。そして、今日はそれ以外にも目的があった。
彼が学食に来ると、学食内がざわつき始める。口々に噂が始まる。ほぼ全て、女性が噂する声だ。その声で学食内が騒がしくなる。それとは逆に男性は恐怖の対象である晶が来たことで無口になる。
その頃、学食で藤原愛莉は仲の良い5人で昼食を食べていた。学食はどの時代も低価格でボリュームが有り値段の割には美味しく人気がある。
「ん!愛莉!ほら、『魅了の魔眼』が来たよ。」
愛莉の友人の西島陽菜が、食べていたカレーを頬張り、ニヤニヤしながら愛莉に教える。
西島陽菜は愛莉と一緒にモデルの仕事をしているだけあって美人でスタイルが良い。茶髪のショートヘアーで活発そうに見える女性だ。
陽菜は山上晶と藤原愛莉は幼馴染だとしっている。ニヤニヤしながら教えたのは愛莉が晶に少なからず好意を抱いているからだけではない。どうやら晶も幼馴染の愛莉に好意を抱いているようだからだ。ただ、陽菜は晶が過去に愛莉に告白したことを知らない。
晶が学食を晶がキョロキョロと周囲を見回しながら歩いてくると周囲から「魔眼が来た。」「ここに座って。一緒にご飯食べよう。」「今日、付き合って欲しい。」など女性の声が上がり学食のざわつきが晶に合わせて移動していく。
晶は周囲を見回しながら歩いていくと探していた愛莉を見つけた。
「ここどうぞ。」
愛莉の友人の西島陽菜が弾けるような笑顔で綺麗な顔を破顔させ隣の席に座るように勧めてくれる。手でその席を示す時に大きな胸が揺れるのが胸の部分が大きくV字に開いた服から見える。敢えて揺らすように勢いよく手を伸ばしたのではないかと思えるほど胸が揺れる。確信犯だろうと思わずにはいられない。その席は丁度愛莉の前の席だ。晶は言われるがままその席についた。
「どうしたの?お昼食べないの?」
愛莉が心配そうに俺に尋ねる。
「ちょっと、心配事があって。陽菜、コーヒー買ってきてくれない。」
「良いよ。買ってきてあげる。」
晶は女性をパシリに使っているわけではないが、女性は誰もが晶の頼みを断らない為に、晶にとっては女性だけでなく男性に対してもお願いすることが普通になってしまっていて悪気があるわけではない。しかし、周りの人達には人をパシリとして使っているとしか見えない。
晶は愛莉を見つめる。しかし、愛莉には晶の魔眼は通用しない。愛莉には小さい頃から晶の魔眼を見ているために耐性ができていた。とは言え魔眼などないのだが・・
晶は愛莉に何かを言おうとしているのだが決心がつかないのか言おうとして止めてしまう。
その為に愛莉も友人三人も何があるのだろうと期待に胸を膨らませ二人の挙動を見つめている。しかも、周りの女子学生も晶の挙動に何かを感じて耳を傾けているので晶の周囲が静まり返っていた。
ただ、学食のモニターから流れるニュースだけがその存在を主張していた。
『大中華帝国が反物質ミサイルとブラックホールミサイルを開発し大中華帝国の軍事施設数カ所に配置しました。それにより、各国の緊張が高まっています。また、中華帝国は惑星間航行船の最高速度を秒速1万キロまで高めることに成功し、土星や木星の衛星の資源及びアステロイドベルトの資源を独占的に使用すると宣言しました。また、火星の居住地域は100万人の定数に達した事、及び火星を大中華帝国の植民地とすることを宣言しました。これに対しアメリカ大統領は大中華帝国に対し・・・』
ニュースが不穏な世界情勢を報じていた。2120年代に入り中国の近隣諸国への軍事侵略が始まった。中国は支配下にある国を増やし国名を大中華帝国と改称した。その後、一応大中華帝国の軍事侵攻は止まったようにみえた。
「大中華帝国大丈夫なの?また戦争起こらないのかな?それでなくても帝国は植民地を増やしてるでしょ。日本は大丈夫?」愛莉は本気で心配そうに誰とはなしに訊いた。
「危ないよね。だけど、心配してもしなくても結果は変わらないんだから心配するだけ無駄だよ。」
晶は愛莉を安心させることはしなかった。安心すればもしもの時にすぐに行動できなくなる。それ程世界は緊迫していた。
数十年前より始まった中国の東南アジアへの侵略により、中国は大中華帝国と国名を改称して以来、以前は隠していた本性を隠すこともせず侵略を続けていた。帝国はその経済力にものを言わせ世界中の国に融資しては高い金利や利権を貪っていた。
世界中の国は帝国に対して借金のない国は少なく帝国の侵略に対して国連さえも声高に非難することはなかった。それほど大中華帝国は世界に対して影響力を持ち、大中華帝国が国連そのものだった。
「日本が侵略されたらアメリカはどうするのかな。」
愛莉の友人の一人田中結衣が晶に訊いた。目がキラキラしていた。答えを知りたいというよりただ話したいだけのようだ。結衣は、身長が低く愛莉たちといるとまるで捉えられた宇宙人のように見える。しかし、目が大きく可愛い顔をしている。
「アメリカも帝国に借金あるし、帝国はアメリカの殆どの主要企業の大株主だろ?帝国に文句言えないだろうね。軍事力も技術力もかなり差があるからアメリカは日本から撤退するよ。昔はアメリカも強かったんだろうけどね。」
「そうだよね、アメリカ当てにならないよね。軍隊を作らせなかった綺麗事すぎる日本国憲法が日本の首を絞めてるよね。」
晶の答えに愛莉が被せてきた。
「対抗手段も抑止力もないからね。まるで、日本は暗い夜道を裸で歩いてる女性の様だね。」
こんな不穏な時だからこそ、今、言わないといけない。また、だめかもしれないけど、晶は今言おうと決心した。
「愛莉、俺と付き合ってくれないか。」
「良いよ。今日?どこ行くの?」
「そうじゃなくて、俺の彼女になってくれないか。」
学食は沢山の人がいるにも関わらず晶達の周りは静けさに包まれ、晶の突然の告白に愛莉以外の者も驚き愛莉の返事を待っていた。
「ごめん。晶のことは好きだよ。うーん、違うな。好きではない。好きというより、愛してると言っても過言ではないよ。でも、付き合えない。付き合えば別れが来る。それは、私達の関係を壊すことだから。それは絶対に嫌。それに晶は女性を虜にするから私一人の手には負えない。だから、必ず分かれることになる。もし付き合えば、晶の魅力で私はあなたの虜になってあなたを独占したくなる。だけど独占できないから嫌な女になる。私はそんな女にはなりたくない。だから付き合えない。今のままでいましょ。私はあなたのためなら人殺しも厭わない。あなたが困ったら全力で助ける。そんな関係でいたい。本当に壊したくないの。」
愛莉は、最初、晶の目を見つめながら真顔で答えていたが最後には俯きながら泣きそうな顔になっていた。
「そうか。だったら、付き合ってはいないけど愛莉が困ったら俺も全力で助けるよ。必ず。約束だ。」
「ありがとう。ところで、お盆どうするの?」
「切り替え早!まぁ、実家へ帰るよ。」
「良いなぁ。私、仕事だから帰れないんだ。博多ぶらぶらぶら下げて帰ってきてね。」
「餡にたっぷり包まれたお土産持って帰るよ。」
「魔眼はあまり使わないでね。」
「そんなの持ってないぞ。」
藤原愛莉は高身長でグラマーに育った。ハーフだった愛莉はその美貌でモデルの仕事をしている。モデルだけでなくイベントにも出演している為、人が休みの時はイベントが多く休めなかったりする。その為お盆には帰れないようだ。
愛莉は笑顔で腰まであるゆるふわにした天然で茶色い髪を耳の横でかきあげながら、優しい笑顔で晶の話しを聞いていた。
大学は夏休みに入り、晶はバイトに明け暮れていた。7月も終わりの頃から休みが取れることになり7月30日の夜行バスを予約して帰省することにした。
晶はAIウオッチのスイッチを押すと時計の上空10cmほどの場所に20インチほどのモニターが現れた。実際のモニターがあるわけではなくホログラムでモニターが表示され、その疑似モニターを触れれば、その動作を感知し入力することができる。モニターが不要になった為に最早でかいスマートホンは作られていない。
「コール、藤原愛莉」そう言うとモニターに仕事中の愛莉が出た。後方で他のモデルが撮影している。愛莉も高級そうな服に身を包んでいる。
『どうした?』
「これから福岡帰るよ。」
『もう帰るの?気をつけて帰ってね。お土産期待してるから。明太子もね。』
「じゃあ、お盆明けにな。」
電話を終え晶は既に浮かんでいるバスに乗り込んだ。
車がタイヤを使わなくなって久しい。タイヤは付いていることはついているのだが、駐車時や故障した時に使用するだけだ。
タイヤを使用しない浮かぶ車は中国が開発した。現在殆どの車は中国製だ。最早安かろう悪かろうの中国製品ではない。中国製品は確かな技術に裏打ちされた信頼できる製品になってしまった。かなりの速度も出せる。だからといって事故を起こさないためにも速度のリミッターも速度制限も普通に設けられているので東京から福岡まで夜行バスではかなりの時間がかかる。だが貧乏大学生には必需で、ありがたい乗り物だ。また、道なき道を走れるために、不都合な場所や屋根の上を走らせないために1メートルの高さ制限が設けられそれ以上は浮かべなくなっている。
どうやら一番最初の搭乗者だったようで一番後ろの席に座ることができた。座席に座り時計型電話のテレビをつける。
疑似モニターの大きさは自在に変えられ100インチ位まで大きくでき、現実と変わらない精細さで視聴できる。しかしバスの中では20インチくらいの大きさで視聴する。
相変わらず中国のニュースがメインだ。もう飽きた。見るものがないのでテレビを消した。
バスの前方を見るとかなりの人が乗り込んできていた。騒がしいヤンキーグループや、旅行へ行くカップル、女性の団体等、色々乗り込んでくる。
すると、後方へやって来ている女性と目があった。女性は少し前方の席に座ろうとしていたが目があった途端、その場所に座るのを止めこちらへやって来た。
まるで大好きな知り合いに会ったかのような笑顔で俺を見つめてくる。目が大きく綺麗で愛らしい女性だ。
「ここ空いてますか?」
「どうぞ空いてますよ。」
少しはにかみながら親しげに話しかけてくる。
「帰省ですか?それとも旅行?」
「帰省です。福岡なんです。お姉さんも帰省?」
「私は友達の家に遊びに行くところ。実家は目黒だからお盆の里帰りで田舎に行くのに憧れてるの。だから福岡の友達の所へ行こうと思って。」
「福岡は田舎じゃないよ。」
「そうなの?東京より田舎ってことなんでしょうね。ねぇ、ところで、顔が怖いって言われない?」
「しょっちゅう。」
ズケズケ人が気にしていることを言ってくる失礼な女性に辟易しながらも話を合わせ話を続けていた。
「私は、小沢優愛。あなたは?」
「山上晶。みんな「アキラ」って呼ぶから、「アキラ」って呼んで。」
「晶は大学生?」
その後も僕たちは他愛もない話を続け騒がしくしていた。僕たちはこの先に待ち受ける惨劇を思いもしていなかったんだ。
その時は未だバスは順調に福岡を目指し新東名高速道路を進んでいた。
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