第25話 『変わった日常』
アオイが退院してから数日後。久々に学校に登校したアオイを待っていたのは、大量のクラッカーの音だった。教室の前のドアを開けた彼女はその場で固まっていた。その後ろではメグが腹を抱えて笑っている。状況を理解できていないアオイにクラスメイト達から花束を押し付けられるように受け取ると小走りで自分の席に座る。
「何、メグはこの状況知っていたの」
「クラスの奴に協力してほしいって言われていたからな」
アオイの前の席に座りながらメグは、半笑いでカバンを机の上に置く。
「アオイちゃん、ようやく退院できたんだね。風邪とかひかなさそうなのに、骨折?」
「お前達二人がいないから中間考査が酷いことになったんだぜ」
口々にアオイがいなかった時のクラスの様子を報告されるが、何一つ彼女の耳に残ることはなかった。本人が何も語るつもりがないことを悟るとクラスにいた人たちはこぞってメグに聞こうとする。しかし、それら全てメグによってやんわりと断られてしまう。主役たちが相変わらずで面白くないと思ったようでクラスにいた人たちは散り散りに自分たちの席に戻っていった。
「……メグ。私ってそんなにクラスに溶け込んだつもりはないんだけど」
「陽キャと呼ばれる種族は、何でもお祭りにできるんだよきっと」
面倒くさそうに答えるとメグは、カバンを枕代わりにしてすぐに眠りにつく。先程の騒ぎは、ほんの一瞬で終わり今まで通りの日常だと安堵したような表情を浮かべるアオイだった。けれども周囲から時折送られてくる視線に彼女は誰にも気づかれないようにため息をついた。
四限目の授業が終わる授業を行っていた教師よりも先に食堂を目指して駆け出す運動部男子、仲が良い小グループでまとまる女子。それらを眺めつつアオイとメグは、貴重品と弁当を手に屋上へと向かった。
「メグ。そういえばミドリは、今日休み?」
「家庭の事情で休みだってさ。十中八九事件がらみで呼び出されたんだろうな。ここ最近
世間話をしながら屋上へと続く階段を登る。冬がすぐ目の前まで来ていることもあってか、ドアを開けた途端に外の冷たい風が一気に流れ込んでくる。それでも気にせず屋上のベンチに腰を下ろして弁当箱を包んでいるバンダナを丁寧に解いていく。
ベンチの背もたれに寄りかかりながらメグは、自分が作った弁当をかきこんでいる。曰く、早く食べて味わって食べているアオイの顔を眺めている時が幸せらしい。
「アオイちゃんたち、今日はここで食べているんだね。私もいいかな」
「アヤ……別にどこで食べようがアヤの勝手だし、そこまで気にしないわ」
図書委員長でしっかり者のアヤは、笑顔でアオイの隣に腰を下ろすと二段重ねの弁当を膝の上に広げた。それをアオイは横目で見つつ弁当のクオリティに思わず箸が止まる。
「あのね、アオイちゃん。そんなにまじまじと見られると恥ずかしいよ。それとも何か欲しいおかずでもあった?」
「いえ、違うの。綺麗なお弁当だから思わず見とれちゃったの。気を悪くさせたら謝るわ」
「アオイが他の人の弁当に興味を見せるなんて珍しいな。高確率で弁当を作っている
アオイの隣で頬を膨らませながらメグは、不貞腐れている。アオイは雑に自分の弁当に入っているハンバーグをメグの弁当箱に入れるとたちまちメグの機嫌は良くなっていった。
「それで本題は何かしら。別に私達と弁当について話に来たわけじゃないでしょう」
「うん、そのことなんだけど今週の日曜日よかったら遊びに行かない? 偶然チケット取れたんだけど余っちゃって。しかも皆、都合が合わなくて……」
「そういうことなら喜んでいただくわ。私達も丁度予定が白紙になったの。ありがとう」
***
アヤと別れたアオイは放課後、担任に呼び出しを食らい職員室にいた。
「アオイさん、大切な話がありますのでそこで座って待っていてください」
そう言われてから既に十分の時間が経過している。初めの内は真面目に待っていたアオイも次第に覇気が無くなっていく。もう帰ろうかと席を立った時、ようやく担任が大量のコピー用紙を抱えて入ってきた。すぐに何かを察した彼女はため息交じりにテーブルに山積みになったものを見て肩を落とした。
「お待たせしました。これがアオイさんがお休みしていた間に出された各教科の担当教師から渡されている課題です」
「……流石にこの量はおかしいかと。この量は流石にいじめか虐待の域でしょう」
「あれだけ長期間休まれるといくら出席停止になるとはいえ、成績に何の影響も出ないほうが稀です。提出期限は流石に終業式までに持ってきていただければあとはこちらで何とかしますので」
「もう何も言いませんよ」
「そうですか、それがいいと思いますよ」
席を立とうとすれば、その行く手を教師の手によって阻害される。鋭い眼差しで睨みつけるアオイに教師は一瞬目を丸くするが、バインダーに挟まれた進路調査の紙を突き付けた。苦虫を潰したような顔をしながら荒々しく座りなおした彼女は、おもむろにスマホを取り出すと電話をかける。
「私。解放されると思ったらこのまま進路について話がしたいらしいのよ。悪いんだけど先に帰ってもらえる?」
「教師の目の前でスマホを使うなんて勇気があるというのか馬鹿なのか……」
「前者だといいですね」
「他人事のように言うのですね」
通話を切ったアオイは山積みにされた課題を乱雑にカバンに押し込むとその場を去ろうとする。教師が手首を掴んでそれを阻止しようとするが、彼女はまるで触れられたくないと言わんばかりに振り払った。
「図書室で課題を片付けるんです。ここはコーヒー臭くて堪りませんから」
アオイは蔑むように教師を睨みつけるとその場を去り、その足で図書室に向かった。部活動に加入していない生徒は、既に帰宅した後で廊下には生徒の姿はない。階段で靴音を立てながら静かな図書室のドアに手をかけた。
「いらっしゃい。もうそろそろ閉めますので……」
「そういえば図書委員だっけ、アヤ」
「うん、そうだよ。アオイちゃんは、ほとんどここに来ないから」
名前を呼ばれたアヤは恥ずかしそうに読みかけの本を閉じると、かけていた眼鏡をそっと机に置いた。
入り口付近でスリッパに履き替えたアオイは貸出しのカウンターの前の席に座る。テーブルの上に乱暴に置かれたカバンからは大量のプリントが雪崩のように広がった。
「随分すごい量の課題だね」
「そうね。明後日くらいまでには片づけてしまいたいところよ」
ばらけたプリントを纏めつつ確認の判子を押すように片づけていくアオイの様をアヤは、その横で呆然と眺めていた。声をかけようとした彼女だったが、アオイの真剣な表情に圧倒され何も言えずに今まで座っていた席に戻る。二人を照らしていた光が太陽の明かりから月と星々の明かりに代わりだした頃、下を向いていたアオイがようやく顔を上げた。
「終わったの?」
「ええ、何とか。こんな時間まで居残りさせちゃって、悪いことしたわね」
「ううん。気にしないで、私一人暮らしだから。あ、でも日直の先生に見つかったら面倒かも」
「でも、このいらない紙を職員室に戻しに行かないと」
くすくすと笑いながらアヤは読みかけの本をカバンに入れ、山積みにされたプリントを抱える。アオイは一瞬目を見開いたが、ぶっきらぼうに悪いわねと呟くと残りのプリントを抱えて図書室を後にした。
担任の教師は既に帰ってしまった後で、もぬけの殻となった職員室の机の上に山積みにすると鼻を鳴らしてから職員室を後にする。
「私、図書室に忘れ物をしちゃったから一回図書室に戻るね。また明日ね、アオイちゃん」
「そう。私はこのまま帰るわ。一人寂しがり屋がいるから。こんな時間まで付き合わせちゃって。この埋め合わせは、ちゃんとするわ」
「そう? 期待しちゃうからね」
手を振りながら離れていき、やがてその姿が見えなくなるとアオイの顔から作られた笑顔が消えた。その場から振り返ることなく、口を開く。
「随分親しげにしているけど?
「まさか、冗談言わないで。ただのクラスメイトよ。……そんなことで拗ねるなんて意外と可愛いところあるじゃん」
「冗談さ。ただこのカセットプレイヤーに入っている曲も聞き飽きたんだ」
アオイはメグに手を差し出し引き上げると抑えていた笑いがこみ上げてその表情を緩める。理解できないような顔をしながらメグは、イヤフォンのコードを首にかける。隣に置かれたぐったりしているカバンを持ち上げると大きく背伸びをした。
「さっきのメグ、まるで典型的な不良みたいだったわ。ガムを膨らませながら天井を睨みつけるなんて」
「半分正解だから何とも言えないけどな。とにかく終わったんだったらスーパーに寄ってから帰ろう。もう冷蔵庫の中空っぽだし」
「そうね、帰りましょう」
月明りに照らされながら二人は仲良く手をつなぎながら寒い帰路についた。
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