第14話 『立食会合』

「こんなところでパーティーを開くもの好きもいるのね」

「珍しく同意見だ。それと、これを今のうちに渡しておこうと思っていて忘れていた。……そう言ってももう必要ないかもしれないが」

「何よこれ」

「お前が追い求めている情報の一つだ」


 ミノルから茶封筒を受け取るとアオイは乱暴に封を開ける。三つ折りにされた手紙を開き、アオイは眼を見開いた。そこに書かれていた文字は、リンとイロハは生存しているとだけだった。小さく折りたたむとクラッチバックの底に押し込む。そのままドアを開けて建物の中へと入っていった。


 ロビーには豪華なオーケストラの音がホールから漏れている。受付で二つ名を書き、名札を受け取った。疑問そうに首を傾げると隣に並んだミノルもすらすらと名前を書くと名札を受け取る。


「これをつけていないと誰が誰だが分からないだろう。まあ、これをつけていれば襲撃される可能性も増えるがな」

「パーティー会場が荒れそうね」


 通路を並んで歩き、会場の内部に入る。漏れていたオーケストラの演奏が聞こえ、会場の明るい照明が二人を向かい入れた。

 出入り口に一番近いテーブルにいた数名の男女がアオイ達に気づき、笑顔でワイングラスを持って手渡そうとする。しかしアオイ達はそれを丁寧に断り、光に当てたりしながらグラスを選んだ。近くにいたスタッフに彼が持っているグラスを処分するように伝達する。


「随分手荒なご挨拶ね」

「それはそうだろう。“Nightmare”を殺したくてこの回に参加した人間もいるだろ」

「もしかして私、人気者?」


 くねくねとさせながらかわいい子ぶろうとするアオイにミノルはガン無視して誰もいないテーブルに向かう。慌ててドレスの裾を持ち上げてアオイもそのあとを追いかけた。

 純白のテーブルクロスの上には豪華なグラスタワーが設置され、そのテーブルがざっと数えるだけでも十個以上フロアに並べれれている。開始までまだ時間があるため人の数は多くはなかった。


「見覚えがある顔がいくつかあるわね」

「ああ、俺が情報を売った人間も数人いるな」


 グラスを傾けながら話すアオイの方を何者かが叩いた。振り返ろうとした瞬間アオイの体は、ほんの少し宙に浮き隣のテーブルに背中を打った。テーブルがぐらりと揺れ、グラスタワーは音を立て崩れて床にガラスの破片の山を築きあげる。ゆらりと起き上がり、床に落ちたクラッチバックを震える手で掴んだ。


「どういうつもりかしら。返答次第では容赦はしないわよ?」

「っけ、お前のせいで俺の組織は滅んだんだ。俺は絶対お前を許さない」

「あっそう。私一人で壊滅させられるなんて弱小中の雑魚組織じゃないの。しかもてめーみたいなカスを雇っている時点でお里が知れるわ。それにそれって私に対するってことよね。復讐に対する思いは私の足元にも及ばないわよ」


 アオイは左足に巻かれたレッグホルスターから抜き取ると天井に向かって三発続けて発砲した。冷たい視線を彼に向けると銃口を彼に合わせる。一切の躊躇いのないその目に思わず彼も一歩後ろに下がろうとするが、それをアオイが許すわけがなかった。右腕と右足をそれぞれ撃ち抜く。片膝を立ててその場に留まっている彼に向ってアオイは一歩一歩近づき、銃口を眉間に突きつける。


「今のでよくわかったわ。今回、私にメールを送ってきたのは“Shadow”でも“Carta”でもないわ。私自身に個人的な恨み妬みを持った人間を集めたわけね」


 後ろをちらりと見ると先ほどまでいなかった人々が武器を片手に取り囲んでいる。中心にいるアオイは溜息をつきながらハンドガンを切り替えた。いつの間にかミノルの姿はそこにはなく、アオイは頭を抱えながら一番近くにいた人間の額に発砲する。それが開幕の合図になったかのように集団で襲い掛かってきた。右足を後ろに下げ、両手に握られたハンドガンで次々と弾をばら撒く。オーケストラの音は止み、代わりに銃声が鳴り響いた。

 そのまま会場を後にすると自分が乗ってきた車のトランクからケースを取り出し、蓋を開ける。中にすっぽり納まっていたアサルトライフルを手にもつ。その瞬間、車に弾丸がめりこむ。すぐに車の裏に姿を隠れ弾を装填して車から姿を出し、迎撃に移った。ばら撒かれる空の薬莢が地面に跳ね、辺りに散乱される。



「ふぅ。まさか演奏家まで私の命を狙うとは、面白いわね」


 場所を再び室内に戻し、その部屋の中で唯一二本の足で立ち続けているアオイはアサルトライフルのセーフティをかける。綺麗だったドレスは、あちこち返り血が付着して面影はどこにもなかった。アサルトライフルを構えたまま再び建物の前に戻り、そこにいたミノルに頭を下げる。


「ごめんなさい、貴方の車をこんなにボロボロにしてしまって」

「構わん、車なんていつでも何台でも買える。それに大丈夫だったか。かなりの人数がいただろ」

「五十人を超えたあたりで数えるのをやめたわ」


 車のボンネットに腰を下ろしながら話していると屋敷の入り口に一台の黒塗りの高級車が入ってくる。会話をやめ不審そうに見ていると車はアオイ達の隣に止まり、後部座席から二人組の女性が降りてきた。無残な姿に変わり果てた会場に二人は絶句していたが、すぐにアオイ達に気が付くと状況の説明を求めた。


「これってどういうことですか」

「私に聞かないでほしいわね。どういうことも何も私の命を狙ってきた人間達を返り討ちにしただけよ」

「……あなたが“Nightmare”ですか」

「そうよ。何か用? 貴女達も私を殺したいと思っているのかしら」

「この後時間ありますか」


***


「少々お待ちください」

「……」


 先ほどと打って変わってシンプルな私服をまとい、場所はどこにでもあるようなファミレスへと変わっていた。週末のファミレスは家族連れにより繁盛している。明るい雰囲気の中、アオイ達のテーブルだけは重い雰囲気が漂っていた。店に着くなりミノルは電話を受けるために席を立ったまま戻ってきていない。


「しかし、本当に同年代の同業者がいるなんて」

「同感ね。お金のためか何のためかは知らないけれどこんな偶然は意図的と考えるのが普通よ」

「まあ、今回に限らず今後も仲良くしてもらえると嬉しいな。あたしはリン、こっちは妹のイロハだ」


 二人の名前を聞いた瞬間、アオイは両目を見開く。まるで何かを思い出すかのようにその記憶がフラッシュバックしたかのように。それでもそれを否定するかのように首を振りその考えを打ち消す。

 その様子を正面から見た二人は互いに見合い、何かを打ち合わせるかのように頷く。そして改めてアオイの方を向くと口を開いた。


「十年前のハイジャックビル追突事件」

「!! やめてそのことは思い出したくない」

「その反応は、やっぱりあの事件の関係者だったんだね。”Nightmare”、正直に答えてほしい。あなたの本名はアオイ、共働きの両親と姉と妹の五人家族」

「……ええ、そうよ。私はアオイ会えて嬉しいわ、リン姉さん、イロハ」


 心の底からの笑顔と共に溢れ出る涙を流しながら三人は固い握手をした。再開するまでの数年間の空白を埋めるように言葉を交わす。その姿はどこにでもいる平凡な女子高生の集まりのようでしかなかった。


「私とリン姉さまはこの国の西を中心において活動しています」

「通りで仕事の奪い合いにならなかったわけね」

「それで最近はどうだって言ってもアオイの場合は結構派手に取り上げられているからな」

「恥ずかしい限りだわ」


アオイは、視線を逸らしながら顔を真っ赤にしてポテトにフォークを突き刺す。数本まとめて突き刺し、そのまま口に運ぶ。咀嚼している間に通話を終えたミノルが複雑な表情でテーブルに戻ってくる。無言でメニューを開き、スタッフを呼んでいくつか注文すると電子手帳に目を落とす。


「どうした、俺のことはいないものなど思って数年ぶりの再会に花を咲かせればいい」

「もう大体終わったわよ。どれだけ時間かかっているのよ」

「仕方ないだろう。交渉相手が頑なに支払いに応じないんだ、ご丁寧に警告だってしてやったんだぜ。支払いで思い出したリンとイロハ、これが成功報酬だ」


 ミノルは羽織っている茶色のコートのポケットから二つの白い封筒を取り出し、二人の前に並べる。封を開け中身を確認した二人は黙って頷くとカバンの中に滑り込ませた。


「迅速な対応に感謝します。今後も何卒」

「なに気にするな。イロハの進学関連で早めのうちに大金が必要なんだろ」

「そんなに金欠なの?」

「いえ違います。姉さまにも相談したのですが、進学したい高校が東の方で引っ越しや学費の事を考えるとかなりの額になるのでお金が必要なんです」

「こいつったらお金のことは気にするなって言っているのにさ」

「私、将来は学校の先生になりたいのです」

「……そう、なのね」


 一瞬寂しそうな表情をしたがすぐに笑顔に戻り、アオイはクラッチバックから財布を取り出して紙幣を数枚置いて席を立つ。急用を思い出したといい、近くのスタッフに事情を説明してから店から去る。店の前でタクシーを拾い運転手に最寄りの駅に行くように頼み後部座席に乗り込んだ。窓に寄りかかり死んだような目をしながらメグに帰りの予定を告げるとスマホの画面をロックする。

 駅に着き、何度目かの着信を拒否して改札を抜ける。待つことなくホームに入ってきた電車に乗り込んで席に座るが、その間の記憶は彼女にはなかった。


 店に取り残された三人には気まずい空気が流れていた。特に二人は状況を理解できていないようで、うろたえていた。そんな中、ミノルはわかりきったような表情で注文したホットコーヒーの入ったカップを傾ける。


「追いかけた方がいいですか、姉さま」

「イロハ、リン、放っておけ。俺達はアイツの彼氏じゃないんだぞ」


 ミノルに釘を刺され少しムッとするイロハは、ミノルの携帯を奪うとアドレス帳からアオイの電話番号を探し出し電話をかけるがアオイが応じることはなかった。ミノルに携帯を返すと席に座り、残っていたメロンソーダを飲み干す。


「妹が失礼なことをした」

「別に気にしていない。こちらも面白いものを見させてもらったからな。まさか無敵と揶揄されたアイツが自分自身が情けなくなって居心地が悪くなったとは」

「どういうことですか?」

「イロハは覚えていないが、リンは覚えているんじゃないか。自分の両親の死因」

「まさか、アオイはをまだ――」

「ふっ。それが今のアイツの原動力だからな。ま、これ以上俺は何も言わないし関与もしない。じゃないといつまでも前に進めないからな」


 ミノルは意味ありげに笑うとカップに残ったコーヒーを飲み干すとアオイが置いていった紙幣をリンに突きつけ、伝票を持って会計を済ませて足早に店を後にした。店内に残された二人は紙幣をポケットに入れるとミノルの後を追うように店の外に出るが、そこにはもう彼の姿はどこにもなかった。

 バス停の人混みの中にミノルの服装に似た人物を見つけて二人は、顔を見合わせ少し先で停まっているバスに向かって駆け出した。二人が走り出したのを確認してから彼は再び歩道に出るとポケットの中からスマホを取り出しどこかに電話をかけだした。


「俺だ。誰だじゃない、情報屋の……そうだ。いや、ただの経過報告さ。一応は望んだ通りに事は進んでいる。ああ、その点は大丈夫だろうな。彼女達は三人揃って前を向ける。俺の勘がそう囁いている」


 ふと、空を見上げると覆いつくしていた雲から、はらりはらりと雪が舞い歩道を歩くカップルのテンションがより一層上がっていた。通話終了のボタンを押した彼は、コートのポケットに手を突っ込み一人で人混みの中に消えていった。

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