第6話 『招集 回収 殲滅』
週が変わり、新たな週が始める月曜日の夕方。他に誰もいない教室に三人の教師が、複数の章類に視線を行ききさせていた。
短いノックが四回、教室の中に響く。それまでの空気が更に重くなり、教師達の表情が険しくなる。
「失礼します」
「っ失礼します」
真面目に挨拶をするアオイに対して気怠げな表情で挨拶をするメグ。教師の一人が手で教師達の前の椅子に座るように指示する。教室の机の配置を普段の時とは違うものにして作られた即席の討議場では、今後の国の意向を話し合うかのような厳粛な雰囲気が漂っていた。
アオイは軽く頭を下げてから椅子に座り、一つ咳払いをした。更に大きく深呼吸をして話を切り出す。
「メグが呼び出されるのは、だいたい察します。ですが、私まで呼び出される訳がわかりません。自分で言うのもなんですが、私はそれなりに真面目に生活しているつもりです」
「真面目に……ね。いつも不真面目なメグさんの件はまず置いておいて、アオイさんの件から話しましょう」
真ん中に座っている四十過ぎの女性教師は机の上に二枚の用紙を並べる、一枚は一年前の進路希望調査書、もう一枚は先日調査をした進路希望調査書だった。その二枚とも名前だけが記入されていて、それ以外は白紙のままだった。隣に座っている教師も同様にメグの分を並べる。
「先生、メグがどんな理由でどんな思惑で白紙のまま提出したかは知りません。ですが私には追いかけている夢がありますので、卒業後はその夢を追うだけです」
「貴女ほどの学力があれば、どこの大学の推薦枠だって狙えるのにそれを蹴ってまで叶えたい夢って――」
「それを貴女達に報告する義務と責任を果たしたら私に何のメリットがあるのですか?」
普段の学校生活では決して見せることのない仕事用の笑顔を振りまく。アオイがそのような笑顔をするとは思っていない教師一同たじろぐ。椅子の横に置いていたカバンを取ると軽くお辞儀をして教室を出ていた。ドアを閉める小さな音が静かな教室に響く。
その場に残されたメグは大きな溜息を吐く。
「彼女は、ああ言っていますけど
***
「災難だったわね」
「全く誰のせいだよ。元々そんなに苦労する訳じゃなかったはずなのに、面倒なことしてくれて……。何とか適当にごまかしておいたから。それから次の依頼だ」
「へぇ、直接の依頼? 関節的に来たもの?」
「ミノルからだ。しかも詳しくは直接依頼人から聞けときた。さすがに丸投げに気が付いた時には、奴の姿はどこにもなかったんだ」
普段降りるバス停から五つ先で下車した。メグは手に持っていたペットボトルを一瞬にして握り潰して、公園のごみ箱に放り投げる。
彼女達は駅から迷う素振りなどみせずに、ひっそりとした通りのビルに入っていった。エレベーターの中は若干カビ臭くアオイは思わず顔をしかめる。
「最近情報屋に、ここの存在がばれている気がする。安全のために近々別の場所を取引の場所に使おうと思う」
「そんな場所あるの? ましてや飲食関係で私達のことを黙っていてくれる人なんて」
「知り合いがカフェを営業している。そこを利用させてもらう予定だ。……出来れば使いたくなかったんだけどな、師匠が来ているっていう噂もあるし」
「何か言った?」
「何でもない」
短い鐘の音と共にエレベーターのドアが開く。愛想笑いを浮かべた店員が駆け寄り、席まで二人を案内した。店内はおしゃれな音楽が流れ、コーヒーの香りが二人の鼻をくすぐる。席に座ると同時にメニューを開き、注文を済ませた。注文を聞いた店員は足早に厨房に戻って行く。
「一つ聞かせてもらおう」
「何かしら? メグからの質問だったらなんだって答えてあげるわよ。身長体重、血液型。将来の人生プランも好きな人も。スリーサイズも」
「人生プランは興味がないし、他の事は既に知っている」
「そ、それはそれで怖いわね。まあいいわ。それで何が聞きたいの?」
「なぜ、彼女を助けることを選んだ。他にだっていただろう。しかも今はそんな彼女を自分の手の届くところに置こうとしている。
「……なぜかしらね。いつか、いえそのうちわかるはずよ」
出されたお冷を口にしてアオイは意味ありげに微笑む。まるで自分が何を考えているのか分からないメグを見てその様子が大変気にったように。グラスに残された氷をグラスを揺らして奏でる。その様子に若干いらだったような様子でミノルから貰った資料に目を通す。
数分後、店内から人が消える。それは、まるで集団失踪するかのよう。そんな中、エレベーターの到着を告げる鐘と共に一人の女性がおろおろとした様子で店内に入ってきた。
「さて、仕事の時間よ」
「ああ、そうだな」
***
「あ、あの貴女達が“Nightmare”さんですか?」
「正式に言えば違う。あくまでも仲介人のような存在だ。だが、繋がりがあるのは間違いない」
「で、ですよね~。流石に有名な殺し屋がこんなに簡単に人前に出てきませんよね」
「そうとも限らない、直接依頼人とコンタクトをとっている人もいるのよ。結局は人それぞれだから」
ミルク多めのコーヒーを口にしながらアオイは、エアコンの冷風に身震いする。彼女の目の前に座っている依頼人の年齢は外見からすれば、アオイ達と大して変わらない。依頼人は頼んだコーヒーを飲みながら大きなため息をつく。
「ふむ、確かにこの条件なら出来ないことはない。だが、“Nightmare”も万全の準備のもと挑むが、不慮の事故が起こらない保証はどこにもない。最悪の場合、自分に降りかかってくる火の粉は自分で振り払ってもらう必要がある。それだけは把握してくれ」
「は、はい」
「殺害対象は依頼人の両親。父親のほうは手段は問わないが、母親のほうは刺殺の指定ありで間違いないか」
「はい、間違いないです。あんな親はいりませんし、クズ親なんていないほうがマシです」
「……」
アオイは誰にも気づかれないように顔を暗くしてため息を吐く。すると彼女のスマホは、今どきの女子高生らしい着信音と共に震えだす。カバンをまさぐり席を立った。
アオイの姿が完全に見えなくなったのを確認したメグは、持っていたタブレットの画面を消して重い口を恐る恐る開く。まるで依頼人を諭すように。
「こういうことは本来公言は差し控えなくてはいけないんだが、
「え……」
「ま、今更考え直されても計画は残すとこ実行するだけだからな。今のあんたは視野が狭くなっているんだ。世界とは広いし人間というものは多面性を持っているんだからな」
真面目な表情で考える依頼人だった。その時、電話を終えたアオイが席に戻ってきた。その表情は少し不貞腐れているようにみえる。彼女の目線の先は依頼人の首筋に向いている。服の襟から顔を出している紫色のあざは事故のようにはアオイは思えなかった。
「この件は出来るだけ早く手を打つことにするわ。少しでも遅れたら今度は、依頼人の命が危ないかもしれない。私の勘がそう言っているわ」
その言葉を聞いて安心したように緊張感が解かれた依頼人はカバンの中から分厚い茶封筒を取り出す。そしてそれを机の上に置き、アオイ達のの方に押し出した。それを受け取りメグは、おもむろに封を開けて中に入っている紙幣の枚数を数える。
「ちゃんと前金の十万円です」
「すまないな。仕事上これの確認だけは、その場で行うようにしているのだ。万が一の場合こともあるから」
札束を丁寧にめくりながらメグは満足そうに頷く。確かにこの国が発行している最高級の紙幣が十枚入っていた。頷きながら紙幣を封筒に入れ、カバンの中に忍ばせた。
「残りは依頼が完遂したら指定された口座に振り込んでくれ。振込先はこちらから指定する。そうだな、実行から一週間程度までにお支払いいただこうか。因みに分割払いはお断りしている」
「わ、分かりました」
「話は以上か。これ以上何もなければ、これで終了だ」
「お、お願いします」
依頼人は、何度も頭を下げて店を後にした。
エレベーターが閉じて階数の表示が下降していく中、メグの表情がこわばる。その変化はアオイにも伝わっていた。アオイはぶつぶつと何かを呟いている。
「よく堪えたな、“Nightmare”」
「ええ、堪えたわ。堪え過ぎて自我を保つので精いっぱいだったわ。もうやっちゃっていいのね」
「ああ、お好きにどうぞ」
アオイはカバンの中からハンドガンを取り出して、カウンターでコップを拭いているスタッフの左胸を撃ち抜く。血飛沫が飛び、男は胸を押さえてその場に崩れ落ちた。押さえたところからは血が絶えず流れ出す。呼吸が乱れ、額には大粒の汗が光る。
続けてハンドガンを変えて、目の前で固まっている店員の頭を撃ち抜いた。一瞬にして頭が弾けて血液と体液、肉片が飛び散り汚い音をたてながらアオイとメグに付着する。メグは眉毛をひくつかせながらハンカチで顔を拭く。
「アオイ、いつになったら学んでくれるんですかねぇ。そのハンドガンだけは近距離で使うなと言っているだろう」
「悪かったわね。いつも持ち歩いているあれを今日に限って置いてきちゃったのよ」
へらへらと笑いながら身近にいた店員を話しながら次々と撃ち殺していく。大勢いたはずの店員は、その場に崩れ落ちて撃ち抜かれたところから血を滴らせている。その場に立っているのは、アオイ達を含め店の店主だけだった。
「どういうつもりかい、“Nightmare”君達。私は話し合いの場所を提供していたつもりだったのだが、これは何の真似だい?」
「白々しいわね。もうわかっているのよ。貴方が私達の情報を流しているのは知っているの。だからもちろん貴方も殺すわ」
アオイは男に歩み寄り、左胸にハンドガンを突き付けた。安全装置を外して引き金に指をかける。
「分かっているかしら、私は私の目的を邪魔する奴が一番嫌いなのよ。だから殺す」
***
「さて、片付いたことだし聞きたいことがあるのよ。あの依頼人に何を言ったの」
「……ただ視界が狭くなっていたんだ。それを指摘しただけの話さ」
「ならいいわ。行動に移すまでの時間は限られていることだし、早く準備しましょう」
複数人の返り血を浴びた服を着替え、アオイは顔に付着した血を念入りに擦る。着替えをまとめて二人は店を、店だった場所を後にした。
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