第2章 『家族の見え方』
第5話 『猫の被り合い』
土曜日、一部の地域や学校によっては学校がある日。駅前のモニターには周辺の天気、今週起きたニュースが簡単に淡々と流れる。政治家の汚職、株の変動、そして――。
「昨日のアレ、もう取り上げられたのね。流石、この国のマスコミの鼻の良さには驚きを超えて呆れるわ」
「ほーんとだ。
「関係なくないわ。間接的に関わっているんだから」
土曜日の昼。二十四時間営業のファミレスでオレンジジュースを啜りながら待ち人を待つ二人。その間も利用者達は忙しく忙しそうに、入れ替わり立ち替わり食事を済ませていた。まるで二人だけ時間の流れが緩やかになっているかのよう。
アオイが二十三杯目のドリンクを取りに行こうとした時、店のドアが勢いよく開く。その店にいた誰しもが入り口に注目した。そこには、肩で息をする見た目は高校生くらいの女性がいた。
「い、いらっしゃいませ。お客様はお一人様で――」
「中で待ち合わせしている人がいるはずなんですが」
「かしこまりました」
スタッフは軽く一礼してからその客から離れる。視線から解放された彼女は小さなメモの破片を片手にうろうろしていた。まるで初めてのお使いをしている子供のよう。その様子をアオイはニヤニヤと飲み物を飲みながら眺めていた。
「アオイ、いつまで放置しているんだ?」
「ああやってオロオロしている女の子、可愛いわよねぇ」
「相変わらず性格悪いなぁ。そんなんだから友達いないんだよ」
「私は別にメグがいればいいもん」
「はいはい、おんぶに抱っこされる
ため息を吐きつつ、メグは彼女に向けて手を振る。それに気づいた彼女が駆け寄ってきて深々と頭を下げた。そしてメグが自分の隣に座るように椅子を叩く。
彼女は言われるがまま隣に腰を下ろした。注文を軽く済ませた後のテーブルには重たい空気が包み込んでいる。その空気を切り裂くようにアオイが口を開いた。
「えっと、君が“Nightmare”が救い出した子?」
「は、はい。カレンっていいます。昨晩、その“Nightmare”っていう人が襲撃した学校に通っていた高校一年です」
「ふーん。だが、なぜ
わざとらしく目を細めながら横目でアオイのことを睨みつける。タジタジしつつ、アオイは笑うことしかできなかった。まるで逃げるように二十三杯目のおかわりへと向かう。少し離れたドリンクバーに向かったアオイの姿が見えなくなった時、メグが深い溜息と共にテーブルの上に突っ伏す。
「まったく。“Nightmare”も何を考えているか、わからないから困る」
「あ、私のことですよね」
「いや、カレンが気にする事ではない。あくまでも悪いのは“Nightmare”だから」
「そうでしょうか。私は少なとも正しいか間違っているか、どっちかであるとは言い切れません。確かにあの人はあの日、何人も簡単に殺しました。それに関しては、援護の余地がないほど悪い事だと思います。でも――」
「でも?」
「でも私を助けてくれたのは、私にとっては良いことなのかもしれません」
「そうだな。今こうして生きているのは間違いなくあいつのおかげだな」
遠くで可愛らしいクシャミが彼女達に聞こえたのかは定かではない。
お会計を済ませて彼女達三人がファミレスから出てきた時は、日が傾き始めた午後四時。店内であったギスギスした雰囲気はどこ吹く風、数年前から友人だったかのように周囲からは見られていた。
「ここから家まで電車で行くから。はい、これ切符」
「だ、大丈夫です。それくらいのお金はありますから。でもなんで切符を直接? 改札の隣で買えばいいんじゃ」
「……着けば嫌でもわかるわよ。嫌でもね」
断り続けるカレンに無理やり紙幣を押し付けて、アオイは駅の方へ歩いていく。どうしたら良いのか分からなそうにメグを見つめるカレンだったが、メグは微笑みかけるだけでそのままアオイの後を追っていった。
駅前に着くと普段の倍以上の人で溢れかえっていた。入り口の電光掲示板には人身事故が発生していたことが繰り返しアナウンスされている。
「……でも、みんな無関心なのね。一人の人間が死んだっていうのに」
「それが、人間だ。他の人間なんかに興味を示すわけがないだろう。仮に関心があったとしても間違いなく“Nightmare”の学園襲撃事件の方に持っていかれる」
駅の真後ろのビルに設置されているテレビには、ニュースキャスターが淡々と現在わかっている情報を発信している。
「さあ、帰りましょう。いつまでもカレンにそんな格好をさせているとマスコミの格好の的よ」
「そうだな」
アオイ達の周囲にいる人々は既に勘づき始めている。囁きが伝達し、哀れみと興味を含んだ眼差しをカレン達に向けていた。
「ほら、カレンもボーッとしていないで早くこの場から去るわよ。もうマスコミが追跡を始めてもおかしくないから」
カレンの手を引き、アオイは改札の方に駆け出す。次の電車が発車するまで一分。アオイ達に気がついた人々が群がるようについて来る。その距離はジリジリと詰められる。常人のカレンに合わせて走りづつければ、彼達は確実に追いつく。彼女達の背後から複数の人の会話にアオイは耳を塞ぎそうにしていた。
「メグ! カレンを抱えて走れる?」
「まあ、女の子を一人くらいなら大丈夫だと思うけど」
「それじゃお願いね。カレン、切符は忘れずに回収して」
改札目前。カレンの背中を軽く押す。右腕を掴み切符を機械に読み込ませる間に本人は改札を抜ける。
改札を抜けてカレンが切符を回収したのを確認したメグが、カードをタッチして改札の先にいるカレンを抱え上げた。抱えられた瞬間、カレンの顔が乙女の顔になったのをアオイは見逃さない。
「アオイ、急げ。もうホームに着いてる」
「言われなくても分かっているわ」
背後を気にかけながらアオイも二人に続き、改札を通過する。階段を数段飛ばしで駆け下り、停車している電車に飛び乗る。まるで二人が乗るのを待っていたかのようにドアが閉まり、ゆっくりと加速していく。
近くの席に座り、メグはカバンの中からカバーの付いた本を取り出した。
「メグ、悪いのだけど今日、ガレージの掃除頼めるかしら。その代わり私がカレンの部屋の準備するから」
「いちごオレ一本で手を打とう」
「交渉成立。少し疲れたわ。仮眠させて頂――」
言い終わらない内にカレンの隣で小さな寝息が聞こえてくる。一定のリズムを刻む電車と心地よい温度を提供する日差しが、アオイに心地よい睡眠を提供していた。
「おい、着いたぞ。起きろもう最寄り駅だぞ」
「あと一時間……」
「そうか。分かった。カレン降りるぞ」
「え、え? でも」
開閉ボタンを押してメグは、さっさと降りてしまった。カレンを手招きして自分の横に立たせる。状況を把握していないカレンは、落ち着きがない様子で視線を電光掲示板と電車を行ききさせていた。
発車ベルが鳴り響き、車掌のホイッスルが甲高い音を鳴らす。その音でアオイの眼がはっきりと開いた。周囲を見回してメグ達が隣に居ないこと、そして何より今いる駅が最寄りの駅だと悟った。網棚からカバンを放ったくるかのように取り出す。走り幅跳びのように駆け出し電車の境目、右足で踏み切り跳んだ。
「危ないわね」
「危ないのはどっちだよ。完全にアオイの方だな」
「アオイさん無茶は良くないですよ」
乗った時とは大違いに降りる時は、静かな雰囲気だった。
最寄りの駅から歩き続けること十数分、誰かに声をかけられることなかった。家に着き次第、足早に入っていくアオイとカレン。彼女達とは対称にメグは、家の前に建てられている白い外壁のガレージに向かう。
メグがシャッターを両手で開けて外の光をガレージ内に入れると、シートを被せられたバイクが二台並んで停められていた。ガレージ内は少々埃っぽく隅々まで手入れが行き届いている様子はない。箒と塵取り片手に薄らと埃が積もったガレージの上の階へ移動した。
「埃っぽいな。一日時間を割いても終わるか否か。さっさとやるか」
窓を大きく上げ、窓の外から見える街並みを眺める。
人口はそこそこの街がだが、ご近所付き合いと呼ばれるものはない。唯一あるとしたら回覧板を回すことくらい。だからこそ彼女があの存在にすぐに気づけたとも言える。
「すみません、この家の方ですか」
「そうですが、今からそちらに行くのでちょっと待ってください」
「いえいえ、少しお話をお聞きしたいだけなので」
「……警察巡回か、それともここを嗅ぎ着いたのか」
メグの額に冷や汗が流れる。考える時間を確保するためにゆっくりと歩くが、答えが出る前にガレージの前まで来てしまった。ガレージの前に立っていたのは警察官だった。表情を変えることなく、あくまでも普通にメグは白々しく話しだす。
「すみません。それで話を聞きたいとは?」
「学園襲撃事件で聞きたいことが」
「は、はあ」
「先ほど、あの学園の制服を着た人と一緒にいたとの情報がありまして」
「彼女は友人ですので。彼女は学園の寮で生活していましたが、あんな出来事があれば居たくはないでしょう。だからしばらく共に生活をしようとしているだけです」
「そうだったんですか。お時間とらせてしまい、すみません」
「いえ、何も協力できず申し訳ない」
警察官は軽く頭を下げると自転車に跨り坂道を下って行った。その姿が完全に見えなくなったタイミングで深い溜め息を吐く。箒でガレージ前を掃きながら流れ行く雲を眺めていた。
「少しお話よろしいですかな」
「まだ何――」
先ほどの警察官だと思ったメグは声がする方向を振り向き、明らかに嫌そうな顔をする。箒をくるりと回して明らかに敵意を向けた。その瞳には明確な敵意と殺意によって怪しい光を絡っている。
「そんなに敵意を向けないでくれ。確かに俺は君の味方になったり敵になったりしたことはあったが、そこまでの敵視されるような事はした覚えがないぞ」
「先ほどの警察官と話しているタイミングから様子を伺っていただろう」
「さすがに貴女クラスの人物に俺程度の潜伏スキルじゃ無駄ですか」
「何しに来たんだ、ミノル」
青いパーカーにジーンズの青年が立っていた。黒いベレー帽を取ってニヤニヤと笑ってみせる。隅から隅まで舐め回すようにメグを観察し終えた彼は目を見開いた。
「驚いた。第一線は退いたと風の噂で聞いていたが、ここまでの戦力を維持いや伸ばし続けているとは」
「まあ、数年前に姿を眩ませたからね。さすが
「相変わらず、師弟揃ってぶっきらぼうだな。だが今はその話は置いておこう。仕事の依頼だ」
ミノルは何やら手帳に書き込むと乱雑に千切り、メグに突き付ける。不快感丸出しで奪い取るように受け取り、メモの中身を確認した。ただそのめも紙を何度も見直す、まるで自分の目を疑うように。
「ミノル、お前……正気か。しかも
「なんだ。彼女は個人的な理由で仕事を選ぶ人間なのか」
「……質問を質問で返すなよ。ふぅ……言い争っても仕方がないな。
「昔のお前を知っている俺からすると、今のお前は随分と丸くなったな。依頼の段階で殺されそうにならなくてよかったよ」
「うるさい、本当に殺すぞ」
顔を逸らしながら箒でミノルを突く。彼は笑いながらその場から去っていった。その場に残されたメグは呼吸を荒くしながら髪をまとめて掃除に戻る。
「昔の
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