第4話 『悪夢の襲撃少女』

 目的の学園のすぐ近くの路地裏。暗視ゴーグルのスイッチを入れ、学園の前の歩道の植え込みに姿を隠した。肉眼より見やすくなった所でメグの声がする。


「位置情報で場所は把握出来ている。無事接近することはできたようだな」

「ええ」

「ひとまず今から二十秒だけ防犯システムにアクセスして機能を停止させる。その間に侵入してくれ」

「尻尾掴まれないの?」

「それを考慮して二十秒なんだ。それまでだったら追跡を逃れられる。この程度の正門だったらアオイの脚力で何とでもなるだろう」

「なんとかって……私のことを何だと思っているのか疑いたくなるわね」


 文句を漏らしながら体を動かす。柔軟をして一つ大きく深呼吸するとインカム越しから合図される。

 右足を下げて体を前に傾けた。瞬間的に利き足に力を込める。初速を得たアオイは正門に向けて駆け出す。踏み切り足を定めて門の直前で力強く蹴り上げ、門の一番上にしがみつく。腕に力を入れて登りきりヒョイと乗り越えてみせた。


「普通の女子高生と比べれば、圧倒的に速い。だが、もっと速くできるだろうな。ノアが見たら何と言うか、見ものだなぁ」

「……私が反応出来ない事をいい事に、覚えておきなさい。職員室には誰かいるの? カーテンに阻害されていて外からでは何も見えないの」

「防犯カメラでの前後の映像を確認すると一人だな」

「うん、奪う為に全力を尽くすわ」


 正門をスタンティングブロック代わりに駆け出す。陸上部顔負けの足の回転で校庭を横切った。来賓兼職員用の出入り口にしゃがんで侵入する。

 薄暗い廊下に緑色の非常口の光が怪しく廊下を照らしていた。昼間の廊下とは別の顔を見せている。足音を立てないように静かに歩く。


「職員室の手前から三番目。その地窓には鍵がかかっていない。そこから状況を確認してくれ。敵の数によって作戦が変わってくる」

「……」


 そろりそろり、アオイはメグに指定された場所の地窓に少しだけ触れてみる。メグの言うとおり職員室からの光が僅かな隙間から光が漏れて一本の線を描く。少しずつ様子を伺うように開き、目を見開いた。


「どうした、何かイレギュラーが起きたか?」

「……職員室には何人だっけ」

「一人なはず。スケジュールにはそう書かれている」

「どう見ても武闘派の人間が複数人いるんだけど」

「あー先に手を回されちゃったかな。あーあ費用かさむなぁ。まったくやり過ぎるなよ」


 アオイは静かに頷き障害物競争のように地窓を潜り抜ける。職員室内に飛び込んだアオイは、左足に巻きつけたレッグホルスターの中からキチンと手入れされたハンドガンを取り出した。黒く怪しく光るハンドガンを構え、一番近くで腕を組んでいる堅いのよい大男の股間に一発放つ。

 血液や尿が入り混じった液体が股間から溢れる。


「敵襲だ、総員攻撃たい――」


 男性らしい低い声で雄叫びをあげようとするが、銃声と共に男の咽頭後壁に一瞬にして穴が開き、血が吹き出る。

 アオイは前のめりにテーブルに飛び乗り、上に乗っている書類が宙を舞う。そのうちの一枚を左手で鷲掴み、次の男に押し付けた。頭を掴んだまま机の隅に叩きつける。真っ白なワイシャツにワインをこぼしたように鮮血が滲んだ。

 索敵に移ったアオイの首元を狙ったように銃声と共に弾が飛ぶ。まるでスローモーションのように仰け反った。空の薬莢が床に跳ねて金属音と共に戦闘を再開する。アオイはリロードして銃声の方向に向かって発砲する。


「手応えは感じたわ」

「……」


 最後に残った男は何も言わずに三発放つ。

 アオイの右手に握られているハンドガンは、時計周りに回りながら彼女の手から滑り落ちる。ハンドガンが滑り落ちた方向を見ながらわざとらしく舌打ちをした。左足に巻かれたもう一つのホルスターからナイフを取り出して左手で握りしめる。そして前のめりに飛び込む。振り上げたナイフは、男の手でアオイの手首を掴んで防がれた。アオイは右足で男の鳩尾を蹴り飛ばす。

 男は表情を歪めて後方に吹き飛ばされる。よろよろと立ち上がろうとする。アオイの蹴りは思いの外ダメージがあったようで俊敏には立ち上がれなかった。

 アオイは男の顔に新たに取り出したハンドガンを突きつけた。そして表情を変える事なく口を開いた。


「実力はあるみたいだけど、仕事は見極めたほうがいいわよ。見た目は良いかもしれないけど、空白の期間が長すぎたみたいね」

「……貴様が」

「あ?」

「貴様があの悪夢か」

「命乞いの時間稼ぎはやめてもらえるかしら」

「バレていたか」


 静かな職員室に一発の銃声が夜の職員室に響いた。


 ゴソゴソと職員室の引き出しを漁りつつ、小さな声で女声の鼻歌が聞こえてくる。周囲にには数人の男性の亡骸が雑に転がっていた。アオイの右耳に付けられているインカムからは不機嫌そうな女性の声とタイピング音だけが続く。


「……いい加減機嫌を直してくれると私的には助かるのだけど」

「自分が何をしたのか考えろ。もしも敵がもっとしっかりした武装をしていたらどうする」

「まあそうね」

「武装していたら蜂の巣にされて――」

「“Nightmare”を舐めすぎよ。復讐の為に人以上に努力したつもりよ。それよりも情報が保存されているデバイスはどこよ」

「校長か教頭かどっちかだと思うが」


 職員室の隅、校長室と壁一枚で遮られている最も近い席。閉じられたノートパソコンを開き画面を立ち上げた。数分後、怒りの感情が表面に出始めたところで、そっとノートパソコンを閉じる。そのままコンセントに刺さっているコードを引き抜いた。ふと背後で物音が聞こえたようでアオイの手が止まり、呆然とする。


「どうしたアオイ」

「……職員室の隣にある校長室。誰かいるか分かる?」

「さあな。悪いが校長室にだけは監視カメラが無い」

「分かったわ。ここから先は私のワガママだから」

「は?」


 アオイはニヤリと笑い、職員室と校長室が繋がっている扉を蹴り飛ばした。インカム越しのメグは呆れている。扉の先には中年の男性三人、そして半裸の女性が複数人。

 不機嫌そうな表情、噛み締めた唇。彼女の一番表に出された感情は、怒りそのものだった。前傾姿勢で刃渡り数センチのナイフを取り出し、最も近くにいた教師の首筋にナイフを突き立てる。

 突き立てたナイフを捻じ曲げて傷を更に深いものにした。じわじわと滲み出ていた赤黒い血液が決壊したダムのように溢れ出る。刺されたナイフを強引に引き抜き放り投げた。男は傷口を押さえながら涙を流しながらその場を転げ回る。


「うっさい」


 転げ回る男の肩をアオイは踏みつける。ハンドガンを構えて男のこめかみに鉛玉を捻じ込む。数秒の絶叫と泡を噴いて白目をむいた。残された二人と複数の女性陣は怯えきった表情で壁際にまとまっている。


「お前は何者なんだ!? どこから侵入した!! 何が目的だ!」

「三つの質問に答える義理はないけど、それでお前を殺してもいいんだったら全部答えるわ。一つ」


 左手の人差し指を立てると口を開く。


「私は“Nightmare”。この国北から南、どこでも動く復讐代行から暗殺まで熟す人間外の生命体」


 中指を立てて目線を正門の方に向ける。


「二つ目。正門から普通に入ったわ。防犯意識のレベルが低い。これじゃまるで、どうぞお入りくださいと言っているようなものよ」


 左胸につけた名札には校長と刻まれた男は、背後に下がりながら震える手で足元の引き出しを引く。数枚の書類を雑にどかした。そこにはバレルが短いハンドガンが現れた。それを握りしめて自身の背後に隠す。


「三つ目、昔起きた事件の関係者から情報を奪う為にきた」

「?」

「東雲科学研究所。知らないとは言わせない」

「なぜその名を……」

「それは言うわけがないし、言う意味はないし。言ったところですぐに忘れる否、忘れさせる」

「それはどうかな」


 男は自身で隠していたハンドガンをアオイに向けてトリガーを引いた。僅かな金属音のみしか聞こえてこない。焦った表情を浮かべながら何度も何度も引き金を引く。その間にも額から大量に噴き出る。


「ジャムったようね。銃っていうのは繊細なもの、手入れは必須。運動選手が日々練習した後、ケアをしなければ大きな大会の時に失敗する。今の貴方のように」

「くっ……」


 諦めきった表情の教師達の眉間と足首にそれぞれ一発ずつ発砲する。

 淡々と発砲を繰り返すアオイの姿を顔面蒼白し、互いに抱きつきあっていた。彼女の目に映るアオイの横顔は冷酷そのものだった。


「楽しんでいるところで悪いがアオイ? あたしも温厚な性格になったはずだけど流石に怒るぞ。撤退の時間を考慮に入れろ」

「……」


 アオイは自身の足元で絶命した教師の頭蓋骨を思いっきり踏みつけた。白目が若干飛び出し体液が口から漏れる。追撃を入れるように踏みつけながら、ポケットの中から仕事用のスマホを取り出す。


「もしもし――」


 どこかに複数回電話をかけ続けるアオイは、時折り後ろを振り向くと女性達は縮こまっていた。飽きれた表情でスマホを切ると彼女が出来る最大限の優しい声で話ける。


「ひとまず、皆さん学生さんだと思います。家の方には連絡をさせて頂きました。勿論、深くは説明しておりません。後で警察から事情聴取があると思います。ただ、貴女だけ家に連絡取れなかったのですが」


 一人の女性を指差すとツカツカ歩み寄る。彼女が歩いた背後には赤い足跡がくっきりと残されていた。ふらりふらりと左右に揺れながら彼女達に近づいていく。


「……はい。父も母もいません。多分、姉も今日もいません」

「そうか。なら私の知り合いに友人と二人暮らしで暮らしているツテがある。そいつにお前の身柄を預けることにしよう。それがいい」


 彼女の耳に付けられたインカムから、メグの怒りのタイピングと他の国の言語で罵声のようなものを続く。アオイはインカムを軽く何度か触れて電源を落とす。ポケットから取り出したウェットシートを取り出して手を拭いた。その表情に先程のような冷酷な顔はなかった。顔をグイッと彼女に近づけると耳元で囁く。


「警察には既に連絡した。そういう訳で駅の近くのファミレスで待機してね。解放されるのは多分明日になるから」


 一瞬だけ表情を更に緩めると表情筋をキツくして窓を開ける。冷たい空気が一気に流れ込む。思わず目を細めたアオイは軽々と窓からひらりと華麗に脱出。校舎の前のグラウンドを駆け抜けていく。

 

「――門のセキュリティを解除して」

「……」


 インカムの電源を入れるが、相手の声は何も聞こえない。それでもスイッチが切られたのは間違いなかった。アオイは入ってきた時と同じく、子供が小さな水たまりを飛び越えるように軽々しく飛び越える。僅かな街灯に照らされながら路地裏へと吸い込まれていく。


「ふぅ。情報はしっかり回収できたし、うざったるい奴は始末できた。さて、最後の大仕事の始まりね」

「ああそうだな。普段は冷静で怒りの感情を出したことがないと言えば嘘になる。だが今回ばかりは怒りの感情に任せて行動に移したんだから。大したものだよ。大物だ」


 返り血を浴びて所々赤い黒いセーラー服の肩に軽く手がのせられた。そのまま軽く何度も肩を叩かれるが、アオイは振り向かない。否、振り向けなかった。


「さあ、早く着替えたまえ。“Nightmare”さん、いやアオイさん」

「め、メグ!?」


 制服を脱ぎ、捨てスカートがはらりと落ちる。左足を背後に上げてスカートがふわりと舞い上がる。ボストンバックに乱暴に詰め込み、メグに向かって敬礼した。


「アオイ。別にあたしは、そんなことを求めている訳じゃないってなんでわからないのか。これを問いただしたい」

「わかっているわ。勝手にあの子を引き取ったことについて怒っているんでしょう。それ関しては悪かったと思っている。それは間違いない」


 アオイは俯き歩き出す。まるで親に内緒で捨て猫を拾ってきた小学生のように縮こまった。とぼとぼと歩く二人の背後にはパトカーや救急車のサイレンが周囲を赤く照らしつつ、存在感を放っている。


「預かったところであたし達の存在に気づく可能性だってある。アオイのことを殺しに来るかもしれない」

「それはそのとき考えましょう。もしもノアだったらこうしているかもしれないわ。私はノアにはなれないし、恩返しもロクにできない。だから、それでもこうするのが正解だと思った……ただそれだけよそれじゃ私のホテル、ここだから」


 いつの間にかアオイが宿泊するホテルの前までたどり着いていた。刹那、寂しげな表情をする二人だった。だがアオイは、一言おやすみと告げるとホテルの中に入っていってしまった。

 夜のホテル街に女子高生が一人茫然と立ち尽くしていた。まるで今後何が起こるのか、わかりきったような表情をしている。


「……自ら進んで荊棘の道を選ぶなんて。いつからアオイは筋金入りのどエムになってしまったんだ。情は捨てたんじゃないのか。あたしに最悪の展開を常に考えさせるなんて。そう考えれば、間違いなく奴がだよ」

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