夏休みと花火②

 バスで数分走った先にある水族館は、入場券売り場からよく見えるジンベエザメの大きなオブジェクトが特徴的な水族館。


 もちろん中ではジンベエザメもいて、グッズコーナーでもジンベエザメがブイブイいわせている。推しすぎじゃない?


「お兄さん、せっかくだし全部見て行こ!」


 お兄さんの腕を抱えて、前に引っ張っていく。


 周囲にはどう見えるのだろう。今日は二人とも私服だし、もしかしたらカップルだと思ってくれるだろうか。


 前にもスーパーで夫婦だと間違えられたし、きっと今日だって。


七葉なのは、離れて歩け。変な勘違いされるだろう」


「だめ? 私と勘違いされるの」


 お兄さんは少しだけ頬を赤くして、私から目をそらす。何を照れたのかわからないけれど、照れてくれて嬉しい。


「そりゃ、お前女子高生だろうが。腕なんか組まれると困る」


「お兄さん、私をそういう目で見るの?」


「見ねぇよ!」


「だったらいいじゃん! いこっ!」


「っておい、まてよっ……」


 名前もわからない沢山の魚たちを見て、水族館を満喫する。


 私は水族館に来たいと言ったけれど、別に魚が好きなわけではない。ただ、デートといえばこれ、みたいな印象があったから。


 お兄さんもジンベエザメが気になると言っていたし、喜んでくれるなら私も嬉しい。


 大きな水槽では丁度魚たちに餌をあげている飼育員の人が潜っていて、ガラス越しに私たちに手を振ってくれる。


「見てみてお兄さん! 手振ってるよ!」


 それを見て私も手を振り返すが、もちろんお兄さんは手を振ることはしない。


「お兄さんもふりなよ~」


「いや、俺は大人だから……」


「つまんないの~」


 大きな水槽を見送ったら、次は小さな水槽がいくつも並ぶ神秘的な空間にでる。


 小魚や小さめのクラゲなんかが沢山いて、綺麗だ。


 魚は別に好きじゃないけれど、クラゲは好きだ。なんかふわふわしてて可愛い。


 そんな絵に描いたようなデートのなか、私は小さな女の子を見つける。


「お兄さん、あの子迷子じゃない?」


 辺りをキョロキョロしている女の子がいる。明らかに誰かを、なにかを探していて、周りには大人がいない。つまりあの子は迷子なんじゃないのか、という私の名推理。人は私のことを名探偵ナノハと呼ぶ! 見た目は美少女、頭脳は天才、その名は、名探偵ナノハ!


「多分そうだな。俺が声かけたらびびっちまうから、七葉、頼んでいいか?」


「了解しました大佐!」


 私はお兄さんから離れて、女の子の側まで歩く。


 女の子のすぐ側でしゃがみ、笑顔で言った。


「君、お名前は?」


「……りん」


「りんちゃんか〜、今日は誰ときたの?」


「……じーじ」


 りんちゃんと名乗る女の子は、突然話しかけてきた私を警戒しているのか、まだ心を開いてくれていないように思う。


「じーじどこいったのかわかる?」


「んーん、りんがはしっちゃダメなのにはしっちゃったから……」


「そっかぁ、じゃあじーじも探してるかもね~」


「うん……」


 つまりはお爺ちゃんと一緒に水族館に来て、楽しくなって走っていってしまったりんちゃんを、お爺ちゃんは見失ってしまった、ということか。


「よーし、お姉ちゃんが一緒にじーじを探してあげよう!」


「ほんと……?」


「うんっ! お姉ちゃんに任せなさいっ!」


 自信満々に言ったけど、まずは手がかりがないと探しようがない。


 私はどうするべきか考えて、すぐにお兄さんを見た。


「お兄さんっ!」


 お兄さんはすぐに私とりんちゃんの側まで寄ってきてくれた。


「やっぱりこの子迷子だよ。どうしたらいいかな?」


 お兄さんはすぐにりんちゃんの前にしゃがみ込んで、しっかりと目を見て話し始めた。


 そうするのはきっと、不安がらせないようにだろう。優しいなぁ。


「名前、教えろ」


「ちょっとお兄さん、もうちょっと優しく」


 前言撤回。いきなり「名前、教えろ」って、誘拐犯じゃないんだから、もうちょっと聞き方ってものがあるだろうに。


「君、名前、なに」


 そんな検索するみたいな……。


「りん。さっきもいったよ?」


「そうだよお兄さん。もう名前は聞いてる」


「じゃあ今日は誰ときたんだ?」


「それもさっき聞いた」


「なんだ、じゃあ案内所いけばいいじゃねぇか。スタッフに言えば放送かけてもらえるだろ」


「あっ」


 そういえばそうだった。なんで私はスタッフよりりんちゃんのお爺ちゃんを探そうとしていたんだろう。


 夏休みシーズンの、土曜日。


 人も沢山来ているこんな日に、この広い水族館の中からたった一人のお爺ちゃんを探すなんて、無理がある。


「じーじ、いつもおぼうしかぶってるよ! あたまつるつるだからかくしてるの!」


 お爺ちゃん、お孫さんにはバレバレでしたよ。


 結局私たちは、案内所に向かいながらりんちゃんのお爺ちゃんを探すことにした。


 来た道を戻ることで、デートをもう一度繰り返すことができるから、私はりんちゃんに感謝しないといけない。


「七葉」


「どうしたの?」


「案内所、どっちかわかるか?」


 なるほど。どうやら、りんちゃんだけでなく、私たちも迷子らしい。


「お兄さん、案内所よりりんちゃんのお爺ちゃん探そっか」


「……まじか」


 というわけで私たちはりんちゃんのお爺ちゃんを探すことにした。


 いい大人が二人揃って迷子だなんて、私たちにりんちゃんのお爺ちゃんを探してあげる権利はあるのだろうか。余計に迷子になりそうだ。


「で、お兄さんどうする?」


「俺に考えがある」


 お兄さんが何かを思い出すように、斜め右上に視線を漂わせた。


「お兄さん、ここに来たことあるの?」


「かなり前にな。当時子供だった俺は、この水族館名物のジンベエソフトが食べたくて、母親にねだったんだ。でも、後でなって言われてな」


 ジンベエソフトは、なんにでもジンベエザメと絡めだかるこの水族館の名物ソフトクリーム。青と白のミックスソフトクリームで、青い部分がソーダのような味、白い部分はバニラの味で、ここに来た人はみんな食べて帰るくらい有名なやつだ。


 私も今日それを食べたいと思っていた。


「それで?」


「迷子になってどうしようもなくなって、とりあえず気になってたジンベエソフトが買えるカフェに行ったんだよ。そしたらお袋がいてさ。俺が食べたがってたから、来るんじゃないかと思ったんだって言ってたよ」


 つまり、お兄さんが言いたいのは、りんちゃんのお爺ちゃんもりんちゃんがジンベエソフト食べたさにカフェに行くのでは、そう言いたいんだろう。


 だとすれば、カフェはここからそう遠くない場所にあったはず。さっき通った。


「じゃあ私たちもそのカフェに行ってみよっか」


「だな」


 私がりんちゃんの左手を、お兄さんがりんちゃんの右手を握って歩く。お兄さんは最初通報されるとかいって手を繋ぎたがらなかったけど、子供のおねだりには敵わなくて。


「おじさんの手あったかーい!」


「俺はまだお兄さんだ」


 りんちゃんにもお兄さんは揶揄われて、疲れた表情をしている。面白い。


「ねぇお兄さん」


 だからもっとその顔が見たくなってしまって。


「私たちが夫婦で、りんちゃんが私たちの子供みたいだね」


「そうやって揶揄からかおうたって無駄だぞ」


 こいつ、抵抗する気か。ならばいいだろう、戦争だ。


「え~、私、お兄さんとならいいけどな……」


 この瞬間だけ、お兄さんの目を見つめて言う。でもお兄さんはあからさまに私から目を背けて、自衛手段をとっている。くそう、これでは攻撃が通らぬではないかっ。


 そんなお兄さんの耳が少し赤いのは、少しでも照れていてくれているから、そう思いたい。


 りんちゃんを見つけてから数分歩いた先、ジンベエソフトが売っているカフェへと到着した私たちは、辺りを見回す。


 りんちゃんしかお爺ちゃんの容姿を知らないことから、周囲がよく見えるようにお兄さんがりんちゃんを肩車して、お爺ちゃんを探す。


「りん、じーさんはどんな服着てたかわかるか?」


「んーとね、おぼうしかぶってるのと、いつもの服着てるよ!」


「あのなぁ、俺はお前のじーさんのいつもを知らないんだよ」


「だってわかんないもんっ!」


 なんかいつの間にか二人凄い仲良くなってない?


 私だけ置いてかれてる気分なんだけど。


 お兄さんがりんちゃんを肩車する姿は、本当に父親と娘って感じがして、周囲にお母さんを探してしまう。


 それが私ならいいのに、なんて思いながら、私も帽子をかぶったおじいさんを探す。


 辺りに帽子をかぶっている人は数人いるが、中でもお爺ちゃんなのは一人。ってことはあの人の可能性が高い。


 何かを探すようにキョロキョロしているし。


 私はそのお爺ちゃんを指差し、りんちゃんに問う。


「りんちゃん、お爺ちゃん、あれじゃない?」


「あっ! じーじだ! おじさん降ろして!」


 りんちゃんに口や鼻、耳を引っ張られて顔が伸びているお兄さん。すぐにりんちゃんを降ろして、文句をぶつぶつ言いながらもお爺ちゃんの方に背中を押して走らせた。


「おお! りんちゃん!」


「じーじ!」


 りんちゃんは無事にお爺ちゃんと再会できて、私たちも顔を見合わせて笑顔を向け合う。


 お兄さんはすぐに照れてそっぽを向いてしまったけれど、私は今の笑顔、忘れないからね。


「あなたたちが……本当にありがとうございます。りんちゃんがいないと気付いて、もう髪の毛がなくなるほど心配しましたよ……」


 りんちゃんのお爺ちゃんが私たちに帽子を取ってお辞儀をした。独特な心配の仕方だけど、もう既に髪の毛はない。抜けたというより自ら抜き取ったようなつるつるの頭で、これはボケなのかどうか、いじってもいいやつなのかどうか、はっきりわからない。


「もう髪ないっすけどね」


「お兄さん……!」


 容赦なく言うお兄さんの言葉に、お爺さんは怒ってないだろうか。


 見ると、頭を下げたまま体をぷるぷる震わせている。これ、絶対怒ってるよ!


「たーっはっはっ!」


「えっ……」


 かと思いきやお爺さんはすごい笑いながらよくぞツッコんでくれたと言わんばかりに上機嫌にお兄さんの肩に手を置いた。


「いや~、初めてそうツッコミを入れてくれる方に出会えましたよ。なんでみんないじってくれないんでしょうかね、まったく!」


 それはいじりづらいからだよお爺さん。


「じーじ! じんべーそふとたべたい!」


「そうだね、行こうか。ではお二人とも、本当にありがとうございました。ほら、りんちゃんもお礼を言いなさい」


「ねーねとおじさんありがとっ!」


 手を振ってカフェの方に歩いていく二人を見送って、私たちはまた二人きりになる。


「お兄さん」


「ん?」


 せっかくのデートだけど、りんちゃんのおかげで夫婦ごっこもできた。それにまだ、私たちのデートは続く。


「おじさんだってさ、ぷぷっ!」


「言うと思ったよ……」

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